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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第2章 使い魔の里帰り

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32 或る事件の結末(4)―傾月の断罪―

二話同時更新。

前の話をお読みで無い方はそちらからどうぞ。

「――やはり女というものは信用できんな。簡単に男を裏切る」

 だからこれは女達への罰であり、復讐なのだ。

 滔々と雄弁に語るランヴァルドの瞳に宿るは歪んだ愉悦。

 黙って話を聞いていたザックは胸の焼けるような不快感を覚え、胸元を抑えて唸った。

「何が復讐だ。そんなものは復讐でもなんでもねぇよ。あんたの異常性癖を満たすためだけの、趣味の悪い遊戯だ」

 騙されて囚われた女達の身体に傷を付けたと語った時のあの表情。あれは間違いなく嗜虐心を満たして悦ぶ者の顔だ。

 加虐嗜好の異常性癖。

 病んでいる。

 経営者であった彼こそが、女を虐げて悦ぶ歪んだ嗜好の持ち主であった。

 元々あった性癖なのか、それとも女に裏切られて恨みを燻らせているうちに心が歪んでしまったのかはわからないが、こんな危険な男が身近に存在していたことに気付かなかった己に腹が立った。

 吐き気がする。

「シオリに手を出したのも、ただ金の為だけでも無かったんだろう。いたぶって弱って行く様を眺めて――楽しんでやがったな」

「金は必要だったよ。何をするにも先立つものはあればあるだけいいからな。それに楽しんでいたのも否定はせん。あれはいい女だ。あの取り澄ました顔がやつれていく様は情欲をそそられたよ。直接いたぶれなかったのが残念だ」

「……下種野郎が」

 吐き捨てれば、愉悦に浸っていた顔が険しく歪められた。

「先程も言ったが、口のきき方には気を付けたまえ」

 ランヴァルドは忌々しげに付け加える。

「平民風情が」

「――それこそ俺もさっき言ったぜ。子爵家を勘当された身でそこまででかい態度が取れるんなら、俺は大威張りってな」

「何?」

「俺の本当の名を教えてやるよ」

 一歩間合いを詰めれば、ランヴァルドは気圧されたか後退る。

「ブレイザック。ブレイザック・フォーシェルだ」

「ブレイザック――フォーシェル、だと?」

 伝えられた名を復唱して僅かに瞳を眇めたランヴァルドは、次の瞬間その家名の意味に気付いて大きく目を見開いた。

「大貴族――武の名門、公爵家の、」

「御名答」

「馬鹿な!」

 ランヴァルドは喘いだ。動揺を押し殺そうとするかのように。

「フォーシェル家にお前のような者が……既に若い当主が……いや、そうか、貴様は」

 何かを言いかけ、それから彼は唾を飲み込んだ。そして、一言。

「――消えた嫡男」

「世間様じゃあそんな風に言われてんのか、俺は」

 ザックは笑った。

「ちゃんと親父にも弟にも話を通して穏便に出て来たんだがな。もっとも、出て来たとは言え籍は抜けてねぇよ。あんたと違ってな」

「なんだと?」

「今回の件でノシュテット家にも捜査の手が入った。代々文官を輩出する宮廷貴族だ。万が一にも『金糸雀の夢』の売上がノシュテット家にも回されてるとなりゃ一大事だからな。まぁ結果は完全なシロだったが、あんたの兄貴はカンカンだったらしいぜ」

 懐から一枚の封書を取り出して突きつけてやると、一瞬警戒する目線をこちらに向けてからひったくるようにそれを受け取った。乱暴に封書を開いて中身を確かめていたが、やがてわなわなと震えだした。

「なん……なんだこれは」

 ノシュテット家の略式家系図。その写し。

「私が――居ない」

 勘当によって名が斜線で消されているというわけではなく――ただ、初めから存在しなかったかのように、空欄。

「『金糸雀の夢』の事件じゃあ、高級官僚や同盟国の外交官まで関わってたからな。対外的にも難しいこの時期に、こいつの処理の為に陛下も辺境伯も相当苦労させられたんだ。同盟国でもひと悶着あったらしいしな。その事件の主犯格が勘当された弟だってんだから、当主の怒りはかなりのもんだろうよ」

 今後一切事件の事を口にしないこと、ランヴァルドの処遇を完全にこちらに一任することを条件に、ノシュテット家に対する処分は無しとなった。そうでなければ何十年も前に出奔した者とはいえ、政治に関わる子爵家の出の人間が国際的にも難しい扱いになる事件の首謀者とあっては無関係という訳にはいかない。表沙汰になれば、少なくとも城内での立場は相当に悪くなるはずだ。

