23 昼食の調理承ります
ルリィ「唐揚げ回」
火魔法と風魔法を合成した空調魔法の一つ、「暖房」。ドライヤー代わりにも使うことのあるこの魔法は最近ではすっかり慣れてしまって、別々に発動したものを後から混ぜるのではなく、ほぼ始めから混ぜ合わせた形で発動できるようになった。おかげで複数魔法の合成を行っている事を誰かに指摘されることなく、さりげなく各天幕に「暖房」を入れて回れるのは嬉しい。それでも魔法の心得のある者には若干妙な顔をされたりすることもあるのだけれども。
「――ああ、これはいいね。これなら患者に寒い思いをさせずに済む」
患者を四人も入れれば一杯になる狭い天幕の中を温かい空気で満たすと、衛生部隊の青年がほっと安堵の息を吐いた。寝台に横たわる患者達の表情も緩む。
村人達の好意で持ち込まれた温石でシーツの中を温められているとはいえ、外気温が氷点下まで下がっているこの季節ではとても十分とは言えなかった。火鉢や火の魔法石は数が少なく、二十近く張られた天幕全てには到底行き渡らない。そんな中で空調魔法を使えるシオリは随分と歓迎された。
「時間はどのくらいもつのかな?」
「うーん……三時間もてばいい方かもしれません。出入りする時にどうしても外気が入ってしまいますから。結界杭で囲んであれば五時間くらいはいけそうなんですけれども」
「なるほど。ちょっと上に掛け合ってみるよ。結界杭なら村の保全用の予備と、駐屯地にも幾らかあるはずだ」
「そうですね。時間を置いてまた掛け直しに来ますが、結界があれば有難いです」
二十近くもある天幕に三時間おきに空調魔法となると、さすがに疲れそうだ。それこそアレクに「罰の印」を付けられてしまう。あの時首筋に触れた唇の感触を思い出してしまい、小さく身震いをした。
(――なんだかああいうこと、やり慣れてる感じがするなあ)
あれだけ良い男前なのだから恋人の一人や二人、居たことくらいはあるのだろうけれども、なんとなく面白くはない。誰とも知れない女に嫉妬めいた感情を抱いてしまい、思わず自分自身に苦笑してしまった。
二言三言、衛生兵と言葉を交わしてから天幕を出る。あと半分と言ったところだろうか。気を入れ直して、残りの天幕を巡回した。
「……さ……さすがにちょっと疲れたかな……」
怪我の癒えたばかりの身体で十数回連続の魔法使用は幾ら何でも負担が大き過ぎたようだった。ルリィが度々警告してきていたけれど、「あと少しだから」とつい無理を言ってしまった。渋々ながらも理解は示してくれたけど、最後の天幕でとうとう堪忍袋の緒が切れたルリィが首筋をぺしぺしと叩き始め、用件だけ済ませて会話もそこそこに天幕から出る羽目になってしまった。
「ご……ごめんね。もうちゃんと休むから」
怒っているらしいルリィがぷるぷる震えながら触手を伸ばし、ぐいぐいと背中を押してくる。押し遣られた先は救護所から少し離れた場所に設営された、冒険者用の待機所だった。救援部隊の補充要員として雇われた冒険者達が数人思い思いの場所で身体を休めていた。そのほとんどが見知った顔だ。それぞれがこちらに気付いて軽い挨拶を飛ばして来る。
「お、シオリじゃーん。怪我したって聞いたけど大丈夫ー?」
聞き慣れた間延びするような喋り方に振り向くと、少しだけ草臥れた様子のリヌスが立っていた。その手には一抱えほどの大きさの革袋を二つも下げている。救援物資の仕分けでもしていたのだろうか。
「大丈夫ですよ。エレンさんに治してもらいました」
「その割には顔色良くないけど、また無理したんじゃないのー?」
「……ただの魔力切れですよ」
「じゃあやっぱり無理したんじゃん」
「うぐっ……」
