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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第2章 使い魔の里帰り

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45 幕間・或る夫人の独り言(1)

うっかり忘れていた元カノのお話です。

どえらい長くなってしまったので二つに分けました。

二話同時更新。


お望みの「女の子成分」とは違うかとは思いますが(´∀`;)

 わたくしがあの方と初めてお会いしたのは、わたくしが十四、あの方が十二の時でした。

 当時、わたくしは城仕えの侍女として働いておりました。侍女……と申しましても、やんごとなき御方に御仕えするような大層なものではございません。わたくしは子爵家の令嬢で年も若く、侍女の中では最も位の低い立場でございました。主な受け持ち場所は衣装部屋で、それも貴い方々の衣装や靴等を選ばせて頂くようなものではなく、わたくしよりも少し位の高い侍女のお手伝いとして衣装の管理や室内の清掃、その他の雑用をさせて頂く程度のものでございました。

 城仕えの侍女。良家の娘にとってはただ手に職を得る為だけではなく、行儀見習いや条件の良い嫁ぎ先を探す為の手段でもございます。わたくしも良縁を求めて登城した、そんな娘達の一人でした。

 ですが、お城には身分の高く美しい御令嬢方が多くお勤めしておりましたから、わたくしのような田舎育ちの、それも地味で十人並みの器量の娘を見初めてくださる方はおりません。

 もっとも、わたくしはそれほど焦ってもおりませんでした。お城に上がって二年経っても浮ついた話の無い娘を心配した母からは度々せっつかれてはおりましたが、父は苦笑しながら焦らずとも良い、お前さえ良ければ身分にこだわらず商家や富豪に嫁いでも構わないと仰ってくださいましたし、わたくし自身が自分の冴えない容貌は十分に理解しておりましたから。それに万一良縁が得られなくとも、このまま城仕えを続けていれば実家に迷惑を掛けずとも十分に食べていけるのです。

 そのように思いながら日々を過ごしておりました、そのある日の事――あの方にお会いしたのです。



 その日、わたくしは半日のお休みを頂けることになりました。お仕事に余裕が出来たとかで、昼までの勤務で下がらせて頂けることになったのです。

 お部屋に戻る途中の長い渡り廊下に差し掛かった時、中庭に通じるテラスの端で、先輩方が雑談に興じているのが見えました。ここはテラスの屋根を支える柱と庭木の影になる場所で、隠れて雑談するには丁度良い場所なのです。

 ――隠れて雑談。内緒話と言うとまだ聞こえは良いかもしれませんが、このような場所で人目を避けて話す内容など、あまり良いものとは思えません。

 案の定――。

「――幾ら王子様とは言っても、アレクセイ殿下は御免ですわね」

 アレクセイ殿下。先年お城に召し上げられた庶子の王子。王太子殿下と第二王子殿下が相次いでお隠れになり、突然お世継ぎに指名された幼いオリヴィエル殿下の将来の側近候補として召し上げられたのだということです。

 ですがその曖昧な出自ゆえに、大変微妙な御立場に置かれている方でした。その上、生まれがオリヴィエル殿下より僅かに早かったために、継承権は下ながらも王子としての序列はオリヴィエル殿下よりも上になりました。その事で一部の方々からは余計に良く思われていないようでした。

 なにしろ、母君の素性が全くわからないのですから。その所為で、どこぞの娼婦に産ませたのではないかという心無い声もございました。

「ええ、あのようなどこの馬の骨とも知れない女の子供など、ぞっとしますわ」

「母君はどこのどなたなのか誰も御存知ないのでしょう?」

「さすがに陛下は御存知でしょうけど」

「でも公になさらないあたり、お隠しになりたいような素性の女なのでしょう」

 この先輩方は侍女仲間の中でも特に質の悪い方々でした。目ぼしい殿方の前ではしおらしく振舞ってはおりますが、目下の者や気に入らない者相手ですと途端に態度が変わるのです。御本人達は気付かれていないとお思いらしいですが、どんなに取り繕っても心根の卑しさはどうしても表情に――特に目付きに如実に表れるものです。そういうわけですから、申し分の無い御身分や容姿にも関わらず、いつまでも良縁に恵まれずに残っておられるような方々でした。

(……どのみちオリヴィエル殿下もアレクセイ殿下も、先輩方とは少し年が釣り合わないのではないかしら)

 どちらの王子様も御年十二。二十歳に手が届くような年頃の先輩方では些か薹が立ち過ぎております。

 あまり関わり合いにはなりたく無い方々でしたので、そっと挨拶をして脇をすり抜けた時――反対側の生垣、先輩方からは影になって目の届かない場所に、栗毛の少年が佇んでいるのが見えました。

