表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第2章 使い魔の里帰り

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/334

15 積荷と終焉

 怒りのままに振り下ろされた鞭の威力を殺ぎ切れなかった。一瞬氷を押し当てられたかのような鋭く冷たい感覚が過り、次いで焼けるような痛みが広がる。あまりの痛みに呼吸が止まった。

 尚も鞭を振り下ろそうとする男が短く呻いてその場に崩れ落ちた。見れば、肩で息をしつつ鞘に収めたままの剣を握る騎士の姿。どうやらそれで殴り付けて無力化したらしいが、雪狼の爪で裂かれた跡が多く残る騎士服には血が滲んでいる。動いて出血が進んだようにも見えてシオリは慌てた。

「ありがとうございます。助かりました。でも、血が……」

「まぁ、これから止血するからなんとかなるさ。それより君こそ大丈夫か。大分強く打たれたようだが」

「……私も大丈夫です」

 正直に言えば、激しく打たれたばかりの腕は動かすだけで酷く痛んだ。けれども、服に裂けた跡は見当たらない。単なる打撲だ。きっと、彼らほどではない。深呼吸して、どうにか痛みをやり過ごそうと試みる。指先は――動く。大丈夫。

「本当か? ならいいんだが……」

 気遣わしげに眉を顰めた彼は、ひとつ溜息を吐くと再びこちらに向き直った。

「出来ればでいいんだが――隣の宿のテラスまで足場を作ってくれないか。この連中を拘束してひとまず何処かに収容しておきたいんだ。また馬鹿な真似をされては困る」

 シオリは頷いた。腕の痛みを堪えつつも足場を作ると、向こうから若者が数人こちらに移動してくる。どうやら村人らしい。

「あたし達にも何か出来る事があったら言ってちょうだい。この連中――運べばいいかしら」

 中心人物らしい若い女が、倒れた男達を顎で指し示す。

「助かる。なら、寝ているうちにこの連中を縛っておいてくれ。逃げ出されては敵わん」

 騎士が言うと、一人の青年が隣の宿へ戻って行き、程なくして縄や紐を手に引き返して来る。

「ああ、腹は立つかもしれんが、私刑(リンチ)は止めてくれよ。尋問しなければならないし、不必要な怪我をさせたとなるとそれはそれで扱いが厄介になるんだ」

 予め釘を刺されてしまい、顔を見合わせた彼らは悔しそうにするが、どうにか堪えてくれたようだった。険しい顔で一人ずつ縛り上げて行く。どうやら怒りのままに強めに縛っているらしく、縄が腕に大分食い込んでいるようにも見えるけれどもそれは許容範囲だろう。騎士らも黙認を決め込んでいる。

 村の青年達が縛り上げた商人達を隣の建物に運んで行く中、先程の女が歩み寄った。

「あとはあっちをどうにかしなきゃならないね」

 手にした小さな弓に矢をつがえつつ、屋根の下を見下ろす。農閑期に簡単な狩猟をする程度だから腕は期待するなと、アニカと名乗った女は苦笑いした。

 二人の眼下には大分数を減らしたとは言え、未だに多数の雪狼の姿がある。アレクとルリィにはまだ余裕はありそうに見えたが、襲撃からずっと戦い続けているらしい騎士達には限界が見え始める。

「……この騒ぎじゃ当分蒼の森にも観光客は入れられないね。生誕祭前のかき入れ時だってのに、とんだ迷惑だよ」

 ブロヴィート村は農業とともに観光業が主産業だ。特に冬の農閑期は村の重要な収入源になる。蒼の森目当ての旅行者が多いこともあって、その森への立ち入りが制限されるようなことになれば、村を素通りする者も増えるだろう。

「あの商人どもの言う通り、雪狼の毛皮と肉が手に入ればどうにかやっていけるかもしれないけれど……」

 アニカは苦笑した。

「この状況じゃ贅沢も言ってられないね」

「……」

 そんなことを聞いてしまっては、毛皮や肉に影響が出るような仕留め方はし辛いなと内心苦笑いした。とはいえ、何か上手いやり方があるかと言えば、そうそう思い付くものでもなかった。あの毛皮のお蔭で魔法攻撃に強く直接攻撃も通りにくい上に、弱点の目や口は的が小さ過ぎて狙い辛い。だからこそ、訓練された騎士隊やA級冒険者のアレクでも苦戦しているのだから。自分の低い魔力でこれだけの群れをどう削ればいいだろう。