リヌスに同意するようにルリィもぷるんと震えて見せて、言い返せなくなったシオリは押し黙るしかない。
(アレクには無理するなって言われてたのにな)
身に染み付いてしまった癖はそうそう簡単には抜けてくれそうもなかった。無理をしても隠し通すこと、それが当たり前のようになってしまっていて、何処で切り上げるべきなのかその加減が良く分からない。
「まぁ、手が空いたんなら今のうちにちょっとでもいいから寝ておきなよ。少しでも寝れば違うよー」
リヌスに後ろの天幕を指さされる。躊躇っていると、彼は手にした革袋を広げて笑って見せた。中には丸々と太った真っ白な鳥型魔獣が五羽。
「雪待鳥捕って来たんだー。森の外縁部の見回り中に飛んでるとこ見つけたからね」
「わぁ、凄い。こんなに沢山」
普段は高山地帯の岩場に棲息する雪待鳥は、冬の初め、雪の降り始める頃になると森林限界を超えて人里近くまで降下して来る中型の鳥型魔獣だ。一般的には餌を求めて飛来するとも言われている。小型の家畜を狙うこともあるから、見掛けたら積極的に狩る事を勧められている雪待鳥。とはいえ、くるくると舞うように空を飛び交うこの魔獣を撃ち落とすのは至難の業だ。食肉としては貴重な部類に入る。こんなものをあっさりと五羽も仕留めてくるあたり、さすがA級の弓使いだ。文字通り、飛ぶ鳥も落とす腕前の持ち主にとっては造作も無い事らしい。
「これ、捌いてくるからさ、そしたら昼御飯に唐揚げ作ってよ。全部捌くのにちょっと時間かかるから、それまで休んでてー」
「……そういうことなら、ちょっとだけ休ませて貰いますね」
後の仕事を頼まれて少しだけ気が楽になる。雪待鳥を抱えて立ち去るリヌスを見送ってから、ルリィに促されて天幕に押し込まれた。数人の同僚達が毛布に包まって仮眠を取る中、天幕の隅に積まれた毛布を一枚拝借すると、空いた場所に横になる。ルリィが寄り添うようにして、ぺとりと横に貼り付いた。触れたところがほんのりと温かい。
(――あ、そうだ。ここにも「暖房」しておこう)
残り僅かな魔力を振り絞って空調魔法を発動して温かい空気を満たす。それからそっと目を閉じると、そのまま引き込まれるようにして眠りに落ちた。
「――うっわ、生臭っ! なんだよその肉の山!」
「凄いだろー。これで唐揚げ作ってもらうんだ」
天幕の外の喧騒に、ふと意識が浮上する。ほの明るい天幕の中、横になったまま視線を巡らす。一緒に眠っていたはずの同僚達は既に起きたのか、畳んだ毛布が隅に積まれている他はがらんとして人気が無い。
ゆっくりと身体を起こすと、隣でルリィがぷるんと震えた。気遣うように膝の上に乗って来る。
「……大丈夫。やっぱり、ちょっとでも寝ると違うね」
十分とは言えないけれども、先程よりは随分と身体が軽く感じられた。回復し切っていない魔力は魔力回復薬を飲んで補う。軽く伸びをしてから身体を解すと、毛布を畳んで天幕を出た。朝は珍しく晴れて日が出ていたのに、今は厚い雲に覆われた雪国特有の空模様になっている。雪でも降りそうな天気だ。
幾つかの大鍋を積んだ台車の横で同僚と何か話し込んでいるリヌスに歩み寄ると、雀斑の浮いた顔をへにゃりと崩して彼は笑った。
「あ、シオリ。ちゃんと休んだ?」
「はい、おかげさまで」
「うん、さっきよりは顔色も良くなってるね。十分休めないのが辛いところだけど、全部終わったらマスターにお休み沢山貰おう」
救援部隊に人員を割いたおかげで手薄になっているだろうトリス支部の事を考えると、そういうわけにもいかないのだろうが。リヌスの軽口に周囲から笑いが漏れる。その口調や態度から軽薄そうに見えて実際には空気を読める男の彼は、ちょっとした軽口でこうしてその場の空気を和らげることが出来る、気遣い上手だ。
