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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第2章 使い魔の里帰り

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43 幕間・父と子「雪菫の花束」(父)

王侯貴族には側室を持つことを許されている国のお話ですが、それでも不快に思われる描写があるかもしれません。不倫、シングルマザーに関する描写が入りますが、苦手だと思われる方はご注意ください。あくまでこの物語はフィクションであり、その中の設定の一部であること、特定のカテゴリに属する方々を貶める、または逆に賛美する意図は無い事をご理解頂ければ幸いです。

 空になった器を手に、人気の無い廊下を歩く。すれ違う者が居ないのは幸いだった。今はきっと、ストリィディア国王ロヴェルト・ヴァレンティ・ストリィディアとしてではなく、ただのロヴェルトとしての素顔を晒しているからだ。

 王太子時代の叶わなかった甘く苦い恋が、今更のように身を焦がす。

(――イェシカ)

 愛していた。心の底から愛していた。

 城仕えの侍女の中でも位の低い、男爵家の末の娘。他の令嬢とは異なり華は無かったが、素朴で優しい娘だった。素直で飾らない性質に強く惹かれた。共に居て癒される娘。

 想いを交わし合い、密かに逢瀬を重ねる日々。だが、二人の身分差が、そしてこの国のたった一人の王子であることが、添い遂げる事を許さなかった。

 ――母は身体が弱く、ロヴェルト一人を産み落とすのがやっとだった。父王に対しては世継ぎ候補を沢山産める、もっと健康な側室をと望む声も多かったと聞く。だが、妻を深く愛していた父王は頑としてそれを受け入れなかった。ただ一人の女への想いを貫いた父王の愛の形は尊いものだと思う。

 しかし、その結果――その付けを一人息子が支払うことになろうとは思いもしなかっただろう。もし他に兄弟でもあったならば王太子の座を譲り、イェシカと添い遂げる道も選択肢としてあったかもしれない。歴代の王子の中には好いた娘の為に継承権を序列の低い王子に譲り、臣籍降下した者も居ない訳ではなかった。

 だが、ロヴェルトはたった一人の王子だった。替えのきかないただ一人の王子、王太子。婚姻の自由など許されるはずも無い。国益の為を思えば健康であることは勿論の事、次代の国母として相応しい素質と教養、そして身分を兼ね添えた十分な後ろ盾のある娘を娶る事もまた自分の務めであった。

 父王が最も愛した女を王妃に迎える事を許されたのは、偶さか彼女が公爵家の令嬢という釣り合った身分だったからだ。

 だが、イェシカは貴族とは言え末端の男爵家の娘。田舎育ちで自由闊達に育ったイェシカには王妃の座を狙うような野心は無く、そして王妃教育を施すだけの教養も時間も覚悟も無かった。これは彼女自身が口にしたことでもあった。

『殿下の事は心よりお慕いしております。そのお心を私に傾けてくださったこともこの上無い喜びです。ですが――私には貴方の身分は、あまりにも重過ぎるのです』

 最後の逢瀬でイェシカはそう言い残し――そして数日の内に城を去った。彼女の存在に気付いた何者かの圧力もあったのだろうが、彼女自身がロヴェルトの枷になる事を疎んだのだ。

 覚悟の上の離別を選択した彼女に報いる為にも、自分もまた覚悟を決めた。彼女を愛したのと同等に、祖国を心から愛していたからだ。身分も立場もかなぐり捨てて彼女を追う道も無いわけではなかったが許されるはずも無く、仮に許されたとしても、たった一人の王子である自分が王太子の座を捨てる事で必ず起きるであろう王位継承権争いで国が荒れる事など、到底容認することは出来なかった。

 イェシカへの想いを封印し、数ある縁談の中からこれはと思う娘を選んで妃に迎えた。その妃をそれなりには愛したと思う。妃もまた自分を慕ってくれた。

 そして――イェシカもまた、どこかで新しい恋を見つけて幸せになってくれたならと、そう願った。

 だが。

「……まさか、私に操を立てて、修道院に身を寄せていたとは、な」




 十数年後、視察で訪れた西の領都――偶さか気紛れで訪れた修道院併設の孤児院で、子供達の世話を任されていたのがイェシカだった。城を去った後、縁談が纏められる前に出家したのだという。既に生家は兄が爵位を継いで世継ぎにも恵まれ、二人の姉もまた良縁を得て嫁いだのだという彼女は、多少の我儘も許された立場だった。出家を許され、修道院で倹しい生活を送る日々。無論その身体は乙女の潔癖のうちにあった。最も愛した男に捧げる事が出来なかった純潔は、神に預けたままなのだと彼女はそう言った。

