20 幕間二 数多の奇跡に捧げる祈り
トリス大聖堂の一般開放区域に静かに佇むその講堂は、大聖堂建設前より存在する歴史的建造物の一つで、かつては小さな町に過ぎなかったトリスの教会として人々の信仰を集めていた。
教会としての役目を終えた後も会議棟や催事場、修練体験の場として活用されている。昨年末には著名な音楽家を集めた音楽会が盛大に開かれ、大きな話題となったことは記憶に新しい。
あと数日で八月というある日の夜、この講堂ではトリス大聖堂典礼部主催の講習会が開かれていた。昨年末から聖女生誕祭の新たな催事となった音楽会において、「神々の御座より望む世界」の幻影投影を恒例行事化するにあたり、その術者を新たに育成する必要が生じたからだ。
講習会の詳細は部外秘。
それは、講師を務める魔導士の素性が外部に漏れることを防ぐためだった。
――遥か上空、雲よりも高い彼方の空から見下ろす雄大な世界の光景。
それを投影した幻影魔法の使い手の正体については物議を醸した。聖女の再来、神の御使いとも噂されたその魔導士の子細は、混乱を避けるためにトリスヴァル辺境伯クリストフェル・オスブリングと大司教オスカル・ルンドグレンによって揉み消されていた。
ゆえに育成する術者も大聖堂関係者から厳選され、講師の正体が決して外部には漏れぬよう配慮されている。
「恒例行事化して定着すれば、大元の術者について言及する者はいずれいなくなるだろうと思いますよ。幸い本当に聖女様におなりなわけですし、いい具合に情報が入り乱れて有耶無耶になってくれればと思いますね」
無事講習会を終えた後に親睦会と称して誘ってくれたお茶会の席で、コニー・エンヴァリ司祭はそう言って笑った。
――トリス大聖堂が奉るサンナ・グルンデンも、聖女として活動していた当時、世間的な評価と本来の自分との齟齬に悩んでいたという話がある。
彼女はもともとトリスヴァル地方の下級貴族の娘で、本来の肩書は当時の貴族女性としては珍しい農学者だったそうだ。
痩せた土地を改良し、寒さ厳しい気候でも良く育つ農作物を普及させた才女。女神の敬虔な信者でもあった彼女は、巡礼の旅で治癒魔法と自ら調合した薬を用いて人々を癒す傍ら、農業の知識を教え説いていた。
熱心な農業研究者だったサンナの知識は当時としてはかなり先進的で、ゆえに豊穣の神の御使い、神の化身とも噂されていたという。
しかし神聖視されることを疎んだ彼女は行く先々で弟子を作り、惜しみなく知識を放出することで敢えて自らの価値を下げたという話だ。
「これまで出自不明とされてきたサンナ様が実はトリスヴァル出身の農学者であったということは、以前から聖女研究者の間では知られてはいたんです。今年に入ってからご本人の日記が発見されて、断絶した男爵家のご息女で農学者だったということは、ほぼ間違いのない事実だろうと分かったのですが……熱心な信者の中には未だにそれを受け入れられない方もいらっしゃいますよ。血の通った一人の人間ではなく神聖なる存在、神の御使いだと信じたいのでしょうね。サンナ様が御存命だった当時も、やたらと崇められて辟易したという話ですよ」
「それはまた……」
シオリとて音楽会閉幕直後には聖女の再来、神の御使いなどと言われて狼狽えたほどだ。まともな感覚の持ち主であれば、神聖視されて狼狽しないわけがない。
「そうは言ってもね……こんなものを見せられたら本当に神様の御使いかもって思ってしまうわよ」
そう突っ込んだのは、シオリが投影した「神々の御座より望む世界」をせっせとスケッチブックに描き起こしているアンネリエ・ロヴネルである。新進気鋭の女性画家としても名高いこの女伯は、新大司教着任に当たって聖女サンナの祭壇画を依頼されていたらしいが、今回追加でこの幻影魔法の写しを頼まれたのだそうだ。
「二百年くらい前の画風で描いてほしいだなんて何事かと思ったら、まさかね……再来の聖女様が実はシオリでその正体を隠したいからだなんて、さすがの私も驚いたわ」
シオリが幻影魔法で投影したあの空撮映像は、大司教とコニーの計らいで対外的には「大聖堂の収蔵品の絵画を投影したもの」として扱われることになった。アンネリエが依頼されたのは、まさにその「二百年前の絵画」なのだ。
「うぐ……ご、ごめんね」
「いいのよ、貴女に問題があるわけではないの。ただやっぱり……何がどうなってるのかしらって思ってしまうわ。ヤエさんのお話ではミズホの代々神職を受け継ぐ名家の末裔らしいということだけれど、東方って……私たちが思う以上に神秘と謎に満ちているのねぇ」
