36 後日談(3) 父へ贈る言葉
寝込んだシオリの為に、せっせとお買い物に走るアレク。
「……ん……?」
シオリを寝かしつけたら直ぐにでも起きるつもりだったが、柔らかい身体を抱き締めているうちに、自分もつい転寝してしまったようだった。
そっと身体を起こし、己にすり寄って眠るシオリの頬に触れる。普段より高めの体温。肌が少しだけしっとりと湿っていた。
冬用とは言え普段の衣服よりは格段に薄い寝間着、肌蹴た襟元の隙間から見える鎖骨、汗ばんだ素肌、微かに顰められた眉、上気した頬、浅い呼吸をする半開きの唇、枕に広がる黒髪――それらが閨事の最中を連想させて、思わず口元を抑えて視線を反らした。
(こんな時に何を考えてるんだ俺は!)
首を振って雑念を追い払うと、彼女を起こさぬように静かに肌掛けの間から滑り出た。
ずり落ちて温んだタオルを小卓に置いたままだった水桶に浸し、固く絞ってからシオリの額に乗せてやる。寝顔をしばらく眺めてから軽く口付けを落とし、それから壁掛け時計を見上げた。昼を大分過ぎた時間。思ったよりも長く眠っていたらしい。
寝台を離れると、卓の上で食事中のルリィがぷるんと震えた。わざわざ深皿に瓶詰の中身を開けて食べている。シオリがいつもそうしてくれているから、ルリィもそれに倣っているのだろう。
「器用だな」
苦笑してそう言うと、深皿がこちらに押しやられる。二枚貝の油漬けと野菜のピクルス。お裾分けのつもりらしい。
「頂こうか」
棚から小皿とカトラリーを拝借し、油漬けとピクルスを取り分ける。
ベッティルに持たされた丸い雑穀パンに切り込みを入れ、そこに二枚貝を押し込んで簡易サンドを作った。幾つか同じものを作ってルリィにも勧めると、嬉しそうにぽよんと弾んでから体内に取り込んでいく。
それを横目に自身も二枚貝サンドに齧りついた。雑穀の滋味深い香りと共に、二枚貝の濃厚な旨味が広がる。咀嚼して飲み下してから、次は根菜のピクルスを口に放り込んだ。程良い甘味と酸味が遠征の疲労が残った身体に染み渡る。
「……旨いな」
無意識に漏らした呟きに、ルリィが賛同するようにぷるんと震えた。
「お前はいつもこんな旨い物を食べているのか」
言えば、今度は自慢げに左右に揺れる。羨ましいことだ。
食事をしながら時折言葉を投げ掛ければ、ルリィはそれに答えるように身体を震わし、時には触手を出して何らかの意思表示をする。言葉を発することの無い、だが表現豊かなスライムとの差し向かいでの食事は、奇妙でもあり楽しくもあった。
「そうだ。お前、シオリの好物は何か知ってるか?」
シオリとは何度か食事を共にしたことはあったが、仲間の嗜好に合わせて多種多様な料理を作る彼女の好みは未だによくわからない。外食の際も、今後の参考にするつもりなのか特定の食材や種類に拘らず、その都度異なる料理を注文するものだから、そこから推測することは難しい。
ルリィはしばらく考えるような素振りを見せたが、卓の上から飛び降りると、棚に並んだ瓶詰を幾つか触手で指し示した。ベリージャム、桜桃の砂糖漬け、林檎のコンポート。
「……果物か?」
そういえば昨夜も、果実のジャムや砂糖漬けを挟んだサンドウィッチを買っていたような気がする。とはいえ、ジャムや砂糖漬けをそのまま与えるわけにもいくまい。もっとも生の果実があったところで体調の悪い彼女が口に出来るかといえばよくは分からないのだが、好物ならば幾らかは食べられるかもしれない。
「買ってくるか」
パンと瓶詰で簡単ながらも満足のいく食事を済ませてから、シオリの様子を見た。よく眠っている。まだ起きる様子は無い。筆記具を拝借して直ぐ戻る旨をメモ書きし、その枕元に置いた。
「少し出て来る。長くはかからん」
