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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第2章 使い魔の里帰り

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29 或る事件の結末(1)

また少し暗めな話。

長くなるので二つに分けました。

 下宿屋の女将に湯を沸かして貰い、汚れを落としてさっぱりとした身体で自室の粗末な椅子に腰を下ろす。買って来た屋台の料理は持ち帰り用の紙袋に包んだまま卓上に置いた。部屋に残っていたクラッカーとチーズを肴にエールを傾ける。

 味気無い。

 量は少なくとも、旅先で口にした食事はどれも心の籠った温かいものだった。あの味に慣れてしまうと、出来合いの物と保存食で済ます食事が酷く物足りなく感じた。

 こんな風に感じるのは今迄に無い事だった。独りでの食事も味気ない冷えた食事も、どうとも感じなかったし、これから先も同じだと思っていたのだが。

(――シオリに会ってからだな)

 隣に温もりを感じながら、心の籠った温かい食事を口にする、その喜びを知ってしまった。否、思い出してしまった。母が儚くなってから縁遠くなってしまった幸せな温もりを。

「――アレクさん! お客さんだよ」

 ぼんやりと考えていたところへ、扉を叩く音と共に女将の声が掛かった。扉を開けると屈託なく笑う恰幅の良い女将の後ろにザックの姿。片手を上げて挨拶を飛ばしてくる。

「遅くなるようなら玄関の戸締りだけ頼むよ」

 女将はそう言い置いて去って行った。一応下宿人全てに玄関の鍵が預けられている。仕事で帰宅が女将の就寝時間を過ぎる事もあるからだった。

「――居心地は悪くは無さそうだが、不便じゃねぇか?」

 縦長の四階建ての一軒家を改装した簡素な作りの下宿屋には玄関は一つ。どの部屋に行くにも必ずこの玄関を通らねばならず、必然的に下宿人を訪ねるたびにまず女将に出迎えられることになるのだ。人によっては煩わしく感じることもあるだろう。

「急ぎで契約出来たのがここしか無かったからな。頼めば賄いも出てくるし、まぁそう悪くもないが」

 帝国潜入の為に数年間留守にしなければならないことから、元々借りていたアパルトメントは解約してあった。帰国後は早く居心地の良い場所に戻りたい一心で、組合(ギルド)にほど近いこの下宿屋にさっさと決めてしまったのだ。城にも私室は用意されてはいるのだが、あの場所の主は弟だ。彼の妻や成人間近の息子達が居る城では正直居心地は悪い。

「早くに連絡くれてりゃ、俺が探しといてやったのに。なんなら俺の所に来ても良かったんだぞ。部屋は空いてる」

「どうでも不便になったら頼むことにするさ」

 室内に招き入れて椅子を勧めれば、外套を脱いだザックは書類袋――やり残した仕事だろうか――を卓の脚に立て掛けると、腰を下ろして手にした紙袋の中身を広げ始める。やはり、屋台の料理を幾つか買って来たようだった。

 用意したグラスにエールを注ぎ、互いのグラスを交わした。

「んじゃ、まあ、とりあえずお疲れさん」

 ザックはそう言うと、グラスの中身を一気に呷った。それから手酌でエールを注ぎ足す。

「――まぁ、ルリィの里帰りは恙無く終わったよ」

「じゃあ、あれ(・・)を見たんだな」

 あれ、というのが何を指し示すのかを察してアレクは苦笑した。

「ああ、中々に壮観だった。一生分のスライムに会ったような気がする」

「俺もだ。一面に蠢くスライムの群れってのは、なかなかどうして悍ましいもんだな」

「シオリはあれを眺めながら食事していたぞ」

「うっ」

 思い出したのかザックが呻いた。それを見て、自分の感覚は普通なのだなと知って内心安堵する。シオリがあまりにも普通にスライム達と接しているので、もしや自分がおかしいのではと思ったがそうではないらしい。

「――それで? シオリの怪我は」

 しばらく酒と肴を摘まみながら当たり障りの無い会話を楽しんだところで、ザックが真顔になった。ここからが本題だ。

「俺も現場を見ていたわけじゃないから、伝聞になるがな。雪狼の群れを引き込む切っ掛けになった荷馬車の扱いで容疑者グループと揉めたらしい」

「群れを引き込む切っ掛け?」

「ああ。積荷が生け捕りにした雪狼の雌だったそうだ。全て妊娠していたらしい。貴族の依頼で毛皮と愛玩用の幼体が欲しかったそうなんだが、その辺りは供述通りの理由ではないかもしれんな」

