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07 妖精の引っ越し

「すごくいい買い物しちゃったねぇ」

「そうだな。あとでヨエルにも礼を言っておかなければ」

「一定期間割引とか部屋選びの優先権あげるっていうのはどうかなぁ」

「悪くないな。いいんじゃないか」

 結局あの邸宅は瑕疵物件どころか妖精付きで、むしろ価格を上乗せしてもいいくらいの優良物件だったが、ダーグは最初に提示した売値のままでいいと言った。長いこと買い手が付かなかった物件を最高の形で手放せるのだからと、そう言って彼は譲らなかった。

 どうしても気になるのならと付け加えられた条件が「じゃあ、英雄様と聖女様のサインをもらっていいかなぁ」で、勿論二人は快諾した。

 商売柄なのか、彼が戸棚にしまい込んでいた未使用のスケッチブックに二人のサインをして、ついでにルリィとヴィオリッドもペタペタと手形を押すと、ダーグは「なんだか幸せを呼び込んでくれそうだねぇ」と大喜びしてくれた。

 契約を取り交わし、熱い握手をして彼と別れた二人は、その足でトリス孤児院に向かった。リラーヴェンの「引っ越し」を手伝うためだ。

 長年ともにいた仲間との別れは随分とあっさりしたものだったが、寿命が長い彼らのこと、長い人生の中でいつかはまた会うこともあるさという気楽さがあるようだった。

 こうして人と人の間を巡って生き続け、いつか会う仲間にこれまでに出会った人々の話をすることが彼らの楽しみでもあるのだという。


 ――ちょっと前までは一家に何人も子供がいるのは当たり前だったけどさ、今は子供が少なくなってきてるだろ。それで「次」を探すのが前よりは少し難しくなっててさ。でも、生まれてすぐ死んじゃったりとか、せっかく生き延びても捨てられて道端で暮らしたり、奴隷商人に連れていかれたりするような子供がうんと減ったのは、とってもいいことだよなって思うんだ。


 船員風のリラーヴェンの言う「ちょっと前」というのは、どうやら百五十年以上前の帝国領時代のことらしい。人とともに生き、楽しいことを糧として生きる彼らにとっても、あの「冬の時代」は長く辛いものだったのだろう。

 小さな不幸や周辺を漂う悪いもの(悪霊)から子供を護ってやるくらいの力しか――長寿で実体を持たないこと以外は人間とほとんど同じくらいの力しか持たない彼らが、大きな不幸を打ち消すことなどできるはずもなく、それで随分と歯痒い思いをしたと彼は言った。


 ――不幸な子供がたくさんいる土地ってのは、もう土地そのものが不健康なんだよ。だからさぁ、数が少なかろうがなんだろうが、子供たちが笑って過ごせて無事に育つんなら、それでいいじゃねぇかって思うんだよな。


 人間の何倍も長く生き、きっとたくさんの不幸な死に立ち会ってきたのだろうリラーヴェンの言葉は重く、説得力があった。

 通りを走り抜けていく子供たちと、それを叱りながらも笑顔で追い掛けていく父親の姿を見送るリラーヴェンの眼差しは、ひどく優しい。


 ――ねぇ、貴方も幸せになるのよ。


 町娘の姿をしたリラーヴェンの小さな手が、シオリの胸元、竜の鱗の首飾りに触れた。

 貴方というのが誰を指しているのかを察したシオリも、そうなるといいと願う。

 ちりん、という微かな音を立てて飛び立った光が、「当然!」とでも言いたげにふわふわと揺れた。

 そのままルリィやヴィオリッドとなにやら盛り上がり始めた光を眺めながら、肩を抱き寄せたアレクの胸元に頬を寄せる。

「見えてきたぞ。あそこだ」

 しばらくは無言で歩き、やがて見えてきたトリス孤児院の建物をアレクが指し示すと、リラーヴェンたちはそわそわと身を乗り出した。

 孤児院の守衛を務める聖堂騎士にはリラーヴェンの姿は見えていないようで、特に何かを訊かれることもなかった。

 しかし、害がないとはいえさすがに無許可で連れ込むのは良くないと思い至り、中には入らずにイェンスへの言付けを頼んだ。

 俄かには信じ難いと目を丸くした顔見知りの聖堂騎士は、シオリとアレクの肩に座る妖精の姿が薄ぼんやりと認識できたらしく、驚いた表情のまま「少し待っていなさい」と言い置いて孤児院に入っていった。

 間もなく戻ってきた聖堂騎士は、そのまま門を開けてくれた。

「一応『面接』はするけど、そちらのお二人……かな? ……さえ良ければ是非にという返事だったよ」

「良かった。ありがとうございます」

 

 ――考えてみたら、許可取って入るなんて初めてだなぁ。


 基本的には姿があまり見えないリラーヴェンは、人家へも特に断りなく出入りするものなのだそうだ。気に入った人についていって、その人の家が気に入ればそこに居付く。そういう生き物だからか今の状況が少し面白く思ったようで、愉快そうに笑った。



 院長室で書類仕事をしながら待っていたイェンスは、シオリとアレクの姿を見るなり「ああ」と微かな吐息を漏らして駆け寄ると、その存在を確かめるように二人の手を取った。

「……竜討伐での皆さんの活躍は聞きました。本当に……よくご無事で」

 僅かな間の後に発せられた言葉。

 それは短いものだったが、イェンスの口調には確かな親愛と安堵の響きがあった。

 竜討伐に赴いた顔見知りが誰一人欠けることなく無事に戻った、ただそのことだけを喜んでくれた。今や他人ではなくなった彼の気持ちがじんわりと心に染みる。

「皆さんを称える声は毎日のように聞いていましたが……直接この目で無事を確かめて、ようやく安心しましたよ」

 新聞や噂話で伝えられる報道では全てが伝えられるわけではない。

 無事。その言葉一つとっても、受け取る側の解釈と現実との間には、かなりの隔たりがあることをイェンスはよく理解していた。

 命に別状はないという報道がされたクレメンスにしても、現実には瀕死の重体で一時は命が危ぶまれていた状況だったし、騎士隊では復帰までにかなりの時間を要する騎士もいると聞いた。

