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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第2章 使い魔の里帰り

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25 新たな商売

 この日の仕事は夜の始め、比較的早い時間に終了となった。騎士隊の計らいで、明日の領都への移動に備えて早めに休むようにと夜間の巡回を免除された形だ。

「……あー、疲れたな、さすがに」

 ルドガーが腰を下ろして足を擦りながら呟く。年寄り臭い所作だが皆似たようなものだ。

「人目の多い場所で同じ場所を何度も巡回ってのがな、案外疲れるもんだよな」

「気疲れもあるかもしれないわね……」

 若干憔悴したような顔でマレナも同意する。魔獣を追って野山を駆け回る生活をする冒険者だけれど、物珍しげにじっと見つめてくる旅行者の視線を浴びつつ、村の中や街道周辺をひたすらに巡回するのは疲れるものらしい。そのあたりは、町中の警邏も務める騎士隊は慣れたものだ。

「お疲れ様です……」

 こちらはこちらで疲れている。やはり馴染みの無い人々との作業で気疲れしているのかもしれない。声に張りがないのが自分でもわかる。暇を持て余した子供達の遊び相手をして過ごしたルリィは、こちらも少々お疲れ気味だ。空いた大鍋に張った湯に半身を突っ込んだまま沈黙している。

「……あ、じゃあ食事が出来るまで足湯、いかがですか」

「おー、いいねぇ」

 ルリィを見ていて思い付き、提案してみると皆喜色を浮かべた。でも、マレナが少しだけ顔を曇らせる。

「でも、大丈夫? シオリも疲れてるでしょ」

「大丈夫ですよ、このくらいなら。食事もシチューにしますから簡単ですし」

 言いながら見回して適当な場所を探した。

「この辺かなぁ」

 野営地の端、天幕の脇の空いた場所。あまり広くはないけれど、それでも十人程度が入れる湯船ならどうにか確保できそうだ。

 土魔法で湯船を成形し、ついでに風除けの壁も作る。普通の風呂よりも熱めの湯を張り、腰を下ろす場所に毛皮を敷いた。

「どうぞ!」

 皆いそいそとブーツと靴下を脱いで、次々と足を湯船に浸していく。ある者は足を揉み解しながら、ある者はそのまま後ろに倒れ込んで身体も一緒に休めている。最初は湯の熱さに顔を顰めていた者達の表情も、慣れるにつれて徐々に緩んできた。疲れで強張った表情も幸せそうに緩んで、それを見てシオリも癒された気分になった。

 あらかじめ沸かしておいた薬草茶をそれぞれに振る舞ってから、夕食の支度にとりかかった。村の農家の好意で搾りたての牛乳を頂いたので、今夜のメニューはシチュー。具材を切って炒めて煮るだけのお手軽シチューだ。まず、取っておいた昼食の雪待鳥の骨からこびり付いて残った肉の欠片を削り取る。

「みみっちいけど、大きい鳥だから結構肉が取れるんだよね」

 ナイフの背でがりがりと削り取ると、そこそこの量の肉が取れた。これを更に軽く叩いて挽肉にし、塩胡椒と小麦粉を混ぜて小さな肉団子を作る。子供でも一口で食べ終わるような大きさだけれど、それでも一人二個は食べられそうだ。残った骨は明日のスープの出汁に使うことにした。

 次にじゃが芋と玉葱を一口大に切って、熱しておいた大鍋に油を敷いて投入。

「人参とかブロッコリーとか彩りが欲しいところだけど、仕方ないかな」

 気持ちだけ、とばかりに手持ちの自家製フリーズドライの人参を全て投入した。二人分しか持ち合わせていないから微々たるものだけれども、ここは我慢しておく。塩胡椒を入れて、玉葱が透明になるまで炒めたら、次は肉団子を入れて表面に焼き色が付くまで炒める。辺りに良い香りが漂い始めて、昼食の時のように騎士らがちらちらとこちらに視線を寄越した。

「ごめんねー。これは人数分しか作れないんだ」

 誰に言うでもなくぼそりと呟きながら、頃合いを見て鍋を火から下ろし、小麦粉を投入して具材に馴染ませる。小麦粉が全体に行き渡ったところで牛乳を注ぎ、自家製コンソメを入れてゆっくりとかき混ぜた。あとはもう一度火にかけて、とろみがつくまでかき混ぜる。コトコト煮込みながら、塩胡椒と瓶詰バターで味を調えて完成だ。