 毛皮は防具に、そして幼体は育てれば従順な生物兵器になりうる。何か良からぬ企みでもしているのではないかと見る者は必ず出てくるだろう。

「襲撃の直接の原因は、その妊娠していた雌だった。彼らは身重の妻を取り戻そうと追って来たんだ。奴ら、つがいを取り戻したら大人しく引き返していったよ。とはいえ、それまでに出した被害は相当なものだが」

「……なるほどな」

「――シオリは」

 エールを一口飲んで口内を湿らしてから、アレクは言葉を継いだ。何やら考え込んでいたザックが顔を上げる。

「魔法でその荷馬車を雪狼から遠ざけるように頼まれたらしい。それを断って、荷馬車用の、鞭で」

 ザックが蒼褪めるのがわかった。それからその表情が徐々に険しいものになる。

「……酷ぇことしやがる」

「ああ。酷い痕が残っていた」

 帝国で見た奴隷と同じような傷痕だった。力任せに打ったに違いなかった。無体な真似をする。

 事件は衆目の集まる場所で起きたという。目撃者の中には負傷した騎士も数人含まれていたらしい。そんな中で身勝手な理由で平然と救助活動の邪魔をし、挙句女を鞭打ったというのだから恐れ入る。余程の痴れ者か、さもなくば騎士隊を相手取っても揉み消せるような後ろ盾があったのか。

「幸い傷はエレンが綺麗に治してくれたよ。痕ひとつ残らなかった。だが、」

 そこで言葉を切ってザックを見る。蒼い瞳と視線が絡んだ。

「両腕と両足の見えない場所の傷痕――あれは治せないらしいな」

 ――重苦しい沈黙が落ちた。ザックの表情は抜け落ちてしまっていて感情が読み取れない。ただその蒼い瞳だけが魔法灯の明かりを映して奇妙な色に揺らめいている。

「最初に治療に当たった騎士隊に見咎められてな。略式だが取り調べも受けた。多分あんたには話していない内容も含まれている。調書の写しは年内にあんた宛に送ってくれるそうだ」

「……そうか」

 しばらくは互いに会話もなく、ただ時折エールを飲み下す音と、グラスを卓に置く音、この二つだけが鳴り響いた。

「……あの傷痕を出しに脅されていたそうだ。この国では傷痕のある女は忌み嫌われて迫害されるとな。あいつが誰にも言い出せなかったのも、誰にも頼らなくなったのもその所為だ。それでなくても元々色んな人間からの嫉妬や悪意で、少しずつあんたやクレメンスやナディアから距離を置くように仕向けられていたようだ。そこへもって傷痕の件で止めを刺される形になった。何も無い所からようやく作った居場所を無くす事を恐れてあいつは――何も言い出せないまま身動きが取れなくなった」

「……」

 ザックは何も言わない。ただ、手は既にグラスから離れていた。何をするでもなく、ただ虚空を見つめたまま。

「今でも恐怖心から抜け出せないでいる。あいつは、傷痕を知られたくないあまりに騎士隊の治療を拒んで酷く取り乱して、鎮静剤まで打たれたんだ。捨てないで、もう生きていけない――そんな風に言って、泣きじゃくって、」

 あの、泣き腫らした顔で眠るシオリが忘れられない。取り乱して、抱き締めて宥めなければならなかったあの痛々しい姿も。

「――なぁ、ザック。女ひとりをあんなになるまで追い込んでおいて、本当にどうにもならなかったのか。あいつら()は、今でものうのうと、」

「アレク」

 それまで沈黙を保っていたザックが口を開いた。その瞳に、あの奇妙な色を浮かべたまま。

「……俺が、本当に何もしなかったと思うのか?」

 ザックは笑った。凄絶な笑みだ。今迄に何度か見た事のある、見る者を射殺すような――。

「愛した女にあそこまでされて黙っていられるほど俺はお人好しでもなけりゃ腰抜けでもねぇよ」

 卓の足元に立て掛けられたままの書類袋が取り上げられる。開いて取り出された書類が差し出され、意味が分からないままにそれを受け取った。

「――ランヴァルド・ルンベック、変死。イヴァル・レイヨン、死亡。スヴェン・ロセアン、死亡。バート・アンフェ、行方不明。ラケル・スカンツェ、死亡。トーレ・ブロムバリ、冒険者組合除名処分――これは」