『――今宵限りの我儘です。どうか、御情けをくださいませ』

 一夜限りの契りを、と。イェシカは望んだ。

『子供達と接するうちに、どうしても己が子をこの手に抱いてみたくなったのです。どのような結果になろうとも、今後一切陛下のお手を煩わすことはいたしません。ですから』

 


 思えば、思いがけない邂逅と十数年ぶりの逢瀬にどうかしていたのだ。自分も、彼女も。

 一度別れる道を選んでおきながら、どうしてあの時身体を重ねてしまったのか。あの晩の交わりは、一度きりでは終わらなかった。それまでの空白を埋めるかのように、空が白み始める頃まで、何度も何度も激しく睦み合って。

 結果は彼女が望んだ通り――子を孕んだ。生まれた時から父の居ない、子供を。



 生まれた赤子に会ったのはただ一度だけ。

 素性を嗅ぎ付けられて政治利用されぬよう王侯貴族のしがらみを断ち切り、唯の人、普通の子として育てたいとイェシカは望んだからだった。赤子を連れて、生家にも気付かれぬうちに密かにトリスへと移り住んだ。養育費や生活に必要な物全てを与えようともしたが、それも彼女は全て固辞した。望まぬだろうと分かっていて提案した側室としての立場もやはり断られた。

 こちらを気遣っての事でもあろうが、もしかしたら女の意地もあったかもしれない。



『――好いた男と添い遂げられなくとも、その血を受けた子だけは欲しいと思う女も中には居るようです』

 いつだったか、妻以外の女と子を成した者同士として、側近のフレードリク・フォーシェルと密かに語り合った事がある。その道の先達として意見を求めた時の事だ。

『その気持ちは私にはいまいち理解は出来ないが――例えば、ブレイザックの母もまたそうであったと?』

 そう問いかければ、彼は酷く苦く笑ったのだ。

『いえ、残念ながら――私の場合は本当に過ちだったのですよ。まだ青臭い少年だった頃の過ちです。夜会で出会った名も知らぬ令嬢と酔った勢いで事に及んでしまいましてね』

『ほう? 意外だな。そなたらしくもない』

『若かった、と言うのは何の言い訳にもなりませんが、決して酔いばかりの所為ではありませんでした。互いに自分の境遇への不満をぶつけ合っただけの――不毛な行為でした。彼女は意に沿わない相手との婚姻を、私は父と祖父の期待に応えられなかった事への苛立ちを、それぞれにね。もっとも、その一度きりでまさか子を成すとは思いませんでしたが』

 その結果その令嬢にも生まれて来た息子にも申し訳ない事をした、と。フレードリクは深い悔恨の念を滲ませて呟いた。

『……いつの世も、問題の皺寄せは弱い者――女や、その子供に行くのですよ』



 ロヴェルトはイェシカの意思を尊重した。ただ、せめて暮らしには困らぬように、裏から手を回してそれとは気付かれぬよう働き口を斡旋した。決して豊かとは言えない暮らしぶりではあったが、心根の良い親切な人々に囲まれてアレクセイは健やかに育ち、母と二人きりの生活もそれなりに幸せではあったという。

 だが今にして思えば、無理にでも別宅を与えておくべきだった。贅沢でなくてもいい、質素でも日々に困らないだけの生活をさせてやれば、イェシカは長らえたのではないか。アレクセイも大好きな母とこれから先も共に過ごせたのではないか。

