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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第10章 追い縋る者、進みゆく者

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01 気味の悪い女

 シェアハウス開設から三日が過ぎ、同居人たちがここでの生活に慣れ始めたその日は、朝からしとしとと雨が降っていた。

 分厚く垂れこめた灰色の空からは絶え間なく雨粒が降り注ぎ、通りにいくつもの水溜まりを作っている。

 普段は賑わっている通りにも人通りは少なく、通り過ぎる馬車が泥水を跳ね上げる音と、足早に道を急ぐ人の足音が時折聞こえていた。

 同居人たちも日の指定がある依頼を受けてしまった者以外は在宅を決め込んだようで、談話室や図書室などで過ごしている姿が見受けられた。

 談話室の片隅ではカイが「万一のときの護身術」なる臨時の体術講座を開いていて、普段魔法に頼りがちな同僚相手に実演して見せていた。

 炊事室ではリヌスが新人ヴァル・エクホルム――ヴィヴィの幼馴染みで恋人だ――を助手にして、保冷庫で熟成していた魔獣の解体作業に勤しんでいた。山育ちの狩人だったヴァルはまだ十代ながらもかなりの腕前で、危なげなく綺麗に肉を切り分けている。それでもリヌスにはまだ敵わないようで、時折真剣な眼差しで彼の手元を眺めていた。

 診療所兼医務室ではエレンがクレメンスの腕の具合を診ていて、傍らにはナディアが甲斐甲斐しく付き添っていた。クレメンスは先日無事退院して、今はエレンのもとに通院しているようだ。三人はシオリとアレクに気付くと、微笑みながら手を振ってくれた。

 次に図書室を覗き込むと、ヴィヴィとイクセル、そのほか数名がそれぞれに魔法書を抱え込んで、せっせとノート作りに勤しんでいた。目ぼしい魔法を書き写して、後で試してみるつもりのようだ。いずれは自分も独自の魔法を構築してみたいと意気込む彼らの表情は真剣そのもので、シオリとアレクは邪魔しないようにそっとその場を後にした。

 ちなみに、ようやく刷り上がったシオリの家政魔法書はなかなかの人気ぶりで、図書室に置いたら貸し出しどころか購入希望者が続出して、嬉しい悲鳴を上げることになった。

 使い魔たちはというと、庭先で「雨乞いの儀式ごっこ」をしていた。どうやら絵本で見て覚えたらしく、水神役のヴィオリッドが「我を称えよ」と言わんばかりにふんぞり返り、ルリィとシグルド、リラーヴェンたちが平伏していて思わず噴き出してしまった。アレクなどは腹を抱えて大笑いし、しばらく息をするのも大変そうだった。

「ははは……いや、楽しそうで何よりだ」

「なんでも楽しんじゃうのは魔獣の特権だねぇ」

「人間だとなかなかこうはいかんからな……こんな天気なのに、ヨエルは今日も仕事だっていうじゃないか。大変だな」

 いの一番に家政魔法書を買いたいと言ってくれた彼は、今日は生憎と外せない仕事が入っていて、朝早くから仲間たちと出掛けて留守だった。

 ストリィディアでは夏とはいえ雨の日はひどく冷える。リラーヴェンにすっかり気に入られたヨエルは彼らに随分と心配されていて、「大丈夫だよ、俺も素人じゃないからさぁ。近場だから夜には帰るよ」と苦笑いしながら、けれども満更でもなさそうな顔で出掛けていった。

「熱々のシチューでも作っておこうかな」

「そうしてやるといい。伯爵芋とサーモンのシチューが好きだと言っていたぞ」

「え、そうなんだ」

「それにベッティルのチーズパンをどっぷり浸して食うのがジャスティスとかなんとか」

「あ、分かる。私は雑穀パンを浸すのが好きかな」

「残りでリゾットにするのもいいんだが、そこに行きつくまでに(から)になるのが難点だな……」

「それはまぁ……皆食べっぷりがいいから、作れば作っただけ食べちゃうしね……」

 その日もこれといった問題はなく、雑談しながら毎日の習慣となりつつあるシェアハウスの見回りを終えて自室に戻ろうとした二人を、「あ、ちょうどいいところに」と初老の管理人が呼び止めた。

 シェアハウスの管理人にして、その正体は辺境伯家の特務隊員であるエギル・スヴェノニウスは、「ちょっと確認してもらいたいことがあって」と言いながら三階の空き部屋に二人を連れていくと、人好きのする柔和な笑みから一転険しい表情をして用件を切り出した。

