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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第2章 使い魔の里帰り

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17 傷痕(1)

大変痛い話です。虐待に関する話です。当初から予定していた話ですので削る気は毛頭ありませんが、人によっては好みの分かれるところです。

ご注意ください。


シオリが頑なに怪我や不調を隠そうとする本当の理由。

長くなるので二つに分けます。

 この騒動の発端となった商人達の身柄確保の為に村を一時封鎖するとは言え、中々容易な事ではなかった。領都のように外壁で覆われていればともかく、魔獣除けの結界杭で組んだだけの簡素な柵があるのみだ。その気になれば幾らでも逃亡出来るだろう。

 それに加えて火事場泥棒や雪狼(スノ・ヴァーイ)の再襲撃への対策も講じなければならないとなると、やはりそれなりの人数が必要だった。騎士や冒険者を班長として村の若者達を幾つかの班に分け、周囲の警戒に当たることになった。唯一A級だったアレクや騎士らを含む班は、より危険度の高い蒼の森に面した地域を巡回する。

 腕に覚えのある者を募ったとは言え、体長二メテルを優に超える魔獣の群れを間近に見た直後とあっては、平常心を装いつつも恐怖感の拭いきれぬらしい者も幾人か見受けられた。

 元々人里まで下って来るような魔獣は多くは居ない森なのだ。少なくともここ数十年、あのような群れの襲撃を受けた事は無かったという。せいぜい年に数回気紛れに飛び出してくる魔獣を狩る程度で済んでいたようだった。

(――無理も無いな)

 アレクは苦笑した。とはいえ、多少なりとも役に立ってもらわなくては困る。元より戦える者は襲撃で負傷した者も多いのだ。村全体が人手不足の様相を呈しつつあるこの状況では、どうにか頑張って貰わねばなるまい。

 村の封鎖に当たり、旅行者から多少の不満は出たものの特に大きな混乱もなく、皆大人しく従ってくれたようだった。不必要な外出は控えて貰い、「容疑者」の商人達の身柄確保に協力してくれるという者もあった。私刑(リンチ)や魔女狩りのような真似だけは絶対にしないよう言い含めた上で協力を受け入れてある。この分なら夕刻を迎える前に封鎖を解除できるだろう。近隣の村や領都への移動を希望する者については、村の馬車を借り、一便だけ臨時馬車を出して対応することになったようだ。

(シオリの護衛のつもりが、とんだ事件に巻き込まれたものだな)

 周囲を警戒しつつ、そんな事を考えていたその時だった。

 何者かが慌ただしく駆けてくる足音が聞こえた。

「冒険者殿!」

 見れば若い騎士が一人駆け寄って来る。

「シオリ殿の連れの方で間違いありませんか?」

 息を切らして言う彼の只ならぬ様子に嫌な予感がした。

「――そうだが……何かあったのか」

「シオリ殿が、怪我を」

 心臓が鷲掴みにされるような嫌な感覚が過る。

「怪我? 救護所でか?」

「いえ。襲撃の最中に負傷していたようです。救助活動中に、要救助対象とトラブルになったとかで」

 アレクは思わず舌打ちした。雪狼ではなく、まさか要救助対象相手とは。あの襲撃の最中に一体何があったというのか。

「どういうことだ」

「俺も詳しい事は――ともかく、シオリ殿の所へ行ってあげてください。あの様子ではかなり酷い傷だと思われます。ここは俺が代わりますから。救護所で訊けば分かるはずです」

「わかった。頼む」

 言葉少なに言い置いて、アレクは脇目も降らずに駆け出した。




 郊外のやや空き地の目立つ場所に救護所は設置されていた。本部に駆け込み場所を訊ねると、本部に程近い重傷者を受け入れる天幕の一つを示される。

(――重傷者用……)

 内心の焦りを押し殺して駆け寄ると、入口で立哨を務めていた騎士に止められた。

「待ってくれ。シオリ殿の連れの者で間違いないか?」

「ああ。アレクという。彼女は何処だ」

「この中で治療中だ。だが、案内する前に貴殿に訊きたい事が幾つかある」

「一体なんだ。早くしてくれ」

 苛立ちを隠しもせずに吐き捨てると、入るよう促される。中に足を踏み入れると、治療室との間仕切りにしているらしい垂れ幕の手前に、カスパルと二人の騎士が待ち構えていた。その物々しい様子にさすがに足を止める。

