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01 道案内承ります?

二話同時更新ですが、前話は魔獣図鑑とちょっとしたネタのようなものですので、特に読まなくても問題はありません。図鑑とか設定資料を作るのは非常に楽しいです。自己満足です。

(――誰かに見られている)

 組合(ギルド)を出たあたりから、ずっと纏わりつくように感じる視線。悪意めいたものは感じられなかったが、それでも居心地の悪さは否めずにアレクは微かに眉を顰めた。

 どこからか向けられている視線に注意を払いつつも、人々が行き交う石畳の道をシオリと連れ立って歩く。今日の行き先は別々の場所だったが、途中までの道が同じだからと敢えて理由を付けて、こうして一緒に歩いている。毎日をほんの僅かな時間でもいいから共に過ごしたいと思うのは我儘だろうか。連れ立って歩ける時間は僅かに十数分という短いものであったが、誘った時もシオリは特に嫌がる様子も無く快く頷いてくれた。

 彼女と出逢い、強く惹かれるようになってからおよそ二ヶ月。ザック(兄貴分)に向かって彼女を貰い受けるなどと威勢の良い事を言ってみたはいいが、実際には少しずつ距離を詰めて行く日々だった。何か胸に抱えるものがあるらしい彼女を傷付けたくは無いという思いもあったが、自分が傷付きたくないだけなのかもしれないという思いも否定は出来なかった。

 優しさと気遣いに溢れた淑やかな女ではあるが、それでいながらどこか中立的で「女」としての部分を意識させない稀有な存在。

『オンナオンナしていなくて付き合いやすい』

『安心して一緒に仕事できる』

 そう評価していたのは誰だったか。

 少年時代の経験から女にあまりいい想い出は無く、異性に対してどうしても淡泊な態度になりがちだった自分が、こうまで惹かれた女だ。

 大事にしたい。

 ――大事に、されたい。

 冷たい風が容赦なく吹き付け、シオリがぶるりと身を震わせて外套の襟元を掻き寄せた。雪の気配が濃厚になって来たこの時期、外に出るのも億劫なほどに冷え込む日々が続いていたが、生憎と冒険者組合(ギルド)には絶える事無く依頼が舞い込んで来る。このまま彼女と居られれば寒さも忘れていられようが、そういう訳にもいかなかった。

 道の分岐、二人は足を止める。

「じゃあ、行ってらっしゃい。お気をつけて」

「ああ。そうだな、早く戻れたら一緒に食事でもどうだ?」

「いいですね。では、早く戻れたら」

 ささやかな約束を取り付けてシオリと別れる間際、ふと巡らした視線の先――行き交う人々の中に紛れて立ち去ろうとしている見覚えのある金髪の後ろ姿を見たような気がして、アレクは動きを止めた。

(――いや、まさかな)

 こんな所に居るはずの無い人間だった。

「どうかしました?」

 不思議そうに訊かれて我に返る。もう一度雑踏に目を向けるが、先程の人影は無い。気のせいだったか、他人の空似か。

「いや……なんでもない。じゃあ、後でな」

「? はい。行ってらっしゃい」

 シオリに手を振り、今度こそ踵を返して西門へと向かった。

 ――先程からずっと感じていた視線は、いつの間にか消え失せていた。







 アレクに別れを告げてから、シオリは空を見上げた。夏には鮮やかなセルリアンブルーだった空は、今は天高く流れる薄い雲間から鈍色を覗かせている。雪を予感させる空だ。

 あと数日で月が変わる。本格的な冬が間近に迫っている。冬期間の仕事の為に装備を幾つか買い足しておきたかった。春先に昇級して依頼の難易度が上がった為に、昨年の装備だけでは心許無くなったからだ。

 どうしても重くなりがちな冬装備だけれど、冒険者向きに特化した専門店の装備類なら軽くて丈夫な物の取り扱いが多い。

(専門店だけに値段が張るのが難点だけれど、死ぬよりはマシだものね)