「……皺寄せ、か」

 末端の男爵家令嬢とは言え、何一つ不自由の無い暮らしをしてきた貴族の娘が何の支援も無しに市井で暮らすには、やはり負担が大きかったに違いない。

 修道院で倹しい暮らしを続け、その後は子と共に市井に身を投じての生活。その事が徐々に彼女の身体を蝕んでいたようだった。貴族に嫁いでいたならば乳母なり養育係なりが付けられて身体を休める暇もあったであろうが、一人きりで幼い子を育て、そして糧を得る為に働きに出るという生活は、女の身にはさぞや過酷であっただろう。

 緩やかに衰弱していったイェシカは、アレクセイが十になる前に病を得て呆気なくこの世を去った。

 折しもその頃、自身もまた王太子とその側近候補として教育していた第二王子の、二人の息子を立て続けに不幸な事故で亡くした。そして悲嘆に暮れて精神衰弱に陥った王妃が長く床に臥せる事にもなった。それらの対応と、そして国王としての公務にも追われる日々。

 定期的に寄せられていたトリスの「妻子」の報告に目を通す暇も無く、イェシカが他界した事も、アレクセイが孤児院に預けられた事も数ヶ月の間気付く事は無かった。

 皺寄せは、最も弱い立場の者に行く。

 フレードリクの言葉は真実その通りになった。

 ロヴェルトは王としての責務を優先するあまり、外に作った妻子への気配りが疎かになった。夫としても父としても、何の支えにもなれなかった。二人ぼっちが独りぼっちになっていたことにも気付かなかったなど、あまりにも無責任ではないか。

 そしてイェシカは、手厚い支援の手がありながらそれを全て固辞して、母一人子一人で孤立無援の生活をするという事の危険性に気付かなかった。万が一にも子が独り立ちする前に自分の身に何かあれば、残された子はどうなるかという事に思い至らなかったのだ。

「親失格だな。私も、彼女も」

 苦い思いが胸を焼いた。

 全ての問題が最も弱い立場の者――アレクセイに皺寄せしたのだ。

『――母さん』

 亡き母を呼び、泣きながら眠る姿を見たのは一度や二度では無かった。

 今更手元に呼び寄せたところでどうなるというのか。

 孤児院で独り寂しい思いをしていると知って引き取ったはいいが、幸せであるようにはとても見えなかった。異母弟であるオリヴィエルと気が合う様子なのは僥倖ではあったが、彼が居ない時のアレクセイは、酷く心細く不安げだという。それは疎外感から来るものだけでは無かった。

 信頼の置ける者を常に傍に付け、決して一人にはさせぬよう手配した。だがそれでも本人を目の前にして蔑みの言葉を向ける者も少なくないという。

 妾の子。正室の子に取り入って王位を狙う卑しい子、と。

 さもなくば、市井育ちの物知らずなら御し易しと侮ってか、露骨にすり寄る者も居るらしい。

 様々な思惑の渦巻く宮廷は、自由で健全な世界で育ち、そして母を失って日も浅い幼い少年にはあまりにも過酷な環境だ。

 ――何が賢王か。王としてどれだけ称えられようとも、己が子一人満足に守れないではないか。最も愛した女すら死なせてしまった。

 どうするべきだったのか。

 あの夜イェシカを抱かなければ、それが一番良かったのだろう。互いに、生まれる子が立場の微妙な私生児になることを承知の上での行為だったのだから。

 だが、その結果生まれ落ちたアレクセイの存在を否定したくはない。

 身勝手なものだ。

 足が、止まった。

 思い切り振り上げた拳を、壁に叩きつける。やり場のない怒り。己の愚かさと不甲斐無さに反吐が出る。愛しているなどという言葉も、すまないという謝罪の言葉も、そのどちらも口にする事すら烏滸がましい。

「……イェシカ。アレクセイ」

 ゆるゆると視線を窓の外に向けた。

 雪は、やはり止みそうになかった。





 数年後。

 若葉の柔らかな萌黄色が色濃さを増し、初夏を迎える頃。

 ロヴェルトは床の上に身を起こし、爽やかな空の青と木々の緑の見事なコントラストを成す窓越しの景色を眺めていた。

 まだ働き盛りであるはずの歳ではあったが、侍医の見立てでは持って数ヵ月ということだった。数年を掛けて自らも気付かぬうちに身体を徐々に蝕んでいた病は、この一年で急速に進行した。執務室を寝室の隣に移していつでも休めるようにはしていたが、ここ半年は床で書類仕事をする事が増え、そしてこの二月ふたつきほどは床から起き上がれぬ日が続く事もあった。

