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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第2章 使い魔の里帰り

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16 失敗と後悔

一人と一匹が失敗したり後悔したり。

 最後の一頭が姿を消してしばらく後。

「……終わった……のか?」

 誰かがぽつりと呟いた。その言葉を合図にするかのように、それぞれがゆるゆると緊張を解いた。張り詰めていた空気が緩む。

 気が抜けたようにその場に崩れ落ちる者。どうにか自分の足で立っている者。呆然としながらも得物を鞘に収める者。その誰もが満身創痍だ。どこかしらに爪や牙で付けられたらしい鋭い傷痕があり、血が滲んでいる。

 愛剣を一振りし、大雑把に血糊を振り払って鞘に収めてから、アレクはシオリの元へと急いだ。腕や足に負った切り傷が多少痛みはしたが、大した問題では無かった。とにかく彼女の傍に行きたかった。後ろを瑠璃色に戻ったルリィがぽよぽよと追い掛けて来る。

「シオリ!」

 足場を作って負傷した騎士達を屋根から降ろす作業を手伝っていたシオリに声を掛けると、こちらに視線を向けて安堵の表情を浮かべて微笑んだ。手を休めて彼らに一声掛けてから駆け寄って来る。その肩を抱き寄せると、腕の中で彼女は小さな吐息を漏らした。

「大丈夫か? 随分と魔法を連発していたようだが……」

 あまり血色の良くない頬を撫でる。恐ろしい魔獣の襲撃や負傷による出血で、誰も彼もが皆似たような顔色だったのだが、彼女の場合は度重なる魔力切れによる疲労がかなり大きいのではないだろうか。村に入ってからは魔法の使い通しだった。負傷者の救助活動や攻撃の援護、そして「積荷」の解放――後半はかなり魔力消費の大きいものばかりだったように思う。

 だが、シオリは安心させるように柔らかく笑った。

「私は大丈夫。確かに疲れたけど、ずっと安全な所に居たから怪我も無いし(・・・・・・)魔力回復薬(ポーション)の飲み過ぎで少しお腹が苦しいのが困るくらいかな」

 冗談めかしてそう言ってから、シオリは不安げに眉尻を下げた。

「それよりもアレクとルリィこそ大丈夫? 怪我してるみたいだけれど」

「俺は掠り傷程度だから平気だ。ルリィも――傷は塞がったみたいだな」

 足元で肯定するようにルリィがぽよんと跳ねる。何度も噛み付かれたり引っ掛かれたりとされていたようだったが、元より不定形の身体には然程影響が無いようだった。余程高威力の魔法を当てられるか、内側に浮かぶ核を破壊しない限りは問題無いらしい。古傷だらけの己と違って便利な身体だと若干羨ましくも思う。

「ルリィもお疲れ様。水飲む?」

 普段ならば大喜びで飲むのだろうが、ルリィは要らないとでも言うようにぷるぷると横に震えた。

「……お腹一杯なんだね」

「……」

 何故、とは聞かない事にした。多分聞かない方が精神衛生上良いような気がする。

「アレクも手当するよ。消毒してから傷薬と包帯……で大丈夫かな?」

「ああ、そうだな。頼む」

 消毒さえ確実にしておけば、わざわざ衛生兵や村医者の手を煩わせるまでも無い。どのみちこれから直ぐに重傷患者の治療で人手が足りなくなるだろう。

 シオリは腰のポーチから簡易救急箱を取り出すと、手慣れた様子で一つずつ丁寧に、それでいて手際良く傷口を手当てしていく。ニルスの指導で覚えたのだと彼女は言った。きっと、こうして旅先で仲間の応急手当を何度もしてきたのだろう。

「……はい、お終い。凄いね、あれだけの雪狼(スノ・ヴァーイ)相手に掠り傷だけで済むなんて」

「俺はただ後ろから切り崩していただけだったからな」

 謙遜して見せると、シオリは眉尻を下げた。

「……いいなぁ。私も戦う力が欲しかった」

 補助しか出来ない自分が歯痒いのだと、そう言ってぽつりと落とした呟きに羨望と自嘲の色が滲む。補助職特有の悩みは前衛職の自分には想像でしか理解することが出来ない。けれども己の気持ちだけは伝えておきたかった。

