03 試食会
エナンデル商会謹製の使い魔用焼菓子で「接待」されているルリィとヴィオリッドを横に、目の前に置かれた試作品を手に取り、じっくりと眺める。手作業感のある自分のものとは違い、いかにも工業製品らしい整った包装にシオリは思わず「わぁ……!」と声を上げた。
「いよいよ商業化するんだなって感じがする……」
「ああ、そうだな」
感慨深くしみじみとフリーズドライ食品を眺めている二人の姿を微笑ましく思ったのか、それとも仕事ぶりを認められて誇らしく思ったのか、パウルとクヌートは視線を交わして微笑んだ。
「さて。初回はスープ類が七種類、リゾット二種類、麺類二種類。汁物と主食は食事の基本ですから、まずはここをしっかり押さえようかと。副菜は追々増やしていく予定です。代わりに、汁物と主食の具材の比率は多くしました」
「種類を増やすよりも、一品での満足感を上げたということですか」
「そうなりますね。やはり、手軽さを前面に押し出したいので」
「スープが多いのは何か理由があるのか? 思ったよりも主食が少ないようだが」
一覧を眺めていたアレクがもっともなことを訊いた。
この質問はパウルも予期していたらしく、手元の書類をこちらに差し出した。それは調査の集計結果をまとめたもののようだ。
「王都の冒険者や旅行者を中心に、商会で取り扱っている食品に関するアンケートを取りましたところ、意外にもスープやシチューの缶詰の取り扱いを増やしてほしいという要望が多かったのです。現状主食は乾パンやクラッカー、ビスケット、栄養バーなどの腹持ちが良く保存が利き、温めずに食べられるものが豊富にありますから、そのせいもあるのでしょうね」
「ああ、なるほど……言われてみれば確かに」
確かにこの国では保存が利く主食は多い。クネッケブロートと呼ばれる堅焼きパンなどは、ライ麦だけのものから雑穀や香辛料を混ぜ込んだものまで何種類もある。ビスケットと並んで各社趣向を凝らしたものが食料品店で売られていて、シオリもお気に入りのブランドを探すのが楽しかった覚えがある。
「当商会でも食品部門の主力商品として力を入れておりますしね。そういうわけで、まずここはまず汁物を充実させようということになりました」
「スープの缶詰は重いからな。軽量化して最も恩恵を得られるのが汁物かもしれん」
一角兎シチューのラベルが貼られた包みを手に取って眺めながら、クレメンスはそう言い添えた。彼は簡単な料理くらいならできるというが、シオリがお手製携帯食を販売する前は、基本的には缶詰に頼ることが多かったようだ。
即席スープの素も一応売られてはいるが、それで出来上がるものは具のないスープだ。野営地ではなるべく手軽に、そしてほどほどには腹に入れたい層には、どうしても缶詰の方に軍配が上がるというのが現状だった。
「せっかくだから、専用の調理器具も作ってみたらどうだ。湯沸かしした鍋でそのまま食べるような形にすれば、面倒がなくていいのではないか」
「ああ……いいですね、それ」
「食器にもなる専用の鍋……ですか」
開発部長のクヌートが首を捻り、図を描いてくれと言わんばかりに破いた手帳と万年筆を差し出した。
そこでクレメンスは一瞬顔を引き攣らせ、アレクたちは「あっ」という表情を作った。その瞬間横合いからパウルがさりげなく紙と万年筆を奪い、そのまま視線を走らせた彼は、目が合ったシオリの前にそれを置いた。
一連のやり取りは流れるようで、クヌートは商会長と冒険者たちの水面下のやり取りには気付かなかったようだ。
――以前、一度だけクレメンスの絵を見たことがある。報告書に書き添えられた一角兎の絵だ。しかしそれはおよそこの世のものとは思えない奇怪な造形で、どこからどう見ても兎には見えず、シオリでさえ世辞の一言すら捻りだせない代物だった。
個性的で独特の感性の持ち主といえば聞こえはいいが、要するに彼は絵心が壊滅的なのだ。実家で教育を受けていた頃もそれで苦労したといい、今ここで彼に鍋を描かせても鍋には見えない何かが創造される可能性は高い。
ほ、と息を吐くクレメンスと苦笑いしている実弟パウルには気付かないふりをして、シオリは万年筆を手に取った。
「食器にもなる鍋というと、取っ手が付いていて直火にかけられるカップのような感じですか。スープカップみたいにある程度の大きさがある」
「ああ……そうだな。そんなイメージだ」
登山好きの従兄弟が愛用していたコッヘルやシェラカップを思い出しながら、似たような造形の小鍋を描く。
「それなら内側に一食分の水の分量を示した目盛りがあると、もっと便利ですよね。目盛りまで水を入れて沸かして、フリーズドライ食品を入れたらそのまま食べる。これなら計量しなくても済みますし、あまり料理をしない人には、このくらいシンプルだと入りやすいんじゃないでしょうか」
「ああ、なるほど……これはいいですね。検討してみましょう」