「ですよねぇ」
「そうだな……」
ぷるるん、ヴォフッ。
全てを知っているアレクは「まぁ、言ってみれば未来の世界から来たようなものだしな」という解釈に落ち着いているようだが、そうでなければ何がどうなっているのか疑問に思うのも無理はない。
この場にいるのは要人と言っても差し支えない人々である。いずれは素性を打ち明けなければならない日が来るのかもしれないが、今はまださすがにそこまでの勇気はなかった。
「知識量や技術力もそうだが、シオリは着眼点も人とはだいぶ違うからな。このうえあんな幻影を見せられては、未知の素晴らしい知識をまだ隠し持っているのではないかと思っても不思議ではない。俺が冷徹な為政者だったなら、真っ先に囲い込んで技術と知識を搾り取ることを考える。今はそういう時代ではないが……そうは言っても大丈夫なのかと心配にはなるな」
そう言ったのはアンネリエの側近にして婚約者のデニス・フリュデンで、アンネリエは同意するように深々と頷いた。それでも描く手は止めないのはさすがだとシオリは思った。
「辺境伯ご夫妻とも懇意で、大司教猊下の後ろ盾も得ているわけだし、竜の祝福を受けた聖女という肩書があれば滅多なことにはならないとは思うけれど……そうは言ってもまだ不安は残るわよね。名家のご令嬢とはいえ廃絶したお家ということになると、失礼だけれど、身を守る切り札としてはやっぱり弱いわよね。ロヴネル家も可能な限り支援するつもりではあるけれど」
「それは……ありがとう。凄く心強いよ。私もミズホにいた頃のことはほとんど覚えてないし、ここに来るまでの記憶もかなり曖昧だから、あまり故郷のことを訊かれてもちゃんと答えられないことの方が多くて」
この世界でのルーツを持たないシオリの「身元」は、フリーズドライ食品の販売など諸々の取引を条件に、楊梅商会のヤエ・ヤマブチが用意してくれることになっている。ヤマブチ家の遠縁の娘で、政変から逃れて各国を転々とした後に人買いに攫われ、ストリィディアに流れ着いた……という設定だ。「ニホン」という地名も、一族が住んでいた隠れ里の名前ということになっている。
開国前は大名家だったヤマブチ家は現在侯爵位にあるといい、その分家筋の出身であれば、辺境伯の庇護下にあることもあまり不自然には見えないだろう。それにいずれは王籍復帰するアレクの妻になることを考えれば、ある程度の身元が保証されている方がいい。
自分が抱える特殊な事情を知らない友人知人を騙すことになって心苦しいが、身の安全のためにある程度は呑み込むしかないと思うことにした。
「竜討伐のときにもね、騎士隊の偉い人に少しちょっかい掛けられちゃって。出自不明の移民女性だから、どうとでもなるって思われてたみたいで」
「ああ……やっぱりそうなるわよね。幸いロヴネル家は楊梅商会を通じてヤマブチ家とも繋がりがあるし、それに分家筋のバルトもそのうちヤエさんと婚約することになりそうなの。ロヴネル家はヤマブチ家と縁続きになるわけだから、私がヤマブチ家の遠縁にあたる貴女の支援者になるのも、そう不自然ではないと思うわ」
「わ、バルトもおめでとう! それに、本当にありがとう……どうお礼を言ったらいいのか。私も皆が思ってるほど特別な知識を持ってるわけでもなくて、結構困ってたから」
「いいのよ」
アンネリエは笑った。
「東方屈指の大商会との繋がりができたのは、元を辿ればシオリとの出会いが切っ掛けだもの。家政魔導士という貴女がいなければ、そもそもあのシルヴェリアの旅に出ることもなくて、そうしたらデニスとの関係だって最良の形で解決することなんかなかったと思うわ。それにねぇ……この『神々の御座より望む世界』の絵、これを手掛ける栄誉に預かったのよ。この風景を見てからインスピレーションが溢れるように湧いてくるの。本当にいいものを見せてもらったわ……!」
創作に貪欲な芸術家の彼女らしい言葉だ。あの幻影から着想を得て、どんな絵を描くのだろうか。それを目にするのはもっと先の話だろうが、きっと素晴らしいものになるだろう。
「我々としても、シオリさんの技術供与は願ってもない話だと思っているよ」
ここでさり気なく会話に入り込んできたのは、お茶会の主催者という名目で紛れ込んでいた大司教オスカル・ルンドグレンだ。
