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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第2章 使い魔の里帰り

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39 幕間・新しい友人(オリヴィエル、エドヴァルド、???)

「色々あったが、収穫のある旅だったな」

 乗り心地の良い雪馬車に揺られながら雪景色を眺めていたオリヴィエルは、誰に言うともなく呟いた。

 最初はアレクセイが急な病で倒れたと聞き、居てもたっても居られずに飛び出して来てしまったのだったが。

 その後におこなった北方の難民キャンプの視察は、問題点を直に把握するには極めて有意義なものだったと言えよう。本来難民キャンプの視察は危険も多いからと、国王たるオリヴィエルではなく各関係部署の責任者が行う予定であった。だが、伝聞や手元に届けられる報告書だけでは分からない事もある。自分の元に報告が上げられる頃には、削ぎ落とされてしまっている情報も多い。やはり、実際に目にして初めて分かる事も多いのだ。

 最も厳しい環境と言われている北方のキャンプの視察を、これから更に厳しくなる冬を迎えるこの時期に出来た事は僥倖だった。厳冬期を迎えるにあたって必要な物資、技術者や医療従事者の確保、仮設住居の設置等、より具体的な対応策が打ち出せる。

 そして――思いがけずアレクセイの幸せそうに笑む姿を見られたこと、その彼の心を癒した「天女」との邂逅――。実際に顔を合わせるのは初めてであったが、報告書越しでは分からない彼女の素顔、その穏やかな人柄を直に知ることが出来た。彼女ならば兄を任せても良い。あれはいい女だ。短い邂逅ではあったが、そう思えるほどには彼女の事は気に入ってしまった。

「――陛下。じきにブロヴィート村を通過しますが如何なさいますか」

 同乗していたエドヴァルドから声が掛かる。

 雪狼の群れの襲撃を受けるという前代未聞の事件が起きたブロヴィート村。既に旅行者の移動は済み、重傷者の搬送も一部完了している。後はクリストフェルに任せても問題無いだろう。自分が協力出来る事と言えば、催涙ガスの密輸と使用に関わった王都の毛皮商人とそれを指示したであろう貴族の詮議だ。

「気になるところではあるが、予定通りそのまま通過してくれ。その代り、少し離れた場所で休憩にしよう。村が見える位置がいい」

 御者と護衛にその旨が伝えられる。通過せよという指示ではあったが、ある程度様子が分かるよう気を遣ってくれたのだろう、村の前は多少速度を落として通り過ぎた。入り口や付近の警戒は平時よりは多いものの、目立った混乱は見受けられず、既に落ち着きを取り戻しつつあるようだった。

 村から幾分離れた雪原で雪馬車が停められる。荷馬車や隊商の休憩地にも使われている場所らしく、周辺はある程度除雪されて踏み固められていた。幸いな事に今は他に利用する者はない。オリヴィエルも含めて皆お忍び用の元の身分が分からない旅装姿ではあったが、それでも人目を気にすることなく外に出られるのは有難かった。

 街道を挟んで向かい側には蒼の森。時折冬鳥の鳴き声が聞こえるあたり、小動物は既に戻ってきているのだろうが、普段は見掛けぬ魔獣も外縁部まで出て来ているらしく、当面は立入を規制されている。

 護衛の騎士達が守りを固め、従者が湯を沸かして茶の用意を始める中、数人の騎士らと何やら話し合っていたエドヴァルドが近寄って来る。

「騎士を二人、ブロヴィートに偵察に行かせますがよろしいでしょうか」

「ああ、よろしく頼むよ」

 彼の指定した騎士ならば信用出来る。例え短時間の偵察でも、こちらの知りたい情報は全て拾ってきてくれるだろう。

 果たして、数十分程で戻ってきた彼らの仕事ぶりは満足の行くものだった。村人の様子から始まり、商店街や旅籠通りの人の出入り、騎士隊の配置や物資の過不足、等々。救護所は既に閉鎖され、領都への搬送待ちの重傷者は規模の大きい宿屋に分散して収容されているようだ。

「駐屯騎士隊の新しい隊長には、隣村の副隊長殿が就任したそうです。カスパル・セランデル殿は領都での勤務経験もある、部下の信頼も厚い有能な男だそうですよ」

「追加の人員も近日中に配属予定。騎士隊の配置には問題無い……か」

「ええ。ですが、村の観光業はやはり大打撃ですね。この時期にしては観光客の数も目立って少ない。新しい商売を始めるつもりのようですが、どこまで客足を回復出来るかは未知数です」

