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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第2章 使い魔の里帰り

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22 欲するもの

 朝の慌ただしさを見せる救護所。軽傷者の治療を終えたせいか、昨日見たよりは幾分規模は縮小されているようだった。けれども重傷者は多く、畳まれずに残っている天幕はまだ幾つもある。

 見回すと昨夜到着した救援隊の者達だろう、騎士や冒険者の姿も増えている。元々村に居た者と、後から救援隊として来た者の違いは見た目ですぐに分かった。比較的身綺麗な救援隊と違い、駐屯地の騎士や居合わせた冒険者には戦いの痕跡が残されているからだ。破れや解れの上から包帯を巻き付けて塞いでいるという有様だ。傷の手当ては済んでいるのだろうが、見るからに痛々しい。

 救護所本部の前では駐在軍医の他、派遣されてきたらしいトリスの衛生部隊やニルスとエレンの姿があった。何か打ち合わせをしているらしい。二人がふとこちらに顔を向けた。一瞬だけ驚いた顔を見せてから、すぐに破顔する。衛生部隊の軍医と一言二言何か言葉を交わしてから、こちらに歩み寄って来た。

「おはよう。良かった、顔色も良いみたいだし、大丈夫だね」

「それはいいけれど、まさかもう働こうだなんて思っていないわよね?」

 ニルスはおっとりとした顔で微笑んだが、容赦ない女医としての顔も持つエレンは地味に怖い。顔が綺麗だから尚更だ。

 そのまさかなので思わず俯いてしまうと、隣でアレクが微かに笑い声を立てる。が、すぐに顔を引き攣らせて笑みを引っ込めてしまったのは、エレンがじろりと睨み付けたからだ。

「本当はもう一日位は身体を休めて欲しいの。思っているよりも治癒術を掛けた身体は消耗しているのよ」

 そう言われたけれども、自分だけが何もせずに居るのは申し訳ない。完全回復というには確かに足りてはいないが、ゆっくり休んだ身体は昨日に比べれば随分と軽い。

 何故止めないのと責め立てられて苦笑するアレクに助け舟を出そうとすると、それよりも先に、心配するなとばかりに軽く肩を叩かれる。

「確かにシオリは無理しがちだがな。あまり過ぎた気遣いはこいつには重荷のようだから、ある程度は思うようにさせてもいいと思う。確かに一度はヒヤリとさせられたが、もう少し信じてやりたい」

「……アレク」

 エレンは不満げだったけれど、アレクの気持ちがじんわりと心に沁みた。

(――この人のこういうところ、本当に好きだなぁ)

 ただ過剰に気遣うだけではなく自分の意思を尊重してくれる。きちんと向き合って、心の内を酌んでくれる。守るだけではなく、心に寄り添ってくれる。あれだけ心配掛けてしまったのに、それでも信じてくれているのだ。だから、その彼の気持ちを踏み躙らないように、変わらねばと思った。

 すぐには難しいけれども、それでも――努力したい。

「無理はしないと『約束』したしな」

 約束、の部分を殊更に強調したアレクに意味有りげに首筋をつつかれて、変な声を出しそうになったけれども、どうにか堪えて笑って見せた。

 エレンは柳眉を顰めていたが、やがて仕方がないとでも言うふうに首を振って溜息を吐く。

「本当に無理はしないのよ。疲れたと思ったら、すぐ休憩するようにしてね」

「――はい」

 見下ろして淡く微笑んだアレクはシオリの背中を何度か軽く叩いてから、見守る二人に視線を戻して表情を引き締める。柔らかい空気から一転、俄かに緊張感を増した。ここからは仕事の話だ。

