48 幕間・扉の向こうの(年長者組、主人公組、スライム)
ルリィ「ナニも無いヨ」
心の汚れた大人が誤解をした話です。
規約を読む限り多分大丈夫のようなので投稿しますが、下品と言えば下品と言えなくも無いので、嫌な予感がした方は回れ右してください(´∀`;)
読まなくても本編に影響は無い話です。
とある冬の日の夕刻。
既に日は落ち、雪が散らつく中、踏み固められた雪道を歩く人々の吐く息は白い。露店を冷やかす者以外は、早く温かい場所へ逃れようと先を急ぐ。
そんな中、足取りも軽く歩を進める者達が居た。ザック、クレメンス、ナディア。トリス支部の高ランク保持者である。向かう先はシオリの部屋。夕食に招待されているのだ。
「お裾分けをしたら、お礼にって沢山頂き物しちゃって」
加工するにも限度がある量だということで、その消費の手伝いを兼ねて御相伴に預かろうというわけである。
「シオリの食事会なんて久しぶりだねぇ」
雪兎の襟巻に顔を埋めながらナディアは言った。暖かい季節には魅惑的な肢体を惜しげも無く晒している彼女も、この時期はさすがに人並みには着込んでいる。とは言え、それでも胸から腰にかけた絶妙な弧を描く線が見えるような衣装であることに変わりは無い。どうやら特注品らしかった。
「昇格したら忙しくなったからな。中々時間も取れんのだろう」
そう返すのはクレメンスだ。彼女がC級の頃まではそれでもまだ空いた時間も多く、何かにつけて食事に招待されることも多かった。だがB級ともなれば長期間の遠征も増えるとあって、御無沙汰気味だったのだ。
「携帯食作りに時間取られてるってのもあるみてぇだがな」
ザックが何やら思案気な顔で呟いた。遠征先でも熱湯を注ぐだけで街と変わらぬ温かく旨い食事が出来るとあって、人気を博しているシオリの携帯食。彼女なりに捌き切れる量を計ってはいるようだが、可能ならもう少し多めに注文したいという声も増えている。少々特殊な技術を使っているようではあるが、出来る事なら彼女の負担を減らすためにも外注化出来ないものかと思う今日この頃である。
取り留めも無い会話をしているうちに、シオリのアパルトメントに到着した。管理人のラーシュは既に自室に戻ったらしく、エントランスにその姿は無い。奥の階段を上り、シオリの部屋に向かう。
そして、いざその扉を叩いて来訪を告げようとした、その時。
『……っん、あ……』
扉の向こうから押し殺したような声が聞こえて、三人はぎしりと固まった。否、主に固まっているのはザックとクレメンスだ。ナディアはというと、どこか楽しげににんまりとした笑みを浮かべる。
『……ぅあっ……んんっ……』
室内から漏れ聞こえた声は、男二人に大変な衝撃を与えた。
「え……」
「いやいや……待てよおい」
クレメンスは呻くなり絶句し、ザックは酷く動揺したようにあまり意味を為さない言葉を漏らす。ナディアは益々笑みを深めるばかりだ。
――艶を含んだ官能的な声。それは閉ざされた扉の向こうで男女の秘め事が行われている事を示していた。
近頃想いを交わし合ったらしいシオリとアレク。二人とも成人する子供が居てもおかしくないような年齢だ。特別な仲にあるいい歳した男女が密室でお楽しみ中であっても何ら不思議な事は無い。
問題があるとすれば、今まさに事に及んでいるらしいこの部屋の主が今宵の晩餐会の主催者であること、そしてその約束の時間の間際であるということ、そして――
『ここ? ここがイイの?』
『う、あっ……シオリっ……もう少し、優しくっ、』
――どう考えても責められている方がアレクということであろう。
「……」
「……」
ナディアは無責任に笑うばかりだが、ザックとクレメンスは無言で顔を見合わせた。ごくりとどちらかの喉が鳴った。
「いや……えっ? ……えっ??」
クレメンスは最早言葉も無いらしい。
「嘘だろ……おい」
呻きながらもどうにか言葉を発したのはザックだ。しかし、それ以上は思考停止したらしく、壊れた玩具のように動かなくなった。
そうこうしている間にも、室内での如何わしい遊戯は進行しつつあった。
『……でも、ちゃんと解さないと、後で辛いよ?』
『くっ……だが、お前の指は細いからっ、深く……っ、うあぁっ』
「「ヒィイイイイイイイイイイイ!?」」
