02 携帯食のご注文承ります(2)
9/9 日間異世界転生/転移ランキング恋愛カテゴリで1位を頂きました。
皆様のお蔭です。ありがとうございます。
「ボリスさん、ミネストローネ六つとコーンポタージュ二つ、チーズリゾットを八つで、銀貨三枚と銅貨二枚です」
「はいよ、ありがとさん」
「カリーナさん、焼豚のスライスと卵スープを四つずつで、銀貨一枚と銅貨六枚になります」
「ありがとう、シオリ」
「ルドガーさん、茄子の煮浸し二つ、法蓮草のソテー四つ、ベリーのシロップ漬け六つ、合計で銀貨二枚と銅貨四枚です」
「おお、ありがとう。料理が苦手なんで助かるよ」
「ハイラルドさん、パンプキンポタージュ三つ、卵粥一つ、茸リゾット二つで銀貨一枚と銅貨二枚です」
「おぉ~これで次の依頼も乗り切れるわい。ありがとうのぅ~お嬢ちゃんや」
「………………どうかご自愛ください」
注文書通りに蝋引き紙製の紙袋に詰めた携帯食を硬貨と交換していく。購入後は劣化を防ぐために蝋引き紙に包んだまま瓶などの密閉容器に移し替え、一度の旅で食べ切るよう言い添える事も忘れない。
取扱品を一覧表記した注文書に必要事項を書いておけば、次回の販売日に受け取る事が出来る仕組みだった。一応当日販売分もあるけれど、あまり数は多く出さない。一人で請け負える分を計算した結果のやり方だった。
利用者にしてみれば多分不便だろうが、やはり誰しも野営中の食事には不満があったのだろう。元々旅先での冒険者仲間の栄養状態が気掛かりだった事もあって保存食を分ける形で始めた商売は、概ね好意的に迎えられた。余裕があれば調理することもあるけれど、長期の野外活動が必要な依頼ともなれば、荷物も嵩張る食料に割く余裕はそれほど無い。干肉にパン、そして精々が缶詰や漬物で贅沢出来るかどうかという状況の冒険者の間で、野営中では摂取し辛い野菜、果物中心の献立を取り揃えた携帯食は、瞬く間に評判となった。軽くて嵩張らず、水や熱湯を注いで数分で調理完了という手軽さがまだ話題を呼んだ。最近では組合の売店での取り扱いを打診された。緊急の依頼で旅立つ者の為に常備しておきたいらしい。
『置かせてくれんなら、ついでに税とか面倒な書類手続きも全部やってやるぜ』
ザックの申し出には心が動かされた。慣れない土地での事務手続きは正直結構面倒だから、そういうことなら多少の手数料は払ってでもお願いしたいところだ。それに、手持ちの知識で始めた事が誰かの手助けになるというのなら、それは嬉しいことだとも思う。
「なかなか盛況だな」
馴染みの声に顔を上げると、少しだけ日に焼けた肌に緩やかな銀の巻き毛の、碧眼の男と目が合った。
「クレメンスさん、先日はどうも」
「ああ、こちらこそ。また機会があったら同行を頼む」
「ええ、喜んで。えーと、焼豚のスライスに鶏ハムの焼き鳥風味、出汁巻き卵、牡蠣のオイル漬、茄子の煮浸し、焼き野菜のバーニャカウダソース和えを各一つずつ、合計で銀貨一枚と銅貨二枚です……鶏ハム、一つおまけしておきました」
最後の言葉を囁くように付け足すと、クレメンスは嬉しそうに破顔した。普段は紳士然とした人だけれど、嬉しい時はまるで子供のような笑い方をする。支払いを済ますと、頑張れよ、と一声掛けてから立ち去って行った。
せっせと引き渡し作業を進めていると、順番待ちの列の向こうで黄色い歓声が上がった。ルリィが客の相手をしてくれているようだった。一体何処で覚えて来たのやら、妙にあざといポーズを取って女性客を萌え殺そうとしている。
「あの子もやるもんだねぇ。教えた甲斐があったってもんだよ」
「ナディア姐さん……」
呆れた口調で声の主を見ると、いつの間にか隣の卓を陣取っていた、鮮やかなストロベリーブロンドの美女が妖艶に微笑んだ。
「いいじゃないか。せっかく可愛いんだから、それを利用しない手はないよ」
言いながら、美しくすらりと伸びた指先で籠の中の紙袋をつまみ、次々と手渡してくる。手伝ってくれるようだ。受け取った代金は、数えてから脇に置いたブリキの箱に収めていってくれる。二人三脚で引き渡し作業も素早く進み、三十分と掛からずに終了した。
手元には空の籠とブリキの箱一杯の硬貨、そして次回の注文書の束が残った。
「ありがとう姐さん。今度好きな携帯食おまけしておくね」
「そりゃあ嬉しいね。そうさねぇ……あの林檎のコンポート、『フリーズドライ』とやらに出来るのかい」
「大丈夫、出来るよ。次の時に渡すね」
「ありがと。期待してるよ」