(あれは……)

 少し長めに垂らした栗毛の前髪から覗ける紫紺の瞳。それに、今朝方第三王子付きの従者に頼まれてお出しした衣装をお召しになった――

(アレクセイ殿下)

 殿下は影で先輩方のお喋りを聞きながら、きゅっと唇を噛み締めておいででした。蒼褪めた顔で、でもその紫紺の瞳にはぎらぎらと恐ろしいほどの激情を宿して――到底十二の少年が浮かべるような表情ではございません。

 いつだったか父が言った言葉を思い出しました。

『王家の方々はそれはそれは穏やかで情の深い方々だが、決してそれに油断して侮ってはならないのだよ。情が深い分、恐ろしいほどに苛烈な一面をお持ちだ。それを忘れて侮ってかかり、逆鱗に触れて処分された者は存外多いのだ』

 アレクセイ殿下も、髪色やお顔立ちこそ陛下にもオリヴィエル殿下にも似てはおられませんが、その瞳の色は同じ美しい紫紺色でした。きっとお怒りになった時のお二人に、今の殿下の瞳はよく似ておいでなのでしょう。

 わたくしはどうするべきなのでしょうか、見なかったふりをしてこの場を立ち去るか、それとも声をお掛けした方が良いのか――逡巡しているうちに、殿下はふと視線をこちらに向けました。驚いたように目が見開かれ、それから少しだけ気まずそうに視線を反らされました。

 本当は殿下もこの場を立ち去りたいのでしょうが、あの場所から動けばきっとすぐに先輩方に見つかってしまいます。今出ていけば――広い城内で逸れでもしたのか、いつも一緒にいらっしゃるオリヴィエル殿下も御付きの方もいらっしゃらないようでしたから、きっともっと不愉快な思いをされることになるでしょう。庶子の王子と侮って、臣下の身でありながら面と向かって雑言を浴びせる方もおられるらしいのです。特にアレクセイ殿下はご自身の御立場を十分理解しておいででしたから、どのような言葉を浴びせられようともじっと黙って聞いておられる方なのだとか。ですから猶更なのでしょう。

 二人して立ち竦んでいるうちに、幸いな事に先輩方は侍女頭に見つかってお叱りを受け、どこかへ連れて行かれてしまいました。その姿が見えなくなってから、思わず二人して顔を見合わせ――緊張が緩んだのでしょうか、その綺麗な瞳からぽろりと涙が零れました。

「……あ」

 殿下は慌てて目元を拭いましたが、後から後から溢れて来て止まらないご様子でした。

 お城に召し上げられて三年余り。市井育ちということでしたが、随分努力なされたとかで、読み書き計算しか出来なかったにも関わらず、勉学も儀礼も武芸も熱心にこなされて今や立派な王族として申し分無いほどなのだとか。

 とはいえ、まだ殿下は十二歳。いくら王族とは言え、年嵩の者から心無い言葉を浴びせられて平静でいられるような御歳ではございません。

 それでも無様な姿を見せまいと必死で涙を拭っておられるご様子が酷く痛々しく、そしていじらしくも思えました。そのお姿が、ちょうど殿下と同じ年頃のわたくしの弟――子爵家の次期当主として相応しくあろうと日々努力している姿を思わせて、つい――今にして思えば随分不敬ではあったと思いますが、距離を詰めて、その頭を抱き寄せてしまいました。

「……誰も見てはおりません。ですから、今のうちにどうぞお泣きになって。泣いて吐き出してしまえば、少しは楽になりますわ」

 殿下はわたくしの腕の中で身体を強張らせておりましたが、その言葉にゆるゆると肩の力を抜きました。それから――

「……っふ、く……」

 まだ幼さの抜けない身体つきの、その細い肩を震わせながら嗚咽する殿下の背中を、わたくしは彼が泣き止むまでずっと静かに優しく叩いておりました。小さな子供を宥めるように。

 ――しばらくしてから落ち着いたのか、殿下はそっと身体を離しました。目は赤く腫れぼったくなってはおりましたが、それでも随分とすっきりしたご様子でした。

「……すまない。見苦しいところを見せた。自分のことならばともかく、母や父上まで貶されてとても我慢ならなかった」

 声変わりをしたばかりの少しだけ低い声で、殿下は仰いました。自分の親兄弟を悪し様に言われて気分を害さない者はそうは居ないでしょう。

「ですが激高なさることもなく、殿下はじっと耐えておいででした。御立派だと思いますわ」

 世の中にはほんの些細な事でも、身分を盾に過ぎた処断をなさる方もおられるのです。ですが殿下は彼女達に感情をぶつける事もなく、冷静であろうと努めておられました。御自分の御立場の弱さゆえもあるのでしょうが、常に冷静であれという王族としての心構えを守ろうともしたのでしょう。

