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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第2章 使い魔の里帰り

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34 後日談(1) 酵母ハンター

お待ちかね(?)の酵母ハンターさんの登場です。

あらかじめ謝罪しておきます。


色んな意味で ご め ん な さ い 。

 ――キィ、パタン。

 階上で物音がし、すぐに階段を駆け下りていく足音が聞こえた。足音が通り過ぎ、ややあってから階下で話し声がする。それから直ぐに玄関の扉が開閉する音。階上の部屋の下宿人が出掛けたようだった。

 薄っすらと目を開けると、室内は明るい。

 朝。

 魔法灯は昨夜消し忘れたままになっていた。視線を巡らせて掛け時計を見ると、八時過ぎを示していた。ゆっくりと身体を起こす。寝具も掛けず、寝台に倒れ込んだまま眠ってしまったらしい。

 卓の上には昨晩の陰鬱な酒宴のあとがそのまま残されていた。一晩放置されて乾燥している屋台料理は蝋引き紙に包み直して保冷庫に無造作に突っ込んでおく。味は落ちているだろうが、温め直せば食べられるだろう。夕食にでもつまめばいい。

 鍋で湯を沸かし、幾つか残っていたシオリ手製の携帯食を取り出す。

「……リゾットにするか」

 深皿に携帯食を入れ、沸かした湯を注ぐ。それから匙でかき混ぜながらふやかせば完成だ。小さな角切りにした根菜とチーズのリゾットを口に運ぶ。チーズの仄かな乳の香りと程良い塩気が口内に広がった。優しい味。シオリの味だ。

 ふと、部屋の隅に置いたままの荷物と依頼品の採集物が目に入った。

「――ベッティルに見てもらわないとな……」

 採集してから既に数日が経っていた。劣化しないうちに届けなければ。それからシオリの顔を見に行こう。

 リゾットをゆっくりと味わってから、手早く食器を洗って片付ける。部屋着から仕事着――休日とあって普段よりは簡素なものだ――に着替えて身支度を整えると、依頼品を手に下宿を出た。

 雪は夜の間に幾らかまた降ったらしく、自宅前を除雪中の住民の姿がちらほら見受けられた。雪が踏み固められた舗道を歩き、組合(ギルド)近くのベッティルの店を目指す。

 組合(ギルド)のある通り沿い、東門寄りの区域にその店はあった。外壁が象牙色の四階建ての建物の一階を占有する『パン工房ニルソン』。店主のベッティル・ニルソンはパン作りの為の酵母に拘るあまり、その採集の為に酵母ハンターとして冒険者組合(ギルド)にまで登録してしまった変わり者だ。各地で採集した植物から作った様々な自家製酵母を使って焼き上げたパンは味わい深く、第三街区では一、二の人気を誇るパン工房である。

 パンの焼ける香ばしい匂いが漂う店の前に立つと、窓越しに多くの客が居るのが見えた。店構えも品が良い。客層も老若男女職業問わず限定しないのは、味だけではなくそれだけ店の雰囲気が良いからだというのもわかる。

 わかる、のだが……。

(――つい勢いで依頼を受けてしまったが……)

 店の前で深呼吸すると、覚悟を決めて扉を開けた。食事を済ませたばかりでも食欲をそそられる美味そうなパンの香りが充満する店内をぐるりと見回すと、カウンターの向こう側に、可愛らしいお仕着せを来た店員と共に忙しそうに立ち働く長身の男の姿が目に入った。

 清潔な白いシャツに焼きたてのパンを思わせるベージュのスラックスの上から、店名が刺繍されたエプロンを纏う男。短く刈り上げた赤褐色の髪に切れ長の灰色の瞳の端正な顔立ち、均整の取れた筋肉質の身体つき。十人中十人が美形と評するだろう美丈夫だ。

 その美丈夫が、ふとこちらを振り返った。アレクの姿を見とめた男はぱっと相好を崩すと、口を開く。

「あぁーらあらあらあら! アレクちゃんじゃない! 無事帰って来たみたいで良かっ――」


 パタン。


 扉を閉めてそのままそこに寄り掛かる。虚ろな目で空を見上げ、ぼんやりとシオリの顔を思い浮かべた。

 そうだ。屋台でシオリの好きそうな物でも買って、昼食を共にしよう。そうしよう。

 ――わかっている。これは現実逃避である。

 あの外見であの口調というのがどうにも――。

 背後で勢いよく扉が開き、力強い手に腕を掴まれて店内に引き摺り込まれた。

「うおっ!?」

 ずるずると身体を引き摺られ、抵抗を試みるがそれも空しく男のなすがままだ。長身で筋骨逞しい体躯の前衛職の男を難なく引き摺って歩くその腕力。C級保持者のパン屋にあるまじき剛腕である。パンを捏ねればかくも素晴らしい腕力が手に入るのか……と頭の片隅で薄っすらとそう考えた。

「もーぅ、アレクちゃんったら! 相変わらず照れ屋なんだから!」

「やめろ! 手を離せ! 自分で歩く!」

 この騒ぎに店内の客の幾人かは瞠目したが、そのほとんどは黙殺した。この状況への対応としては後者の方が正しい。この店の店主に関しては見なかったことにするのが良い。いや、きりりとした美丈夫を黙って見ている分には何ら問題無いのだが、問題はその姿に全く似つかわしくない口調である。

 トリス一の残念な美形、ベッティル・ニルソンとは彼の事だ。第三街区に出入りする娘達には別の意味で溜息を吐かれている。あんなに良い男前なのに……と。

 アレクは助けを求めるように店内を見回すが、客に混じる同僚は揃って視線を反らした。

(――この薄情者!)