「戦い方は人それぞれだ。お前は十分に戦えている。負傷者の迅速な救助や囚われた雪狼の解放もお前の活躍あってこそだ」

 彼女の手を取り、そっと握った。

「お前達の補助と援護があるお蔭で、俺達は存分に戦えるんだ。もっと自信を持て」

 同意するようにルリィがぽよんと跳ねた。それを見てようやく彼女に微かな笑顔が戻る。

「ありがとう。二人とも優しいね。ちょっと元気出た」

「ちょっとか……」

 思わず苦笑したところへ、複数の馬の嘶きと馬蹄が激しく音を立てるのが聞こえた。広場に騎馬が駆け込んで来る。ようやく到着した増援らしかった。たったの六騎。

(――やはり人手が足りないか)

 アレクは眉を顰めた。当然だ。近隣の村が雪狼の群れに襲撃されたと聞けば、当然駐屯地にも警備の為の戦力を相応に残さなければならないだろう。それに加えて難民処理の為に大分人手が減らされているはずだった。どうにか掻き集めた結果がこの人数だったに違いない。

 馬上の騎士が困惑と驚きの色を浮かべながらぐるりと周囲を見回す。負傷して蹲る騎士達、散乱する数十頭の雪狼の遺骸、広場に開けられた大穴とその中に倒れる雪狼。この惨状と、そして既に戦いに片が付いていた事に驚いているようだった。

「ブロヴィート駐屯地の隊長殿はおられるか」

「――ここに」

 隊長格らしい騎士が訊くと、負傷した一人の騎士が両脇を抱えられたまま歩いて進み出る。腹や腕に激しい裂傷があるらしく、真新しい包帯からは早くも鮮血が滲み出していた。慌てて増援の騎士らが駆け寄ったが、どう見ても既に彼は限界のように思える。蒼を通り越して白くなった顔色と、虚ろになりかけたその瞳がそれを如実に物語っていた。ともかくその場に座らせて引継ぎを済ますことにしたようだった。

「情けない姿を晒して申し訳ないが――必要事項だけでも今直ぐに伝えてしまいたい」

「わかった」

 ぽつぽつと途切れ途切れに言葉が伝えられていく。隊長が負傷した際に指揮官代行になるはずの副隊長は襲撃の初期段階で重傷を負って戦線離脱しているらしく、増援隊に当面の指揮権を移行することになったようだ。

 救護所の設置と負傷者の収容、重傷者の領都への搬送、現場検証に魔獣の遺骸の処理、それに加えて村の封鎖と襲撃の要因となった隊商構成員の身柄確保と、する事は山積みだった。元より人手不足だったことに加えて、駐屯騎士隊からも多数の重症者が出ている事から、圧倒的に人員が足りていないのは明らかだった。

 増援隊の出された隣村の駐屯地からは、既に領都へ向けて早馬が出されたということだったが、更なる増援の到着は恐らく早くとも夕刻。しばらくは動ける者でどうにかせねばなるまい。

「冒険者殿。疲れているところを申し訳無いが、ご助力頂ければ幸いだ」

 こちらはまだ余裕があると見て取ったのだろう。カスパル・セランデルと名乗った増援隊の騎士は、心底済まないと言った様子で声を掛けた。

「勿論だ。騎士隊の事情もある程度は聞き及んでいる。遠慮なく使ってくれ」

「恩に着る――それにしても、まさかこの騒ぎが人災だとはな」

 この人手の足りない忙しい時に、と吐き捨てるようにカスパルは言った。

「ともかく我々はまず救護所の設置と商人どもの身柄確保に当たる。村の一時封鎖と――村の警備にも人手を割かねばならんか」

「不審者の出入りを見るなら余所者との区別が付く駐屯地の騎士か村人の方がいいだろうな。それに、無いとは思いたいが雪狼の再襲撃や――逸れ雪狼の襲撃の可能性も無くはない。どこの世界にも統率を外れて勝手な真似をする血気盛んなのがいるからな。村人を付けるにしても戦えるものがいいだろう」