ルリィに留守を頼み、外套を着こんで部屋を出る。管理人のラーシュは留守なのか、エントランスにも姿は見えなかった。
足早にマリウスの食料品店に向かう。扉を開けると、店主のマリウスはこちらを見て目を丸くした。
「こりゃまた珍しい人が来たもんだなあ」
普段は外食か出来合いの物でも買って済ませているアレクには、生鮮食品の並ぶ食料品店にはあまり馴染みがない。稀に気が向いて入る程度だ。
「何が入用だい」
「果物は何かあるか?」
「生かい? 瓶詰でも良けりゃ幾つかあるが」
「出来れば生がいいな」
「うーん……生というと、今はこれくらいだな」
カウンターから出て来たマリウスに、売り場の一角を案内される。林檎、雪葡萄、淡雪苺。生で手に入るのはこの三つだけ。あとは冷凍か加工済みの瓶詰のようだ。雪の降るような時期だ、やはり生のままでとなると難しいらしい。
「なるほどな……」
しばらく思案してから、今の季節が旬の雪葡萄と淡雪苺を選んだ。紙袋に詰められていく雪葡萄と淡雪苺の白い色を見ているうちに、ふと思い出した。幼い頃の記憶。
「そうだ。氷菓はあるか?」
氷菓ならば栄養価も高いし、熱で弱った身体でも食べられるかもしれない。幼い頃、熱で臥せった時に特別にと出された事を思い出したのだ。
「さすがに氷菓は置いてねぇなぁ……なんだい、珍しい人が来たと思ったら、珍しい物を欲しがるもんだな」
果物に氷菓。確かに一人暮らしの男性客が好んで買い求めるような物ではない。
「熱で寝込んでる奴がいるんでな」
「なるほどねぇ……」
何か思うところでもあるのか、じっとこちらを見たまましばらく首を傾げて考え込んでいたマリウスは、紙袋を手渡して寄越しながらにやりと笑った。
「第二街区まで行けば売ってるぜ。ここからだと中央通り沿いのカフェが一番近いな。名前は忘れたが、青い地に黄文字で看板が出てるからすぐわかる」
第二街区なら往復しても然程時間は掛からないだろう。代金を手渡しながら礼を言うと、店を出ようとする背中越しに声が掛かった。
「嬢ちゃんによろしくな!」
「……」
名は言わなかったが、明らかに特定の誰かを示している「嬢ちゃん」という呼び方。パン屋のベッティルといい、一体どの範囲まで噂になっているのだろうか。ややうんざりしながら第二街区へと急いだ。
「……ここか」
青い地に黄文字の看板。『踊るティーポット』とある。少しばかり眉を顰めてから、ちらりと窓から店内を見る。中には旅行者も居るようだが、客の多くは良家の娘や御婦人方、そして年若い恋人同士のように見受けられた。店名といい客層といい、どう考えても自分は場違いだ。場違いだが……。
(――シオリの為だ)
本日二度目の覚悟を決めて扉を開けた。焼菓子のものらしい甘い香りの立ち込めた店内。紅茶や菓子を楽しむ娘達の笑いさざめく声が、一瞬ぴたりと止まった。あちらこちらから突き刺さるような視線が追い掛けてくる。その意味するところを痛いほどに感じつつも、平静を装って店の奥を目指した。
氷の魔法石を使った冷凍品専用の立派なガラス張りの保冷庫には、果実の搾り汁を使って着色されたらしい氷菓が並べられていた。
「いらっしゃいませ。どれになさいますか?」
遠慮ない視線を向けてくる客とは違い、教育の行き届いているらしい店員は爽やかな笑みを浮かべている。何の含みの無い笑みにほっとしながら、ベリージャムを練り込んだものを二つと、自分用に混ぜ物の何もないシンプルなバニラアイスを一つ頼んだ。
「持ち帰りで」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
注文の品が持ち帰り用の容器に詰められているのを黙って見ていると、元の賑やかさを取り戻した店内で交わされる会話が耳に入って思わず顔を顰めた。
「――ねぇ、あの方、ちょっと素敵な方ね」
