33 光射す場所の闇
短いです。
アレクさん疲れたらしいです。
「……悪かったな。疲れて帰ったところへ面白くもねぇ話聞かせちまって」
「気にするな。俺も知りたかったことだ」
深夜と呼ぶにはまだ早いが、既に眠りにつく者も出始めるだろう時間。玄関先まで出た二人は声を低めて言葉を交わす。
「邪魔したな。今度こそゆっくり休んでくれ」
「ああ、そうさせてもらう――っと、あの書類はどうする」
来た時と違って両手の空いているザックを見とがめ、アレクは階上の部屋の方向を振り返った。
「あれか。もう必要ねぇから、適当に処分しといてくれ」
「……わかった。気を付けて戻れよ」
街中でS級保持者に言うような事でも無いが、挨拶代わりに言うとザックは苦笑して見せた。
「ああ。またな」
静かに雪景色の街に消えていく後姿を見送ってから、扉の鍵を閉めて自室に戻った。
卓の上に置かれたままの書類と新聞を手に取る。恐るべき犯罪の記録。秘密裏に処理された事件の真相。
しばらくじっと眺めてから、暖炉の火にくべた。乾燥した紙の端から燃え広がり、見る間に灰になって崩れていく。燃え尽きたそれを火かき棒で丁寧に崩して粉にしてから、深く溜息を吐いた。
卓の上に広げたままの夜食はそのままに、どさりと乱暴に音を立てて寝台の上に身体を投げ出す。
――酷く、疲れた。
べったりとへばり付くように胸の奥底に生じた倦怠と疲労がアレクを苛む。室内を照らす魔法灯の光を遮るようにして利き腕で目を覆った。
弟の治めるこの国は住みよい穏やかな国だが、それでも必ず闇はある。見えないところにヘドロのように淀んで潜む悪意。光射せば影が生じるように、善いものもあればそれに紛れて悪いものも必ず存在する。
あの男もまたそうだ。紛れた闇。
品の良い紳士のなりをした悪魔の引き起こした陰惨な事件。それに巻き込まれて命を散らした女達。その毒牙に狙われ酷く傷付きながらも生還した女。
――今にも崩れそうな薄氷の上を、それでも自らの足で立つ女。
木漏れ日のように柔らかく笑う女の姿が脳裏に浮かんだ。
瑠璃色の友人を愛でる姿、楽し気に料理する姿、手料理を美味そうに食べる皆を嬉しそうに見つめる姿、揶揄うと顔を赤らめて側向く姿。
その女の顔が、不意に泣き顔に変わった。
『――お願い。見捨てないで』
か細く震える声で発せられた縋るような言葉。
「シオリ……」
シオリに会いたい。
会って、あの華奢な身体を抱き締めたい。
抱き締めて、砂糖菓子のように思うさま甘やかしたい。
「――明日……」
明日、会いに行こうか。顔を見るだけでもいい。会って、声を聞いて、抱き締めて、口付けをして――それから。それから……。
す、と瞼の裏の闇に引き込まれるようにして意識が遠ざかり――やがて、眠りの中に落ちて行った。
ルリィ「それからナニをする気だ」
後は後日談と幕間話を何本か。