「辺境伯閣下たってのお願いだったとはいえ、こちらはほとんど何の労力も掛けずにあの素晴らしい光景を手に入れられるのだからね。『活弁映画』の技術にしたって、音楽会は盛り上がるし巡回僧の慰問活動も充実するしでいいことずくめさ」
基本的に大司教とのやり取りはコニーを介していて、直接顔を合わせるのはこれが初めてだった。しかしその人柄ゆえか、まるで親戚のおじさんのような気安さだ。
コニーは「この気安さでいつのまにか若者を自分の懐に引っ張り込んでしまってるんですよ。僕もその口です」と苦笑いだったが、シオリにしてみれば聖職者然としていられるよりは、この方が取っ付きやすい。教団革新派の重鎮という話もあるから勿論今見せている顔が全てではないだろうが、宗教家や政治家としてはともかくとしても、一人の人間としては極めてまともだと評していたのは孤児院のイェンス・フロイセン司祭だ。だから信用に足る人物である、とも。
「だからね、困ったときには頼ってくれると嬉しいな」
「……ありがとうございます。そのときには是非」
「なんなら結婚式で司式者を引き受けてもいいよ。勿論コニーでもいいしね」
「オスカル様……」
コニーが諫めるような声音で大司教の名を呼んだが、二人にしてみれば願ってもないことだった。特にアレクは生まれ育ったこの地での挙式を望んでいて、オスカルの申し出は渡りに船だった。
「迷惑でなければ、お願いしたい」
真剣な面持ちで言ったアレクに、オスカルは「おや」と驚いた表情を作り、コニーやアンネリエたちは「えっ」と目を丸くした。
「まぁ、それではいよいよなのね」
「ああ。諸々片付いたんでな。先日ようやく求婚できたところだ。早ければ年内、遅くとも来年中にはと思っている」
「揃いの指輪をしているなとは思っていたが……そうか、それはめでたいことだ」
「お二人とも、おめでとう」
「おめでとうございます」
その場の流れでの急な報告になってしまったが、それでも友人たちは心から祝福してくれた。
「うん……本当に、ありがとう」
「ありがとう。なんというか……感慨深いな」
祝福を受けて幸せそうに微笑む二人を眺めて目を細めていたオスカルは、「うん、そういうことなら予定を開けておこう」と言ってくれた。
「日取りが決まったら教えなさい。それで、どうするね? 宣誓の儀式は私とコニー、どちらにするんだい? 私はどちらでも構わないから、遠慮なく言うんだよ」
大司教猊下自ら儀式を執り行ってくれるというのはとても光栄なことだ。けれども二人の答えは決まっていた。
――互いに忙しく会う機会はあまりないとしても、コニーとはこの数ヶ月で温めてきた友情が確かにある。そんな彼が二人の門出を祝福してくれるのなら、それはきっととても幸せなことだろうと思うから。
コニーは目を丸くし、それから去来する想いを噛み締めるようにゆっくりと破顔した。
「勿論です。精一杯務めさせていただきますよ!」
「決まりだね。じゃあ私は証人になろう。もう一人はそちらで選びなさい。多分もう決めているんだろう?」
「そうだな……弟に頼めればと思っている」
「なるほど、弟君か。それはいいね。きっと仲の良いご兄弟なのだろうね」
「……まぁな」
アレクは照れ臭そうに笑い、シオリを抱き寄せて幸せそうな吐息を零した。
「……良かったね。きっといい式になるよ」
「ああ」
出された焼菓子や干し肉をつついていたルリィとヴィオリッドも嬉しそうで、どちらも祝福してくれているようだった。二人の胸元から飛び立った光も、踊るようにふわふわと舞い飛んだ。
アンネリエとデニスは気配には気付いていても見えてはいないようだったが、コニーとオスカルは光の軌道に合わせて視線が動いている。見え方に個人差があるのは、魔力量の問題なのかもしれない。
「そういえば、竜の英雄と聖女の婚姻となると、それなりの人数を呼ぶことになるのかな?」
「ああ……いや」
オスカルが呈した疑問に、アレクは首を横に振った。
「式には身内と親しい友人だけだ。披露宴は同僚も呼んで賑やかにやりたいとは思っているが」
「身内だけといっても、錚々たる顔ぶれになるのではないの?」
「それは……まぁ」
アンネリエの指摘には頷かざるを得なかったようで、アレクは苦笑いした。
「俺の方は弟と、もしかしたら細君も、あとは辺境伯ご夫妻にギルドマスターのザック、それからクレメンスとナディアだな」