 そして決まったランヴァルドの処遇は、籍を抹消の上で極刑。除籍ではない。完全に最初から居ない人物として扱われることになった。ノシュテット家当主は二つ返事で承諾したという。家に対する処分が免除されただけでなく、家名に傷を付けた者がそもそもの初めから存在しなかった事になるのだから。

「……これであんたはめでたく、貴族の身分を詐称して凶悪事件を引き起こした重罪人ってわけだ」

「――貴様!」

 激高したランヴァルドは無詠唱で発動させた火の上級魔法をこちらに向かって投げ放つ。それを難なく躱すと、背後に蒸発音が響いた。潜んでいた特殊部隊の魔導士が水魔法で相殺したらしい。

 立ち竦んだ彼は気を取り直して再び魔法を放とうとしたが――それを許さず瞬時に距離を詰め、その掲げられた手を一閃、剣を薙いで切り落とす。響き渡る絶叫。

「――シオリはな、何も無ぇ身一つのところから血を吐く思いで頑張ってここまで来たんだ。あんたの復讐に利用されたあの女も、もう数年頑張りゃ年季が明けるところだった。殺された他の女達だって、郷里の家族を食わす為に出稼ぎに来たのがほとんどだ。中には言い交わした相手が居た女だって居たよ」

 切断された手首を抑えて地面をのたうつランヴァルドを冷ややかに見下ろす。

「皆、家族や自分の将来の為に必死で頑張ってたんだ」

 剣を彼の目前に突きつける。凄まじい激痛に顔を歪めて苦鳴を上げていたランヴァルドは、血の跡を引いて這うように後退った。

「それをあんたは、自分の歪んだ復讐心やイカレた性癖を満たすために、殺した。あんたの囲ってた女は終身刑だが、精神的に弱っちまってあまり長くはもたねぇだろう。シオリも――どこまで回復できるかわからねぇ。全部、あんたが奪ったんだ。金も、希望も、未来も、人としての尊厳すらも何もかも、全て」

 あの【暁】のメンバーにしてもそうだ。悪い連中では無かった。トリス支部にも親しく付き合う者は多かった事を知っている。何も無ければ、ランヴァルドがおかしな道に引き込みさえしなければ、今頃は――シオリと共に楽しくやっていたかもしれないのだ。例え、心の奥底に彼ら自身でさえ気付かなかった悪の芽が眠っていたのだとしても、この気の触れた悪魔が誘わなければ、それは芽吹く事すらなく善良な人間として一生を過ごせたかもしれないのだ。

 シオリが保護された後、もう既にあのパーティからは死者が一人出ていた。ラケルという女だ。初めの頃はシオリと共に楽しげに笑っていた。気を許せる女同士、組合(ギルド)の片隅で内緒話をしてくすくすと笑い合っていたのを覚えている。

 だが、死んでしまった。悪い道に引き込まれ、虐めに耽った挙句に死んでしまった。

 他の者達も、もう恐らく更生は難しいだろう。悪事に手を染めて楽をする事を覚えてしまった。正しい人としての道を忘れてしまった。彼らの昏く荒んだ目がそれを如実に表していた。

 静かに、剣を振り上げる。

「あんたは死ぬ。今ここで、処刑される。後の裁きは――地獄の法廷で受けやがれ」

 もはや声も無く、ただ剣の切っ先を見つめるだけの男に向かって、ザックは剣を振り下ろした。

 無表情で、何度も。

 ――十一回。



「……ブレイザック」

 こと切れた男を前に立ち尽くすザックに、クリストフェルが声を掛けた。ザックと同じような黒装束。茂みの奥から静かに姿を現す辺境伯家の私兵もまた同様だ。

「十一回切り付けたのにはやはり意味があるのか?」

 自らの身体から流れて出来た血溜まりに身を沈めて絶命したランヴァルドを無表情に見下ろしていたザックは、ゆるゆると顔を上げた。

「本当は、被害者の数だけ切り付けてやりたかったがな」

 シオリの分、利用された支配人の女の分、そして命を落とした女達の分。合わせて十一。

「そこまでやったら遺体の偽装も難しくなる。さすがだな、ザック。こういう時でも冷静さを失わんとは」

「なんの褒め言葉にもなってねぇよ、そいつは」

 血糊を振り払って剣を鞘に収めると、深く長い溜息を吐いた。

「悪かったな。無理言っちまって」

「……構わんよ。気にするな」

 ランヴァルドの始末を自らの手で。容疑が固まり、あとは拘束するのみとなった時、そう言い出したのはザックだ。

 公には出来ない事件の主犯となった者は、逮捕されて刑が確定したとしても、やはり公表されることは無いだろう。密かに拘束され、そしてやはり密かに処刑されるのみ。世間的にはランヴァルドの名にほとんど傷は付かない。ただ、組合(ギルド)で不正をして行方を眩ませただけ――その程度だ。