「いい匂いだな」

「腹減ったー」

 完成を狙ってきたかのようにアレクとリヌスが戻ってきた。丁度良いとばかりに味見をお願いすると、

「美味ーい」

「疲れた身体に染み渡る……」

問題無しというお墨付きを頂いた。あとはライ麦パンを切り分けて炙ればいつでも食事が出来る。

「あ、居た居た。皆お揃いで丁度良かった」

 物資の中からパンを物色していたところで女の声が掛かった。村の女、アニカだ。

「冒険者さん達にはちゃんとお礼を言えてなかったからね。明日の朝には帰るって聞いたから慌てて飛んできたんだよ。こんな恰好で来ちまって申し訳ないけど」

 休まず作業でもしていたのか草臥れた姿でそう言いながらも、居住まいを正した。

「本当にありがとう。特にそっちの魔法剣士さんと魔導士さん。襲撃を収めてくれたの、皆も感謝してるんだ。あの群れを皆殺しにせずに済んだのはあんたがたのお陰だよ。死んだ雪狼(スノ・ヴァーイ)を有難く利用させて貰った立場で言うのもなんだけどね、やっぱり――無駄な殺しはしたくないからさ。必要分だけ獲るのが狩りの作法だよ」

 不必要に多く狩る事は、必ずどこかで歪みを生む。あの商人達は狩りの作法を守らなかったばかりに、多くの者達を巻き込んでこれだけの騒ぎを起こしてしまった。彼らがこの村や居合わせた人々に与えた損害は計り知れない。

「――あの雪狼は使い物になりそうか?」

 アレクが訊ねると、アニカは何とも言えない表情を作って見せた。

「思ったよりは使える部位が多かったよ。毛皮も必要なのは皮というよりは体毛の方だからね、汚れた部分を取り除いてもそこそこの量が集まった。けど、肉はね、筋張ってて硬いから熟成に一ヶ月は必要なんだ。宿で提供できるようになるまでにはまだしばらく掛かるね」

 連中から慰謝料ふんだくるにしても当分は先の話になりそうだしと、忌々しげにそう呟いて彼女は顔を顰めた。

「一ヶ月か……」

 アレクが唸る。思わずその顔を見上げると、リヌスが替わって説明してくれた。

「さっき、森の広場のあたりまで行ってみたんだ。雪狼の気配は無かったけど、普段は奥地でしか見かけないような魔獣が幾らか出て来ててねー。雪狼の群れのせいなのか、連中がばら撒いたガスのせいなのかはわかんないけど、旅行者を入れるにはちょっと危険な感じだよ。雪狼みたいに結界杭が効かない種類ばかりだった」

「外縁部を外から眺める程度なら問題はないだろうがな。広場付近の安全性が確保されるまでには少なくとも一ヶ月はかかるそうだ」

「……そういうわけで、やっぱり村を素通りしていく旅行者も増えるだろうね。観光の目玉の蒼の森が立ち入り出来ないんだものさ。外から眺めるだけなら、街道沿いを歩くだけでも出来るもの」

 アニカが深く溜息を吐いた。

「珍しい雪狼の肉で釣るにしても、一ヶ月は先の話さ。その間、毛皮を売るだけじゃ流石に穴埋めは難しいね。観光で食い繋いでる家は頭を抱えてるところだよ。農業と観光、両方で商売してる家も多いしね」

「そうですか……」

 重苦しい沈黙が降りた。どのみち雪狼の群れに襲撃されたという事実だけでも相当に手痛い。魔獣を恐れて村を迂回する者や馬車で素通りする者も増えるだろう。再襲撃の可能性は低いと判断されていたとしてもだ。

 疲れた表情で目に落ちかかった前髪をかき上げたアニカは、ふとある一点に視線をやって動きを止めた。

「あれはなんだい?」

「?」

 視線の先には足湯に浸かる同僚の姿。ほとんどは既に温浴を終えて上がっているが、残った者は余程疲れたのか、足を浸したまま後ろに倒れ込んで転寝を始めていた。だらしなく涎を垂らして寝こけているルドガーを見かねたマレナが槍の柄でつついている。

「これは風呂かい?」

 アニカは物珍しげに足湯を覗き込んだ。

「足湯って言うんです。膝下だけ浸かる温浴法ですよ。服を脱がずに済むので手軽ですし、しばらく浸かれば血の巡りも良くなって、身体全体が温まるんです。手軽に浮腫みとか疲れを取れるので、故郷では人気でした」

「へぇー……足湯、ねぇ……」

 足湯を眺めたまましばらく思案する様子だったアニカは、やがて顔を上げた。

「ねぇ、ちょっと入らせてもらってもいい?」

「へ? それは構いません……けど」

 意外な展開にシオリは目を瞬かせた。面白そうに集まって来る同僚達を尻目に、アニカは履物を脱ぐと、足を湯船に下ろす。しばらく湯の温かさに目を細めていた彼女は、やがて大きく息を吐いた。疲れた溜息とは違う、どこか安堵するような吐息だ。

