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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第3章 シルヴェリアの塔

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03 荷物のチェック承ります

冬山登山に関する情報を参考にはしていますが、便利アイテムも沢山ある架空世界のお話ということで、ご承知おき願います(´∀`)

 デニスがシオリとナディアを連れて別室へと向かうのを見送ってから、誰からともなく溜息を吐いた。

「――余計な世話だとは思うが……大丈夫なのか、ああいう男を傍に置いて」

 短距離とは言え命に関わるかもしれない遠征に連れて行くには不安が残る。それに家業にも触りがあるのではないか。

 アンネリエは、ごめんなさいね、と呟いてから肩を竦めて見せた。

「――何も無ければいずれは家令を任せても良いと思うくらい、普段はとても有能な部下なのよ。家では私の秘書もさせているの。部下の中では一番信頼できる人よ。でも……」

 彼女は一度言葉を切ると、脇に控えるバルトと顔を見合わせて苦笑する。

「特定の条件が揃うとあんな風に礼儀も何もかも忘れて、とんでもなく失礼な態度を取ってしまうの。それに簡単に感情が表に出るでしょう。貴族社会で生きていくには致命的だわ。だから家の中限定か、外に連れて行くにしてもせいぜい個人的な用向きで使うことしか出来なくて」

「特定の条件?」

「肌の色や髪色が濃い、一目で異国人と分かる風貌の方――特に女性を目の前にするとああなるわね。今回は冒険者という条件も加わってしまったから……あそこまで露骨なのは初めて見たわ」

 今度はアレクとクレメンスが顔を見合わせる番だ。どうやら訳有りらしい。

「本当は移民や異国人が嫌いなわけではないの。彼自身も移民の血を引いているし、それで随分嫌な思いもしてきたから、その苦労は十分に知っているわ。だけど……」

 個人的な事だからあまり詳しくは言えないけれど、と前置きしてからアンネリエは言った。

「彼が成人する少し前位だったかしら……彼のお父様が南国系の女性冒険者と駆け落ちした挙句に心中してしまったの。彼とお母様を置き去りにしてね。だから理屈ではなく嫌悪感でどうしようもなくなってしまうみたいなのよ」

「……なるほどな」

 理屈ではなく、というのは自身にも覚えがあるからわからないでもない。しかし幾ら普段は有能とは言え、アンネリエが「致命的」とまで評する欠点を持つあの男をそれでも傍に置く理由がいまいちよく分からない。

 アレクの表情からこちらの疑問を察したのだろうか。

「致命的ではあるけれども、」

 アンネリエは目を細めて薄く微笑んだ。

「貴族社会では貴重でもあるのよ。あれだけ明け透けに本心を見せてくれる人なんて滅多に居ないわ――だから、どうしても手放せないの」



 アレク達が日程の打ち合わせをする間、荷物や装備品を確かめる作業に入る。別室に案内され、卓の上を使うように指示された。さすがに貴族が宿泊するだけあって、調度類は立派な物ばかりだ。どうやら食堂らしく、作業に使う卓もかなり大きい。全員分の荷を広げても十分な余裕がありそうだ。

「では、三人分の荷物と装備を確認させていただきますね」

「一つではなくて全員分か?」

「念の為です。安全な旅をする為にもご協力願います。ただ下着類や衛生用品等は抵抗があるでしょうから、無理に見せて頂かなくても口頭で教えてくださるだけでも結構です」

 とにかくひたすらに主人の身を案じているらしい事は先程の遣り取りで十分理解したから、どう言葉を選べば聞き入れてもらえるかということは大体把握した。安全な旅、という点を強調すれば、デニスは渋々ながらも頷く。

「なら、俺が開けてここに並べる。貴女方は確認作業を頼む」

「承知しました」

 デニスが一つずつ背嚢を開けて中の荷を順に卓の上に並べていき、それをナディアと二人で確認する。ルリィは卓の上の邪魔にならない場所に陣取ると、興味深そうに一連の作業を眺めていた。

 時折質問を挟み、デニスがそれに対して答えていく。渋った割には彼の動きや受け答えに無駄は無く、思いの外短い時間で作業を終わらせる事が出来た。

「なるほどねぇ……」

「うーん……」

 貴族にありがちな嗜好品や装飾品、その他に一体何に使うのかというような余分な荷物が一切無く、本当に必要な物を厳選して荷造りしている。旅慣れているというのは確かに事実らしい。

 しかし。

「どうだ? 不備はあるか?」

 難しい顔付きで唸った二人を前にして、デニスが少しばかり不安げな表情を作る。

「……温かい季節の野営や、冬季でも短時間の散策であればこれで十分でしょう。ですが長時間歩いた上で野営となると、やはり不足があります」

 本来ならば事前に何度か打ち合わせした上で必要な物を揃えさせるのだが、今回は依頼人が多忙な時間を縫っての旅である事から、こうして出発日前日という日程で荷の確認作業という事になってしまった。

 最低限の安全を確保出来ないとして通常なら断るような依頼ではあるが、幸いシルヴェリアの町には冒険者御用達のエナンデル商会がある為に、必ず出発前に確認するという条件付きで受理したのだという。

「食料が全体的に足りていない上に、デニス様の荷物に偏り過ぎています。それにアンネリエ様の荷物が少な過ぎます。主人に荷物を持たせる訳にはいかないという気持ちは分かりますが、万一逸れた場合の事を考えると……」

