01 指名依頼
ルリィ「新章突入だヨ」
十日ぶりでございます。
これから先は子供の春休み突入&入学準備で、やっぱり投稿が緩めになるかと思います。
「……二人で活動する?」
書類仕事の手を休めて二人の話を聞いたザックは、そう言うなりなんとも言えない微妙な顔でしばらく黙り込んだ。
(歓迎されるとも思ってなかったけど、予想通りだなぁ)
自分に対して過保護に過ぎるところがあると常々感じているシオリは、その様子を見て思わず苦笑いした。
「何か問題、あったりするかな」
「……ああ、いや。夫婦で活動してるのも居るしな。何も問題は無ぇよ」
ただ少し驚いただけだとそう言って、ザックは手元の書類を机に置いた。それからがしがしと頭を掻き、思案する素振りを見せる。
「お前らだったら仕事中にいちゃつくなんて馬鹿な真似もしねぇだろうしな」
「いちゃつくって……」
「いくらなんでも仕事中にそんな見苦しい真似をするか」
アレクと二人で顔を見合わせて苦笑する。そもそも「いちゃつくような仲」になったなどとは一言も言っていない。ただ二人で組むことになったと伝えただけだが、その関係性が今までとは違うものになったことを察したのかもしれない。
話途中に何とはなしに視線を感じて振り返ると、何人かがさっと顔を反らし、何食わぬ顔をして依頼票や掲示板を眺め始めた。何だろう。何か見られている気がする。
部屋の奥でクレメンスがぼんやりと窓の外に視線を向けているのが見えた。その傍にはナディアが何故か苦笑いして佇んでおり、シオリと目が合うと肩を竦めて見せた。
ルリィはというと、どういうわけかクレメンスの足元でもぞもぞしながら、時折彼の足をちょいちょいと突いている。
どことなく様子のおかしい同僚達に首を傾げつつも、シオリはザックに向き直る。
「……まぁ色々言いてぇ事はあるが、とりあえず良かったじゃねぇか、シオリ。ちっとは落ち着いて仕事が出来るようになるだろ」
信頼出来る人間と組んでくれるなら兄としても安心出来ると彼は言って笑った。それから、どこそこのパーティに誘われているのを見るたびに気を揉む事も無くなるとも。その事で毎回、角が立たないようにどう断るかで頭を悩ませ、そして断った後も互いになんとなく気まずくなってしまう事にも彼は気付いていたようだったから、やはり心配掛けていたのだと申し訳なく思ってしまう。
「……うん、ありがとう。ごめんね兄さん。色々心配かけて」
「謝ることじゃねぇよ。別にお前が悪いわけじゃねぇしな。しかし、そういう事ならむしろパーティ編成もしやすくなる……っと、これだ」
言いながらザックは机の上の書類綴りを繰り、あるページで手を止めた。
「実はシオリに指名依頼が来てるんだがな、編成をどうするか悩んでたところだ」
差し出されたページを覗き込む。
『シルヴェリアの塔探索の護衛。護衛対象:伯爵家当主及び従者二名の計三名。家政魔導士以外に腕の立つ冒険者を最低でも三名希望』
「……シルヴェリアの塔? この季節にわざわざあんな場所を探索するのか?」
最初の一文を目にしただけで、アレクは眉間に皺を寄せた。
「面倒な場所なの?」
「面倒というほどでもないが、町から塔までは一本道で行き易いとあって、今までに散々探索され尽くした場所でな。真新しい物は無い上に冬限定の危険な魔獣が出る地域なんだ」
「雪の無ぇ季節なら中堅入りした冒険者が腕試しで行ったりもするが、わざわざ難易度が高くなる冬の最中に行くような場所じゃあねぇな。大した旨味も無ぇしよ」
アレクの言葉を継いでザックが言い、首を竦めた。
「ふーん……? それで、その依頼にどうして私に指名が? 護衛依頼なのに」
そこまでの話を聞いた限りでは、家政魔導士にはさして出番が無いようにも思える。
「当主の身体に障りが出ねぇように、野営地ではなるべく快適に過ごしたいんだそうだ。当主殿はむしろそこまで気を遣わなくてもいいって言ってくれてるんだが、従者殿がしつこく食い下がってな」
「身体に障り? まさか持病でもあるんじゃないだろうな」
「いや、健康そのものだよ。ただまぁ、その当主ってのが若い女でな。身体を冷やすとか風邪でも引いて拗らせでもしたらとか従者殿が心配すんのも分からんでもねぇ」
「なら何も今でなくともいいだろう。探索するなら夏で十分だろうが」
ただでさえ今年の冬は騎士隊が手薄とあって、魔獣討伐や治安維持関係の依頼が増える可能性があるのだ。わざわざ危険な季節を選んでの貴族の道楽に付き合っている暇は無い。アレクが難色を示すのもわかる。
「一応それも提案してみたんだがな。今の時期でなけりゃ見られねぇもんを見たいんだそうだ」
その伯爵家からはトリス支部に定期的な寄付があるらしい。それ故に断り辛いところもあるのだという。
「……なるほど」
アレクは渋面のまま唸った。自分としては行けという指示があれば幾らでも行く気はあるけれども、それでも苦笑いするしかない。
「それじゃあ、とりあえずメンバーにアレクと私は決定なんだね」
「まぁそうなるな。あとは……どうするかな。場所と護衛対象の人数を考えると、なるべくA級で固めたいところだな。最低でも一人は火力のある魔導士が欲しいが……」