手帳にメモを取りながら、「しかし食べる前から意見が出るとはさすがですね」とクヌートは笑った。
「まぁ、我々は一応食べ慣れているからな。あったら便利だと思っていたことを提案しただけだ」
クレメンスは涼しい顔だが、きっとこれまでにもこうして有用な助言や提案をしてきたのだろうなとなんとなく思った。
「さて、それじゃあ試してみようじゃないか」
ナディアが一品目の袋を開いたのを皮切りに、それぞれが自らの手で包装を解いていく。包装の良し悪しも評価の対象だ。
開け口は一目で分かり、開けにくいといったこともなかった。艶があって撥水しそうな包装紙には特殊な加工が施してあるようだったが、匂い移りなどもない。
「パッケージには当商会の行動食の包み紙にも使用している、闇魔鉱を蒸着させた特殊加工の紙袋を使いました。耐油性、耐水性、遮光性に非常に優れているほか、耐湿性も抜群です。耐水、耐湿性を高めるために、通常のものより厚みのあるものを使用しています」
「うわぁ……凄い高性能。闇魔鉱と言っても、黒っぽいわけじゃないんですね。プラチナみたいな色で綺麗」
「まぁ、性質が闇属性というだけですからね。よく誤解はされますよ。これが晦冥石ともなると本当に真っ黒になるんでしょうが」
その違いはシオリにはよく分からなかったが、どうやら刀剣の原料になるらしい晦冥石は、一定の需要があるらしかった。光を反射しにくい性質で、猟師などが好んで使うという。
「外箱は缶なんですね。蓋は留め金付きでしっかり閉められるようになってる。あれ、というかこれ、もしかして星魔鉱ですか」
「ええ、その通りです。軽量で外気の影響を受けにくい性質を利用して、保管箱を兼ねました。勿論箱なしの単品売りで買い足しもできるようにしますよ」
「へええ……デザインも凝ってて素敵。植物柄が綺麗」
「当商会のお客様はデザインに拘る方も多いですから。こちらはロヴネル領の工房に依頼して作らせたものです。美しいでしょう」
「ええ。旅先で開けるたびに気分が上がりそうです。でもこれだとパッケージでコスト上がらないですか?」
「それはまぁ、はい。ですのでシンプルな通常缶と装飾に凝った限定缶で分ける予定です」
「なるほど……」
お忍びで貴族も利用する冒険者専門店というだけあって、実用性と装飾性を兼ねた設計デザインは外せないらしい。
「これとは別に袋入りでの販売も計画中です。しかし、軽くて扱いやすく場所を取らない反面、どうしても保存性に劣るのが難点なので、こちらは追々。当面は缶入りと個包装のみの扱いになります」
「なるほど、分かりました。さて、じゃあ肝心のお味は……」
普段からシオリのお手製携帯食を食べ慣れているアレク達はおよその分量を把握しているようで、目分量で熱湯を注いでいる。けれども初めてであるヤエとショウノスケは、計量カップできっちり量っていた。
「ああ、これは確かに……毎回量らなければならぬというのは些か面倒やもしれぬ。慣れればまた違うのであろうが」
「然様でございますな。計量のための道具も必要になりまする。となれば、手軽というには些か……」
「と、なると、目盛りのついた専用鍋付きのスターターセットみたいなのがあると嬉しいかも?」
「だな」
それぞれ感想や意見を言い合いながら、一口、二口と口に運ぶ。
王国の伝統料理、獣肉と根菜のシチュー。使われているのは一角兎の肉で、独特の風味が口の中に広がった。柔らかく煮込まれた肉がほろほろと解れて舌触りもいい。
「皆さんのお口に合うように、一角兎はトリスヴァル領産を使いました。一角兎の肉は産地によって脂乗りや風味がかなり違いますから」
「へえぇ……ということは、これは地域ごとに材料を変えるんですか?」
「その予定です。王都産と南部のセーデルヴァル産の一角兎を使ったものも試してみますか?」
「ええ、是非」
用意されたシチューを早速食べてみると、言われなくても分かるほどには風味が違った。
「うっ……。王都のって、脂っこかったりします? 風味も結構強いですね。兎特有の獣臭が凄いというか」
「そうですね。私も若い頃は好んで食べましたが、最近では少し重く感じられるようになりましたよ」
「私は食べ慣れているからなんとも思いませんが、食べ付けないと人によってはくどいようですな。西部出身の娘婿などは、初めて食べたときに胃もたれで一晩寝込んだくらいですから」
王都出身のパウルやクヌートは平気のようだが、正直に言えば臭みが強く、シオリは食べ続けるのが辛くなってしまった。アレクとザックは「懐かしい味だな」と言ったが、ヤエとショウノスケは「ぐぅ」と妙な呻き声を上げている。こちらも口に合わなかったらしい。
セーデルヴァル産のものは癖が強かったものの、こちらは香草と香辛料の配分が絶妙で悪くないなとシオリは思った。
「同じ郷土料理でも、地域によって随分違うんですね」