(水か、火か)

 水ならば量さえ作れればあとは待つだけでいい。けれども、氷――水の上位魔法の耐性が特に強い彼らにはもしかしたらあまり効き目がないかもしれない。

 なら、火は? 火は本能的に嫌う上に、確実に仕留められることは実証済みだ。けれども、燃焼には水以上のエネルギーが必要になる。

(どっちにしても、少しずつ減らしていくしかないか)

 シオリは方針を決めた。

 広場を見渡し、攻撃地点を定める。群れの中央部。アレクや騎士隊の手がまだ及んでいない領域だ。

「氷棺!」

 魔力を開放した途端に、打たれた左腕が電流でも走ったように酷く痛んで集中力を妨げるが、その痛みを意識の外に強引に押し遣った。

 群れの最中に氷の箱を出現させ、数匹の雪狼を閉じ込めて瞬時に水を満たす。地上に作り出された水牢。密閉された空間で呼吸を封じられた雪狼達がもがき苦しむ様が、氷の壁越しに薄っすらと見えた。

「火炎陣!」

 氷の棺を維持したままで、次は炎の檻に数匹を閉じ込めた。空気消費が早まるように若干火力を高める。

「――魔法の同時展開だと!?」

 騎士隊から驚きの声が上がった。

(どっちが早く片が付く?)

 魔法合成や同時展開などよりも、本当は一撃で素早く仕留められるだけの魔力が欲しかった。この待つ時間が酷くもどかしい。

 数秒か――数十秒か。火炎陣の中の影が全て倒れるのが見えた。

「やっぱり火の方が早い!」

 氷の棺の方はやはり耐性が強いのだろうか、かなり時間が掛かるようだ。未だにもがいている影が見える。

 村人たちの為に出来れば毛皮を綺麗な状態で残したかったけれども、その前に人死にでも出ては目も当てられない。この場では火魔法一択か。魔力消費は多くなるが、範囲を広げて火力を上げよう。

 眼下で倒れた数人の騎士が見える。ルリィが防御する後ろでアレクが薬瓶を呷るのも目に入った。さすがに大分消耗しているらしいのが見て取れる。

 氷棺を一旦解き、自分も今日何度目の使用になるかもわからない魔力回復薬を飲むと、気合を入れる為に短く息を吐いた。

陥穽かんせい!」

 あまり地形に大掛かりに手を入れると後で直すのが大変だからなるべくならやりたくはないのだけれど、効率を上げるためには仕方ない。少しでも魔力消費を抑える為の措置だ。

 先程と同じく群れの中心部に大穴を開けて雪狼を落下させる。身軽な彼らは無様に転落などはせず、大穴の底に綺麗に着地した。しかし落とし穴は容易に駆け上がれるほど浅くは無く、頭上を見上げて戸惑う隙に、穴に蓋をするように火炎陣を展開させた。

 火力を上げると魔力が吸い取られるように抜け出て行く感覚が襲う。魔力が高ければ余程の大魔法でも使わない限りは滅多にこういう事はあまりないらしいのだけれども、シオリには何度も経験のあることだった。

 ほんの少し火を灯すだけ、快適な温度の湯を作るだけ、濡れた髪や衣類を乾かすだけ――生活の為の魔法なら、魔力消費は少なくて済む。

 けれども、標的を屠ろうとするならばそれなりの威力が必要だった。何かを破壊し、何かの命を奪う為には相応の魔力消費が必要となる。普通の魔導士なら容易い事が、自分にとってはこんなにも難しい。魔力が半減したかどうかというところで、最後の雪狼が倒れるのが見えた。

(八――九匹、かな)