 どうせ誰にも知られることなく処刑されるだけの身なら、いっそ、自らの手で。侯爵家の次期当主も、あの外交官も、やはり公式な処刑という形を取らずに始末された。それならば、ランヴァルドは自分が始末する。

 当初、クリストフェルは難色を示した。当然の事だ。私刑は本来許されるものではない。

 だが、主犯格不明のまま迷宮入りしそうだった事件が思わぬ形で解決を見たのはザックのお蔭だ。王家や公爵家の力を借りて手を回し、ランヴァルドの過去や余罪の有無を短期間で調べ上げ、ノシュテット家と交渉して表沙汰にならぬよう取り纏めたのも、ほとんどは彼の功績だった。

 ならばそれに報いる為にも、彼の言い分を飲んでやっても良いのではないかと最終的には理解を示してくれたのだ。

 惚れた女を酷く傷付け嬲られた挙句に殺されかけた――その、仇討ちを許してくれた。無論、王の許可は得ている。それで構わないと。

「――しかし、『天女』から監視の目が外されていた事が裏目に出たな。まさかこんな事件に巻き込まれるとは……惨い事だ。歓楽街の取り締まりも強化せねば、な」

 ぽつりと呟いてから、クリストフェルはそっとザックの肩を叩いた。

「あとは我々が処理する。お前は先に戻っていろ。今夜の立哨には話を付けて私の手の者を置いてある」

「……ああ。悪いな。そうさせてもらう」

 酷く、疲れた。

 後の始末はクリストフェルに任せ、街に戻った。外壁の大門を守る立哨は、ザックを見ると「話は聞いております。どうぞお通りください」と低く言って通してくれた。目礼して脇のくぐり門を通過する。

 深夜の街中は寝静まって静寂に満ちていた。警邏の巡回路を迂回して帰路を急ぐ。

 そうして辿り付いた自宅前――玄関先に佇む人影に気付いて足を止めた。

「……クレメンス」

「帰ったか」

 扉に背を預けていた銀髪の男は、こちらの姿を見とめると、そっと身体を起こした。

「何の用だ。こんな時分に」

 低く訊ねればクレメンスは微かに笑った。

「待っていた。そろそろ戻る頃合いだと思ってな」

「……シオリは?」

「ナディアが看ている。一度意識が戻ったが、またすぐに眠ったよ」

「そうか……」

 そっと彼に歩み寄る。街路灯の淡い光に照らされたその顔には、微かな疲れが見えた。

「……始末してきたんだな」

 彼はしばらくじっとこちらを見つめていたが、やがてぽつりと言った。確かめるでもなく、ただ断定するような物言い。ザックは小さく頷いた。

「気付いていたか」

「まぁな」

 クレメンスは静かに笑った。

「長い付き合いだ。何を考えていたかくらいすぐに分かる」

「そうかい」

 向かい合って立つクレメンスの顔に浮かぶのは、後悔と労りと悲哀と――様々な感情が綯い交ぜになったような表情だ。

 その肩に片手を置くと、そのまま――反対側の空いた方に額を預ける。

「……おい。大丈夫か」

 気遣わしげな声が降ってくる。

「――ちょっとばかり、疲れた」

 心の内を吐露出来る、数少ない友。無意識に弱音が漏れた。

「裁きだなんだと言いながら、結局俺はあいつと同類なのかもしれねぇ。処刑でもなんでもねぇよ、あれはただの――私怨だ。大事な女を傷付けられた恨みを晴らしただけだ」

 クレメンスは無言のまま黙って話を聞いてくれている。ただ、その手だけが幼子を宥めるように、優しく何度も己の背を叩いた。昔、もっと若い頃。駆け出しの冒険者だった、まだ少年の頃のクレメンスやアレクにしてやっていたのと同じように、背を、何度も、何度も。

 まるで、あの頃とは立場が逆転してしまったようだ。

 ザックは小さく笑った。

「俺も……年だな」

 落とした微かな呟きは、闇夜に溶けて消えた。



 傾月の夜。

 或る一つの陰惨な事件が、密やかに幕を下ろした。

ルリィ「みぃっつ! 醜い浮世の鬼を退治てくれy「桃色スライム!!!!!」

雪狼「えっ」

ルリィ「えっ」

ピンクスライム「ニヤリ」

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