「ええ。しかし、郷土色が強いメニューがあっても良いのではないかという意見が開発チームからも出ましたので、これは地域限定という形で売り出していければと考えておりますよ」
「なるほど……あ、それなら、食べ比べセットがあっても面白いんじゃないですか」
「はは、いいですね。それも検討しましょう」
具材の大きさや硬さ、味の濃淡、香辛料の量などなど、シチュー一つとっても様々な意見が出た。パウルとクヌートは、それらを熱心に書き留めていく。
その後もサーモンのミルクスープや羊肉のシチュー、三種のチーズスープと試食は続いた。大蒜バターと燻製肉のリゾットではショウノスケが人が変わったように饒舌に語り始めて、笑いを誘う場面もあった。それでも「野営地で食すには些か大蒜臭が強いやもしれぬ。口臭が残ったのでは、見張りにも障りがあるのではないか」と試食の趣旨に沿った意見を出し、野営慣れしているらしい様子を窺わせていた。
変わり種のベリースープは口直しにもちょうどよく、甘いもの好きのアレクも「酸味と甘みのバランスが絶妙だな。美味い。即席とは思えないほどだ」と絶賛していた。
「野営地でもスイーツが楽しめるのって、ちょっと贅沢な感じがしていいですよね」
「甘味は心を癒し豊かにする。本国でも懐中しるこは旅の供に好まれておったからの」
言い添えながらヤエは、ちろりとシオリに視線を流した。
懐中しるこは少なくとも江戸時代には存在したとされる即席食品だ。乾燥させた餡を最中で包み、湯や水で溶いて食する甘味。当時の人々は花見や旅行などに携帯して楽しんだというが、まさにこのフリーズドライ食品を連想させるようで、アイディアの出処としては打ってつけだ。
フリーズドライ食品の原型を匂わせる形でヤエが言い添えてくれたことで、未知の世界の技術ではないと印象付けることができたのはありがたかった。
こちらの世界にも似たようなものが存在して良かった。そう思いながらベリースープをもう一匙口に運ぶ。
「ええ、そうですね。おしるこかぁ……懐かしい……」
懐かしい。
その言葉を皆がどう捉えたのかは分からない。ただ、それを誰も深く追究はしなかった。シオリがミズホの断絶した旧家の娘で、家どころか里ごと消滅して久しいという表向きの生い立ちを信じているからなのだろう。
この世界での「郷里」となるミズホの国。日本とは似て非なる国。しかしどこか懐かしさを覚える国。ヤエは祖国に似たその国にシオリの「ルーツ」を用意してくれた。
ヤエに利点などあるのだろうかとむしろ心配にもなるが、手紙でのやり取りの中で、彼女は「商売人としての勘がそなたとの縁を大事にせよと訴えておる」と言ってくれた。
人脈を重要な財とする商売人ならではの言葉だが、その縁によってヤエは良縁に恵まれ、シオリは助けられることになったのだ。確かにそれは、得難き財産の一つと呼べるのだろう。
――その後も和やかに、しかし忌憚のない意見を述べながらの試食会は恙なく終わり、口直しの紅茶が振舞われた。
「貴重なご意見をありがとうございました。いただいたご意見は持ち帰り、早速反映させましょう」
試作品は概ね期待通りの仕上がりで、味や具材の細かい調整や改善などを加えて、年内には発売できる見通しだとパウルは微笑んだ。
「でも、思ったよりも早い完成になりそうで正直驚いています。もっとかかるかと思っていました」
恐らくは高級品だろう紅茶の香りを楽しみながら正直な気持ちを述べると、「重要な部分がある程度お膳立てされていましたからな」とクヌートは言った。
「大まかな仕組みが分かっていたわけですから。完成品のサンプルがあったことも大きい」
「といっても、それを再現して大型化するっていうのは簡単なことではないでしょう」
「それはまぁ」
技術者然とした気難しい表情を崩したクヌートは、得意げに微笑んだ。
「これでも我が社は業界最高レベルを自負しておりますのでね。技術者の意地と申しましょうか」
「その技術の一端を拝見させていただきました。おかげ様で、早いうちに皆さんに提供できそうです」
「こちらこそ、大変貴重な経験をさせていただきましたよ。また何かございましたら、是非当商会にご相談ください」
「ええ、そのときには是非」
試食会は和やかなうちに終わり、温かい握手と再会の約束を交わしてその日は解散となった。
「……では、また晩餐の席でお会いしましょう」
「ええ」
実兄の結婚式を数日後に控えて、お礼も兼ねた身内だけの細やかな晩餐会に招待したい。商売は抜きで、一個人として交流を持ちたい。
別れ際にこっそりそう耳打ちして微笑むパウルに、断る理由のないシオリとアレクは頷いた。また忙しくはなるが、気の良い新たな友が増えるのだと思えば、むしろ嬉しいとさえ思えた。
一角兎「どうもフリーズドライ食品化魔獣第一号を飾った一角兎ですこんにちは」
はいこんにちは_(:3 」∠)_