「――それで、状況はどうなんだ」

「まぁ、見ての通り芳しくはないね」

 ニルスは眉間を揉みながら溜息をひとつ落とした。夜通し活動していたのか、疲労の色濃いその顔色はあまり良くはない。

「重傷者が多過ぎる。死者が出なかったことが奇跡だよ」

 この襲撃での負傷者は百七十三名。重傷者は実にその四割近くに及ぶ。そのほとんどが主に裂傷による激しい出血で、完治するには相当の時間がかかるだろうと予想された。出血による体力の消耗が激しい事から、治癒魔法での治療も時間を置いて何度かに分けて施す必要があった。現状は止血する程度の治療で止めているらしい。領都の医療施設に搬送出来るようになるにはまだしばらく掛かりそうだ。

「村の診療所では収容しきれなくて天幕に入ってもらってるけど、この季節だから日中はともかく夜間の冷え込みが酷くてね。温石おんじゃくや火鉢、火の魔法石も幾らか借りて対応してるけど、重傷者にとても十分とは言えない状況だ」

「いずれは宿に移動させてもらうことで話は付いてるけど、旅行者を完全に退去させるまでにはまだしばらくかかりそうだわ。蒼の森周辺の安全性がまだ確認出来ないから、近隣の町や領都に移動してもらうにしても、雪狼に対応出来る護衛を付けなければならないことを考えると……ね」

「宿以外で重傷者を纏めて収容できそうな規模の建物となると、畜産農家あたりになるんだけど、感染症予防や精神的ストレスの面から見るとあまり良くはないんだ。患者にとっても家畜にとってもね」

「なるほどな……」

 人手不足の中、旅行者の多いこの時期に護衛付きで無事に移動させるとなると、やはりそれも容易なことではない。

「天幕の暖房なら、私がなんとか出来そう」

 口を挟むと、衛生部隊支援の二人はその手があったかと喜色を浮かべた。

「病み上がりで早速お願いすることになるけど――ごめんね、シオリ。無理はせずに小まめに休憩挟みながらやってくれる? 中に衛生兵が居ると思うから、彼らの指示に従ってくれればいいと思うわ」

「ええ。わかりました」

 エレンから魔力回復薬を何本か押し付けられる。救援物資として治療術師用に大量に持ち込まれているらしい。これは領都の薬局も相当稼いだのではないかと、ニルスの顔を見ながらちらりとそんなことを思ってしまった。

「ルリィ、シオリを頼む。約束を破るようなら警告してやれ。なんならこっちに連行して来ても構わんぞ」

 冗談めかして言うアレクに、ルリィがぷるんと震えて見せた。すっかり意思疎通出来ている様子の二人に苦笑いしつつ、アレクらに見送られて天幕へと向かう。

 重傷者の待つ天幕へ。





「――ねぇ」

 シオリとルリィの後ろ姿を見送りながら、エレンが意味有りげにアレクをつついた。

「なんだか二人とも前と様子が違うけど、何かあった?」

「そうだねぇ、昨日は口説いてる最中って言ってたけど、それにしても親密そうだったじゃないか。シオリなんて随分砕けた口調だったし」

「――そうだな」

 興味津々と言った風の二人に苦笑しつつ、重傷者用天幕の入口で衛生兵と何か話し合うシオリに視線を移す。

「少しは、あいつの心に近付けたってところか」

 それでもまだ重大な何かを隠しているらしいことは察していた。故郷の話になると、彼女は途端に口が重くなる。どこか曖昧ではぐらかす様子だった。言いたくないのか言えないのか、それはまだよく分からないのだが。

(いつか、話してくれるのだろうか)

 彼女の心の奥底、もう一枚だけ残った薄い壁。

 今よりももっと距離を詰めて、そのもう一枚の壁を壊す事が出来たその時には、明かしてくれるだろうか。彼女の事を、もっと知りたい。隠した心も、まだ見ぬ表情も、何もかも。

 そう、何もかもだ。

(――俺は、お前の全てが欲しいんだ、シオリ)

 この世で最も愛する、大切な女の、身も心も、全て。

ルリィ「アレクも男の子」

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