 ある事件関係者の調査書類。このリストに記されている者達が何者であるかは、見慣れない名の中に混じる二つの名から直ぐに知れた。シオリを追い詰めて都合の良いように使い潰した【暁】。

 ランヴァルド・ルンベックはトリス支部の先代マスターだ。事件に関わった責任を取らされて隠居したのではなかったか。それにラケルという女の名にも覚えがある。シオリの話の中に出て来た名だ。確か、以前――初めてシオリと組むことになった依頼の最中、仲間に教えられた話では――事件後に受けた依頼で死んだと聞いた。

「あいつは結局俺には教えてくれなかったが――お前には話したんだな。何があったのか」

「……ああ」

「……考えたくも無かったが、概ね俺の予想通りだったか」

「ザック」

 独り言めいた呟き。視線でその先を促す。このリストに載った者のほとんどが死亡扱いになっている。どういうことか。ランヴァルトの変死というのも気になる。

「あのパーティの連中はな、どのみち放っといてもいずれ死ぬような奴らだった。事件の後、俺が手を下すまでもなく勝手に自滅しやがったよ。本当は俺の手で始末してやりたかったがな。ラケルは追及から逃げるように受けた依頼で呆気なくあの世行き。イヴァルとスヴェンは依頼で向かった遺跡で死んだ。表向きは魔獣にやられてってことになってるが、どうも仲違いの末にやり合って刺し違えたらしい。バートは行方不明扱いだが、現場の状況からまず生きちゃいねえだろう。千切れた利き腕と大量の血痕が残されてた。こいつは魔獣に食われたんだろうな。トーレは唯一の生き残りだが、移籍先で同僚とトラブル起こして除名処分。金も使い果たして郷里くににも帰れねぇまま、街で鼻摘み者になってるそうだ」

 淡々と語られる、或るひとつのパーティの結末。

「シオリのお蔭でギリギリ保ってた均衡が崩れた結果だ。あいつが居る事でどうにか生き延びてたんだ。それをあいつらは搾り取るだけ搾り取って、あんな傷を負わせた挙句に用済みだと言って捨てやがった」

 ルリィが居なければ、シオリはそのまま誰にも看取られることなく死んでいた。

 ルリィという偶然が居合わせていなければ。

 ぞっとする。

「……ザック。あんたは――どうしてあいつをそんな奴らに預ける気になった。そんな腐った奴らだと、誰も気付かなかったのか」

 ずっと抱いていた疑問。恋情まで抱くに至った大切な女を、どうしてそのような連中に預けたのか。クレメンスも、ナディアも、誰も何も言わなかったのか。問えば、ザックは自嘲気味に笑った。

「俺も始めはあいつを預けても良いと思う程度には普通の連中だと思っていたんだ。評判もそれほど悪くは無かった。取り立てて悪い噂も無かったよ。粗削りではあったが地道に努力を続けていれば、それなりの成長は見込めたはずの連中だった。歳もランクもシオリと近い。だから一緒に頑張っていけるもんだと思っていた。だがな」

 卓の上に置かれたままのその手が強く握り込まれる。

「ランヴァルドの奴が入れ知恵したんだ。あの連中に法の目を掻い潜って悪さ出来るような知恵は無かったにも関わらず、あれだけの事をしておきながら立件出来なかったのは奴の所為だ。あの野郎、連中が昇格を焦ってたのを上手く利用して、査定と報酬に色付ける事を条件に、シオリを言いなりの人形にするやり方を吹き込んだのさ。金と、あいつの身体目当てにな」

 最後に付け加えられた言葉にアレクは目を剥いた。

「金と――シオリの、身体目当てだと?」


ルリィ「ひとぉつ! 人の世の生き血をすsもがっぐぐ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ザックさんは、某時代劇【東方の剣士ピーチ太郎(仮)】ということですね(苦笑) いやそれよりも、ルリィさんが何故あの時代劇の決めセリフを知ってるの!? [一言] そういえば、某時代劇【東方…
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