 だからイェンスはきっと、今日の今日までそれをずっと心配していたのだ。

「……すみません、ご心配をおかけして」

「せめてあの後一度でも挨拶に来ればよかったな」

「いえ、いいんですよ。色々とお忙しかったのでしょうから」

 そっと二人の腕を優しく叩いた彼は、微笑んでそう言ってくれた。 

「ああ、でも。あとで子供たちにも会ってあげてください。とても心配していましたから」

「ええ、勿論です」

 即答したシオリに満足げに頷いたイェンスは、微かに浮いた涙をそっと拭うと、「ああ、お待たせしてすみませんね」と呟いて二人の肩先に視線を向けた。

「こちらのお二人が入居希望者(・・・・・)ということでよろしいですか?」

 彼の視線は正確にリラーヴェンの位置を捉えていて、間違いなく見えているのだということが分かった。イェンスはごく自然に手を差し伸べ、二人のリラーヴェンは一瞬戸惑うような素振りを見せてから、その手のひらに飛び乗った。

 彼らを見つめるイェンスの眼差しは思いがけず再会した旧友を見るようなそれで、やがて彼は微笑みとともに嘆息を漏らした。

「まさか、この歳になってまたリラーヴェンに会えるとは思いませんでしたよ」

「……というと?」

「神学校にいたんですよ。もう二十年以上前になりますか」

 その神学校を棲み処にしていたリラーヴェンは古い時代の神官や聖堂騎士の姿をしていて、少なくとも中世の頃にはもうそこにいたのだろうということだった。

「講堂や礼拝堂、寮の食堂で稀に姿を見かけることがありましたが、まるで古の聖人が見守ってくださっているようで……彼らを見かけた日は運気が良いと言われていましたよ」

 懐かしいですねとそう呟いたイェンスの視線が、ふと上を向いた。視線の先の壁には揃いの白い詰襟とガウンを着た青年たちの写真が飾られていて、彼の表情からそれが神学生時代のものなのだと知れた。

「子供とか、若い人がたくさんいる場所に居付くって本当なんだねぇ」

「ああ。俺が見たのも騎士隊の幼年学校だったな。そこのリラーヴェンは教官の格好をしていて、これがまた可愛らしくてな」

 実体を持たないリラーヴェンは本来服を着るものではないようで、ただ人間を驚かせないために衣装を纏うのだそうだ。


 ――着飾るのも楽しいから、そのときに気に入った服をね、それっぽく幻影で見せてるの。


「あれ、じゃあ気を抜いたらもしかして……」


 ――うん、そういうこと(・・・・・・)もあるよ。まぁ、そもそも見えてないことの方が多いから、滅多にはバレないけど。


「そ、そっか」


 うっかり全裸になってしまったリラーヴェンというのは希少かもしれない。

 そんなふうに思ってしまったけれど、さすがにそれは口に出さないでおいた。

 そうこうしているうちにリラーヴェンたちは別の気に入った衣装ができたようで、「お着替え」を済ませてはしゃいでいた。

 船員風の彼は机の上に置かれていた絵本の騎士様の姿に、町娘風の彼女は聖女様の姿に。

 大きく印象を変えた二人を見て微笑んだイェンスは、「では、これからよろしくお願いしますね」と言い、早速子供たちに紹介されたリラーヴェンは大歓声とともに受け入れられ、子供たちの肩や頭の上で飛び跳ねながら「あぁぁぁぁ可愛いぃぃぃ、この感じ久しぶりぃ……!」と大層ご満悦だ。

 その様子を微笑ましく見守っていたシオリとアレクも、「あーっ! 竜の英雄様と聖女様だ!」とあっという間に取り囲まれてもみくちゃにされた。

「うわ、うわわわわ」

「お、おい、押すな危ないぞ」

 少し顔見せだけして帰るつもりでいたのに大歓待されて身動き取れなくなっている二人を見て愉快そうにしていた使い魔たちも、瞬く間に子供たちによじ登られて似たようなことになってしまった。

 あまりの騒ぎに驚いた光がシオリの胸元から飛び出し、自分も交じりたそうにうろうろし始めて、そんな彼らを眺めていたフィルクローバーだけは一人冷静に「みんな元気いっぱいで何よりであるな」とばかりにぷるるんと震えた。

 それに同意するように、若草色の身体に抱えられていた乳飲み子がキャッキャと楽しげな声を上げた。

陽キャ竜「=͟͟͞͞=͟͟͞͞(゜∀゜=͟͟͞͞=͟͟͞͞(゜∀゜ =͟͟͞͞)=͟͟͞=͟͟͞͞(゜∀゜ =͟͟͞(゜∀゜=͟͟͞͞)」

ギリィ「はしゃぎすぎ(ギリギリギリギリ」


ちっちゃい子供がたくさんワチャワチャしてるの可愛いですよねぇ(´∀`*)

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― 新着の感想 ―
陽キャ竜が分身の術をマスターしている(´゜д゜`)
( ゜∀゜)o彡フゥフゥ『可愛いは!』 ( ゜∀゜)o彡フゥフゥ『正義ィッ!』
>――ねぇ、【貴方】も幸せになるのよ。 > 町娘の姿をしたリラーヴェンの小さな手が、シオリの胸元、竜の鱗の首飾りに触れた。 > 【お前】というのが誰を指しているのかを察したシオリも、そうなるといい…
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