「……それにしても、凄い量になりましたね、これ」
台車の上の大鍋を覗き込むと、見事に肉の山だ。部位ごとにきっちりと切り分けられた雪待鳥の肉が、それぞれの大鍋に大盛になっている。最後の一つには臓物が入れられていて、それをうっかり覗き込んでしまった同僚の何人かが盛大に顔を顰めていた。
「ああ、雪待鳥って赤身の肉なんですね」
人の肌色に近い鶏肉の色を想像していたシオリは、牛肉と見紛うばかりの赤身肉の山に目を丸くした。
「そうだねぇ、味は鶏肉よりは牛肉とか鹿肉みたいな感じかな。臭味は無くて食べやすいよ」
「へぇ……」
赤身肉、と言えば確か。
「……鉄分が多いから、貧血にはいいんだっけ」
裂傷で出血した負傷者に即効果があるようなものでもないのだけれど、多少なりとも回復の足しになればとも思う。臓物の入った大鍋をもう一度覗き込むと、他の臓器に紛れて真っ赤な肝臓が見えた。赤身肉の雪待鳥の肝臓なら、こちらもきっと鉄分やビタミンが豊富だ。重傷者には重い食材だけれども、丁寧に潰すかスープにすれば、少しは口に出来るかもしれない。
「調理の仕方って普通の鶏と同じでいいんですか?」
「そうだねー。実家で食べた時はそうだったかな。熟成も必要無いし、むしろ早く食べた方がいい肉だよ」
それなら問題無さそうだ。あとは食材。さすがに手持ちのものだけでは足りなかった。
「食材って、何か持って来てます?」
訊くと、リヌスが首を傾げて思い出すような仕草をして見せた。
「うーん、組合の備品からじゃが芋と玉葱と塩胡椒と……あとなんだっけ」
「バゲットとライ麦パン」
雪待鳥の肉を興味深そうに眺めていた槍使いのマレナが言葉を継いだ。雪待鳥は狩るのが難しい魔獣なだけに、口に入る機会は少ない。周りの同僚達も、派遣先で思いがけず美味しい物が食べられそうだと期待に満ちた顔をしている。
「小麦粉と油って何処かの店に売ってそうですか? 唐揚げ用に使いたいんですけど、結構沢山あるので、ある程度量が必要なんです……粉ならパンを削って使ってもいいんですけど」
「あー、それなら、さっき解体小屋使わせてくれた農家の女将さんから貰えると思うよ。使用料代わりに雪待鳥の羽根と肉を幾らか置いてきたんだけど、貰い過ぎだって気にしてたからね。余剰分は何か食材くれようとしてたみたいだけど、さっきは辞退して来たんだ」
ちょっと相談して貰って来る、そう言ってリヌスは駆け出して行った。
小麦粉が届くまでに下拵えを進めておくことにする。既に自炊用の竃は用意されていたけれど、幾つかの調理を同時進行したいのでもう一つ頼んで増やして貰った。これは手の空いた同僚が作ってくれるようだ。
早速材料を切り分けようとして、愛用の道具が入った背嚢を村人に預けたままだったことに気付く。中に入れておいた調味料も使いたい。
「私の荷物……」
「あ、それなら」
マレナが組合の天幕の一つを指差した。
「預かったままだから渡してくれって頼まれたの。あの中に入れておいたよ」
「わぁ、良かった。ありがとうございます」
預かってくれていた村の人にも御礼を言っておかなければ。そう思いながら自分の背嚢を探して取り出す。
エプロンをして袖を捲り上げ、水魔法で手を清めたら、調理開始だ。
「マレナさん、組合からは何人くらい来てます?」
「ああ、十六人だね」
「十六人……」
それにアレクと自分を入れて十八人。
「ルリィはどうする? 食べられそう?」
訊いてみると、ぷるぷると横に震えた。やはりまだ肉はそれほど要らないらしい。残った臓物を幾らか貰えればそれでいいようだ。
