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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第2章 使い魔の里帰り

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35 後日談(2) 発熱

「ただいまぁ」

 誰に言うでもなく、自室の扉を開けて帰宅の挨拶をする。

 数日間留守にした部屋だけれども、室内はペチカを使った全館暖房で十分に温かいのが有難い。

 荷解きもそこそこに、浴室に直行して湯船に湯を張った。旅先で一度くらいは入浴するつもりでいたのに、あの事件に巻き込まれてその機会を失ってしまった。このまま寝台に飛び込んで寝てしまいたいくらいに疲れているけれど、さすがに少し気持ちが悪い。

 服を脱いで、ふと両腕の傷痕に視線をやった。なるべく考えないように、見ないようにしていた傷痕。それを見られてしまった。でも。

『お前の価値は変わらない。見捨てる気はさらさら無いからな』

 そんな風に言って、彼は抱き締めてくれた。

「アレク……」

 彼の優しさと温もりを思い出して噛み締めながら、静かに浴槽に浸かった。じわじわと染み渡る湯の熱さが心地良い。でもなんだかこのまま浸かっていたら、寝てしまいそうだ。適当に身体を温めてから、身体と髪を洗ってさっさと上がることにした。

「……洗濯は明日にしよう……」

 洗濯物は纏めて籠に入れておく。ルリィは盥に張った湯の中でぷかぷか浮かんで入浴を楽しんでいたが、やはりこちらもさすがに疲労を感じるのか、早めに上がって盥の湯を飲み干してしまった。

「ご飯食べたらすぐ休もうね」

 卓の上に買って来たばかりの屋台料理を広げると、さっそくルリィが串焼き肉に飛びついた。好みの味付けだったらしく、一口食べてはぷるぷると震えている。

「良かったねぇ」

 友人の可愛らしい姿に目を細めてから、自分用に買ったサンドウィッチを一口齧る。

「……んん……?」

 ストリィディアでは高級な部類に入る柑橘類のジャムサンド。美味しいはずなのに、なんだか食べるのが辛い。それでも頑張って、もう一口二口齧ってみる。

「うーん……」

 疲労が過ぎたのか、あまり食欲が無い。この数日で色んな事が起きて心身ともにすっかり疲れてしまったのかもしれない。諦めて食べかけのサンドウィッチを蝋引き紙に包み直してから、保冷庫の中に仕舞い込んだ。

 それでも水分だけは摂っておこうと、瓶詰のベリーシロップを水で割って、一息に飲み干す。不足していたミネラルが体中に染み渡って行くような感覚に、ほっと息を吐いた。

「美味しい……」

 使ったグラスは軽く水で濯いでから、ルリィに声を掛けた。

「ごめんね、先に休むよ。ご飯足りなかったら、保冷庫のサンドウィッチ食べていいから」

 ルリィの纏う気配が気遣うようなそれになった。しばらくこちらの様子を窺う素振りを見せてから、頷くように大きく一回ぷるんと震えた。

 寝支度をしてから、ルリィにおやすみ、と小さく挨拶して、寝台の肌掛けの中に潜り込む。目を閉じればすぐに意識が遠ざり、そのまま眠りの淵に引き込まれた。




 ――翌朝。

「……うぁー……」

 シオリは肌掛けに包まったまま、小さく呻いた。

 怠い。なんだか節々も痛い。

「熱が出てるー……」

 いくらなんでも無理が祟ったのかもしれない。昨夜はなんだか変だと思っていたけれど、どうやら発熱してしまったようだ。

 大丈夫? とでも言うように、枕元でルリィがぷるんと震えた。

「今日が休みで良かった……」

 何も気にせずにゆっくりと身体を休める事が出来る。一日寝ていればきっと良くなるだろう。

「ごめんねルリィ。今日は寝てることにするから、お腹すいたら適当に食べてくれるかな」

 幸い手を加えなくても直ぐに食べられる保存食はいくつもある。器用なルリィは瓶詰の蓋も開けられるから安心だ。

 ルリィは触手を伸ばして首筋をぺたぺた触ってから、寝台を降りて行った。無理するな、ということなのだろう。キッチンに向かうルリィを見送ってから、シオリは再び目を閉じた。

 酷く眠い。やはり疲れているのだろう。身体が要求するままに、大人しく眠りに身を委ねることにした。




 ――浅い眠りを繰り返す中、ふと物音を聞いたような気がして意識が浮上する。人の気配。その気配の持ち主は静かにこちらに歩み寄ってくるようだった。気配は寝台の前で立ち止まる。ややあってから、誰かの手がそっと額に触れた。