 思い切って衣類もそこで揃えてしまおう、そう思いながら冒険者用品の専門店のある通りへ足を向けた時、二人連れの男に声を掛けられた。

「――魔導士殿とお見受けするが、もし差し支えなければ道案内をお願いしても構わないだろうか。迷ってしまってね」

 自分とそれほど変わらない年頃に見える金髪の男は途方に暮れたように言い、もう一人の亜麻色の髪の男も困ったように眉尻を下げている。どちらも旅装姿で帯剣しているあたり、旅の剣士だろうか。そう思ったが、よく見れば二人連れの仕立ての良い衣装や装備はそれほど草臥れた様子も無く小綺麗で、どちらかと言えばお忍びの貴族といった風情だった。ただ、亜麻色の髪の男に限って言えば、その剣だけはよく使い込んだ凄味のようなものを感じさせた。

「私で分かる場所であれば、ご案内いたしますよ」

 そう言うと、二人は不安げな表情を緩めて微笑んだ。男性ながらも華のある綺麗な笑顔だ。

(なんだか凄く綺麗な人達だなぁ)

 自分と違って彫りが深く目鼻立ちのくっきりしたこの国の人々は、正直に言ってしまえば皆綺麗な顔に見えてしまう。けれどもこの二人は品の良さとでも言うのだろうか、些細な仕草がどれを取っても洗練されていて美しく、その事が更に彼らの麗容を際立たせていた。

「どちらまで行かれますか?」

「第一街区のリンデゴートホテルまで」

(超高級ホテル!!)

 富裕層や、貴族の中でもとりわけ上流と呼ばれる家柄の者達が好んで使うホテルの名だ。王族がトリスを訪れた際に利用する事もあるという、一晩の宿泊費で金貨が何十枚も飛ぶような老舗高級ホテル。男の口から飛び出た名前に内心肝を潰した。高位貴族だったか。何か失礼でもあっては大変だとつい身構えてしまう。

「馬車を手配いたしましょうか? 徒歩だとニ十分は掛かりますので」

 一応提案してみたが、二人は徒歩でも構わないということだった。

「せっかくだから市内も少し見てみたいしね」

 観光がてら散策しているうちに、道に迷ってしまったのだと二人は苦笑した。よくある事だ。市内で行先を見失って遭難している旅行者に道案内を求められるのは珍しい事ではなかった。

 二人を先導してやや斜め前を歩き出す。足元でぽよんぽよんとルリィが跳ね、その様子が可笑しかったのか彼らは相好を緩めて眺めている。

「スライムの使い魔とは珍しい」

「よく言われます。使い魔というよりは友人みたいなものですが」

「友人か」

 シオリの言葉に金髪の男が紫紺色の瞳を愉快そうに細めて笑った。その笑い方が何故か一瞬アレクを連想させる。同じ色の瞳がそう思わせたのかもしれない。

「使い魔というと強くて賢い種類と契約する印象があるが、やはり彼――でいいのか? も、強いのかな」

「強い……かどうかはわかりませんが、とても頼りになりますよ。私の命の恩人なんです」

 言うと、ルリィは得意気に胸を張るように膨れて見せる。二人は驚いたようだった。少し興味を引かれた様子でこちらの言葉の続きを待つ素振りを見せた。話が重くならないようにどう話を続けるべきか思案して、慎重に言葉を選ぶ。

「……以前受けた依頼で独りで動けなくなったことがありまして。その時に街まで連れて来てくれたんです。多分食事を分けた事を恩に感じてのことだと思いますが、その時からずっと一緒に居てくれます。本当は契約もしていないんですよ。だから、友人なんです」

「それはまた――珍しい事もあるものだね。種族を超えた友情か」

 金髪の男は感心しきりといった風情でルリィを見下ろした。

「触ってみてもいいかい?」

 訊かれてルリィを見ると、構わないとでも言うようにぷるんと震えた。金髪の男は手袋を外すと、恐れる様子も無くルリィの身体を撫で始める。次いで、亜麻色の髪の男も恐る恐る手を伸ばして、そっと瑠璃色の身体を突いた。

「冷たいのかと思ったが、思ったよりも温かいんだな。表面も意外にさらりとしている」

「そうですね。何かもっちりとしていて癖になりそうな触り心地です」

 大の男二人が楽しげにスライムを撫で回す様子が妙に可愛らしく、思わず笑ってしまった。やがて二人は満足したのか、立ち上がった。

「申し訳ない。中々無い機会だから、君の友人につい夢中になってしまった」

「いいえ、楽しんで頂けたのなら何よりです」

 ルリィも満更でも無さそうだ。機嫌良くぽよぽよと歩いている。

「――友人、か」

 歩きながら、ぽつりと金髪の男が言葉を漏らした。その声色に親愛の情とともにどこか切なさのようなものを感じて見上げると、「ああ、失礼」と眉尻を下げて困ったような笑みを返される。

