01 巡る季節
お待たせしました。新章開幕です。
第11章の次は、いよいよ最終章(※多分長い)……の予定です。
彼らの冒険を最後まで見届けていただけたら嬉しいです。
(そしてリヌスさんがひたすら狩りをして食べてるお話と、ショウノスケさんが王国ご飯食べ歩きをするお話の連載を企んでいる……)
彼方の海を目指して滔々と流れるトリス川は陽光を受けて宝石のように煌めき、爽やかな風は青々と茂る街路樹の枝葉を揺らして通り抜ける。
トリスヴァルの領都は、一年で最も美しく過ごしやすい季節とされる夏の最後の月、八月を迎えていた。
(そういえば、アレクと初めて会ったのも、去年の今頃だったな)
冒険者の仲間達とともに暮らすシェアハウスを出て第二街区へと向かう道を歩きながら、シオリはおよそ一年前を思い出していた。
――冒険者組合で長いこと手つかずになっていた面倒な案件に着手するために呼び出されたシオリは、一人の男と引き合わされた。
異国での仕事で数年間留守にしていた、アレク・ディアという魔法剣士だ。兄貴分にしてギルドマスターのザック・シエルの友人だという彼は、あの頃妙に険しい顔をしていたことを覚えている。愛想笑いさえしない、どこか剣呑な空気を纏ったアレクという男のことを、少し怖いと思ったこともだ。
けれども仲間として付き合ってみると、実際の彼は意外にも感情豊かだった。野営地での風呂に驚き、温かい食事に「美味い」と喜び、一晩ですっかり綺麗になった洗濯物に「ありがたい」と素直な言葉さえ口にした、何事にも感嘆して見せる彼にはすぐに好印象を抱いていた。
戦いの中では率先して先頭に立ち、的確な立ち回りで剣を振るいながらも仲間への気配りは忘れない。決して冷たい男ではない、熱い心と不器用な優しさを持つ人なのだと知った。
そして差し伸べられた、あの無骨な手の温もり。
――初めてパーティを組んだあのときの記憶は、大切な想い出として心の中に温かな火を灯し続けている。
「……もう一年、かぁ」
信頼できる同僚という立場から少しずつ情を育み、いつしか恋人となって、そして今では将来を誓い合う仲だ。
もう一年。でも、まだたった一年。
孤独で虚ろだった二人の心を少しずつ満たしてきた濃密な一年は、二人の在り方さえ変えた。
「そうだな」
短い台詞からその言葉に込められた想いを正確に汲み取ったアレクが、シオリの肩を抱き寄せてその黒髪に口付けを落として微笑んだ。
「あれからもう一年だ」
「……色んなことがあったね」
「ああ。本当に……数えきれないほどの出来事があった」
――数年前、遥か彼方の世界から弾き出されてしまったシオリには、縁と呼べるものは何一つなかった。この世界にルーツを持たない、自分が自分であるということの証明ができないということの恐怖を、シオリは今でも忘れてはいない。
そんなシオリをアレクは、あの遠い世界から来た和泉詩織として認めてくれた。そのうえで生涯を共にしたいと誓ってくれた。
兄代わりであるザックも、彼らの異母弟である王家の主従も、この国でシオリ・イズミとして根を下ろすことを受け入れてくれた。
アレクとの出会いは、秘密と孤独を抱えたまま生きるという悲壮な決意をしていたシオリを変えた。
それから共に過ごした一年という年月を想って、シオリは柔らかに微笑む。
十数年前に失踪した庶子の王子という複雑な事情を持つアレクもまた、シオリとの出会いで未来を見据えるようになった。
そして、ずっと傍らに寄り添ってくれた相棒のスライムや二人を見守り続けていた友人達、そして冒険者組合の仲間達との間にあった目に見えないけれども確かにあった絆は、より一層強く結ばれた。
そこで新たに結ばれた縁もある。
友と呼ぶべきロヴネル領の女伯と二人の腹心。トリス大聖堂の若き司祭と大司教、併設孤児院の院長を務める心優しい司祭、王都の歌姫たち、世界を巡る東方屈指の楊梅商会の人々、トリスヴァル辺境伯夫妻に、王家の主従。
そして、森の美しき王者フェンリルに、無邪気な甘えん坊の竜麟の中のひと。数百年の時を生きる妖精達。
誰もが皆支え合って生きている。そんなことを気付かせてくれたその全てが、二人にとってかけがえのない存在なのだ。
「お前と俺を引き合わせてくれたザックには感謝だな」
彼としては一時的な仕事仲間として紹介したつもりだったのだろうが、まさかそれが将来を誓い合う仲になるなど思いもしなかっただろう。
「うん。切っ掛けって、本当に思いもしないところにあるんだなぁって思うよ」
「だからこそ人生の妙と言うんだろうな」
そして、きっと自分たちもどこかで誰かの切っ掛けになっているのだろう。全ての偶然は必然でできているというどこかの偉人の言葉は、間違いではないのかもしれないと今なら思える。
そんなことを考えている自分が、まさか後の世で「播種の聖女」――偉業を成し遂げた人々がその道に至る切っ掛けを与えた人の意だ――と呼ばれることになろうとは思いもしなかったのだけれども。
――ふわりとそよ風が吹き抜け、シオリの黒髪とアレクの栗毛を揺らしていく。
賑わう街をきょろきょろと眺めていたルリィと竜麟の光が楽しげに跳ね、ヴィオリッドは心地良さそうに金目を細める。
時折挨拶をしてくれる街の人々に笑顔で返しながら歩いていく二人と三匹は、やがてビョルンストランド様式の瀟洒な建物の前で足を止めた。
冒険者用品専門店、エナンデル商会。
それが今日の目的地だ。
ギリィ「ギリィ……(下のお知らせを見ながら歯軋り)」
【おしらせ】
アイリスNEO様10周年記念企画グッズに、家政魔導士のかわいいトレーディングめじるしチャームを加えていただきました(´∀`*)
誰が出るか運試しの1個売りと、主要キャラ8人に特典ルリィさん付きのコンプリートセットの2種類です。
一迅社様のオンラインショップにて予約受付中(販売期間:2025年11月12日12:00~2025年12月5日23:59)ですので、よろしければ覗いてみてくださいね。
(SNSで読者さんが「トレードしてクレメンス」と呟いていたのを見かけて、ずっと思い出し笑いをしている作者です)
https://www.ichijin-shop.jp/view/item/000000000829?category_page_id=ct129
https://www.ichijin-shop.jp/view/item/000000000830?category_page_id=ct129
また、書籍版家政魔導士第10巻もまだまだ新刊、書店でお見かけの際はお手にとってくださると嬉しいです。よろしくお願いいたします。