費用に糸目は付けないらしい。さすが貴族というべきか、それとも余程その女当主が大事なのだろうか。過保護な人はどこにでもいるのものだなと、そんなことを思ってしまった。
「――それならあたしが行ってもいいよ」
「私もだ」
いつの間にか話を聞いていたらしいナディアとクレメンスが割って入る。足元でルリィがぷるんと震えた。
「わあ。凄く豪華なメンバーだけど、そんなに危険な所なの?」
自分以外の三人はトリス支部でもトップクラスの実力者だ。雇うにも結構な金額になる。
「そうさねぇ……なにしろあの辺は雪熊が出るんだよ。おまけに雪海月の群棲地でねぇ」
「雪海月の出現率は九割を上回る。群れを作るから高火力の範囲魔法は必須だな」
「それに雪熊の出現率は三割と、また微妙なラインだ。遭遇すると見て備えておいた方が良い」
「うわぁ」
どちらも討伐難易度はA、条件によってはSらしい。足場の悪い雪中での高難易度の魔獣との戦闘、しかも依頼人と補助職の四人を護衛しつつともなると相当の危険を伴う。
「所要日数はどのくらいかな」
「最低でも五日は見た方がいいだろうな。何も無けりゃシルヴェリアの町から塔までは、探索時間を含めても往復で三日弱なんだが……冬は人の出入りも滅多には無ぇし、除雪も当然されてねぇんだ。魔獣と遭遇することも考えると、森に泊まりになる可能性も考慮せにゃならん」
「食糧は人数分?」
「あー……先方の分は持参するからこっちの分だけで構わねぇって話だったが、念の為三人分追加で持って行ってくれねぇか。簡単な物でいい」
「うん、わかった……けど」
なんとなく含みのある言い方が引っかかって指摘すると、ザックは再び頭を掻きながら書類に視線を落として苦笑いした。
「野外活動には慣れてるから旅支度は問題無ぇって話なんだが、どうも不安でな。確かに雪の無ぇ季節の旅には何度も出てるらしいが、冬の本格的な活動は初めてらしい。冬はせいぜい日帰り出来る範囲での散策程度だったみてぇだからな、準備にも不備があるかもしれねぇんだ」
助言はしたらしいが、素直に聞き入れたかどうかは微妙らしい。時々居る面倒な種類の依頼人のようだ。少しばかり覚悟して臨んだ方が良いかもしれない。
そう思いながら、シオリは手帳を片手に依頼の詳細な説明を始めたザックの言葉に耳を傾けた。
――数日後。
待ち合わせ場所のシルヴェリアの町へ向かう馬車の中、シオリは窓の外の景色を眺めた。
街道沿いに見えるのは、一見すると普通の針葉樹林のようにも見える森林だ。外縁部付近は魔獣も滅多には近寄らないが、その他の森林地帯の例に漏れず、奥まった場所ほど危険な魔獣が多く棲息するという。
それでも森の彼方に白く輝く塔を見る事が出来る緑の美しい夏には観光客も多く集まる景勝地ではあるが、特に冬期間のみ出現する魔獣は極めて獰猛で危険な種類が多く、雪熊の毛皮を求めて立ち入る者でもなければこの時期に敢えて近付く者はほとんど居ない。
シルヴェリアの森。
かつては隣国ドルガスト帝国領であった時代もあり、森の中心部にある塔は当時この地を治めていた領主一族の男子が成人する際の儀式用に建造されたという。罠や魔獣などの試練を乗り越え、塔攻略の証となる品を手に入れる事で成人として認められるという事だった。こうして聞くと随分と物騒な儀式もあったものだとも思うが、実際はそれほど難易度は高くないらしい。それはそうだろう、世継ぎとなる貴重な男子を儀式で失ってしまっては元も子もないのだから。
この地が王国に奪還された後は塔も打ち捨てられ、収められていた目ぼしい品も取り尽くされた今となっては、時折冒険者が腕試しや探索訓練に訪れる程度だという。
そんな場所に敢えて冬に訪れようという伯爵家の女当主とはどのような人物なのだろうか。余程の変わり者かと思ったが、どうやら芸術家を多く輩出する一族らしく、本人も画家としてそれなりに名が売れているらしい。今回の依頼も新作の題材として、雪の降る季節でなければ見られない景色を求めての事なのだそうだ。
「――もうすぐ着くぞ」
隣に座るアレクが身支度を整えながら言った。少しだけ身を乗り出して窓に顔を近付けると、視線の先、街道の向こうに町が見えた。きっと夏場なら色とりどりの美しい屋根が見えるだろうその町は、今は雪景色の中にひっそりと佇んでいる。
「さて、じゃあ気合を入れようかね」
普段の派手で妖艶なものではなく、仕事向けの清楚な化粧を施したナディアがこちらに目配せして片目を瞑って見せた。
自分を指名しての依頼。貴族家からの指名依頼は今回が初めてだ。
緊張を少しでも解き解すように深呼吸すると、アレクが安心させるようにそっと手の甲を撫でていった。正面に座るナディアとクレメンスに気付かれないほどの、一瞬の出来事。ちらりと彼を見上げると、彼は何食わぬ顔で窓の外を眺めていたけれど、その口元が微かに笑みの形を刻んでいた。
彼の細やかだけれども温かい気遣いに気付いて、シオリもまた小さく笑った。
RPGやファンタジー小説に出てくる塔とか遺跡って、作品ごとに色んな設定があって楽しいですね。
私が今まで見たなかで結構吃驚したのは、塔だと思ってたのが旧文明の観光タワー(水族館付き)という設定でした。作中の登場人物には「なんのこっちゃ?」だけど、プレイヤー側には分かる設定というのがまたなんとも……