 最早長くは無いと、既にオリヴィエルには王としての執務は引き継いである。心根が優しく穏やかで、幼少期は優秀な兄二人の影に隠れているような存在であり、世継ぎとして指名された当時は次期国王としては心許ないと密かに揶揄されていたオリヴィエルに最早その面影は無い。今や穏やかさと厳しさを兼ね添えた、聡明な王としての片鱗を見せつつある。

 そして、アレクセイは。

「……行くのだな」

 人払いして己と息子二人きりになった室内。呼び寄せたもう一人の息子の決意は固い。

「……ああ。出来ればあいつの支えになりたいと思っていたが――今のままではオリヴィエの邪魔になるだけだ。これから新しい王として踏み出す大事な時期に、足を引っ張るような事はしたくない」

 アレクセイは、城を出る。その身分を捨てて。

 ――王妃も儚くなり、王も執務中に倒れて余命僅かだと知るや、宮中の貴族は二つに割れた。否、元よりその兆候は以前からあったのだ。

 代々王家に仕え、国と王に忠誠を誓う忠臣から成る王太子オリヴィエル派。

 そして、様々な事情から政治の中枢から外れた名門貴族や新興貴族から成る第三王子アレクセイ派。後から迎えられた庶子とは言え、生まれた順序から言えば王位継承権の序列はアレクセイが優位というのが彼らの言い分だ。

 強引な理屈ではあったが、意外にもアレクセイ派に付く貴族は多かった。限られた数の王の側近や高級官僚の座を、長期に渡って同じ家の者ばかりで占領している事を不満に思う貴族が多かったのだ。偶さかその座に相応しい者が同じ家から二代続けて出ただけの話だったのだが、それに納得出来なかったのだろう。気持ちは分からないでもない。

 しかし、権力に偏りが出ると尤もらしい理屈を付けてはいるが、その実その権力に目が眩んでいるのはアレクセイ派の貴族どもだ。真に国と民の事を考えている者が一体どれほど居るのか。余命僅かな王亡き後は後ろ盾の無くなるであろう庶子の王子を傀儡とし、彼を唆して王太子を排除して即位させ、自分達がその側近の座に収まろうと画策したのだ。

 だが、アレクセイとオリヴィエルの絆は親であるロヴェルトでも驚くほどに固い。それはまるで、魂を分けた双子のような。

 心根の優しく純粋なアレクセイは見る間に消耗していった。大切な兄弟を自らの目前で有りもしない誹謗中傷で貶されるだけでなく、それまで自分に見向きもしなかった令嬢達に露骨に言い寄られるようにもなったのである。中には策略でもって既成事実を作り、彼の妃の座に収まろうと画策した娘も居たほどだ。

 あまりにも目に余る幾つかの貴族家は手を下して排除したが、それでも城内の空気は徐々に荒れていった。

 このままでは国政にも障りが出る。そして、いずれは血を見る事にもなりかねない。

 ――自分さえ居なくなれば、事態は収拾する。

 アレクセイがそう考えるようになったのも必然の事だったに違いない。

 この王位継承権争いにやはり心を痛めていたオリヴィエルもまた、深く傷付けられたアレクセイを救うには城から解放するしかないと思ったようだった。元より自分が不甲斐無いばかりに庶子の王子から自由を奪い、城に召し上げる事になったのだと気に病んでも居たのだ。

 確かに、アレクセイを城に呼び寄せたのにはそういう思惑もあった事は否定出来なかった。突然与えられた世継ぎの座とその責務の重圧に押し潰されそうになっていたオリヴィエルの支えになる兄弟が居ればと、そう考えたのだ。

 二人からの申し出に、ロヴェルトは決断した。アレクセイを城から出す事を。

 側近と話し合って賛同を得、アレクセイを安全に逃がす手筈を整えた。彼自身もまた以前から親しく付き合い、そして既に市井に下っていたブレイザック・フォーシェルと密かに連絡を取り、出奔後の身の振り方を決めていた。