とんでもない台詞が聞こえて、とうとう男二人は声にならない悲鳴を上げた。
「いやいや嘘だろう! あの慎ましいシオリが!」
「娼館では底無しだとか絶倫だとか言われたアレクが!」
なんだこれは。一体どういうことだ。あの淑やかなシオリも、閨では積極的になる質なのだろうか。いや、積極的というかむしろこれはかなり嗜好性が強い気がする。
そしてアレクもアレクだ。毎度抱き潰すほどにがつがつと責めて妓女達に恐れられていた彼も、惚れた女の前では受け身になるということなのだろうか。いや、しかしそれにしてもこれはあまりにもなんというか……なんというかだ。
わぁわぁと大騒ぎ――それでも何かに遠慮してか声を潜めながらではあるが――し始めた男達に、ナディアは笑みを引っ込めると苦々しい顔で柳眉を顰めた。
「――なんだか今とんでもなくどうでもいい情報を得ちまった気がするよ」
付き合いの長い仲間の娼館での綽名など、正直聞きたくも無かった。
『……え、なぁに? ルリィも手伝ってくれるの?』
奇妙に落ち着き払ったシオリの声が聞こえて、場に再び沈黙が下りた。
『じゃあ、ルリィはそっち、お願いね』
「ルリィまで!?」
「――そっちって、どっちだ!?」
ルリィまで参戦して何やら益々恐ろしい事態になりつつある室内の会話に、ザックもクレメンスも動揺を隠せない。
『うぁ、おいルリィっ、』
慌てたようなアレクの声とともに、衣擦れの音。
『……ルリィお前っ、なんだかいつもより熱くないかっ……あっ』
『少し熱めの方が、気持ちイイもんね』
「いつもより!?」
「気持ちイイ!?」
まさかいつもこんなことをしているというのか。というか、一体何がどう気持ちイイというのだろうか。
あまりの衝撃にとうとうクレメンスはその場に崩れ落ちてガクガクと震え出してしまった。ちなみにナディアはというと、もう楽しくて仕方がないといった風に扉の向こうの様子に聞き耳を立てている。
「アレクお前シオリに一体何仕込んでやがる!」
いや、どう贔屓目に考えても仕込まれているのはアレクの方なのだが、頭に血が上ったザックは既に冷静な判断が出来なくなっていた。派手な音を立てて扉を蹴破る。
「お前らナニやってんだあぁぁぁぁぁぁ――――――あ?」
愛剣の柄に手を掛けて怒声と共に室内に踏み込んだザックは、中の光景を目にするなりその場に固まった。
確かに二人は寝台の上に居るには居たが、そこには予想していたような乱れまくった痴態は無く、代わりに装備を解いてうつ伏せに横たわるアレクと、その背に両手を置くシオリ、そしてアレクの脹脛に巻き付いているルリィの姿があった。二人ともその体勢のまま目を丸くしてこちらを見ている。ルリィはといえば顔らしき器官は無くどのような表情をしているかは分からないが、やはり動きを止めたまま沈黙しているので、これもまた二人と同様に驚いているのだろう。
「えっと……何って、指圧マッサージだけど」
それが何か? とでも言いたげにシオリは首を傾げた。
「凄く凝ってたみたいだから、マッサージしてたの。時々やってあげてるんだけど」
「ああ、大分楽になった。ありがとうシオリ。ルリィも」
シオリに礼を述べながら、アレクが身体を起こして肩を回す。ルリィは揉み解していた彼の脹脛からずるりと落ちると、饅頭型に戻って触手を振った。礼には及ばないとでも言いたげだ。
どうやら途轍もない誤解をしていたらしい事に気付いて、ザックは愛剣からゆるゆると手を放した。その代りに――
「お、ま、え、は、」
つかつかとアレクに歩み寄ると、
「紛らわしい声出してんじゃねぇえええぇぇぇぇぇ!!」
その胸倉を掴んでがくがくと揺らしながら喚き散らしたが、はっきり言ってどう考えても八つ当たりである。アレクに非はまったく無い。全ては卑猥な勘違いをしたザック達の責任である。
「っおいっ、一体何なんだ!」
抵抗するアレクとぶっつりいってしまったザックが揉み合い始める後ろでシオリが益々深く首を傾げ、ルリィがぷるんと震えた。
辺りにナディアの弾けるような笑い声が響き渡る。
ちなみに、クレメンスは――廊下で蹲ったまま打ちひしがれていた。
ある冬の夜の、一幕である。
マッサージ中に妙な声出す人って居ますよね!
なんだか居た堪れなくなるような声出す人が!