中型魔獣五匹分の肉は、一人一個と考えれば人数分は十分に取れそうだけれど、念の為余分に作れるように大きさを考えて切り分けていく。
まずは唐揚げの下拵えだ。脂が乗って美味しそうなぷりぷりの腿肉に、あっさりとして食べ易い胸肉。手羽先と手羽元はそれぞれ十個ずつ。腿肉と胸肉は削ぎ切りにし、手羽先、手羽元と一緒に大鍋に入れて、塩胡椒と御手製の生姜汁、大蒜粉を適量塗してよく揉み込んでおく。いつもの醤油は手持ちに無いので、今日は塩唐揚げだ。
次は肝臓。これも唐揚げにすれば美味しそうだけれども、今回はレバーペーストとスープに使う事にする。小さく切り分け、水魔法で血を洗い流してしっかりと血抜きした。それからよく水気を切って置いておき、次に玉葱を微塵切り、じゃが芋も怪我人でも食べやすい大きさに切った。
大鍋を火にかけ、手持ちの瓶詰バターを熱して玉葱を炒める。玉葱の色が透けて来たら、ここで肝臓を加えて表面の色が変わるまで更に炒め、頃合いを見計らってスープ用に半分取り分けてから、料理酒と香草を入れて水分が飛ぶまで煮込んでおく。
レバーペーストの材料を煮込む間にスープを作る。加熱した鍋にバターを溶かし、取り分けておいた先程の肝臓と玉葱、そしてじゃが芋と大蒜粉を加えて炒め合わせる。ある程度炒めたら、水と香草、自家製乾燥トマトを入れ、煮込んで灰汁を丁寧に掬い取っていく。そうしたら御手製コンソメを適量投入し、蓋をして柔らかくなるまでよく煮込む。
ここでレバーペーストの鍋を見ると、程良く水気が飛んでいた。火から下ろして粗熱を取り、塩胡椒と瓶詰バターを入れてから蓋をしてしっかりと抑え込む。
「――フードプロセッサー」
鍋の内部に魔力を通し、鎌鼬のような風を起こして中の材料を粉砕していく。適当なところで魔法を解除してそっと蓋を開けると、良い具合にペースト状になっていた。念の為木べらで更に潰して滑らかにすると、口当たりの良いレバーペーストの完成だ。
匙で掬って手の甲に乗せて味見をする。
「……おお。濃厚」
鶏のように癖は無いけれども、濃厚な肝とバターの香が口一杯に広がった。炙ったバゲットに塗って食べたらきっと美味しい。
きらきらした顔でこちらを見つめている同僚達の手にも出来立てのレバーペーストを乗せてやった。
「んん、美味しい!」
「うん、美味いが俺はもう少し胡椒がきいてる方が好みだな」
「私はもう少し塩気が欲しいかも」
「それなら味付けは好みで微調整してもらいましょうか」
皆で顔を突き合せて小さく笑い合う。
「でも、やっぱりこれは怪我人には重いかもねぇ」
「そうですね……」
濃厚な味わいは健康な者には美味しく感じられるけれど、やはり出血の酷かった重傷者にはくどく感じるだろう。これは有難く冒険者仲間で頂く事にした。
「スープはどうかな?」
火にかけたままのスープを確かめると、こちらも程良く煮えていた。琥珀色のスープの中で、柔らかく煮えた肝臓と芋、乾燥トマトが踊っている。塩胡椒で味を調え、味見してみる。濃厚なようでいて、トマトの酸味でさっぱりとしていて飲み易い。
「味見味見」
器に盛り、同僚達に回し飲みして貰った。
「お、これなら怪我人でも飲めるんじゃない? レバー入りは好みが分かれるかもしれないけど、一応聞いてみようか」
マレナが器に盛ったスープ片手に救護所本部まで持って行ってくれた。程無くして戻って来た彼女は魅力的なウィンクをしながら笑って見せる。
「大丈夫だってさ。希望者に配ってくれるって」
「良かった。ありがとうございます」
自分達用に別鍋に取り分けた後の大鍋は、魔法剣士のルドガーが持って行ってくれた。
「おお、いい匂いだねー」