「ええ、身嗜みは無造作にしていらっしゃるけれど、お顔立ちは綺麗」
「冒険者かしら? 騎士様とは違って野性的なところが魅力的だわ」
「おひとりかしら」
ちらりと確認した限りでは、冒険者らしい姿をした者は自分しか居ない。この流れは己が最も苦手とする展開だ。この分だと――
「声を掛けてみない? 何か冒険中のお話が聞けるかもしれないわ」
「そうね、お茶にお誘いしてみましょう」
「……おやめなさいな、はしたなくてよ」
「そうよ、御迷惑だわ」
制止する声もあるようだが、席を立つ音と共に近付く足音が聞こえてうんざりする。
「――あの、剣士様?」
案の定声を掛けられて振り返って見れば、そこそこに美しい顔立ちの、身形の良い娘が二人。見たところは貴族の御令嬢か富豪の娘のようだが、第二街区の店に出入りしているあたり、それほど位の高い家では無いだろう。
奇妙に熱の籠った目。覚えのある目付きだ。少なくとも初対面の相手に向けるものではない種類の――。
城暮らしの忌まわしい記憶を思い出して胸が悪くなった。
「何か?」
極めて素っ気無く返事をすると、娘達は些か怯んだようだった。
「もしお時間があるようでしたら、お茶をご一緒いたしません?」
「わたくしたち、冒険譚に興味がありますの。よろしければお話を、」
「すまないが」
娘の言葉を途中で遮るようにして口を挟む。
「もう戻らねばならん。待っている者が居るからな」
「え、でも、」
片方の娘はその言葉一つで納得したようだったが、もう一人は食い下がる素振りを見せた。そもそも女ばかりが来るような店で、わざわざ男一人で訪れて氷菓を買い求めているのだ。待っている女が居るのだと察してくれればいいものを。
「――妻が熱を出して寝込んでいる。食欲が無いが、これならば口に出来ると思ってな。そういうわけだから理解してもらえると有難い」
嘘も方便。こういった手合いにはこの位は言わねばしつこく食い下がってくる場合がある。恋人や婚約者程度の相手なら十分に割り込む余地があると思う輩も残念ながら多いのだ。
娘達は気まずそうに目配せを交わし、小さく謝罪の言葉を口にした。連れらしい他の娘達が慌てて駆け寄ってくる。
「――ほら、ごらんなさいな! 無暗に殿方に声を掛けるものではなくってよ!」
「お引き留めして申し訳ありません」
こちらは常識のある娘達のようだ。こういった友人が居るのならば、この娘達も然程悪い性質の持ち主ではないのだろうが、異性相手には箍の外れてしまう人間も存外多いのだ。
そそくさと席に戻る娘達を尻目に店員から氷菓の箱を受け取ると、代金を支払って早々に店を出た。
「やれやれ……」
ああいった場合、ザックなら朗らかに笑いつつも簡単にあしらい、クレメンスであれば角が立たぬよう紳士的に断れるのだろうが。どうにも自分は刺々しい言い方になってしまう。それでも今回はかなり穏便に済ませたほうだ。
(――そういえば、この前も言い寄ってきた女が居たな)
確か、魔法と剣の手解きをして欲しいと言っていたが、その媚びた目付きが明らかに他の目的で近付いた事を示唆していて、不愉快の余りにかなりきつい言葉で断ったはずだ。さして興味も無い女だったから、顔も、誰だったかすらももう覚えてはいないのだが。
何か妙に疲れてしまい、早くシオリの顔を見たい一心で帰路を急いだ。
アパルトメントに着くと、エントランスで雪塗れのラーシュと鉢合わせた。近隣の除雪を手伝っていたらしい。重労働で堪えたのか、左足を擦っている。
「大丈夫か?」
声を掛ければ苦笑いが返ってきた。
「いやぁ……すぐそこの可愛いお嬢さんに頼まれてしまいましてね。つい断り切れずに張り切ってしまいました」
すぐそこの可愛いお嬢さん。