「……見張られている?」

 その簡潔だが不穏な予感を孕む報告に、シオリとアレクは眉根を寄せた。

「ええ。七日前からお二人の様子を窺っている女がいます。歳の頃は三十代半ばほど。身形は上流階級のものです。英雄と聖女目当てとも違うようでして」

 辺境伯クリストフェル・オスブリングの指示で、二人には護衛役としての「影」が付けられている。その「影」の報告によると、七日前から特定の時間帯に二人の様子を窺う人物がいるということだった。

「七日前……というと、まだアパルトメントにいたときからだね」

「ええ。しかしプロのものではない。お二人を尾行しようとして何度か失敗していましたから。せいぜいが組合(ギルド)や家の前で待ち伏せしてお二人の様子を眺める程度です。今日は雨なので来るかどうかは分かりませんが……ああ、いや、来ました。あそこです」

 通りからは見えないよう巧妙に身を隠しながら、三人は通りを見下ろした。

 第二街区と宗教地区を繋ぐ橋の方向から、傘を差した女がゆったりと歩いてくるのが見えた。その背後の馬車は停車したまま動かない。どうやら女を乗せてきて、そのまま待つつもりらしい。シェアハウスから離れた場所に停車しているのは、怪しまれないためだろうか。

 シェアハウスの前で足を止めた女は雨で増水したトリス川を眺めていたが、やがてこちら側に振り返った。

 手元の紙切れに何度も視線を落としながら辺りを見回し、それから何かを確かめるようにシェアハウスに視線を止めた。距離があって瞳の色までは分からなかったが、顔立ちは整っていて、帽子の下から見える前髪は古びた真鍮のように渋くくすんだ金髪だった。

「毎回衣装や帽子、髪型、化粧を変えて別人物を装っているつもりのようですが、髪色や顔はそのまま。今日はメモに書かれた家を探す、旅のご婦人といったところでしょうかね」

「そこも毎回違うんですか?」

 そう訊くとエギルはなんとも言えない微妙な表情で小さく苦笑いした。

「そうですね。昨日は散策中に欄干にもたれかかって休憩するマダム、一昨日はトリス川をスケッチする旅行中のご婦人でした。まぁ、一昨日はお二人とも彼女が来る前にお出掛けでしたから、いつもより長い時間頑張っていたわりには何の成果も得られなかったようですがね」

 エギルは素人だと言ったが、普通なら服装や化粧を変えていれば見過ごしてしまいそうだとシオリは思った。けれども、門番や歩哨、医師など、たくさんの人間と接し観察することに慣れている者なら、案外気付くだろうと彼は言った。

「冒険者だって魔獣や野生動物、野外環境のちょっとした違いや異変にはすぐに気付くでしょう。それと同じことですよ」

「なるほど……そう言われればそうですね」

「ええ。しかしあのご婦人も詰めが甘い。ここまでするならもっと思い切った変装をするべきでした。変装するのはどれもこれも良家のご婦人ばかりで、衣装も一級品です。それで誤魔化せると思っているあたり、素人というよりはむしろ上流階級の生活しか知らない世間知らずなのかもしれませんね――それでどうです、顔に見覚えは」

 エギルに問われてアレクはしばらく女を観察していたが、「分からん。覚えがない」と呟いた。

 シオリも注意しながら慎重に女を見下ろす。雨降りで三階からとはいえ意外と至近距離で、シェアハウスを見上げている女の顔ははっきりと見えた。

 しかし角度的に女からはこちらが見えないようで、見られていることに気付いていない彼女は、シェアハウス――正確にはシェアハウス横の使用人棟を観察しているようだった。

 なるほど、確かに彼女の狙いはアレクかシオリのどちらか、あるいはそのどちらもなのだろう。

 上手かどうかはともかくとして、変装して自ら行動するだけの気概と財力はあるが、専門職を雇って相手を調べさせるほどの度胸はないか、できない事情がある、といったところか。

「うーん……私も見覚えがないなぁ。もしかしたらどこかで一回くらいは顔を合わせたことがあるのかもしれないけど……」

 身形は良く、些細な仕草にも品がある。中流階級以上の身分であることは間違いないだろうが、あとは「綺麗な人だな」ということくらいしかシオリには分からなかった。というより、シオリにとっては彫りの深い顔立ちのストリィディア人はおしなべて美形に見えるので、やはりこの感想はあまり役には立たない。

「身元の調べはついているのか?」

「一応は。ヴェアトリス・セイデリアという名で、七月一日からリンデゴートホテルに宿泊しております。お二人のそばに姿を見せるようになったのは三日からですね。ホテルのフロント係が、女との雑談で王都から観光目的で来領したと聞いていますが、調査の結果、王都にはセイデリア姓で該当する名の女性はおりませんでした。しかし、七月一日に西門から個人所有の馬車で入市した記録があります。西部地域在住の可能性を考えて、現在はそちら方面を調査中です」