 などと胸中で叫んでみるが、誰が助けてくれるわけでもなく、そのままカウンター奥の事務室まで連れ込まれてしまった。そこでようやく手を離されて、慌てて身を引いてからほっと息を吐く。

「……依頼の品だ。遅くなってすまなかった」

 卓の上に密閉容器を置いた。

「日が経っているから劣化しているかもしれない。その場合は改めて採集してくる」

「――相変わらず真面目ねぇ。待ってて、今確かめるから」

 検品の間にと、紅茶と小ぶりな丸パンが勧められた。有難く頂きながら、真剣な面持ちで雪菫と粉雪草を検品するベッティルの横顔を眺める。こうして見ると騎士隊幹部あたりにでも居そうな凛々しい佇まいなのだが。

(良い男なんだがな……)

 気付かれぬように小さく嘆息した。

『とても格好いい人がパン屋さんに居るの!』と騒いでいた年若い娘達が、店から出る時には不味い物でも食べたような顔になっているのは、あの口調のせいだ。きりりとした美形の男の口から発せられるのは、妙に艶のある女言葉なのである。誠に残念であるとしか言いようが無い。

「終わったわよ」

「う……」

 ひとつひとつ丹念に素材を検品していたベッティルが顔を上げ、やはり女言葉で言う。思わず呻いてしまったが、彼はこういう態度をされる事に慣れているのか気にする様子もなく艶やかに微笑んだ。

「幾つかは変色しちゃってるけど、綺麗な物は必要数取れたから大丈夫よ。ありがとう、大変だったでしょ。特に粉雪草。品質も良い物が沢山揃ってるわ。さすがというべきなのかしら」

「ああ、それは――」

 シオリの使い魔の功績だと告げれば、ベッティルは一瞬目を丸くしてから嫣然と微笑んだ。

「ルリィちゃん、そんなこともできるのね。賢い子だとは思ってたけど……今度はシオリちゃんにお願いしてみようかしら。ああでも、彼女だと護衛が必要になるわね……」

「それなら俺が護衛を務めるから問題無い」

「あら」

 何やら思案していたベッティルは、この言葉を聞いて意味深長な笑みを浮かべた。

「――噂は本当だったということなのかしら」

「どういう噂かは聞かないでおくが」

 アレクは苦笑した。

「そう――そうね。彼女にも好い人が出来てもいいはずだわ。あんなに頑張り屋の良い子がずっと独りで居るのは勿体無いもの。そう、貴方がねぇ……」

「なんだ。含みのある言い方だな」

 言えば、彼はほんの少し眉尻を下げて見せる。

「だって……随分辛い思いをしたでしょうに何でも無いような顔をして、誰に寄り掛かる訳でもなく真っ直ぐ立っているのですもの。ザックちゃんかクレメンスちゃんなら幸せにしてあげられるはずなのに、あんなに近くに居たのに手の一つも出さなかったのよ、まったくあの唐変木どもったら! ただ後ろで守ってるだけが男じゃないでしょうに」

 きぃ、とハンカチでも噛み締めそうな勢いで語るベッティルに、若干引きつつも曖昧に頷いて見せた。

 確かに、あの二人のどちらかなら彼女を幸せに出来ただろう。シオリはもっと早くに孤独から解放されていたかもしれない。だが彼らは、守れなかったと罪悪感を抱いてしまった。大事に思う余りに、男の欲を出せば傷を増やしてしまうかもしれないと恐れてしまった。だからこそ、後ろから見守る事しか出来なかった。

 己が彼女に近寄れたのは、何も知らなかったからという事も大きいだろう。知らないが故に遠慮なく距離を詰められた。

 嬉しい事に、彼女も心を許してくれた。

 互いに支え合っていければと思う。

「――もし噂の通りなら……ねぇ、ちゃんと支えてあげるのよ?」

「ああ。無論だ」

 依頼品を届けに来たはずが、妙な話になってしまった。

「さ、依頼票を頂戴。サインするわ」

 依頼票を差し出すと、力強い字でサインされる。

「依頼完了よ。またよろしくね、アレクちゃん」

「……なんでもいいが、その『ちゃん』はやめろ」




 用事を済ませて店を出る。土産にと持たされたパンの紙袋を小脇に抱え直すと、さてどうするかと思案する。

 シオリは起きているだろうか。ゆっくりと身体を休めているだろうか。

「……休日でも早起きして働いていそうだな、あいつは」

 容易に想像出来て思わず苦笑する。

 とりあえず、屋台で何か昼食になるようなものでも見繕っていこう。幸い生誕祭前とあって、様々な屋台が出店されている。

 通り沿いを歩きながら屋台を物色していると、視界の隅に瑠璃色が過った。視線を向けると、案の定ルリィの姿。ルリィはアレクの姿を見とめると、しゅるりと触手を上げて挨拶する。シオリの姿は無い。

「どうしたルリィ。今日は一人か?」

 主人が休んでいる間に一人で散歩にでも出たのだろうか。そう思ったがどうやら違うらしい。ぽよぽよと向こうに少し歩いてから、立ち止まってぷるぷる震える。

「付いて来いということか」

 言えば、肯定するようにぷるんと震えた。

 通りをスライムの先導で歩くのは妙な気分だ。時折すれ違う人々がちらりと視線を投げかけてくる。

 しばらく歩いているうちに気付いた。シオリのアパルトメントに向かう道だ。やがてルリィが立ち止まったのは、やはり見慣れた建物の前。二階を見上げた。シオリの部屋は未だにカーテンが引かれたままだ。予想に反して、まだ眠っているのだろうか。

「……シオリに何かあったのか?」

 呟くと、ルリィはぷるんと震えて見せた。

アレクは訳のわからないものが苦手です。


ルリィ「変態紳士の次は変人パン屋」

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