「確かにな」

 カスパルは苦笑した。

「とすれば、やはりその辺りは冒険者殿の協力も必要だな。内部の巡回には村の若者の手でも借りるとして、冒険者殿には入口や周辺の警備を手伝ってもらいたい」

 アレクや、比較的軽傷でまだ余力のある他の冒険者らは顔を見合わせて頷いた。

「あたしらは雪狼の回収を始めてもいいかい? 貰っていいなら出来るだけ早く解体したいんだ」

 何か協力出来ないかと様子を窺っていたアニカが口を挟む。仕留めた獲物はなるべく早いうちに処理しないと使い物にならなくなるのだと言った。柔軟な考えの持ち主らしいカスパルは快諾した。

「騎士を一人付けるから、簡単な検分だけさせてくれ。あとは自由にして貰って構わない。あれだけの数を処理してくれるならむしろ助かるくらいだ」

「ありがと、騎士さん。あんたら、始めるよ!」

 カスパルの指示を受けた騎士と共に、アニカは数人の猟師らしい者を引き連れて雪狼の回収に向かうと、その場に残った腕に覚えがあるらしい若者達もまた、騎士隊の指示を受けてそれぞれに散っていく。

「私は広場に開けた大穴を塞いでから、救護所の手伝いに行くよ。清潔な水とか熱湯ならすぐ作れるし、指示さえ貰えれば軽症者の手当てくらいなら手伝えるから。なんなら土魔法で簡易寝台も作る」

「それは助かる。是非お願いしたい」

 猫の手も借りたいらしいカスパルは喜色を浮かべたが、アレクは眉を顰めた。

「無理をするな。かなり疲れているだろう。もう休ませて貰え」

 心配なのだと言えば、シオリは困ったように眉尻を下げた。

「疲れてるのは皆同じだよ。アレクだってずっと戦いっぱなしだったでしょう。大丈夫、本当に無理になったらちゃんと休ませて貰うから」

 自分の足で立てるうちは大丈夫、そう言ってシオリは笑った。どのみち緊急時なのだ。それぞれが多少なりとも無理をしてでも動いているのだと言い募られれば、道理は解るアレクとしてもその意見には同意するしかなかった。

「兄ちゃんよ。女が心配なのはわかるが、ちったぁ信用してやれよ」

 村人らしい壮年の男にまでそう言われてしまい、溜息を吐くと渋々頷いた。

「――わかった。だが本当に無理はするなよ。約束だ」

「うん。約束」

「ルリィ、シオリの見張りを頼むぞ」

 承知したとルリィがぷるんと震えて見せる。

「……見張りって」

 妙な物言いにシオリは微かに眉を顰めて見せたが、すぐにいつもの柔らかい笑みを浮かべて呟いた。

「ありがとう、アレク」

「……ああ」

 救護所の設営に向かうらしい騎士達と共に歩いていくその背中を見送ると、アレクはもう一度溜息を吐いてから、カスパルに促されて村の入口へと向かった。

 ――この時の判断を、アレクは後に酷く後悔することになる。もう少しよく見ていれば、彼女がほんの僅かに左腕を庇うような動きを見せていた事に気付いたはずだったのだと。

 そして、同時に思い知ることになるのだ。

『シオリは限界まで(・・・・)無理をして、その無理を隠す事を覚えてしまった。表情にはほとんど出さない』

 いつだったか、クレメンスの言った「限界まで」という言葉の意味が、真実その通りだったという事を。





「ほんと? ほんとにいい子にしてたらスライム触らせてくれる?」

 避難する時に転倒して足首を捻ったらしい幼い少年は、最初酷く怯えて手当てを嫌がった。これ以上痛い思いをするのは御免だということなのだろうけれど、その足は青黒く腫れ上がっている。シオリの「見張り」をしつつ、子供の周囲でぽよぽよと跳ね回って見せれば早速興味が湧いたらしい彼は、ルリィの身体を撫でさせて貰う事を条件に治療させてくれる事になった。大喜びで自分の身体を突きまわしているうちに、衛生兵が手早く治療を済ませて行く。