「僕には腹違いの兄が居てね。まるで幼馴染の友人みたいにして育ったんだ。初めて会った時はまだ幼かったから、父が余所の女に産ませた子供というよりは、新しい遊び相手が出来たような気持ちになって嬉しかった。同い年だったからね、余計にそうだった。兄も多分同じ気持ちで居てくれたと思う。一緒に探検に出たり、悪さして叱られたり、散々遊び倒したな。兄弟というよりは親友のような悪友のような、そんな兄だ」

 紫紺の瞳が過ぎ去った少年時代を懐かしむように細められる。

「――今は離れて暮らしてるその兄が倒れたと聞いてね。慌ててこうして飛んで来たというわけさ」

「……お兄さんが? それは……心配ですね」

「幸い大したことは無かったようだよ。親身になって看病してくれた人が居たようでね、もうすっかり元気そうだった」

「そうでしたか。大事無くて何よりでした」

 つい先日も熱を出して寝込んだ誰かの顔が浮かんだ。季節の変わり目、体調でも崩したのだろうか。そう思ったところで、ふと視線を感じたような気がして僅かに緊張する。先程アレクと歩いていた時にも感じていた視線。気のせいだろうか。否。

(……見られてる?)

 職業柄か、何かと目立つ身の上故か、他人からの視線にすっかり敏感になってしまった。この感覚は恐らく間違いない。見られている。対象は自分か、それともこの二人組か。絵に描いたような美男子の二人連れだから人目を引くのは確かなのだが。

(……疲れるけど、念の為探索かけておこう)

 いかにも高位貴族らしい佇まいの二人だから、もしかしたら距離を取って護衛が付いているのかもしれない。だが、もし万一害意があるのだとしたら厄介だ。

 歩きながら、密かに探索魔法を展開する。人の多い場所では条件は厳しいけれど、使い方を工夫すれば探知出来ないこともない。

 話し上手なのか、こちらが気まずくならないよう当たり障りのない会話で間を持たせる金髪の男や、時折言葉を挟んで来る亜麻色の髪の男に返事をしつつ、探索の網を広げる。相手は普通の人間、それが尾行してきているのだと思えば、それほど広範囲に広げなくても済むだろう。せいぜい目視で確認出来る距離に居るはずだった。

(五十メテルくらいで足りるかな)

 案の定、五十メテルも行かない範囲に気になる気配が幾つか。探索の網にはそれこそ範囲内に居る全ての生物の気配が掛かるが、その動きを注意して見れば案外見分けるのは容易い。他の気配が縦横無尽に不規則に動いている中、一定の距離を保って同じ方向に移動している気配が五つ感じられた。試しに通り沿いの観光名所にもなっている古い建造物の説明をする為に敢えて立ち止まって見ると、そのうち二つの気配はそのまま移動を続けたが、残り三つの気配は動きを止めた。歩き出すと再び向こうも移動を再開する。二度ほど同じように立ち止まってみたが、結果は同じだった。

 間違いない。尾行者が居る。三人。

(何事も無ければ良いけれど)

 その思いが通じたのかどうかは分からないが、目的地には特に問題も無く辿り着いた。歴史を感じさせる壮麗な建築のリンデゴートホテル。やはり、出入りする者もエントランスの両脇に立つドアマンも、皆洗練された身形の上品な佇まいだ。冒険者姿の自分が浮いているような気がして、シオリは居心地悪く身を竦めた。

 無事目的地に辿り着いた二人の男がこちらに向き直る。別れの挨拶でもするのだろう、そう思った時、一歩前に踏み出た金髪の男が、ぐ、とこちらに顔を近付けた。思わず仰け反りそうになる身体を抱き寄せられる。亜麻色の髪の男は慌てたようだった。駆け寄ろうとした彼を片手で押し止めて、金髪の男が囁くように言う。

「――君、さっき魔法を使っていたね。あれは何?」

 この男も魔法の心得があったのだろうか。気付かれていた。もがいて抜け出ようとするが、男の力には敵わない。抱え込まれたまま動けなくなった。ルリィは様子を窺うようにぷるぷると震えているのみだから害は無いのだろうが、そうは言っても居心地が悪い。

