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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第10章 追い縋る者、進みゆく者

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07 青年たちの事情

今回2話分(07、08)投稿しております_(:3」∠)_

 想定外のことに慌てたのか、二人と一匹を玄関脇の一室に押し込むと、リーダー格らしい青年は「しばしお待ちを」と言って屋敷の奥に姿を消した。

 残りの二人はシオリとアレクに剣を向けて監視するように立っていたが、その表情はひどく不安げだ。それなりに戦いの経験はあるようだったが、正規の訓練を受けたわけではない彼らの腕前では、現役のS級とA級冒険者を相手取るには無理があるということを肌で感じているようだった。

 心なしかアレクから距離を取り、御しやすそうに見えるシオリの方に寄っている。

「一応言っておくがな」

 アレクがぼそりと言葉を発すると、二人の青年は分かりやすく肩を跳ね上げた。

「俺に太刀打ちできんからと言ってシオリに手を出すと地獄を見るぞ。こいつはお前らなんぞよりは遥かに強い。なにせ大蜘蛛の群れを単独で討伐、脳啜り二体を秒で行動不能(・・・・・・)に陥らせた女だからな」

 この言葉に真っ青になった二人は、引き攣ったような悲鳴を上げて後退った。

 間違いではないが、情報の切り取りでなにやら化け物じみた女のように仕立て上げられ、しかも悪乗りしたらしい竜の光が威圧するように雰囲気たっぷりに瞬いて、シオリは苦笑いするしかなかった。

 しかしわざわざ真実を教えてやる義理はない。

 こうしている間にも探索魔法で内部を探っていたシオリは、にこりと微笑んだ。

「――一階向かいの部屋に二人、奥に三人。今入っていった一人は奥に向かってる。二階は無人。あと……地下の結構深いところに一人いるけど、こっちは随分弱ってるみたい。注意すればいいのは一階の六人と目の前の二人かな」

「分かった。……どうだ、我が妃(・・・)は実に有能だとは思わないか?」

 知るはずのないことを言い当てたシオリに青年たちはいよいよ本格的に震え上がり、恐怖の目でシオリを凝視した。そのうえ王家の連なる者だと暗に言われては、ひとたまりもなかったようだ。

 彼らに戦意はもはや欠片もなかった。

「あ、あの……やっぱり俺たちは罪に問われますか」

 二人のうちの片方がようやく絞り出した言葉がそれで、眉を跳ね上げたアレクは「無罪放免にはならんだろう、どう考えても」と言った。

「こういったことはこれが初めてではないだろう。馬車の仕掛けは使った形跡があったし、お前たちも手慣れていた。これまでも何度か拉致に関与したことがあるんじゃないか」

「仕方なかったんです……! マダムには恩義があって、孤児院の皆が無事じゃすまないと思ったら、逆らうなんてとても……!」

「ほう、マダムか。さる高貴なお方ではないんだな。王族の詐称は重罪だぞ」

「すみません、すみません……!」

「脅されでもしたか」

「直接言われたことはありません。でも、そう取れるようなことは何度も。伯爵家や王家の後ろ盾があるんだって言われたら、従うしかなくて」

 まだ未成年の頃、髪色と瞳の色が気に入ったという理由で「マダム」に声を掛けられたという青年は、当時世話になっていた孤児院への金銭的援助を見返りにして、彼女の側仕えになったという。

 彼らの歳は今年ようやく二十を超えたところで、十代前半の頃から悪事に加担させられていたと知ったシオリは、彼らが気の毒になった。兄弟のように育った仲間と親代わりの院長を人質に取られては、後ろ盾もない孤児の身で貴族に逆らうことなど到底できなかっただろう。

 似たような理由で彼女の屋敷に集められた者はほかにも何人もいて、親切だと思っていたマダムの本性を知った彼らは、金を返すかさもなくば大切な誰かの命で支払えと脅されて従うよりほかなかったそうだ。

「マダムには定期的に金を送ってくれるパトロンがいました。さる伯爵家の縁者とかで、そんな偉い人が後ろについてるなんて言われたら、従わざるを得ませんでした。それに、貴族みたいな暮らしができるから今のままでもいいって奴もいて、使用人同士で互いに監視状態なんです。だから下手に逃げることもできません」