 アレクや騎士隊が片付けた分と合わせれば、三分の二は減らせただろうか。

 瞬時に魔法を解除した。大分魔力が持って行かれた。あともう一度同じように魔法を放てば、また回復しなければならない。

 と、遠くで遠吠えが聞こえた。呼応するように広場の群れも咆哮を上げる。

「まさか――増援か!?」

 屋根上で応急手当を済ませて戦場に戻ろうと試みていた騎士隊や、狩猟用の弓で苦戦しながらも援護射撃を行っていた村の若者達から動揺の声が上がった。

「こちらの増援部隊はまだか! これ以上はもたんぞ!」

「あの阿呆どもは一体何をしたんだ!」

 増援の遠吠えはアレクやルリィにも聞こえたらしい。魔法剣を大振りにして群れの攻撃を躱し、一旦距離をとったアレクが森の方角に目を向けた。それも束の間、シオリの姿を探して彷徨う視線がこちらの姿を捉えるのが分かった。

 力強く輝く瞳。あの目は――諦めていない。まだ、やるつもりなのだ。

 と。

「ああっ!」

 周囲から悲痛などよめきが上がる。荷馬車の周囲に円陣を組んでいた騎士隊の一角が崩れた。そこから円陣の内側に雪狼が雪崩れ込む。このまま商人達の連行された宿に押し寄せるのではないかと思われたその時、異変に気付いた。

「荷馬車?」

 隣でアニカが呟く。群れに何か害を為したらしい商人達の居る宿ではなく、雪狼達は幌馬車に飛び掛かった。それも、数台ある幌馬車の内、一台のみに。

「あれか? あれの積荷が原因か?」

 荒々しく包帯を巻いただけの、滲み出した血が滴り落ちる片腕をだらりと下げたまま、騎士の男が視線を険しくした。

「おい止めろ! 積荷に手ぇ出すな!」

 どこからか声が上がった。他の建物から身を乗り出して叫ぶ男を、周囲の人々が取り押さえるのが見える。アニカが舌打ちした。

「まだ連中の仲間が紛れていたか。事が済んだら――済むといいが……一旦村を封鎖して残党が居ないか調べる必要があるな」

 騎士もまた苦々しく呟く。

「ともかく雪狼の増援が来る前に、なんとか解決の糸口だけでも掴めれば――!」

 警戒心の強い雪狼が群れを為して人里を襲撃するだけの理由があの幌馬車にある。シオリは幌馬車に意識を向けた。調べる――?

「あの荷馬車、調べますか?」

「出来るのか?」

「かなり強引なやり方になりますが、あれを土魔法で持ち上げます。一台だけならなんとか」

 騎士は一瞬思案する素振りを見せたが、あまり時間は無いとみて、直ぐに頷いた。

「頼む!」

「はい」

 積荷の無い空の馬車だけでも相当な重量になるはずだから、中身が入っているとすれば一体どれだけの重さなのか見当もつかない。けれども一点集中で全力で土魔法を展開すれば、どうにかなりそうな気がした。

 確実にあの幌馬車だけを狙えるように、魔力の網を流して幌馬車を中心に張り巡らせる。その網を基点にして一気に魔力を流し込んだ。

「大地隆起!」

 ごっそりと魔力が抜け落ちて行く感覚が過り、それと同時に幌馬車ごと真下の地面が隆起した。轟音が響き渡る。取り付いていた数匹の雪狼が衝撃で振り落とされた。

 幌馬車の重量感が魔力の網伝いに伝わって来る気がして呼吸が荒れる。けれども躊躇はしていられない。隆起の高さが足りなかった。腰元のポーチから乱暴に魔力回復薬を取り出して呷ると、再び土魔法を発動した。

 未だ取り付いたままの数匹は、猟師の若者達の弓矢や騎士隊の援護で足元を掬われて広場に落ちて行く。それを確かめてから、隆起した幌馬車まで足場を作った。騎士隊と若者達が幌馬車に駆け寄る。入口の垂れ幕を乱暴に捲り上げた。その奥にはさらに分厚い布の幕が幾重にも下ろされているようだった。

「なんだ?」

 ただの荷馬車にしては不自然な内部の様子に皆怪訝な表情を浮かべたが、時間は惜しい。警戒して身構えつつ、一気に幕を捲り上げる。巨大な鋼鉄の檻が見えたと思う間も無く、強烈な甘い香りが周囲に立ち込めた。決して食欲を誘うような臭いではない、どこか吐き気を催すような異様な甘さの香りだ。檻の最も近くに居た数人がその場に倒れ伏す。