「四大辺境伯家筆頭のご夫妻に竜殺しの英雄にしてS級冒険者のギルドマスター殿、竜討伐に参加したギルドの精鋭、それに若き大司教猊下か。なるほど、確かに錚々たる顔ぶれだ」
「そこでしれっとご自分を混ぜないでくださいよ」
当たり前のように大物の中に自分を加えたオスカルに、コニーは間髪入れず突っ込みを入れている。普段の二人の関係性が分かるようだ。上司と部下というよりはむしろ、仲の良い兄弟か歳の離れた友人同士のようにも思えた。事実、それに近い関係だということだった。
「私の方は――」
ロヴネル家の主従を見ると、二人は笑いながら快く頷いてくれた。
「アニーとデニス、それからできたらバルトも来てくれると嬉しいな。あとは楊梅商会のヤエさんともしかしたらショウノスケさんも。友人関係は、多分アレクとほとんど同じかな」
「名前が出た分だけでも相当なものですね……ご友人方もきっと冒険者ギルドで名が知れた方々なのでしょう。これは気を引き締めて臨まなければ」
コニーは気後れするよりはむしろ気合が入ったようで、ここにも彼の人柄が現れている。とにかく胆力があるのだ。
「その感じだと、私たちにとっても顔見知りばかりになりそうね。初対面なのは弟さんご夫妻くらいかしら」
「あ……」
アンネリエの言葉にふと気付いたシオリは、アレクを見た。彼も思い至ったようで、少し思案しているようだった。
ロヴネルの血筋とはいえ平民のデニスはどうか分からないが、貴族のアンネリエとバルトは「アレクの弟夫妻」と顔を合わせたことがあるはずだ。
考え込んでいたアレクは、シオリを見る。
どう思うと問われているような気がした。
コニーとオスカルに関してはまだアレクの判断に任せた方がいいだろうが、少なくともアンネリエとデニスは信頼できる。
そう耳元で囁くと、アレクは何度か小さく頷いた。
「……王家主催の夜会には参加しているだろう。それなら間違いなく弟夫婦とは顔見知りのはずだ。少なくとも、アンネリエ殿は一度は顔を合わせている」
シルヴェリアの旅の後、会話の中でそのことに言及していた覚えがある。確か、デビュタントの初舞台である舞踏会での出来事だった。
「あら」
さすがにアンネリエは描く手を止めた。
「ということは、ご実家は貴族かしら。そこまで言ったからには聞いても構わないのよね」
「そういうことなら、我々も聞いていいのかな?」
座り心地の良いソファに身体を預けていたオスカルも身を起こし、謹んで聞く姿勢を取った。
「まぁ……そうだな。ここにいる皆を信頼して打ち明ける。シルヴェリアの宿で話題に出たときには知らんふりを決め込んだから申し訳なくもあるが、その……なんだ」
幾分決まり悪そうにしながらアレクは切り出した。
「……実家は王家なんだ。弟というのは今上陛下で、俺はあいつの異母兄にあたる」
しばらくの沈黙の後、目を見開いて「え」「なんだって?」という表情を作った彼らに、アレクは照れ臭そうに苦笑いした。
「失踪した第三王子というのは俺のことなんだ。あの旅のとき、第三王子は王家の主導で逃がされたという話が出ただろう。あれは概ね事実だ。俺は父と弟の手で逃がされて、生まれ故郷のトリスに戻ってきた」
「ああ……そうね。言われてみれば、どうして気付かなかったのかしら。年頃も、髪色や瞳の色も王子殿下――いえ、王兄殿下と一致するわ。それによく見れば目元に陛下の面影があるわね。そうなの……よくご無事で……本当に何よりだったわ」
沈黙を一番最初に破ったのはアンネリエで、彼女は感慨深げに深々と息を吐いた。
豪胆なコニーも今度ばかりは驚愕のあまりに口を開けたまま立ち尽くすばかりだったが、オスカルはその立場に相応しく、驚きを抑え込んで冷静に受け止めたようだ。といってもやはり驚いたことには変わりないようで、結局飲みかけのティーカップを卓の上に置いてしまった。
最も分かりやすい反応を示したのはデニスで、血の気を失くしてしばらくの間絶句していた彼は、やがてアレクの前にふらふらと進み出ると恭しく膝をついた。
「王兄殿下及び妃殿下となられるお方に対する数々の無礼、弁明のしようもなく――」
これにぎょっとして飛び上がったアレクは、慌てたようにその肩に手を置いた。
「ああ、そういうのはいいんだ。俺だって何もかも承知の上で、平民として暮らしていたわけだからな。だからデニス殿、どうか気にしないでくれ」
「いや、あ、いえ、しかし……しかしですね」