ぽってりと色っぽい唇を笑みの形に引いたナディアに見送られて組合を後にした。
途中、食料品店に寄って行く。次回分の食材の買い出しだ。野菜や果物が所狭しと並び、店主が座るカウンター横のケースには肉の塊や魚介類が並べられている。冷気を発する魔法石で低温に保たれているから、傷みも無く安心だ。
「いらっしゃい……っと、シオリの嬢ちゃんか」
「……嬢ちゃんというにはかなり図々しい歳ですが」
どうもこの顔立ちが三十を過ぎているようには見えないらしく、必要以上に若く見られる事も多い。けれども、いい大人のつもりでいる自分としては、些か不満ではある。
「俺から見りゃあ十分に嬢ちゃんだよ」
胡乱な目で店主のマリウスを見やる。目尻に多少の皺が見えるが、恐らく……。
「マリウスさん、おいくつですか?」
「あー? 来月で三十三だな」
「二つしか違わないじゃないですか!!」
「……は? え!? 冗談だろ、せいぜい二十かそこらだろ!」
「二十なら二十って言いますよ! なんで十歳以上も上にサバ読む必要あるんですか!!」
故郷と違ってこの近隣では二十も過ぎれば立派な行き遅れだ。大人に見せたいお年頃ならばともかく、二十代をわざわざ三十代だと偽る意味が分からない。
「うーん、今度から大通りに出来た大型店に」
「いやいやいや、悪かったよ! 小娘扱いして悪かった! サービスするから!」
日々の食料に加えて週に一度の大量買いは結構な額になる。売り上げにも相当貢献しているだろうシオリという上客を失うのは痛いはずだ。
「今日は何が入用だい」
「とりあえず、豚肩ロースのブロック四本と鶏の胸肉五枚、あとは……牛のバラ肉一本をスライスお願いできますか」
「おう、毎度大人買いありがとうよ。ちょっと待っててくれな」
マリウスが肉を用意する間に、他の食材を物色することにする。旬ではない人参と法蓮草は自家製フリーズドライを使うとして、南瓜、玉葱、茄子、隠元豆に大豆、玉蜀黍粉、それから早生林檎を籠に放り込む。
「芋はそろそろ秋採りのが入って来るから、今あるのは芽が出ちまった古いやつばっかりだ。安くしとくから良けりゃ持っていきな」
「ありがとう」
「トマトもそろそろ終わりで品質が落ちて来てるな。どうする、これも持ってくか」
「うーん、トマトはうちで作ってるから……あ、でも沢山欲しいから頂きます」
「毎度! しかし自家栽培か。ストリィディアはいいね。ドルガストだと家庭消費分だろうがなんだろうが、収穫物には全部税が掛かってんだ。やってらんねぇよ」
マリウスは元帝国民だ。重税に次ぐ重税で困窮を極めた結果、十年程前に決死の覚悟で一家を引き連れて逃げて来たのだという。
貴族主義が根強いドルガスト帝国では、ありとあらゆるものに税が掛けられ、王侯貴族は潤うものの、庶民は貧困に喘いでいる。ストリィディアでは家庭で消費する分に関しては当然非課税だけれど、ドルガストでは鉢植えのものや小鳥の落し物から発芽したもの、食用に適さない雑草の種にまで、とにかく実る物には全て課税されるのだという。完全なる搾取の構造だった。
「ここじゃあ信じられないだろうけどなあ、俺の居た街なんか、道に落した物にまで課税されるんだ。領主様の道での荷物の保管料ってな」
「うわぁ……」
「酷いのになると、転んだガキを払えなかった保管料代わりに持っていかれたなんて話もあるんだ。実話なんだぜ、これ」
「……」
帝国貴族に良い思い出の無いシオリは、言葉も無い。
眉間に皺を寄せて黙り込むと、マリウスは焦った様子を見せた。一年と数ヶ月前のあの事件を、彼は勿論知っていた。
「いや、変な話しちまって悪かった。詫びと言っちゃあなんだが、ああ、ええと、ほれ、これ全部持ってってくれ!」
――肉の切り落としと売れ残りの野菜を大量に貰ってしまい、持ち切れなくなった荷物を前に、ルリィと二人で店の前に立ち尽くすことになった。半分持ってくれているルリィの身体が潰れ気味だ。頑張れば持てないこともないが、このまま数分歩いて更に階段を登るとなるとさすがに厳しい。店で預かって貰って、何度かに分けて運ぼうかと思案し始めた時、横合いから声が掛かった。
「――また随分と買い込んだものだな。手伝うか?」
振り向けばそこには長身の美丈夫。栗毛の下から覗く紫紺の瞳が愉快そうに細められた。
「……アレクさん」
・ナディア・フェリーチェ:38歳。A級冒険者。上級魔導士。好物は肉全般と果物。
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