ルドガーと入れ替わりでリヌスが戻って来る。その両腕は何やら荷物で一杯だ。
「小麦粉と豚脂、あとはなんかこれ貰った。身体あったまるってー」
乾燥させた真っ赤な唐辛子の実。
「うわぁ。唐揚げに使うと良さそうですね! ありがとうございます、リヌスさん」
「うん。唐揚げに使うのかあ。楽しみだなー」
「辛い物は平気ですか?」
「辛過ぎなければ平気だよ」
「じゃあ、ピリ辛で幾つか作りますね」
大鍋で豚脂を加熱する間に、唐辛子粉を作る。実を二つに千切り、種を取り出す。種も植えれば芽を出す物もあるかもしれないから大事に布に包んでポーチにしまっておく。それから手持ちの空いた蓋付き容器に種を取った唐辛子を入れ、蓋をしっかり閉めてから、「フードプロセッサー」の魔法で粉状に粉砕した。真っ赤な唐辛子粉の完成だ。
下味を付けていた唐揚げ用の肉を幾つか取り分け、小麦粉と唐辛子粉、胡椒と香草を混ぜた揚げ粉を塗していく。辛い物が苦手な人も居るだろうから、ピリ辛程度の量に抑えておいた。残りの肉には普通に小麦粉を塗すだけ。
「あったまったかな?」
加熱していた豚脂に肉の欠片を落としてみると、じゅわっという音と共に香ばしい匂いが立ち上る。丁度良さそうだ。温度が上がり過ぎないように火加減を調節してから、脂の中に揚げ粉を塗した雪待鳥の肉を投下していく。
食欲を刺激する肉を揚げる香ばしい香りが辺りに満ちて行く。
小さく切り分けてあった味見用の唐揚げを最初に揚げ油から引き上げて、ナイフで更に小さく幾つかに分ける。
まずは胸肉の塩唐揚げ。片栗粉が無く小麦粉だけで作った衣だからやや硬めの歯ざわりだったけれども、これはこれでザクザクしていて美味しい。味も丁度良い塩加減だ。衣の下からじゅわっと肉汁が溢れ、それから上質の牛肉のような上品な肉の味が口いっぱいに広がった。あっさりしていて食べやすい。
「んふ、美味しい。なんか牛のカツレツみたいね」
「やっばい、酒が欲しくなる」
同僚達の意見も同じのようだ。
次は腿肉。これも小さく切り分けて皆で味見する。鳥肉らしいぷりぷりとした食感、そして家畜とは異なる野趣溢れる濃厚な味わい。これはいかにも鳥の唐揚げらしい仕上がりだ。
「うおー、ぷりっぷりで味が濃いね! こっちはしっかり鳥肉の食感なんだな」
「うん、やっぱり俺は腿肉派だなー。唐揚げ食ってる気分になるー」
男性陣には濃厚な味わいの腿肉の方が受けが良い。女性陣はというと、やはりあっさり食べられる胸肉が好みのようだ。
ついでに唐辛子粉でピリ辛に仕上げた唐揚げも出した。唐辛子のスパイシーな辛味が、肉の味を引き立てている。人によっては気になるかもしれない腿肉の味も、これで軽減されている気がした。
「あ、なんかぽかぽかしてきた」
「このくらいの辛さだったら私でも食べられるな。むしろ塩味のより食べやすいかも」
どの唐揚げも概ね好評だ。肉の部位や味付けで好みは分かれるようではあるけれども、これは早い者勝ちで好きな味を選んでもらうことにした。
「……ところでさ」
味見を終えて、脂で汚れた指先をぺろりと舐め取ってからリヌスがぼそりと呟いた。
「……ものっ凄い注目されてるねー」
「……そうですね」
先程から強い視線を感じて居心地が悪い。ちらりと視線を巡らせて見ると、さり気なさを装いつつも、こちらをちらちらと気にしながら通り過ぎていく騎士達。食べ盛りらしい年若い騎士はより顕著だ。
「うわぁ。どうしよう」
「いい匂いだもんねぇ」
シオリは同僚達と顔を見合わせた。
「……一人一個は食べられるように数を取ってあります」
「こういう時だからね、一個で十分のつもりで居るよー」
「皆にお裾分けするには足りないけどねぇ」
