04 護衛依頼
冒険者組合トリス支部の受付兼談話室。元は多くの宿泊客を迎え入れた大型旅館の広間だったこともあって大人数を収容可能な規模を誇っていたが、それでもトリス支部所属冒険者の大半が集った今日に限っては、さすがに窮屈さを覚えずにはいられなかった。
月に一度、月初に開かれる定例会。業務連絡や活動時の注意事項の説明、新規加入者の紹介などが主な内容だ。
「――これから先の季節は強い冷え込みや降雪で活動の難易度、危険度が格段に跳ね上がる。大半の魔獣は冬眠等で活動が緩やかになるが、入れ替わりに冬期間に活発化する魔獣が増えるからな。知っての通り、討伐難易度が高い奴らばかりだ。D級以下は特に注意するように。間違っても個人依頼なんぞ受けるんじゃねぇぞ。直接依頼された場合は必ず組合を通すように」
組合マスターであるザックの言葉が広間に響く。各々が適当な場所を陣取り、彼の言葉に耳を傾けている。ある者は手元の手帳に聞き取った内容を書き付け、またある者は一言一句を聞き逃すまいとするかのように熱心に聞き入っていた。
「それから、今のところ積雪は無いが、今後は移動中に降雪する可能性もある。依頼を受ける際はこの点気を付けとけよ。雪中行軍になる場合は熟練の引率者が居なければ無理だ。平地の街道付近の移動については各自の判断に任せるが、森林地帯や山岳地帯のような特殊な場所に踏み入る際は必ず二名以上の雪中行軍経験者――なるべくC級以上が引率するように。いいか、冬期間はただ移動するだけでも危険を伴う箇所が増えるからな。絶対に油断するな。自信が無いなら思い切って近場の依頼だけに留めておくのも手だ」
ザックは言葉を切り、それから手元の書類に視線を落とす。
「この時期は冒険者の遭難死も多い。準備不足で凍死する者もいれば、雪崩に巻き込まれる奴もいる。ああ、この雪崩だが、山間部に分け入る場合には気を付けろよ。木の疎らな斜面や吹き溜まりがあるような場所は雪崩が起きやすいからな。こういう場所では大技や大魔法みてぇな周囲に衝撃を与えるような攻撃もなるべく控えろ。雪崩を誘発する可能性がある。残念ながら、去年はこの斜面に火魔法ぶっ放して起きた雪崩で五名が命を落としている。他の支部でも似たような報告が出てるからな。雪崩の起きやすい箇所や前兆現象について纏めたものを掲示板に張り出しておくから、後で良く目を通しておけ。ここまでで何か質問は」
ぐるりと室内を見回して意見が無い事を確かめると、ザックは言葉を継いだ。
「――あとは知っている者も多いと思うが、最近帝国で発生した反乱の影響で国境地帯に難民が増えている。この対応で騎士隊が大分出払ってるみたいでな、あんまり大きい声では言えねえが、人手不足で領内の治安維持が若干手薄になってるようだ。今季は今までよりも魔獣討伐や掃討依頼が増える可能性がある。これに加えて、質の悪い連中が難民に紛れて入り込んで来るかもしれねぇからな、ちっとこの点も注意して見といてくれ――ああ、あんまり無ぇとは思うが、もし難民を保護した場合は一旦騎士隊に預けるように、とのことだ。それと――」
一旦言葉を切ったザックは、面倒とでも言いたげな表情を作って見せた。
「この反乱の影響なのかなんなのかは知らねぇが、帝国の冒険者の出入りが各地で増えているようだ」
ざわりと室内が俄かに騒がしくなった。
ドルガスト帝国の冒険者。冒険者組合にまで貴族主義が入り込み、身分によって昇級の可否が決められているという。必然的に冒険者としての質は他国と比べても悪く、近年では帝国全土の冒険者組合の資格を停止し、除名すべしという意見が相次いでいるらしい。
「知っての通り、ほとんどの連中は冒険者としての質も……人間性も悪い。常識の在り方が前時代的で話が通じねえからな、会ってもなるべく関わらねぇように。トリスではまだ無ぇようだが、既に南方の国境に近い地域の支部ではトラブルの報告も何件か寄せられているようだ。万一面倒事になったら、構わねぇから必ず俺に回してくれ――俺からは以上だ。特に何も無ぇようなら、今日はこれで解散とする」
場の沈黙を以って質問や意見は無しと捉えたザックが解散の合図を出し、室内の空気が弛緩した。各々解散し、外に出る者、依頼票を物色する者、掲示板を眺める者、他の冒険者との情報交換をする者などに分かれて行った。
「――あ、シオリの依頼が出てる」
帝国の話題に色々と思い出したくもない事を思い出して憂鬱な気分になっていたアレクは、耳に入った台詞に顔を上げた。見れば貼り出された依頼を眺めていた同僚達が、一枚の依頼票を前に何やら盛り上がっている。
「本当だ。あー、残念、さっきの依頼でしばらく留守にするから無理だわ。畜生、あいつの手料理食い損ねた」
「道中の食事がシオリ持ちってのがポイント高いよね。どうする? 今決めないと直ぐに取られるわよ」
「あ、じゃあ俺受ける!」
「馬鹿、お前まだC級じゃねぇか。難易度Bだぜ。大体召喚士じゃ護衛には向かねぇだろ。あっちだって補助職だし」
「ぐおぉ……」
話し込む一団の後ろから、件の依頼票を覗き込む。
『護衛依頼。難易度B。蒼の森まで往復。使い魔の里帰り。報酬に道中の食事込み。依頼者:シオリ・イズミ』
話の流れからすると彼らは受託しない方向と判断した。迷わず依頼票を掲示板から毟り取ると、周囲から「あ」という声が上がった。
「受けないのなら俺が貰うが構わないか?」
仕方ないという風に苦笑して「どうぞ」と言う者もあれば、未練が捨てきれないといった様子で悔しげにする者もあった。シオリの依頼の競争率は高いらしい。食事込み、それもシオリの手料理だ。条件が条件だから納得も出来る。
「悪いな。俺が受けさせてもらう」
ついでとばかりに道中で片付けられそうな依頼も一つ二つ見繕い、依頼票をカウンターの受付係に手渡すと、何気なく横目で見たザックが苦笑した。
「やっぱりな。お前が受けるんじゃねぇかと思ってたよ」
「……なんだそれは」
「いや? 深い意味はねぇよ。ただ、」
指先で手招きされて顔を寄せると、ぼそりと囁かれる。
「二人きりだからって出先で手ぇ出すんじゃねぇぞ」
心配性にも程があるザックの台詞に顔を顰めた。
「……そんな節操の無い真似をするか。俺を何だと思ってるんだ」
肩を小突くと、念の為だ、と言いながら彼の顔にどこか諦めたような笑みが浮かべられた。それからふと真顔になる。視線が、アレクの背の向こう側に向けられる。つられて振り返ると、ナディアと何か楽しげに話し込むシオリの姿が見えた。
「まぁ気を付けて行って来い。……詳しい場所は俺も知らんが、例の現場の近くらしい。あいつを頼む」
「……! そうか、わかった」
含みのある言い方に一瞬考え込み、それから合点が行って頷く。
――シオリがルリィと初めて逢った場所。彼女にとっては忌まわしい事件の現場にもなった迷宮の近くだ。