「最初の何年かは本当にいいご主人様でした。でもそのうちに屋敷の風紀が乱れるという理由で女の使用人を全て解雇してしまい、その後は脅迫まがいのやり方で茶髪に紫色の目の少年ばかり連れてくるようになって……つい先月には、とうとう道端で見かけただけの子供を誘拐してきてしまったんです」

「特定の色を持つ男に執着している理由は聞いているか」

「若い頃行方不明になった想い人が忘れられず、似た男をそばに置いて、せめて想像の世界だけでも一緒に暮らしているような気持ちでいたいとか、そう仰ってました。最近になってそのお相手の方を偶然見つけて、それでマダムは保護してご家族のもとに送り届けなければと随分興奮なさっておいでで……でも、そのお相手の方がまさか王族だとは思わなくて」

「王家の問題に俺たちみたいな庶民が首を突っ込んでいいことなんか絶対ないって、それでも反対したんです。でも聞いてもらえなかった」

「家族はこのことを知りません。悪いのは俺だけで、家族は無関係です。だからお願いです、どうか家族だけは助けてください……!」

 彼らは自分のことなど二の次で、家族や仲間の身の安全ばかりを気に掛けていた。自分が死ぬこと以上に、大切な誰かを失うことの方が遥かに怖い。

 彼らの必死な想いがひしひしと伝わってくる。

「落ち着け」

 必死に縋る青年たちを一喝したアレクは、幾分声を和らげて宥めるように言った。

「事情はどうあれ、犯罪行為に手を出してしまった以上、無罪というわけにはいかん。だがお前たちの言うことが真実であれば、情状酌量の余地はある。だからもうこれ以上罪を重ねるな」

 真っ直ぐ見据える紫紺色の強い光に次第に落ち着きを取り戻した彼らは、ゆっくりと頷いた。

「よし。では、今は素知らぬ顔をしていろ。もしマダムとやらが仕掛けてくるようなら、お仲間を取り押さえるんだ。できるか?」

「や、やってみます」

「さっきの男はこっちに取り込めそうか?」

「それは……分かりません。俺たちがマダムの愚痴を言うのを黙って見逃してくれますが、俺たちの中では最古参でマダムの信頼も厚い人です。だから腹の底では何を考えているのかさっぱり……」

 この一件に黒幕がいるのかどうかは分からず、この別荘に関してもヴェアトリスが少女時代に何度か訪れたことがある場所だということ、そしてやはり何らかの仕掛けがあるらしいことが分かった程度だ。

 ただ従わされているだけの彼らから、これ以上引き出せる情報はなかった。

 足早に戻ってくる足音を聞いたアレクは「仕方ないな」と溜息を吐いた。

「いいか、決して逃げようなどとは思うなよ。余計罪が重くなるからな」

「は、はい」

 奥で女主人の指示を受けてきたのか、やがて戻ってきた青年はいくらか落ち着きを取り戻していた。

 しかし、その顔色は優れない。漠然とした不安を拭い切れないようだった。

「お待たせしました。お迎えする準備が整っておらず……謁見前に、まずは正装にお召し替えいただければ――」

「なに、このままで構わんよ。オリヴィエはそんな細かいことは気にしない質だ。だいたいこんなところで正装もなにもないだろう」

 お召し替えと称して別室に案内し、なんとかシオリとアレクを引き離そうとしたのだろうが、言い終える前にばっさりと切り捨てられた青年は絶句してしまった。

「残念だったな」

 アレクは何がとも言わなかったが、どう足掻こうとも計画通りにはいかないことを覚った青年は、観念したように目を閉じた。その表情は全てを諦めた者のそれで、次に目を開けたときには従順にアレクに従う姿勢を見せた。

「……ご案内します。どうぞこちらへ」

 あの部屋も奥の部屋に続く廊下も思っていたよりも綺麗だったが、裾に埃が付かないよう軽く拭き取った程度だった。もともと長期滞在の予定はなく、目的を果たしたらすぐにも立ち去るつもりだったのだろう。