「催眠ガスだ! 吸い込むな!」

 警告の声が上がり、皆鼻や口元を押さえた。

「換気します!」

「ああ! やってくれ!」

 騎士の同意を得ると同時に風魔法を発動する。

「鎌鼬!」

 幌の天井や側面に鋭い切れ込みを入れて大穴を開け、それから一気に外気を流し入れて内部の澱んだ空気を拡散させた。

「これは……雪狼か」

 檻の中でぐったりと倒れたまま動かない数匹の雪狼。微かに胸元が上下しているのが見て取れた。生きている。

 瞬間、周辺から雪狼たちの凄まじい遠吠えが上がった。その声から感じられるのは、怒りだ。仲間を連れ去られて、追い掛けて来たのか。

「……ちょいと見せとくんな」

 固唾を飲んで見守る騎士や若者の人垣を掻き分けて、一人の男が顔を覗かせた。老齢期に入って久しいだろうその老人は、だがしっかりとした足取りで檻に近寄ると、その場に膝を付いた。

「こいつは全部若い雌だな。多分どれも妊娠している。見な、腹が幾らか膨れてるだろう」

「……なるほど。では彼らは――身重の妻を取り戻しに来たというわけか」

 地を這うような声で隊長格らしい騎士が呟く。己が子を孕んだ妻を攫われたとなれば、誰だって是が非でも取り戻そうとするだろう。仲間意識の強い彼らなら猶更だった。

「群れに帰してやんな。縄張りに踏み込んだとか狩りをするのでもなければ元来無益な殺生はしねぇ魔獣だ。上手くすりゃあ、大人しく引き上げて行くだろうよ。怒りを収めてくれればの話だがな」

 悩む暇は無かった。森の方角からは遠吠えが再び聞こえる。先ほどよりも近い。

「鍵を開けてくれれば、また魔法で下に下ろします」

 言えば、檻に近い位置に居た騎士が頷いた。他の者達が催眠ガスで倒れた者を抱えて屋根まで後退するのを見届けてから、彼は剣を振り上げた。錠に叩きつけるようにして振り下ろす。あの意匠は恐らく魔法剣だろう。魔法強化したその剣を二、三度振り下ろすと、頑丈な鋼鉄の錠はひしゃげて弾け飛んだ。檻の扉を開き、二人して荷馬車から距離を取ると、隆起を解除して元の位置まで戻す。

 既に群れの興奮は収まっていた。見守るように荷馬車を見つめていた彼らは、檻の周辺に駆け寄る。群れの内の数匹――リーダー格だろう一際大きい体躯の雪狼も含む――が、警戒しつつも檻の中に入った。それぞれのつがいであろう雌を愛しげに鼻先でつつき、それからそれぞれ協力し合って背の上に押し上げるようにして担ぎ上げる。

 リーダーらしき雪狼が一声鳴いた。それを合図に、生き残った群れが広場から離れて行く。森へ。彼らの住処へと帰って行くのだろう。最後まで残っていたリーダーの雪狼が一度振り返った。その双眸に浮かぶのは怒りと――悲哀だ。妻を取り戻しさえ出来れば、怒りはあろうとも――これ以上仲間の犠牲を増やしたくはなかったのかもしれない。

 彼は、ふんと短く鼻を鳴らすと、番を背に抱えて立ち去って行った。

 ある種荘厳とも言えるその光景に固唾を飲む人々を、その場に置き去りにして。



 既に森の遠吠えは聞こえなくなっていた。



 ――唐突に始まった恐るべき雪狼の襲撃は、こうして静かに終結を迎えた。

襲撃事件の発端と積荷については次回以降で騎士隊がキリキリと吐かせるようです。隊長さんも村長さんもビッキビキらしいです。



……このシリアスなシーンの中、もしかしたら足元をうろつくピンクスライムが居たのかもしれぬと思うと目頭が熱くなります。やはり削って正解だったか(遠い目)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