「尾行されているようでしたので、探索魔法を使いました」

 高位貴族らしい彼に逆らえるはずもなく、内心の動揺を抑えながら正直に答える。妙な形で目を付けられてしまったか。

「探索魔法? あれは狭い範囲にしか使えないものだろう?」

「独自に改良しました。探索範囲を広げて生命反応――魔力を感知します。普段は魔獣や野盗等の索敵の為に使いますが」

 男は目を細めた。先程までのような親しみのあるものではなく、今度は探るような鋭い目付きだ。

「……尾行は何人かわかる?」

「五十メテル以内に三人。これ以上は範囲を広げないと分かりません」

「――凄いね」

 男は嘆息した。鋭い視線が緩み、元の穏やかな瞳に戻る。

「その三人は僕の護衛だ。側に居られると落ち着かないし目立つからね。この男以外は離れて着いてきてもらってるんだよ」

「……そうでしたか」

 シオリは思わず深い溜息を吐いた。どっと疲れが出た気がする。

「君は上級魔導士かい? 見事なものだ」

「残念ながら低級魔導士です。魔力が低過ぎて、自分なりに改良しないと使い物にならないものですから」

 男の手が緩んだ。彼の纏う空気が気遣うようなそれになる。

「……じゃあ、少し顔色が悪い気がするのはその所為かな。魔力切れかい」

「どうでしょう」

 シオリは苦笑いした。

「突然こんなことをされては、誰だって青くなります」

 どうも異国の男性というものは、距離感が近過ぎたり突飛な行動が多くて困る事が多い。

 男は気まずい表情を作ると、ゆるゆると腕を離した。そっとその腕の中から抜け出る。

「申し訳ない。道案内をお願いしたのはこちらなのに、悪い事をした」

「いいえ。こちらこそ、一声掛けてから使うべきでした。すみません」

 どうにもまだ貴族の相手に慣れていないようだ。些細だと思った事で相手を警戒させてしまった。今後は貴族相手の仕事も今まで以上に増えるかもしれないというのに、些か気後れしてしまう。

 黙り込んでしまったのを、恐縮していると受け取ったらしい。金髪の男はそれを気遣ったのか、安心させるような人好きのする笑みを浮かべて見せた。

「こちらこそすまなかった。案内助かったよ。短い間だったが楽しかった。ありがとう」

 手が差し出される。握手だろうか。握り返して良いものか否か躊躇っていると、差し出されたその手に、右手を取られた。指先に口付けを落とされる。

(――うわあああああああ!!!!)

 温かく柔らかい感触が指先に残る。危うく悲鳴を上げそうになったが、どうにかこらえた。以前他の誰かにされた時も思ったけれど、やはり慣れるものではない。女性に対する挨拶としてはそれほど珍しいものではないと理解はしているが、気恥ずかしさが先に立つ。

「――機会があれば、いずれまた」

 シオリの内心の動揺に気付いたのかどうかは分からなかったが、金髪の男は面白がるような笑みを浮かべると、踵を返して歩き出した。亜麻色の髪の男もまた優雅に会釈をして彼の後を追う。エントランスの手前、二人が立ち止まり、こちらを振り返った。もう行って良いとでもいうように緩やかに手を振って見せる二人に深々と会釈をすると、シオリは逃げるようにその場を後にした。




「……揶揄い過ぎです。殿下の看病をして下さった方なのでしょう。可哀想に、青くなっていましたよ」

 亜麻色の髪の男が苦言を呈すると、金髪の男はくつくつと笑った。

「いや、つい。珍しいタイプの女性だから、どんな反応をするかと興味が湧いてね。さすがに青くなるとは思わなかったが」

 遠ざかっていく黒髪の後ろ姿を眺めながら、紫紺の瞳が細まる。兄の容態が気掛かりで此処まで来てしまったが、あわよくばまみえることもあるだろうと思っていた女に思いのほか間近に接する事が出来た。

「――なるほど、あれがアレクの心を射止めた『天女』か。面白いね」






誰か来た。


ルリィの手触りは「人を駄目にするクッション」みたいな感じです。もっちりお肌に仕上がる、水魔法に浸かる美容法は有効なのかもしれない。

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そこの金髪の紳士!俺の心の母ちゃんを揶揄うのはやめてください!やめてください!やめてください!とても重要な事なので3回言いました。
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