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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第2章 使い魔の里帰り

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37 後日談(4) 求めた、温かい、

若干R15気味。

ルリィ「砂糖蔵大崩壊! だがナニも無い」

 シオリはその後も何度か浅い眠りと短い覚醒を繰り返した。その都度水分を摂らせ、それから安心させるように手を握り、頭を撫でて寝かしつける。以前、自分がそうされたように。

 時折良くない夢を見て魘される事もあったが、起こして軽く抱き締めれば、それだけで安心するようだった。熱の所為か、シオリは素直に甘えてくれた。抱き締めて口付けを落とすたびに嬉しそうに笑う彼女が心底愛しい。




 夜半。光量を落とした魔法灯の下でシオリの蔵書を眺めていたアレクは、ちらりと時計を見上げた。日付が変わろうとしている時刻。

 傍らの寝台で眠っているシオリの額に触れる。朝よりは大分下がっていた。濡れタオルはもう要らないだろう。この分なら明日には平熱まで下がりそうだ。

 足元を見下ろすと、ルリィは床に広がって熟睡しているようだった。時折身体の端がぴこんと震えている。何か夢でも見ているのかもしれない。

「……俺も休むか」

 浴室の洗面台を借り、軽く洗顔して手持ちの手布で顔を拭い、それから口を漱いだ。

 部屋に戻り、どこで寝るかと思案する。普通に考えれば長椅子なのだろうが――。

 シオリの寝顔を見る。

『――ほんとに一緒に寝てくれる?』

 そう言いながら見上げるシオリの不安そうな視線を思い出した。それが彼女の希望だからと誰にするでもない言い訳を心の中で呟きながら、シオリの隣に滑り込む。顔に落ちかかった黒髪を払い除けて頬を撫でると、ふとその目が開いた。

「すまない、起こしたか」

「ん……大丈夫」

 ゆっくり身体を休めて大分身体も楽になったらしい。仄かに赤みの戻った顔で、小さく微笑んだ。

「……本当に一緒に居てくれたんだね」

「お前がそう望んだからな」

 華奢な身体を抱き寄せると、シオリの手が遠慮がちに背中に回された。しばらくその身体の柔らかさと温もりを楽しむ。腕の中のシオリが小さく身動ぎした。

「……アレク」

 囁くように名を呼ばれる。

「なんだ?」

「あのね。一緒に組む、って話……」

「――ああ」

 特定のパーティに入るのが怖いのなら、自分と二人で、と。そう誘ったのはつい昨日の事だ。二人ならば仕事の幅も広がるはずだ。それに、見知った同僚とは言え、遠征の都度異なるパーティでは何かと気の張る事も多いだろう。その時に傍に居て心を休める場所になる事が出来れば良いと、そう思う。

 ――無論、自分自身が傍に居たいという下心も多分にあるのだが。

「……お願いしても、いい?」

「勿論だ」

 色好い返事に気を良くして強く抱き締めると、苦しいよ、という小さな抗議の声が上がった。腕を緩めて、代わりに額に唇を寄せる。

「むしろこちらからお願いしたいくらいだと思っていたんだ。良かった。好い返事が貰えて」

 額に、頬に、何度も口付けを落として、最後に小さな唇を吸い上げると、腕の中の身体の熱が増した。顔が赤い。

「……また熱が上がったか?」

「――誰の所為だと……」

 体調が回復しつつあるのか、羞恥心も戻ってきてしまったようだった。その事が少々残念に思えなくもない。

「悪かった。治りかけたものがぶり返しても困るからな」

 背中を軽く叩いて宥め、頭を撫でる。

「寝るか。きっと明日の朝にはすっかり良くなっているはずだ。仕事の話は落ち着いたらにしよう」

「……うん」

 小卓の魔法灯を消すと、室内は柔らかな闇に沈んだ。カーテン越しに透けて差し込む雪明かりで、ほんのりと窓辺が明るい。

「おやすみ、シオリ」

「……おやすみ、アレク」

 互いの息遣いが届く距離。寄り添い、互いの体温を感じながら、二人で緩やかに眠りの世界へと引き込まれていった。




 ――トントントントン。

 軽快な音が聞こえ、意識が浮上した。

 出汁の良い香りとくつくつと何かの煮える音。

 肌掛けの温もりと朝食の香りに包まれて朝の微睡を楽しみつつ、何気なく隣に腕を伸ばし――

「――?」

 隣に在ったはずの温もりが無い事に気付いて目を開けた。シオリが居ない。彼女が傍に居ると安心するのかつい深く寝入ってしまうのだが、そうは言っても彼女が抜け出した事にさえ気付かないのは緩み過ぎだ。がばりと起き上がると、床で伸縮運動していたルリィが広がった形そのままで触手を伸ばして挨拶した。キッチンに向かって朝食の支度をしていたらしいシオリが振り返る。顔色は良い。良いが――。