「それは仕方ないねー。だって俺達の昼食用に捕って来たんだもの。騎士隊はちゃんと兵糧持って来てるだろうし」
ぼそぼそと鼻を突き合せて相談し、方針が決まったところで揚げ物に集中する。
しばらくすると、皿の上に唐揚げの山が出来た。人数分を取り分け、この場に居る者だけ先に配膳する。炙っておいたバゲットにはレバーペーストを塗り、器に唐揚げと共に盛り付けて手渡した。残りはまだ現場で働いている同僚達の為に取って置く。火の傍に置いてなるべく温かいまま提供できるようにしておいた。
「あ、カスパルさん」
様子を見に救護所を訪れたカスパルを呼び止める。疲れているだろうに、それを決して表面には出さずに騎士らしくきびきびとした動きの彼は、山盛りの唐揚げを手にしたシオリに驚いたようだった。
「シオリ殿、それは」
「お裾分け、です。人数分は無いと思うんですけれども、よろしければ。雪待鳥の唐揚げです。こっちは塩味で、こちらの少し赤い方はちょっとだけ辛い味付けです」
「これはまた珍しいものを……お気遣い感謝する」
きりりとした表情を緩めたカスパルは、唐揚げを受け取ってくれるようだった。彼の後ろで作業しながらちらちらと様子を窺っていた少年騎士達が顔を輝かせるのが見えて、思わず吹き出してしまうが、カスパルが振り返るとさっと顔を逸らして手元に集中する素振りを見せた。けれども彼には全てお見通しのようだった。
「まったくあいつらめ……すまないな、シオリ殿。皆で頂くよ」
「はい。どうぞ召し上がってください」
冒険者の野営地に戻ると、手の空いた者から食事を始めていた。バゲットと唐揚げを一つずつ取り、レバーペーストは塗ってから、人によっては好みで塩や胡椒を散らして加減していた。そこかしこでカリカリのバゲットを齧る音が聞こえる。唐揚げは親しい者同士で半分に分け、塩味とピリ辛味、腿肉と胸肉で食べ比べをして、細やかな楽しみを見出している同僚もいるようだ。
背後の救護所を振り返れば、待機所として設置された天幕の脇で休憩中の騎士達が唐揚げを頬張っている。中には食欲のあるらしい負傷者の姿もあった。
どの顔も緩んで、美味しそうに食べてくれている。
こうして嬉しそうに綻んだ彼らの顔を見ていると、この仕事をしていて良かったと思えた。こんな大変な時でも――否、大変な時だからこそ、いつもと変わらない美味しい食事で皆を労う事が出来たなら、そしてそれで喜んで貰えるのなら、自分のこの仕事にも意味があるのではないかと思えて来る。
(――これも、私の「居場所」の形のひとつ、なのかな)
『本当なら傷物だって分かった時点でこの国にお前の居場所なんて無いんだ。そんなお前でも仲間として認めてやれるのは俺達だけだって事を忘れるなよ』
心理的暴力でシオリとしての意思を削り、ただ都合の良い人形のように扱おうとしたかつての仲間達の言葉は、今でも自身を縛り付けている。でも、それでも。
(イヴァルの嘘吐き。居場所なら、私にもちゃんとあったよ)
酷い言葉ばかりを与え続けたこの場には居ない男に向けて、届くはずの無い悪態を吐いてみた。
こうして自分の仕事で喜んでくれる人が沢山居る。そして、温かい言葉をくれて、大丈夫だと抱き締めてくれて、少しずつその傷を癒そうとしてくれる優しい人が傍に居てくれるから、だから。
(もっと、前を向いて歩きたい)
後ろを向いて、立ち止まるしかなかった自分自身を認めてあげたい。そしてあの人と一緒に歩いて行きたい。そう思った。
ルリィ「新鮮なモツは生食に限る」
(※あくまでスライムの意見です。人類は真似してはいけません)
……残念ながら私はモツは苦手です。レバーペーストとハツくらいならいけますが。
 