「……何事だ?」

「済まない。治療中に彼女の身体に不審な点が見つかったものでな。更に言うと、治療前に尋常ではない様子で酷く取り乱して治療拒否する始末で、仕方なく鎮静剤を使わせてもらった。そういう訳で幾つか質問させてもらいたい」

「――身体に不審な点? 取り乱した?」

 言われた内容の異様さに瞠目する。こちらが沈黙したのを見て取って、カスパルが続けた。

「まずひとつ、貴殿とシオリ殿は婚約者か――或いはそれに準ずる関係か?」

「……いや。仕事仲間だ。そうなれれば良いとは思っているがな」

「……なるほどな」

 カスパルは苦笑し、そして続ける。

「ならば次だ。そういう関係(・・・・・・)を迫る過程で、傷物の女に対する暴言や暴力行為を働いた事は」

「――なんだと? ある訳がなかろう」

 不穏な言葉に、地を這うような声になる。ぴりりと周囲に殺気めいた緊張感が漂い、両脇の騎士がぴくりと反応した。

「最後の質問だ。彼女を国内では違法とされている奴隷業者から買い取ったとか、或いは違法なサービスを提供する娼館から身請けしたという事実は」

「ふざけるな!」

 怒気を孕んだ罵声を止めることなど出来なかった。あまりにもな言葉だった。

「誰がそんな真似をするものか。そんな不愉快な商売には関わった事も無い。あいつにしたって俺が知る限りそんな話は聞いた事が無いし、そういう商売に安易に身を委ねるような女でもない」

「――だが彼女は異国人だ。望もうが望むまいが、強制的にそういう場所で働かされる女も多いのが現実だ。残念ながらな」

 カスパルは大きな溜息を一つ落とし、済まなかった、と短く謝罪した。

「貴殿の返答如何では拘束して聴取する必要があったからな。来てくれ。既に治療は終えている。まだ眠っているが――何を見ても気を確かに持ってくれよ」

 顎で指し示された天幕の向こう側に招き入れられる。カスパルの不穏な言葉に言い知れぬ焦燥感に襲われるが、表面的には平静を保ちつつ中に足を踏み入れた。

 消毒薬の匂いと魔法灯の柔らかい光の中、彼女は簡素な寝台の上で眠っていた。血の気を失った顔は、微かに上下する胸元が見えなければまるで死んでいるのではないかと思わせるほどだった。近寄ると、その顔には泣きじゃくった後のような痕跡が残されていた。濡れた睫毛、赤くなった目尻。その頬に触れると、少しだけ冷たかった。涙で――冷えたのか。

 寝台の上、シオリの足元ではルリィがげっそりと潰れていた。凹んでいるらしい。彼女の怪我を見過ごしていた事を悔やんでいるのだろうと思った。一度だけ、ぷるんと力無く震えて見せる。

「まずは今回の怪我だ」

 傍に控えていた駐在軍医が、眠るシオリの左腕を捲り上げる。薄荷のような香りが漂う湿布を取り外すと、乳白色の滑らかな肌の上に付けられた痕が見えて息を飲んだ。その肌色にくっきりと浮かび上がる、青黒く変色して腫れ上がった細長い痕。

「これ、は……」

 見覚えのある傷痕に帝国潜入中の忌まわしい記憶が頭を過ぎった。吐き気すら覚えて口元を抑える。

「……鞭の痕か」

「そうですな」

 軍医が重々しく言った。

「幸い骨に異常は無いようですが、腫れが酷い。筋組織が損傷している可能性もあります。治療術師でも居れば直ぐにも損傷個所の修復が可能ですが、残念ながら今の環境では冷やすのが限界ですな」

 騎士隊の治療術師は多くが国境地帯の難民キャンプに回され、残りは領都に詰めているのだという。ブロヴィートに派遣されて来るとすれば、やはり夕刻以降だろう。出血の激しい他の重傷患者を診てからになるだろうことを思えば、治療を受けられるのは一体いつになるのか見当もつかない。組合(ギルド)で騒ぎに気付いて派遣してくれれば良いが。

 軍医の言葉を聞きながら、そっとシオリの血の気の失せた指先に触れた。ほんの僅かな接触でも傷に障るのではないかと、恐る恐る指を絡ませる。

「……目撃者の話では、荷馬車の扱いで商人と揉めた末に暴行を受けたらしい。雪狼の襲撃時にも似たような理由で騎士隊と揉めたという証言もあるから、彼らの罪状には公務執行妨害に加えてシオリ殿に対する傷害罪も追加されるだろうな」