 時計は七時まであと十数分という時刻を示している。既に並べられた卓の上の料理の様子から見て、随分早く起きたということが分かる。

(病み上がりで直ぐそういうことを……)

 溜息を吐いて寝台から出ると、キッチンに立つシオリに近寄りそのまま抱き締めた。もう熱は無い。下がっている。だが。

「……アレク? えと、おはよう?」

 腕の中から戸惑うような声が聞こえる。

「……体調が戻ったからと言っていきなり働く奴があるか」

「え、でも、もう何ともな……うわぁっ」

 何やら言い募るその言葉の途中で抱き上げると悲鳴が上がった。それに構わず腕に抱えたまま寝台に連れて行き、まだ温もりの残るシーツの上にやや乱暴に下ろす。そのまま華奢な両腕を寝台に縫い止めて、シオリを正面から見下ろした。

「……アレク、あの……」

「シオリ」

 狼狽えるシオリの唇を指の腹で撫でる。

「無理はするなと何度も言っているだろう」

「無理はしてないよ? もう本当に身体の調子は戻ったから……」

「仕事中ならばともかく、今は休暇中なんだ。病み上がりで早起きしてまで働くのはやめてくれ」

 元来生真面目な性質なのだろう。もしかしたら無理をしているという自覚すらないのかもしれない。体調に問題が無いのであれば普段通りに動こうとするその気持ちは分からないでもない。だが、もう少し身体を大事にして欲しい。

 華奢で小さな身体。シオリの故国では標準的な体格らしいが、それでもこの国の人間と比較すればかなり小柄だ。未成熟の少女のようなこの身体で、自分達と同じように働くには少しばかり負担が大きいのではないだろうかと不安になる。

「……心配なんだ」

 そう付け加えれば、シオリは眉尻を下げて、ごめんなさいと呟いた。

「分かればいい。お前の事だから、俺の為に朝食を用意してくれていたんだろう?」

 卓の上に用意された朝食は、シオリとルリィが二人で食べるには量も品数も多い。ある程度早起きしなければ作れない量だ。

「……うん。アレクには沢山お世話になったから、そのお礼も兼ねてと思ったんだけれど――ごめんね、かえって心配かけちゃった」

「気持ちは嬉しいがな。だが、今は身体の事を第一に考えてくれた方がいい」

「うん。ごめんなさい」

 叱られた子供のようにしおらしくなり、ばつが悪そうに視線を反らしたシオリを眺めているうちに悪戯心が湧いた。

「――そういえば、無理をしたら罰として()を付けると約束したな?」

「え」

 にやりと笑って見せると、シオリは覿面に狼狽えた。それを横目に白い首筋に唇を寄せる。組み敷いたままの身体がびくりと跳ね上がった。

「そ、そんなとこに付けたら目立つよっ」

「目立たない所ならいいのか?」

「そういう事じゃなくてっ」

 首筋に唇を這わせながら、そっと襟元の釦に手を掛けてひとつずつ外していく。指先で鎖骨をなぞり、その下に覗ける谷間の皮膚の薄い所に口付けを落とした。その肌がぞわりと粟立つのが分かった。

「……アレクっ……」

 弱々しい抗議に構わず同じ場所を何度も吸い上げ、印を徐々に濃く色付けていく。くぐもった声混じりの震えを帯びたあえかな吐息が細い喉から漏れた。掴まれた肩に、指が食い込む。

 やがてその場所に付いた小さな鬱血の痕を満足げに見下ろしてから、顔を上げ――そのままぎしりと固まった。

 乱れた黒髪、羞恥で上気した肌、浅く吐息を漏らす唇。見上げる潤んだ瞳が、ふい、と反らされる。

(――まずい)

 知らなかったわけではないが、今まで抱いて来た娼婦達の男を悦ばせる仕草がいかに計算し尽くされたものなのかがよくわかった。あれは多分に演技もあるのだろう。

 だが、今目の前に居る女の初心な反応は、彼女達とは比べ物にならぬ程に酷く情欲をそそった。普段からは想像もつかぬほどに扇情的なその姿に男の欲が昂るのを感じて、慌てて身体を起こす。

 心を通わせる事が出来たのだとしても、深く傷付いた心がある程度癒えるまでは、身体を求める事は控えておこうと決めていた。だが、このままこの劣情を誘う姿を見ていたら――欲の趣くままに貪ってしまいそうだ。

 だというのに抵抗するでもなく、シオリは大人しく組み敷かれたまま。

 据え膳――という言葉が頭の片隅を過る。

(いやいやいやいや)