「ありがとう! また触らせてね!」

 母親に抱き上げられて上機嫌で帰って行く少年を見送ると、

「君は賢いなぁ。助かるよ」

と衛生兵からお褒めの言葉を頂いてしまった。なんのこれしきとばかりにぷるんと震えれば、周囲から和やかな笑い声が上がった。緊張と忙しさで殺気立つ救護所で細やかな癒しを提供できているのであれば何よりだ。

「是非ともうちの助手に欲しいところだね」

 通り過ぎざまに村医者にも言われて正直悪い気はしなかった。

 最初は重症者だけはある程度の環境が整った村の診療所に受け入れていたのだけれど、あまりにも数が多過ぎて、結局溢れた重症者も救護所で診る事になってしまってこの忙しさだ。

 直ぐにシオリに注意を戻すと、彼女はせっせと洗浄用に清潔な水を作っているところだった。勿論持ち込まれる容器を熱湯で殺菌する事も忘れない。作ったそばから衛生兵や手伝いの女達がそれを持って行く。負傷者が多過ぎて、作っても直ぐに足りなくなるらしい。合間に病床が足りないと呼び出され、土魔法で地面を嵩上げして簡易寝台を追加する作業も入った。疲れているだろうに、顔色が良くない以外は普段通りの穏やかな表情で笑みさえ浮かべて衛生兵や村医者を手伝っていた。

 彼女のこういうところは美徳でもあるけれども、同時にまた欠点でもあった。どんな不調でも綺麗に隠し通してしまうのだ。恐るべき気力と集中力で乗り越えて、絶対に人前で倒れるような真似はしない。まるで、何かに脅迫されてでも居るかのようにそれを徹底するのだから、時折酷く心配になる。

 言葉は通じないのにこちらの意図を全て汲んでくれるシオリは、どれだけ心配して休むように促しても、この一点に関してだけは気付かない振りをしてやり過ごしてしまうのだ。

 今だって――。

 ルリィはシオリを見つめた。先程から感じている微かな違和感。寝食を共にするほどいつも一緒に居るからこそ分かるそれ。確信は持てないけれども、何かがおかしい。身体の動かし方がいつもよりもほんの僅か、ぎこちない。左半身を――左腕を、庇っている――?

 確かめるか、それよりもアレクに知らせに行くか。

 逡巡したその時、シオリのすぐ脇をすり抜けた松葉杖の男が均衡を崩し、彼女を巻き込むようにして倒れ込む。咄嗟に衝撃を和らげようと、二人の下に潜り込んで緩衝材代わりになった。男は多少痛みはあったものの、ルリィの身体を下敷きにしたお蔭で治療したばかりの足の怪我を悪化させずに済んだようだ。周囲の人々に助け起こされて立ち上がる。

「な、なんだ? スライム……ああ、魔導士さんの使い魔か。ありがとよ。助かった」

 男は呑気に礼を述べたけれど、こちらは既にそれどころでは無くなっていた。

 シオリが倒れたまま動かない。左腕を押さえる右手が小刻みに震えている。蒼褪めた顔にびっしりと汗を浮かべて、酷く浅い呼吸を繰り返している。

「シオリ殿? どうした?」

 異変に気付いた騎士が駆け寄るけれど、シオリから返事は無い。

 どうしよう。怪我をした? 違う、僅かに庇っていた左腕だ。酷い怪我を、隠していた? いつの間に? いつの間に怪我していた?

「左腕――まさか、あの時のか!?」

 何か知っているらしい男が言った。

「運べ! 左腕を負傷してる!」

「確か連れの男が居た筈だ! 誰か呼んで来い!」

 アレクの顔を覚えているらしい騎士の一人が駆け出していく。

 ルリィはぷるぷると小刻みに震えると、シオリを抱え上げた騎士の足元にするりと近寄った。

「――大丈夫だ。お前の主殿は必ず治療するから安心してくれ」

 元気付けるように彼は言ってくれたけど、奈落に落ちて行くように落ち込む気分はどうにもならない。

 十数分後、ようやく戻って来た騎士がアレクを連れて来てくれるまで、ルリィはずっとシオリの傍にしがみ付くようにして佇んでいることしか出来なかった。

ルリィ「……orz」

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