「……新しい商売?」

 戻った騎士の報告とエドヴァルドの補足説明に耳を傾けていたオリヴィエルは顔を上げた。

「足湯と言って、足だけを湯に浸して温まる入浴施設だそうです。服を脱がずとも全身を温められるだけでなく、疲労回復効果も高いとか。既に浴槽の設置が始まっていました」

「滞在していた冒険者の知恵だそうです。東方の習慣だとか」

 東方、という言葉に些か引っかかりを覚えた。アレクセイと天女がブロヴィート方面に向かったという報告は受けているが、もしや彼女の提案だろうか。この点は後で調べさせるとして、その足湯とやらに非常に興味を惹かれた。有益なものならどんなものでも取り入れたい。国の安定の為に重要なものの一つに、民の健康と生活の充実がある。そう教えてくれたのは父だった。国とは民があってこそ。健康で健全な民無くして国は成り立たない。

「へぇ……なんだか面白そうだね。落ち着いたらまた来てみようか」

「――陛下」

 エドヴァルドが渋面を作った。これ以上振り回してくれるなとでも言いたげな表情だ。

 何しろ気になる事があればすぐに足を向けてしまう性分だった。経費削減の為に大々的な視察を行う事は無いが、市井の人間のような身形で最小限の護衛だけ連れて各地へ飛び出して行くオリヴィエルを諫めるのは幼馴染のエドヴァルドの役目である。

 エドヴァルドは王立騎士団の副団長という身分ではあるが、彼自身は騎士団最高職の団長ではなく、オリヴィエルの側近の座を狙っている。その理由はと言えば、出世だとか権力だとかそういうものではなく、ただ一つだけ。オリヴィエルの目付け役をしたい、その一点に尽きた。『目の届かない場所で放し飼いにしたら、何処に消えて何をするかわからないから』だそうである。随分な言われようだが事実なのだから反論のしようもない。

 実際に、行動力の有り過ぎる国王に頭を痛めている側近達は、エドヴァルドの「野望」を現実のものにしようと動き始めているらしい。今のところエドヴァルドもオリヴィエルを諫め切れてはいないが、これが現実に傍に侍るようになったら遠慮無く口を出すようになるに違いない。武の名門フォーシェル家の当主が側近になれば心強いかもしれないが、その一方でぞっとする気持ちもあるのは否定出来ないところだ。

 冗談だよ、と取り繕うように言い掛けたその時、護衛騎士に緊張が走った。エドヴァルドも既に剣の柄に手を掛けている。

「お下がりください、陛下」

 彼の言葉に素直に従いながらも視線を巡らせ、騎士達が見据える先を見る。

 真っ白な雪原にぽとりと落とされた大きな染みのようなもの。雪の中を蠢く桃色のそれは、不規則な動きで徐々にこちらに近付いて来るようだった。

「スライムだ!」

 桃色のスライム。蒼の森に棲息する種類は温厚で人を襲ったという記録は無い。無いが、だからと言って危険が無いかと言えばそうとも言い切れないのは、それが魔獣であるからだ。人の理とは外れた世界で生きるモノ。

 スライムはじりじりとこちらに迫って来る。エドヴァルドらは抜刀して身構えた。

 敵意を向けられている事を察してか、スライムはその場で這うような歩みを止めた。その粘液状の身体の縁がぷるんと震える。

 と。

 ぽよんと弾むようにもう一度身体を震わすと、粘液状だったそれがつるりとした半球体に形を変えた。饅頭型のスライム。

 護衛騎士達は予想外の展開にどよめいたが、その形状に見覚えのあるオリヴィエルはエドヴァルドと顔を見合わせた。こういう形を取るスライムには覚えがある。というより、ごく最近会ったばかりだ。

「……まさかとは思うが、ルリィ君の知り合いかな?」

 天女の連れていた「友人」のスライム。

 ぽつりと呟くと、桃色のスライムはぷるんと震えた。まるで肯定するような仕草にもやはり見覚えがある。

 敵意らしきものは感じられず、ぽよんぽよんと楽しげに跳ね回るスライムに、どうしたものかと護衛騎士達は警戒を緩めないまま指示を仰ぐようにこちらに視線を向けた。

 攻撃しないよう彼らを片手で制止しながら、オリヴィエルはスライムに近付いた。

「陛下! 危険です」

「大丈夫だよ。多分」

 直感のようなものだったが、勘には自信がある。あまり外した事はない。これは敵ではない。

「多分ではありません」

 エドヴァルドの呆れたような声が追い掛けてくるが、それに構わず距離を詰めると、スライムに視線――があるのかどうかは定かではないが――を合わせるように、その場に膝をついた。

「君は、ルリィ君の知り合いかい?」

 問いかけると、桃色スライムはやはり答えるようにぷるんと震えた。

「シオリ女史の事も知っている?」

 もう一度、ぷるんと震える。

「じゃあ、アレクセイには会った事があるかな? ああ、もしかしたらアレク、と名乗っているかもしれないが。栗毛で、瞳の色は僕と同じだ」

 特別調査室の外部協力員から寄せられた報告では、アレクセイは天女の使い魔の里帰りに同行したということだった。このスライムがその使い魔の知己ならば、顔を合わせたかもしれない。