 馬車の催眠ガスの仕掛けといい、この別荘の状況といい、邪魔者を人知れず始末したら目当ての人物を連れて逃げるつもりだったに違いなかった。

 邪魔者はトーレと自分。

 そして目当ての人物はアレクだろう。

「……()にいるのはトーレですか」

 そう訊ねると青年はびくりと肩を跳ね上げて足を止め、続いて最後尾を歩く仲間に視線を向けた。彼らは勢いよく首を振って否定した。

「気配くらいは読めますよ。人数も、どこにいるかも全部。それで、どうなんです?」

「……ええ、彼ですよ。……心配ですか?」

「一応は」

「……お優しいことですね。さすがは聖女様だ」

 皮肉。

 あの男は貴女にあんなことをしたのに、という心の声が聞こえてくるようだった。

「普通のことでは? どんなに嫌いな相手であれ、命が脅かされているところを見れば、大抵の人は気に掛けますよ」

 ざまを見ろと思いはしても、死に瀕した者を見捨てていけるかといえば、よほどのことがない限りそうはならない。それが人間というものだろうとシオリは思う。

 青年は僅かに目を見開き、それから放心したように肩の力を抜いた。しばし考えこみ、そして何か言い掛けては口を噤むを繰り返していた彼は、やがて意を決したように言った。

「これからお連れする奥の書斎には、落とし穴の仕掛けがあります。お嬢様が邪魔と判断したら、きっと仕掛けを作動させるでしょう。ですから部屋の中央付近にはなるべくお近付きになりませんよう。お嬢様がマントルピースに触れる素振りを見せたら、そこから距離を取ってください。お嬢様とともにいる二人はあの方に忠実です。どうかお気をつけて」

 そこまで一息に言った彼は、不意に顔を歪める。

「どうか……どうか、彼女をお救いください。旦那様は恋人を人質にしてお嬢様の面倒を押し付けるばかりで……もうこれ以上あんな得体の知れない女の言いなりにはなりたくない……!」

 脅迫。

 黒幕を思わせる、旦那様という男の存在。

 それらを匂わせる青年の言葉に、二人は眉根を寄せた。

「分かった。任せておけ。お前は後ろの二人とともに、女に従うふりをしていろ」

 ――王族目当ての誘拐劇は政治的なものか否か。

 アレクはヴェアトリスの正体とその目的、そして黒幕の名を確かめるつもりのようだった。

「……アレク。配置完了したみたい」

 探索魔法の先、この別荘を取り巻くようにいくつもの気配がある。そのうちの一つはよく馴染んだ気配――ヴィオリッドのものだ。

 彼らはいつでも突入できるように待ち構えている。

 アレクは頷いた。

「了解だ。では行くぞ」

 必死の思いで何事もなかったかのように取り繕った青年は、一度深呼吸すると先に立って歩き出した。

 最奥の扉の前に立ち、彼は少し待つようにと目配せで合図した。それから扉を二つ叩いて中に滑り込む。

 中での会話はよく聞き取れなかったが、なにか言い争うような声が聞こえた。

 叱責する女の声と、宥めるような男の声。それに被さるようにして別の男の声が響く。しかしそれもやがて収まり、中からさきほどの青年が幾分疲れたような顔を覗かせた。

「お待たせしました。どうぞお入りください」

 ゆっくりと開かれた扉の先にいたのは、洒落たお仕着せの青年を侍らせた、あの鈍い金髪の女――ヴェアトリス・セイデリアと称する女だ。

 彼女はアレクの姿を認めると、「ああ……」と微かな嘆息を漏らし、そして頬を染めて少女のように微笑んだ。

「お久しぶりにございます、アレクセイ殿下……お会いしとうございました」

 うっとりと微笑む女。

 それに対してアレクはまるで無反応だった。しばらく女を観察するようにじっくり眺めた後、彼はおもむろに言った。

「……駄目だ。近くで見れば思い出すかと思ったが、さっぱり分からん。お前はいったいどこの誰だ?」

 この言葉を聞いた女はぎしりと固まった。

 ――曰く言い難い沈黙が下りた。



【朗報】商業デビュー直前に生まれた娘、無事卒園【来月から小学生】


【凶報】 は る や す み 【進捗亀】

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― 新着の感想 ―
卒園と入学おめでとうございます。 入学後も提出書類などありますが、締め切り順に淡々とこなし、家庭訪問もあるかな?4月いっばいまではなかなか落ち着かないでしょうが、区切りはあるしちゃんと終わりますので頑…
卒園、おめでとうございます! 小4くらいになるとだいぶ落ち着きますよ〜。 もうちょっとですw 季節の変わり目、ご自愛ください。
卒園おめでとうです 子供はすぐ大きくなるので楽しんで子育てできるようお祈りします 体が資本ですんでお気をつけて~
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