 そのように申し上げたら、殿下は驚いたように目を見開いた後、微かに笑みを浮かべられました。



 ――これが、あの方との始まりでございました。



 この出来事の後から、殿下は時折わたくしを見つけてはお声を掛けてくださるようになりました。と言っても、お互いの立場を慮ってか、人目のあるところではそれとなく目配せをなさる程度ではございましたが、それでも慕ってくださっているのがそのご様子から感じ取れて、面映ゆい心持ちがしたものでございます。

 母君を幼くして亡くされたということですから、もしかしたらそういった寂しさを埋めるためでもあったのでしょうか、最初のうちは姉代わりのように思っていらしたご様子でした。わたくしも可愛い弟がもう一人出来たような心持ちで居たように思います。

 お辛い時があったときには、わたくしの胸に顔を預けて泣くこともございました。オリヴィエル殿下とは随分と仲の良いご様子でしたが、それでも男同士では矜持が邪魔をするのか、泣き言を漏らせない時もあったのでしょう。そうした時に、静かに寄り添ってお話を聞いて差し上げる事も多くございました。

 ――ですが、それも一年を過ぎ、二年が経って、わたくしが十六、あの方が十四の歳を数えて背丈もぐんと伸び、わたくしがすっかり見下ろされるようになった頃、その関係は疑似姉弟ではなく恋人同士のそれになりました。

 この頃には殿下もある程度自由に行動出来る範囲が増え、夜、人目を避けて会うことが多くなりました。そして、ある日――とうとう口付けを交わしたのでございます。殿下にそっと抱き寄せられて、重ねるだけの優しい、ですが長く唇の柔らかい感触を楽しむような口付けを落とされて、わたくしは天にも昇るような心持ちになったことを覚えております。

「二人きりの時はアレクと呼んで。敬称も要らないよ、レヴィ」

 殿下はわたくしの名前――レヴェッカの愛称で初めて呼んでくださいました。その上で、御自分の事も愛称で呼ぶようにとそう言ってくださいました。

「――はい、喜んで。アレク」

 普段は少し硬い表情の多い殿下もこの時ばかりは満面の笑みを浮かべて、それからもう一度口付けてくださいました。



 ――思えば、この頃が一番幸せだったのだと思います。

 いえ、わたくしが少女の頃の純粋な気持ちを持ったままで居たなら、あそこまで愚かな娘でなければあるいは今でも――。




 あの方とオリヴィエル殿下が十五歳を迎えて間もなく、陛下がお倒れになりました。少し前からお加減が悪いご様子だったらしいのですが、執務中に突然倒れ、そして床に臥せるようになりました。

 死病を患い、侍医の見立てでは持って一年ではないかという事でした。

 これを切っ掛けにして、城内は徐々に荒んで参りました。元より上の二人の王子殿下が若くしてお隠れになり、王妃様も崩御なされるなど王族の方の訃報がごく短い期間に相次いだ事で、城内の雰囲気はどこか不安定になっておりました。何かの切っ掛けで均衡が崩れる要素は十分に揃っていたのだと思います。

 オリヴィエル殿下は既に立太子され、次期国王として定められた立場となっておられましたが、それに異を唱える一派がこれを機に表立った行動を起こしました。

 王太子派と第三王子派に分かれた勢力争い――王位継承権争いが勃発したのです。

 とは言え、二つの派閥の旗頭に祭り上げられた当のお二人は切っても切れぬほどの仲、それも第三王子であるアレクセイ殿下ご自身が言うなれば王太子派でございましたから、思うように事は進まなかったようでございます。

 ただ、問題があるとすれば――それぞれの派閥の若年層が殊の外激しくいがみ合ったことでございましょう。長く続いた平らかな時代に飽き飽きしていた血気盛んな方々が、ここに来て降って湧いたように起きた王位継承権争いに夢中になったのです。王太子派は王家の血統の重要性とその維持を声高に叫び、第三王子派は政に新風を、革命をと熱心に叫びました。

 この継承権争いで一番に傷付かれたのはアレクセイ殿下でした。どちらの派閥からも執拗に突き上げられたのですから。

 王太子派からは立場を弁えぬ卑しい庶子と罵られ、第三王子派からは王子としての序列は王太子殿下よりも上であることを理由に継承権は優位であると迫られ、大切に想う弟君を「兄王子が居なければ王太子教育もまともに受けられなかった軟弱者に王位は相応しくない」と貶されたのです。

 それに、お二人にはまだ婚約者が定められておりませんでしたから、これもまた火種になりました。妃の座を狙う御令嬢方が露骨に群がるようになったのです。特に、意外にもアレクセイ殿下の方が顕著でした。