初対面の頃のデニスの態度は確かに褒められたものではなく、それを自覚している彼が気にするのも無理はない。
それでもアレクは、頭を垂れて謝罪しようとする彼を押し留めた。
「確かに王族かもしれないが、今は平民として暮らしているし、デニス殿とも平民として会った。いずれは表舞台に復帰するつもりではあるが、それにしたって早い段階で臣籍降下するつもりなんだ。だからあまり仰々しくせず、今まで通りに接してくれると嬉しい」
そう言って差し出された手を、デニスはしばらく黙って見つめていた。しかしやがて「分かった」と呟くように言うと、その手を握り返して苦笑いした。
「……まったくシオリといい、あんた方には驚かされてばかりだ。次はどんな隠し玉を用意してくるのか、それなりの覚悟をしておかないとな」
「それは同意するわ」
「うぐ」
アンネリエも真顔でしみじみと頷いて、シオリとアレクは首を竦めるしかなかった。
しかしそれを見ていたオスカルは「気が置けない友人というのは良いものだね」と目を細めた。
「お互いの立ち位置が変わっても、そのまま変わらずにいてくれる存在は貴重だよ。大事になさい」
彼にも神学校時代からの親友がいるといい、学生時代から変わらず付き合いを続けてくれる彼とは、今でも茶飲み仲間なのだそうだ。
「君たちもよく知っている男だよ。イェンスっていうんだけどね」
「ああ、それで……!」
イェンス司祭の口振りからして知らない仲ではない様子だったが、そういうわけだったのか。
対極にあるようでどこか似通った空気を纏う二人。普段は気真面目で温厚なイェンス司祭が、オスカル相手に砕けた口調で冗談を言い合う様子が容易に目に浮かんだ。
「変わらぬ友か。そうだな……俺にとってはクレメンスや弟のオリヴィエがそうだ。それに、ナディアも……初めて会った頃から変わらず俺と接してくれる。掛け替えのない友だ」
そんなアレクの言葉を聞きながら、シオリもまた縁を繋いだ人々を想う。
この世界に降り立ってまだほんの数年。長い年数を重ねた友はまだいない。
けれども、今目の前で視線を交わして微笑み合っているアンネリエとデニスや、それを眺めて微笑んでいるコニー、兄や姉のような立ち位置で自分を見守ってくれたザックやクレメンス、ナディア、この一年で仲を深めた同僚のエレンやリヌス、ニルス、そしていつも傍らにいてくれたルリィたちのように、確かに友と呼べる人々がいる。
その繋いだ縁を永らえることができるのなら、それもまたきっと幸せの形の一つだと思うから。
「――オスカル様、コニーさん。今度、お祈りさせてください。私の大切な人たちのために、祈りを捧げたいんです」
自分を見守り、支えてくれた人たちのために。
自分に寄り添い、ともに歩んでくれた人たちのために。
自分を抱き締めて温めてくれた愛しい人のために。
そして、自分を慈しみ育ててくれた、遥かな世界の人々のために。
その出会えた奇跡に感謝し、彼らの幸福と安寧を祈るために、シオリは願う。
「勿論だとも」
「大歓迎ですよ」
オスカルもコニーも、優しい笑みを湛えて頷いてくれた。
「参拝者向けの祈祷書を差し上げますよ。短い祈祷句ですから、すぐに諳んじられると思います。朝でも夜でも、祈りたいと思ったそのときに、唱えてみてください」
神樹教団と聖女サンナの紋章が入った小さな祈祷書が手渡され、それを恭しく受け取ったシオリの手に、アレクの大きな手が重ねられた。
「俺にも祈らせてくれ。お前との縁に導いてくれた者たちのために、俺も祈りたいんだ」
その紡がれた縁の先に、幸福がありますようにと二人は祈る。
そんな二人を、友人たちは温かな眼差しで見守った。
数多の人々が紡いできた縁の先で奇跡的な出会いを果たした友人たちを、壁に飾られた聖女サンナの印――三日月に寄り添う小鳥が、静かに見下ろしている。
陽キャ竜「またそんな『俺が鎧の〇人で、こいつが超大型巨〇ってやつだ』みたいなノリで暴露して……」
ギリィ「というか幕間でこんな重大情報を暴露とか……」
まぁ案外そんなもんです乁( ˙ω˙ )厂
※ロヴネル家のデニスさん周りの設定がもしかしたら書籍版と混在してしまっている箇所があるかと思いますが、ご了承ください……_(:3」∠)_
★「家政魔導士の異世界生活」コミックス1~9巻(冒険者達の年の瀬編まで収録)発売中★
★「眠れる悲劇の魔女は騎士団長の一途な愛で目覚める」電子&POD版発売中★