そこだけ聞けば若い娘の頼みに良い顔をしてしまったのだろうとも思えるが、実際には五歳にも満たない幼い娘だ。確か、娘の父親は仕事で怪我をして思うように動けなくなっていると聞いた。その彼に代わって除雪を引き受けてやったのだろう。
「そういう仕事なら、冒険者組合に依頼するように言ってやってくれ。子供の小遣い程度か無償で引き受ける気のいい奴が沢山居るぞ」
「そうですねぇ、次からはそのように伝えますよ」
言いながら、ラーシュはアレクが手にしている箱に目を止めた。
「おや……珍しいですね。氷菓ですか」
箱に印字された店名で察したらしい。思った以上に様々な情報に精通しているらしい彼は、この店の事も知っているのだろう。
「ああ、これか? シオリが熱を出してな。食欲が無いようだから買って来た」
「それは……やはり疲れが出ましたか。大変だったそうですね。新聞で見ましたよ」
同僚が何人も駆り出されたブロヴィート村での事件を言っているのだろう。
「お大事にとお伝えください」
「ああ。伝えておく」
会話を終えてラーシュに背を向けると、階段を上り始めたところで後ろから声を掛けられた。
「アレクさんも無理はなさらないように。昨日の今日ですから、よく身体を休めてくださいね」
無理をするな、と。これは暗に先月寝込んだ事を含んでいるのだろう。あの時は意識が朦朧としていてあまり記憶には無いのだが、どうやらラーシュにも大分世話になったらしい。これには苦笑するしかなく、肩越しに手を振って返事の代わりにし、その場を後にした。
部屋に戻ると、シオリは目を覚ましていた。枕元に置いていたメモ書きを手にしたまま、ぼんやりとしている。
「……おかえりなさい」
どこかほっとしたような響き。寝ている間に出掛けた事で、寂しい思いをさせたかもしれない。
箱を小卓に置き、タオルを除けて額に触れる。あまり変化は見られないようだ。タオルを水に浸して絞ってから、再びその額に乗せてやる。
「氷菓を買って来たんだ。これなら食べられるんじゃないか?」
買って来たばかりの氷菓を差し出すと、シオリは僅かに目を見開いた。
「わぁ……」
「どうだ?」
「……うん、食べられそうかも。買ってきてくれたの?」
「ああ」
「……ありがとう。嬉しい」
嬉しそうに目を細めるシオリの頭を撫でてやる。それから棚の匙を借り、寝台脇の小椅子に腰を下ろした。
箱を開け、ベリージャムを練り込んだ氷菓の一つは興味深そうに足元で見上げているルリィに与えた。嬉しそうにぷるんと震えてから、ぺこりとまるで礼でもするように前のめりに傾く。触手の先でちろちろと舐めるように氷菓を食べ始めたルリィの姿に微笑んでから、もう一つの氷菓を匙で掬い、シオリの口元に運んだ。
「え」
「食べさせてやる。これなら横になったままでも食べられるだろう」
「う……」
さすがに気恥ずかしいらしいが、構わず口元に匙を当てた。おずおずと氷菓を口に含んだ彼女の唇の端が、緩やかに弧を描いた。
「……美味しい」
「それは良かった」
何度か口に運んでやる。三分の一ほど減った時、シオリは眉尻を下げてアレクを見上げた。
「アレクは? 食べないの?」
「俺の分は別にあるから心配せずに全部食べていいぞ」
「……そっか」
もう一匙運んでやった氷菓をゆっくり口内で溶かして嚥下してから、シオリはもう一度見上げてくる。
「アレクは好きなの? 氷菓」
「ああ」
「……ちょっと意外」
だろうな、と返事しながら笑って見せた。三十代も半ばの男が好むにしては変わっているという自覚はある。
「――子供の時分に初めて食べた時の衝撃が今でも忘れられないんだ。こんなに冷たくて旨い物が世の中にあったのかとな」
城暮らしの中で八つ時に稀にではあったが出されていたバニラの味の氷菓。