 拘束する手を放し、肌蹴た胸元を直してやる。

「――ルリィ」

 どういう理由か、特に止め立てするでもなく黙って一連の出来事を見守っていたルリィに声を掛ける。恐らくこのスライムが今この場で一番冷静だ。

「俺の頭を冷やしてくれ。今すぐ」

 深い湖水を思わせるあの身体が頭に張り付きでもすれば、幾らかは冷静になれるだろう。普段ならば絶対に思い付きはしないだろうその考えに何ら疑問を抱く事無く、沸騰しかけた頭でそんな事を考える。

 ルリィはしばしの沈黙の後、心得たとばかりにぷるんと震えた。そして次の瞬間――何を思ったか、寝台脇に置いたままになっていた水桶を触手でがしりと掴んだ。当然その水桶には水が入ったままになっている。

 ルリィが何をするつもりなのかに思い至り、血の上った頭が急速に冷えた。

「大丈夫だ! もう冷えた! だからそれを浴びせるのはやめろ!」

 制止の声に、ルリィはゆるゆると触手を水桶から離した。どことなく残念そうに見えるのは気の所為だと思いたい。

 呆然と事態を見守っていたシオリがふいに吹き出した。先程までの艶めかしさはなく、やや乱れた姿以外はいつも通りのシオリだ。

 くすくすと楽しげに笑う彼女を抱き起して、腕の中に囲い込む。

「悪い。少々悪戯が過ぎた」

「ううん。大丈夫。私こそごめんね。朝御飯が済んだら、ちゃんとまた休むから」

「ああ。そうしてくれ」

 どちらからともなく顔を寄せ、唇を触れ合わせる。小鳥の啄みのような口付けを交わしてから、そっと身体を離した。

「……朝飯にするか。片付けは手伝う」

「うん、ありがとう」

 シオリの手を引いて立ち上がらせると、心尽くしの手料理が並べられた食卓へと向かった。後ろをルリィがぽよぽよと付いてくる。

「そうだ。雪葡萄と淡雪苺があるんだ。保冷庫に入れてあるから後で食べよう」

「わぁ。じゃあデザートに出すね」

 椅子を引いてシオリを座らせ、それから自分も席に着いた。ルリィは足元に深皿を置いて、盛り付けられるのを待っている。

 卓の上には出来立ての、まだ鍋から湯気が立ち上るスープ、温野菜のサラダ、スキレットの上で香ばしい匂いを放つ炙りベーコンに腸詰、皿に盛られたパンケーキ。その傍らには瓶詰のバターや蜂蜜、自家製のジャムが並べられている。

「旨そうだ。朝から豪勢だな」

「アレクが居るから少し張り切ったの」

 幸せな食卓。一度失い、そして長く求め続け、だがもう二度と手に入らないとも思っていた、温かい――己の望んだものが目の前に在る事に、胸が満たされていく。

「……シオリ」

「うん?」

「いつか――いつか、俺と、」

 ――所帯を持って、こんな温かい家庭を築いてくれるだろうか。

 喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。

「なぁに?」

「いや――今言うことではないな」

「え?」

 妻問いするには幾らなんでも気が早すぎる。もっと関係を進めてからで良い。この一週間で随分と距離を縮めることが出来たのだ。口付けを交わし、寄り添って眠り、こうして温かい食事を共にする。ほんの数ヶ月前では考えられなかった事だ。今はただ、共に居られる事の喜びを噛み締めていよう。

「冷めないうちに食べよう?」

「……ああ、そうだな」

 それぞれのやり方で食前の祈りを捧げ、匙を手に取る。

 口に含んだスープは、温かい家庭の味がした。





 温かく楽しい朝食を終えてアレクと共に後片付けを済ますと、彼は何度も言い含めるようによく休めと言い置き、それから触れるだけの口付けをして、下宿に戻って行った。

 彼を見送り、言い付け通りに寝台に横になる。

 そっと、胸元の痕に手を触れた。親密な間柄で無ければ決して目に触れることのない場所に残された、小さな痣。

 彼は罰の印と言っていたけれど、これはまるで――。

(……なんだか所有印みたい)

 胸元を開かれ、何度も吸い上げるような口付けをされた時は驚きもしたけれども、でも今はそれ以上に。

「……あの人のものになったみたいで、少し嬉しい、かも」

 アレクは帰ってしまったけれど、でも、この痕があれば傍に彼の温もりを感じるような気がして、シオリは小さく微笑んだ。


ルリィ「<●><●>」


後日談、これにて終了です。

あとは楽しい幕間話ウフフ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 首元の見える位置に「印」があったらどれだけの男がorzの体勢になって沈むんでしょうねぇ(´∀`*)ウフフ
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