 王都からであれば南門からの入市が一般的だ。王都から西部地域を経由したのであればこの限りではないが、乗っていた馬車の製造会社が西の辺境伯領ヴェステルヴァルのものだったことから、西部在住者ではないかと判断したらしい。

「本人はさる伯爵家の縁者を自称していたそうで、二十代半ばほどの従者を三人帯同させておりますが、連日のお忍び(・・・)には同行させておりません。図書館や新聞社で過去の事件を調べさせているようでした。うち一人は四日前――シェアハウスオープン前日ですね――に、西門から馬で出ていく姿が確認されています。行先と目的は現在調査中。現在ヴェステルヴァル領の関所近くの町にいることは確認が取れています。しかし」

 そこで一度言葉を切ったエギルは、一瞬躊躇うような素振りを見せてから続きを切り出した。

「気にかかるのは、三人ともに茶色のミディアムヘアに紫色の瞳の持ち主だということです。といっても顔立ちや髪色、瞳の色も至近距離で見れば違いますから血縁ではないようですが、なんといいますか……その、偶然で片付けるにはあまりにも」

「――三人とも、俺を思わせるような容姿だと?」

「……その通りです。顔こそ似ても似つかないものですが、立ち姿は王子時代の殿下を思わせるものでした。服装も王子時代の殿下が好んで身に着けておられたヴィーカンデルで統一されているのも、果たして偶然なのかどうかと……」

 ぞわりと悪寒がした。

「……気味が悪いな」

 アレクも同じように思ったようで、そう呟いたきり口を噤み、再び女を見下ろした。彼の胸元の竜麟から光が飛び立ち、気遣うように周囲をくるりと回る。

 やがて雨脚が強まり、諦めたように踵を返した女は、時折名残惜しそうに振り返りながら雨の中に消えていった。それから間もなく、馬車のものらしい黒い影が大雨で白く煙る景色の中を走り去っていく。

「……竜討伐で大分名が知れたし、この間の雑誌には俺の容姿についても触れていたからな。もしかしたら、気付く者がいるかもしれんとは思っていたが……」

 しかしながら茶色の髪に紫の瞳の王国男子というのは決して少なくはなく、ここで「栗毛に紺色がかった紫の瞳の男」と言われたところで、二十年近く前に失踪した第三王子と関連付ける者はあまりいないだろうということだった。

 事実、同僚にも茶髪に紫の瞳の持ち主が何人かいるほどだ。王家の証と言われる紫紺色の瞳も、近しい者でない限りはほかの紫色とは見分けも付かず、それほどまでに特徴的とは言えない色の組み合わせなのだと兄貴分から聞いたことがある。だからこそ、アレクはこれまで隠れ続けていられたのだとも。

「俺に似た色を持つ男を侍らせた女か……偶然ではないのだろうな、やはり」

「引き続き警戒と調査は続けます。今のところ接触する様子は見られませんが、お二人は陛下との会談も控えておりますから、十分にお気をつけて」

「ああ、分かった。手間をかけてすまないな」

「とんでもない」

 エギルは人の好さそうな管理人の顔に戻ると、先に部屋を出ていった。

「……なんだろうね」

「なんだろうな……」

 それほど遠くはない未来に身分を公表するつもりでいるアレクにしてみれば、今更「行方不明の第三王子」を探す者が現れてもまさに今更という感が強いようで、何とも言えない表情で苦笑いしていた。

「探しているにしたって、俺に似た男を何人も侍らす意味が分からん。が、少なくとも俺の王子時代の姿を知っている人間なのだろうな。必要以上に近付いてこないのは、俺と顔を合わせたことがあって身元が割れることを危惧しているとも考えられる。まぁ、いずれにせよ、ろくなことではなさそうだということだけは確かだな」

「だよねぇ」

 二人は再び窓の外に視線を向けた。

 窓を流れ落ちる雨の滝の向こう側には、曇天に沈む領都の景色が広がっている。


ルリィ「もうシオリもアレクも竜討伐経験済みの強メンタル猛者だから」

※何かの予言


ところで作者には「ドアマット=Welcome=いつでもかかってこいや」だと思っていた時期がありました。

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― 新着の感想 ―
 ルリィ、まだだからな? あと、ご婦人はやめて差上げるんだ。
私は「ドアマット=よく踏まれる=被虐趣味=ドM」つまりドMをドアマットって呼んでるんか面白いなって感心してたら違いました(:3_ヽ)_
管理人に呼び止められたのは、夜な夜な聴こえるシオリの声についてかと期待した
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