「身体を冷やすからと滅多には出されなかったが――熱を出して食欲が無い時に父がな、弟には内緒だと、特別だぞと言ってこっそり食べさせてくれたんだ」
父に対しては未だに複雑な思いを抱いてはいるが、それでもあの人は父であろうと努力していた。それまでの、埋め合わせをするように。
幼い日の記憶を思い起こしていると、不意に己の頬に手が伸ばされた。熱で火照った手で、そっと撫でられる。
「……なんだ?」
怪訝に思っていると、シオリはふわりと笑った。
「なんだか今、凄く優しい顔してたから」
「――そうか……」
優しいバニラの香りの氷菓。冷たく甘い――数少ない父との想い出。出逢いこそ最悪なものではあったが、あの想い出があるからこそ、多分、自分はあの人の事が嫌いにはなれない。
――そうだ。嫌いでは、なかった。
それからしばらくは会話もなく、時折匙が器に当たる音だけが室内に響く。ただ、不快な沈黙ではなかった。どこか優しく、温かく、柔らかい空気が満ちている。
「……良かった。食べ切ったな」
「うん。ありがとう。美味しかった。御馳走様」
「ああ。さあ、また寝るんだぞ」
「……うん」
少しばかり不安げな色を浮かべたその頬を撫でる。
「心配するな。治るまで一緒に居てやるから」
「ほんと?」
「ああ。だから、安心して寝るといい」
氷菓で冷えた唇に口付けを落とす。甘いバニラとベリーの味が残る唇の端をちろりと舐めると、シオリは擽ったそうに笑った。
「……ありがとう。じゃあ、寝る」
「ん。おやすみ」
もう一度口付けを落とし、頬を撫でてから、肌掛けを肩まで引き上げてやった。ややあってから、微かな寝息が聞こえた。眠ったようだった。
足元のルリィも食べ終わったのか、御馳走様とでも言うようにぷるんと震えた。それに笑って答えながら、空になった器を回収して洗う。洗い終わった器と匙は、軽く振って水気を切り、流しの脇に伏せておいた。
箱から自分用に残したバニラの味の氷菓を取り出してから、窓辺に寄り外を見る。汚れの無い白一色に染まった街は、既に日暮れの時を迎えつつあった。雪の白が、徐々に夜の色、青みを帯びていく。
雪景色を眺めながら、氷菓を掬って口に含んだ。
冷たくて、甘い。少年の頃の記憶を思い出させる、味。
――城に引き取られ、そして慣れぬ生活で初めて熱を出して寝込んだ日も、確かこうして雪が降っていた。
『――私は一番に愛した女と一緒になる事は出来なかったが、お前達には――心の底から好いた娘と、幸せな結婚をして欲しいと願っている』
あの日、寝室を出ていく間際に落とした父の言葉を不意に思い出した。立場上、身分の低かった母と添い遂げる事が出来なかった父の、心の内の吐露。
――母は田舎育ちの下級貴族の娘だった。王都の娘達のように垢抜けてはいなかったかもしれないが、それでも素朴で優しい人だった。包み込むような温かさで周りを癒してくれる、優しい人。
ああ、そうだ。外見は瞳の色以外はほとんど似るところの無い父と自分だったが、それでももう一つ共通点があったのだ。
「……女の趣味が同じなんだな」
素朴で、優しくて、温かい――家庭的な女。シオリ。
思わぬところで共通項に気付いて、アレクは微かに笑った。
母と己に寂しく不自由な思いをさせた父。その父への複雑な思いは捨て切れてはいないが、それでも決して嫌いにはなれなかった彼との意外な共通項に、何とはなしに面映ゆい心持ちになる。
「――あんたの望み通り、俺は心の底から愛した女と一緒に幸せになってやる。だから、安心して眠ってくれ。父さん」
もう言葉の届かない場所に旅立った、既に想い出となって久しい父へ。
誓いの言葉を、贈る。
ルリィ「とうとう全くこれっぽっちもスライムの目を憚らなくなった」
ピンク「……割と最初から」
後日談、あと一話で終わります。