「防寒と凍結対策も不十分だねぇ。これじゃあ初日の夜を迎える前に凍死は必至だよ」

 二人の言葉にデニスは若干蒼くなった。

「具体的にどのあたりがどのように不足しているのか教えてくれ。今後の参考にしたい」

 直情的で不愉快なところもあるが、元来は生真面目な性格なのだろう。自身の至らない点を反省し、次に生かそうという態度は好感が持てる。彼は手帳を取り出すと、こちらの意見を聞く姿勢を取った。

「まずは内容物の偏りですね。特に食料と薬品類。分担して持つのは普通の旅行では効率的ですが、厳しい自然環境での探索や野営では逆に命取りです。先程申し上げた通り、万一逸れた場合に他のお二人の命を繋ぐことが出来ません。特に寒い季節は体温を保つ為に身体がより多くの体力を消費します。食料が無ければ体力回復が出来ませんし、糖分が足りないと思考が鈍って冷静な判断も出来なくなりますから、より遭難死の可能性が高くなります」

「……糖分が足りないと思考がってのはあたしも初耳だけど、要はそういうことだよ。今の配分じゃあ、もし逸れたらお仲間はあっという間に身動きが取れなくなるね」

 逸れなければ良い、それに万一の事が無いように冒険者を雇ったのだと言う者も居るだろう。けれども絶対の約束は出来ない。人知の及ばぬ領域に踏み込む場合は、常に最悪の可能性を考えて準備するのが鉄則だ。

「多少重くはなりますが、全員が同じ内容の荷物を持つようにした方が良いでしょう」

「――なるほど」

 デニスは聞き取った内容を熱心に手帳に書きつけていく。随分と使い込まれた手帳だ。きっと大切だと思った事をこうして書き留めて知識を蓄えているのだろう。

「防寒と凍結対策は?」

「防寒で一番気になったのは下着類だねぇ。伯爵様はシルクだからまだいいけど、問題はあんた達のだね。木綿は肌触りは良いけど乾きが悪いから、汗を吸ったらそのまま乾かずに身体を冷やしちまうのさ」

「……そ、そうなのか……」

「それから上着も心配です。毛織物の圧縮素材は保温性は高いのですが、これは雪で濡れて重くなる上に乾きが悪いので、やはり身体を冷やす要因にもなります。同じ毛織物でも撥水効果と速乾性の高い素材もありますから、そちらに替えた方がよろしいかと」

「あとは食料と薬品類の凍結対策だね。一応やってはいるようだけど、長時間の探索には不十分さ。かちかちに凍って、いざって時に使えやしないよ。これも適切な素材の袋やポーチに替えた方がいいね」

 次々と指摘していくうちに、とうとうデニスは唸り声を上げてしまった。自分で思うより遥かに不備が多かったのだろう。

「多分冬の散策はごく短時間か、馬車で入れる場所にしか行った事が無いんじゃないのかい? 装備品もお貴族様向けの野遊び用品で済ませてるだろう?」

「……その通りだ」

 デニスは手帳とペンを持ったまま、降参の意を示すように両手を掲げて見せた。

「幸いこの町には冒険者用品の専門店がありますから、全部そこで揃えてしまいましょう。冬季の遠征用の衣類もありますし」

 そう提案すると、彼は思い悩む素振りを見せた。

「冒険者の装備を……アンネリエ様にか……」

 安全な旅の為とは言え、冒険者向きの品を貴族である主人に着せるにはどうかとでも思ったのだろう。

「安心しなよ」

 ナディアは苦笑した。

「エナンデル商会はね、ホレヴァ商会から独立して出来た店なんだよ。エナンデルは知らなくても、ホレヴァの方なら知ってるだろ」

「ああ。顧客の多くが名門の貴族家ばかりの王都の老舗だ。確か公爵家とも懇意にしているという……」

「そう、そのホレヴァ商会。冒険者の中には貴族出身の人間も結構多くてね。装備品にも拘る奴が多くて需要があるってんで、ホレヴァの一部門が独立して出来たのがそのエナンデル商会だよ。まぁ、出来たのは十年ちょっと前だからね、知らないのも無理はないさ。扱う品はお貴族様でも十分に満足出来る品質の物ばかりだし、衣類なんて貴族御用達の一流ブランドと提携して作ってる物もあるくらいなんだよ」

(そうなんだ!! 知らなかった)

 どうりで値が張るわけだ。とは言え、金額まで貴族向けでは普通の冒険者には手が出ない。商会で取り扱っている品はどれも、シオリでも少し奮発すれば十分に買える物ばかりだ。そのあたりも配慮した作りと価格設定にしているのだろう。

「なるほど。なら品質も問題無いだろうな。わかった。案内してくれるか。今後はこういう機会も増えるかもしないからな、これを機に全部揃えてしまいたい」

 どうやら行く気になってくれたらしい。納得してしまえばあっさりと頷いてくれた。最初はどうなる事かと思ったが、根は素直な人物のようだ。

 シオリはナディアと視線を交わして微笑み合う。足元でルリィがぷるんと楽しげに震えた。


ルリィ「エナンデル商会と言えば使い魔用のお菓子だよね!」

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