「……すまなかった。お前には辛い思いばかりさせてしまった」

 何の救いにもならない言葉だったが、言わずにはいられなかった。王としてではなく、父としての思い。自らの過ちの皺寄せを、全てこの子に負わせてしまった。

 アレクセイは目を見開いた。髪色も顔立ちも己と似るところのない、だが、その紫紺の瞳だけはよく似ていた――。

「……正直言えば、母さんを一人にした父さんを、俺は許せない」

 しばしの沈黙の後、彼は言った。

「息子としても、男としても、俺はあんたを許すことは出来ない。でも、母さんの子として生まれる切っ掛けを作ってくれた事、そして兄弟に――オリヴィエに会わせてくれた事、その二つは感謝している。それに、」

 イェシカによく似た栗毛がさらりと揺れた。紫紺の瞳が笑みの形に細められる。

「母さんは、父さんとは一緒にはなれなかったけれど、とても立派な人だと言っていた。母さんが俺に嘘を吐いた事は一度も無い。だから、俺は母さんの言葉を信じている。父親としては最低だが、王としては立派だってことは知っているよ。勉強したんだ、国が豊かになる為に、爺さんや父さんがどれだけ頑張って来たのかを」

「……アレク。お前は、」

 アレクセイの心中を察して言葉が詰まった。

 優しい子だ。この子は、既に許しているのだ。口では許せないと言いながら、それでも、この不甲斐無い愚かな父を許している。

「アレクセイ」

「なんだ?」

「……お前に、その名の意味を教えよう」

「名前の、意味?」

 ――父として何一つしてやれなかった自分が贈った、たったひとつのもの。その意味を。

「アレクセイ――古い言葉で、守護者という意味だ」

「守護者……」

「これは私が付けた名だが、ミドルネームは……お前の母さんが付けた」

「母さんが?」

「ああ。王家の者は、ファーストネームは父親が、そしてミドルネームは母親が付ける習わしだ。お前のミドルネーム、フレンヴァリは――これも古い言葉で、優しい大地という意味だ」

 守護者。優しい大地。

「――私はお前達を護ってやる事が出来なかった。お前は私のようにはなるな。いつか、大切な者が出来たならその時には――全力で護ってやれ」

 アレクセイ・フレンヴァリ・ストリィディア。

 優しい我が子。どうか、強くなれ、強く在れ。この厳しくも恵み豊かな優しい大地のように。

「ああ。分かった。その名に恥じない男になる事を約束する」

 拳を、差し出された。虚を突かれて瞠目するが、意図を察して自らも拳をつき出した。拳と拳が軽く打ち合わされる。

「――それじゃ、行くよ」

「壮健でな――ああ、私の『見送り』には来なくていい。もしその気があるのなら、遠くで少しでも想ってくれればそれでいいからな」

 アレクセイは微かに息を飲んだ。だが頷くと、一度力強い視線でこちらを見――それから静かに部屋を出ていった。

 ――この別れは永遠の別離。息子は旅立ち、そして自らもまた、それほど遠くは無い未来に――この世から、旅立つ事になるだろう。




 この日の夜半、アレクセイは密かに城を発ち――そしてロヴェルトは、数週間後の良く晴れ渡った爽やかな風の吹く早朝、静かに息を引き取った。

 葬儀は王太子オリヴィエル・フェルセン・ストリィディアの手で盛大かつ荘厳に執り行われたが、その参列者の中に、出奔して行方知れずになった第三王子アレクセイ・フレンヴァリ・ストリィディアの姿は無かった。

 だが、葬儀の朝――王太子宛に、墓前に供えるようにという書付の添えられた、差出地と差出人不明の花束が届けられた。国花である雪菫を束ねた慎ましやかなそれ。亡き王への敬意を表したものではないかという意見もあったが、実はその花が――彼がかつて愛していながら添い遂げる事の出来なかった女の好きな花であったということを知る者は、ごく僅かであった。















ルリィ「エンダァァァァァァァァァァァイヤァァァァァァァァァァァ」



入れるかどうか大変悩んだ話です。

父ちゃんだけの責任でもなかったっていう話……難産でした。

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