 案の定、桃色スライムはしばらく考える素振りを見せてから、ぷるんと震えて見せた。

「はは、凄いな。スライムと意思疎通が出来るとはね。ルリィ君の時も思ったが、かなり賢い種類のようだ」

 褒められた事が分かったのだろう、スライムは嬉しそうに左右に揺れた。

「触ってみてもいいかい?」

 頷くような動作でその身体がぷるんと震え、許しを得たオリヴィエルは手を伸ばす。さすがに見過ごせないと思ったのだろう、護衛騎士から制止の声が上がり、エドヴァルドがスライムとの間に割って入った。

「陛下。いくら何でも度が過ぎます」

「大丈夫だよ、敵意は感じられない。それにルリィ君の知人だよ」

「そうかもしれませんが、もう少し御自分の御立場をお考えください。もしもの事があれば、」

「まぁ、そう固いこと言わずに」

「聞けよオリヴィエこの野郎」

「……お前、また素が出てるぞ」

 押し問答の果てにとうとう堪忍袋の緒が切れたらしい。エドヴァルドの丁寧だった言葉遣いががらりと崩れた。昔からそうだ。感情が昂ると、こうして素の言葉が出る。どうやら彼の敬愛する兄譲りらしい粗野な口調。

 目の前で言い争いが始まり、おろおろし始めた桃色スライムを落ち着かせるように、その身体をそっと撫でてやる。

「ああ、この感触! 間違いないね、この子はルリィ君の仲間だ」

「どういう判断基準だよ!」

「もっちりぷよぷよした手触り! 幼子のような高めの体温! 御婦人の豊満な乳房のような手触りは彼の同胞に違いないよ!」

「卑猥な言い方すんじゃねぇ!」




 俄かに始まってしまった主従の言い争いに、護衛騎士は互いに顔を見合わせ肩を竦めると、深く長い溜息を吐いた。これが始まると長いのだ。

 始めの頃こそ止めるべきではと悩んだものの、時折行われるこの主従の口喧嘩にも一応意味があるのだと気付いたのは仕えて数ヵ月を過ぎた頃だ。どうやらこうして子供じみた口喧嘩の形でじゃれ合う事で、互いにストレス発散しているらしい。主に、表面的には受け手に回っている国王の方が、だ。国の王たるオリヴィエルには、素のままで言い合える相手などそうそう居るものではない。

 ともかく、色々言いながらもエドヴァルドが警戒を緩めたのなら確かに危険は無いのだろう。中には早々に剣を鞘に納めてしまっている者も居る。

「いつ終わるんだろうな、あれ」

「……さあな」

 視線の先で、桃色スライムを気に入ったらしいオリヴィエルがとうとう餌付けを始めてしまった。王兄仕込みの魔法で作った水をスライムに与えている。

「……おい、まさかとは思うがそいつを連れ帰るつもりじゃねぇだろうな」

「それはこの子次第だねぇ」

「オリヴィエ!」

 オリヴィエルは、大喜びで水をつるつると飲み込んでいるスライムを撫で回している。それも、ほとんど抱き抱えるような形でだ。

「――あれは確実に連れ帰るな」

「……そうだな……」

 護衛騎士達は遠からぬ未来に現実になるだろうその推測に、遠い目になった。

 そして、その推測は、事実になった。




 数十分後。ようやく王都への道行を再開した雪馬車の中には、御満悦で桃色スライムを膝に乗せているオリヴィエルと、苦虫を数十匹同時に噛み潰したような顔で向かい合って座るエドヴァルドの姿があった。

「いやあ、実に有意義な旅だった」

「……そりゃあ良かったな」

 こうなってしまっては諦めるより他は無いとばかりにエドヴァルドが投げやりな言葉を返して寄越す。

「そうだ。名前を付けてやらなければ」

 楽しげにオリヴィエルが言うと、期待するかのように桃色スライムがぷるんぷるんと震えて見せる。

「桃色だから……(ペルシッカ)なんてどうかな」

「そのまんまじゃねぇか」

「じゃあ、縮めてペルゥ」

「雑!」

ルリィ「解せぬ」



陛下とシオリはなんとなく感性が似ているようです。

そんなわけでピンクスライムは陛下の使い魔になりました。

前代未聞の珍事です。

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― 新着の感想 ―
エドヴァルドのタメ口が良い。国王にとって、唯一無二の親友という感じが良く出てる。 桃色スライムがこういう登場の仕方をするとは、予想外だった笑
[良い点] 桃さん……じゃなくて、ぺルゥさん……だと!? 王宮の皆さんの混乱っぷりを想像したら噴きました(笑)
[一言] !!! ここでまさかの!!! 笑いを堪えるのが大変でしたwww
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