 優しく労わるような手。

「――?」

 ゆるりと目を開けると、心配そうにこちらを見下ろす紫紺の瞳と目が合った。

「アレク……?」

 身体を起こそうとして押し留められた。

「寝ていろ。熱が出たのか」

「……うん」

 大きな掌が額から頬に滑り降りてくる。自分の体温が高いせいか、少しだけひんやりとしたその手が心地良い。

「……どうして?」

 どうして彼がここに居るのだろう。問えば、枕元によじ登ってきていたルリィがぷるんと震えた。

「ルリィが呼びに来たんだ」

「そっか」

 ルリィなりに心配してくれたのだろう。ザック()ではなくアレクを呼んで来るあたり、何か含むものを感じて何とも言えない気分になった。

「――お前」

「うん?」

「まさか遠征のたびに熱を出しているんじゃないだろうな」

 問われてシオリは苦笑いした。

「さすがにそれは無いなぁ……熱が出るのは久しぶり。やっぱり、今回はちょっと疲れたのかも」

 事件に巻き込まれて負傷して、そこから知られたくなかった傷痕を見られて、溜め込んでいた膿を吐き出して――。

「……それならいいんだがな」

 アレクは酷く心配そうだ。

「食事は?」

「食べたくない……」

「何か欲しいものはあるか?」

「んん……水飲みたい。保冷庫に冷やして入れてあるから、それ……」

「わかった。待っていろ」

 直ぐにキッチンに向かうアレクを見送ってから、そっと目を閉じる。熱の上がり始めな所為か、目を開けているのも億劫だ。うとうとと微睡んでいるうちに、アレクが水を持ってきてくれたようだった。

 起き上がろうとすると、背中を支えられた。そのまま寝台の端に腰掛けるアレクに身体を預けるようにして座らされる。片腕で抱き込まれるように支えられながら、差し出されたグラスを受け取ると、その手にもう片方の手が添えられた。少しずつ水を飲む。火照った身体の熱が少しだけ引いたような気がした。

「……ありがと」

「……ああ」

 普段なら気恥ずかしく感じるはずなのに、体調不良で人恋しくなっているのか、アレクの温もりに包まれているのがなんだかひどく心地良い。だから、また寝台に横たえられた時には少し寂しく感じてしまった。

 枕元で水音が聞こえて、それから濡れたタオルが額の上に置かれる。冷たくて気持ち良い。

「他に何かして欲しいことはあるか?」

「ん……」

 世話を焼いてもらわずとも、このまま寝ていればそのうち熱は引くのだろうけど。

 ――寂しいから傍に居て、と。言ってもいいだろうか。

 でも。

「一緒に居るか?」

 言い淀んでいると、察したのかアレクから嬉しい言葉が掛かる。

「……でも、アレクもまだ疲れてるでしょ? 昨日戻ったばかりだし……」

 気持ちは嬉しいけれど、昨日の今日でお願いするには申し訳ない気がした。

 アレクは悪戯っぽく笑って見せた。何か企んでいるような笑い方だ。

「疲れたら一緒に寝る事にするさ。お前は小柄だから隣に寝ても余裕がありそうだ」

 きっと冗談のつもりだったのだろうけれど。熱と眠気の所為かあまり上手くものが考えられなくて、ただ純粋に嬉しいと、そう思ってしまった。

「ほんと?」

「う……ん?」

「ほんとに一緒に寝てくれる?」

「……なっ……」

 彼はたじろいだようだった。まさか本気にされるとは思わなかったのだろう。

 でも。傍に居て欲しい。優しく抱き締めて欲しい。

 怠い身体を頑張って動かして、少しだけ横にずれて一人分の場所を作る。

「お前……」

 アレクはしばらく逡巡し、それから小さく息を吐いた。装備を外し、上着とブーツを脱いで楽な格好になると、横に滑り込んで来る。

 その胸元に頬をすり寄せると、そっと腕の中に抱き込まれた。ずり落ちたタオルが額に置き直される。

「さあ寝ろ。よく休んで治してくれ。ルリィも心配している」

「うん。ありがと……」

 温もりに安堵しながら、眠りの淵に引き込まれるままに身を委ねた。

「おやすみ、シオリ」

 ――優しい囁きに耳元を擽られて、静かに意識は柔らかな闇に溶けて行った。

ルリィ「生殺しー」

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