 カスパルの言葉が上手く頭に入って来ない。何故シオリがここまでの傷を負わされなければならない。いや、何故――。

「……何故、これだけの怪我を、周りに悟らせずに……」

 自分もルリィも気付かなかった。他の誰にも悟らせなかった。恐るべき忍耐力だ。何故そこまでして隠す必要がある。

「その点については取り乱した際のシオリ殿の言葉や、他の傷痕を見れば大体は予想が付く。とはいえ――これだけの傷を隠し通していた彼女の忍耐力には恐れ入るばかりだがな」

「他の――傷痕だと?」

 聞き捨てならない言葉に目を剥いた。

 軍医が、シオリの袖を更に捲り上げてその華奢な二の腕を剥き出しにする。己とは違う柔らかそうな二の腕には――。

「――!」

 言葉が出なかった。震える指先を伸ばして、そっとその場所を撫でる。柔らかく滑らかな肌に付けられた、不自然に盛り上がった幾つもの傷痕。こちらも見覚えがあった。裂傷が塞がった痕だ。自分の肌にも残されている戦いの傷痕。

「……貴殿も知らなかったのだな」

「……ああ」

「騎士や冒険者ならば女の身体に傷痕があってもそれほどおかしくはない。だが、彼女の場合は傷の残り方が不自然だった。見事に両の上腕と膝上に集中している。幸い身体や背中、前腕と膝下には見当たらなかったようだが、それだけに不自然でな。目立たない場所だけに集中して残されているのが気になるところではある」

 カスパルの言葉に軍医が補足した。

「見た限りでは刀傷のものは無く、魔獣によるもののようです。それも全てここ一、二年程の間に付けられたものと推測される。傷自体に不審な点は無いが、負傷した時期と負傷箇所に片寄りがあるのは大いに疑問ですな」

「そういう訳で、特定の時期に何か虐待を受けるような環境に置かれていたのではないかと疑ったわけだ。娼館の中には逃げ出さないよう敢えて傷物にして行き場を奪うような店もあるものでな。この国の言葉や慣習に不自由な移民の女によく使う手らしい。身体に傷痕のある女はこの国では前世の罪の証で忌み嫌われる存在だとかなんとか吹き込んでな。ご理解頂けたか」

「――ああ。よく分かった」

 ここ一、二年の間に付けられた。

 何か虐待を受けるような環境にあった。

 行き場を、奪う。

 ――そんなもの、指し示す事実は一つしかない。

「――取り乱したときに、こいつは何と言っていた?」

 取り乱すなど、普段のシオリからは想像もつかない。常に穏やかで、辛い事も全て笑顔の下に包み隠して、人前では決して泣き顔ひとつ見せた事が無かった。

 カスパルはアレクを見、それからシオリに視線を移した。

「……『アレクには絶対に言わないで』、『お願い、捨てないで』、『傷物だなんて知られたらもう生きていけない』……だそうだ」

「……そうか」

 傷が付いていようが何だろうが、シオリの価値が変わる訳ではあるまいに。賢い彼女の事だから、とっくにその事には気付いているだろうに、それでも払拭し切れない強い強迫観念を植え付けられたのに違いなかった。誰か(・・)に。

 カスパルは長い溜息を吐くと、軍医に目配せをして退室させた。

「直ぐにとは言わないが、目が覚めて落ち着いているようだったら少し彼女から話を聞いておきたい。何らかの犯罪行為があったらしい事を見逃すわけにはいかないからな」

「……あまり負担になるような聴取は許可出来んぞ」

 アレクの言葉に騎士は頷いた。

「聞きたい事があるのならば――トリス支部や、もしかしたら領都の騎士隊にも記録が残っているかもしれん。俺も当時居合わせたわけでは無いから詳しくは知らんが、分からない事も多かったらしくてな。この傷に関わったと思しき連中の立件には至らなかったそうだ」

「……そうか。だが、一応話だけは聞かせてくれ。なるべく負担にならないよう配慮する事は約束する」

 言ってから、カスパルは崩れるように脇の簡素な椅子に腰を下ろしたアレクの肩をそっと叩いた。

「せっかくだ、貴殿も一緒にしばらく休んでおけ。ずっと働き通しだったろう。人払いはしておく。何かあったら外の騎士に言ってくれればいい」

 気遣う言葉が降って来るが、もう言葉は出なかった。元気付けるようにもう一度肩を叩くと、彼は天幕を出て行った。

 ――後には静寂が残された。




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