「――ああ、これ、いいねぇ。気持ち良い……」

 目を閉じてしばらくその心地良さを堪能していたアニカは、目を開けるとにやりと笑った。

「ねぇ、この足湯ってやつ、商売に使わせてもらってもいいかい?」

「え、ええ、どうぞ。でも」

 それは一向に構わないのだが、温泉も無いこの村で、どう環境を整えるのだろうか。疑問を呈すると、彼女は笑った。

「この村はねぇ、暖房にペチカを使ってるんだけど、川近くの農家なんかは引いた水を沸かして、床下に埋めた配管に流して家畜小屋を温めてるんだよ。その仕組みをうまく使えば、どうにか出来るかもしれない」

 ペチカとはストリィディアでよく使われている暖房設備だ。本来は煙突から排熱されるはずの熱を、壁面に長く伸ばした煙管を煉瓦で囲って蓄熱することで屋内を温めている。似たような仕組みで、ブロヴィートでは配管の中に温水を流すことで室内を温めている家もあるようだ。

「それならなんとかなりそう……ですね」

「うん。街道から見えるあたりに足湯を作れば、旅行者の興味を惹けるんじゃないかって思ったんだけど」

「なるほど。言うほど簡単にはいくまいが、悪くはないかもしれんな」

 アレクも同意した。

「試しに街道沿いで温水設備使ってる家に協力してもらうよ。それで成功したら、設備を増やすのも検討してみる」

 いつ蒼の森への立入制限が解除されるのかもわからないのだから、少しでも客を呼び込む何かが欲しいのだろう。

「価格設定はどの位だった?」

「うーん、故郷では無料の所も多かったですけど、」

 シオリは記憶を引っ張り出して思い出そうと試みる。

「有料の所でも、硬貨一枚で済むような、ちょっと入ってみてもいいかもっていう手頃な価格帯がほとんどでしたね」

「なるほどね。金額もお手軽さが必要ってわけか。他に設備とかはどんな感じだったんだい?」

「屋根を付けているところが多かったですね。この辺だと雪の季節は必須じゃないですか? 風除けを付けているところもありました。あとは……簡単に脱ぎ難い恰好をしている人とか、うっかり服を濡らしてしまった人の為に更衣室がある足湯もありましたね。他にタオルの貸し出しとか、荷物の預かり所とか……」

 なるべく多くのヒントが得られるように、可能な限りの記憶を絞り出してみた。熱心に聞き入っていたアニカは、やがて満足げに頷いた。

「ありがとう魔導士さん。助けてもらったばかりか、面白いアイディアまで貰っちゃったよ。成功するかどうかはわからないけど、村長に掛け合ってみる!」

 そのまま走り去りそうな勢いだったが、はっと我に返った彼女は、ずっと手にしていた包みを差し出した。

「危うく忘れるところだったよ。これ、少なくて申し訳ないけど、皆で食べて」

「……これは?」

「ブロヴィート産の牛肉だよ。小さく切って、シンプルに塩胡椒で串焼きにすると美味いんだ」

 おお、と同僚達から歓声があがった。昼食に引き続いての御馳走だ。

「ありがとうございます。でも、本当に良いんですか」

 押し付けられるままに受け取ると、アニカは笑った。

「騎士隊にも一塊渡して来たんだ。だから遠慮なく受け取ってよ。美味しいと思ったら、また今度食べに来て」

 勧めつつも、商売も忘れない。そんな彼女にこちらも思わず笑ってしまった。

「では皆で早速頂きますね! ありがとうございます」

「うん、じゃ、明日は見送りに来れないかもしれないから、ここでお別れ言っとくよ。こっちこそ、本当にありがとう。村が落ち着いたら、今度はゆっくり観光に来ておくれな!」

 野営地に来た時とは違って、生き生きとした表情になったアニカは手を振りながら去っていった。





 後に、ブロヴィートは農業と観光業に加えて、珍しい足湯で有名な村としても知られるようになる。冷えて浮腫んだ足を癒しつつ村特産の牛の串焼きを頬張る旅行者の姿は街道を行く人々の目を引いた。美しい蒼の森を眺めながら気軽に旅の疲れを癒せる足湯は人気を博し、観光客増加の一助となった。

 足湯設置の切欠となったのはある異邦人の女魔導士だという事を知る者はそれほど多くは無かったが、彼女の所属したトリス支部の冒険者に限り料金の半値で入湯出来るという事実は、トリス支部員に大いに歓迎されたようである。

ルリィ「鍋の温水プール」



世界の暖房事情を調べてみたんですが、昔からセントラルヒーティングを導入している国って結構多いんですね。日本の暖房はまだまだな気がします。蒸し暑い夏を涼しく過ごす為の工夫が優先されてるからって話もあるようですが。

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