 どう考えても王太子殿下がこのまま即位なさるのは順当でございましょう。そしてアレクセイ殿下は王太子殿下とも兄弟仲が良く、そして大変優秀な方でもございましたから、側近として御仕えすることになります。そのまま王族の御立場を維持されるにしても、その妃になればその方も王族として迎えられることになりますし、仮に臣籍降下なされたとしても王兄という御身分から恐らく公爵位を賜ることになりますから、その奥方は公爵夫人。

 そしてもし万が一にも継承権争いに勝って王太子殿下が廃嫡され、アレクセイ殿下が即位することになれば、その妃は王妃となるわけですから、どう転んでも有利。

 未婚の御令嬢方がアレクセイ殿下の方に多く群がるのも道理でございました。殿方とは違って御令嬢方の多くは派閥で別れるというよりは、どちらが夫としてより価値が高いかという事に重きを置いて動いていたように思います。

 しかもアレクセイ殿下は庶子という身分ゆえに、上級貴族であっても歴史や格式の劣る家の御令嬢や、下級貴族の御令嬢からの人気が高くございました。王太子殿下とは釣り合わなくとも、庶子の王子であれば自分にも手が届くかもしれない――そのように思われた方が多かったのです。



 そしてわたくしはと言えば――立場上表面には出さないようには努めておりましたが、王族の寵愛に驕って自分の価値を見誤り、すっかり思い上がった考えを抱くようになっておりました。

 アレクセイ殿下との仲は相も変わらず続いておりました。さすがに身体の関係を持つまでには至っておりませんでしたが、夜の逢瀬を重ねて濃厚な口付けを交わし、そして互いの身体に触れ合うような遊びをする程度には深い関係でございました。

 それゆえにわたくしは、自分の将来は約束されたと、最早王子妃としての立場は確実と思い込んでいたのです。

 恐らく殿下もその態度からいずれはそうするおつもりでいらしたのでしょう。ですが、御自分の庶子という立場、そしてわたくしの下級貴族の出という身分を慮って、それを公にするような事は決してありませんでした。逢瀬にお呼び出しになる際も、周囲にわたくしとの関係が覚られぬように随分と慎重になさっておいででした。婚約者として定められる前に二人の仲が明るみになれば、わたくしに危害が及ぶと考えてのことです。

 庶子とは言え仮にも王子、その妃となればもっと相応しい身分の方がいらっしゃるわけですから、子爵家の令嬢ごとき潰そうと思えばいくらでも出来るでしょう。

 ですが、わたくしは未だに自分を婚約者として定めて下さらないことに不満を抱いておりました。婚約者として迎えてそれを公表してくだされば、あのようにはしたなくも自分を売り込もうと必死な御令嬢方に群がられる事も、既成事実を作ろうとして裸で迫られることも無かったでしょう。それに婚約者ともなれば厳重に警護されることになりますから、わたくしへの危害も御自身が思うよりはずっと少ないはずだとも思っておりました。

 陛下が病床に臥して一年が経つ頃には、既に政務のほとんどを王太子殿下に引き継がれておいででした。この頃はアレクセイ殿下もまた王太子殿下の補佐官として多忙な日々を送り、時折愛を囁くお手紙を密かに送ってくださりはするものの、わたくしとの逢瀬はぱったりと途絶えておりました。

 その間わたくしがどれだけやきもきしながら不安な日を過ごしたことでしょう。このまま捨てられて、もっと条件の良い他の御令嬢との縁談が纏められてしまったら。そう思えば居てもたっても居られぬ心持ちでございました。

 勿論陛下がお倒れになり、崩御の日も近いと囁かれる中で、そういった祝い事を決めるような余地は無いのはわかります。ですが、その時のわたくしは恐れ多くも――いっそ、早く陛下がお隠れになってしまえば、アレクセイ殿下との縁談も早く纏まるのではと、そんな風にも思っておりました。

 あのような大変な時期にも関わらず、それほどまでにわたくしは愚かで思い上がった考えに染まり切っておりました。城仕えの侍女、子爵家の令嬢という冴えない身分から脱却し、王子妃もしくは公爵夫人としての輝かしい未来は確実であると、そう思い上がっていたです。




 ――田舎娘が王子様に見初められてお姫様になる、そんな御伽噺にあるような成功物語を夢見る、あまりにも愚かな娘に成り下がっていたわたくし。

 それゆえに、あのような悲劇を招いてしまいました。

 わたくしは――悔やんでも悔やみきれないほどの愚かさであの方を酷く、取り返しがつかないほどに深く深く、傷付けてしまいました。




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