36 幕間三 使い魔ルリィの日記
■六月×日
最近は昼が長くて夜がとっても短い。もっと北の方にいくと、一日中昼のところもあるらしい。代わりに冬は一日中夜で真っ暗らしいんだけど、なんだか不思議だなぁ。
昼が一年のうちで一番長くなる今の季節に、人間達はお祭りをする。歌ったり踊ったり美味しいもの食べたり、畑や野山にいっぱい実りがありますようにってお祈りしたりして過ごすお祭りで、人間達は皆準備で楽しそう。
でもスライムは毎日そんな感じだから、人間にはスライムは毎日お祭りしてるように見えるかも。
■六月×日
お祭りは楽しみだけど、なんだか蒼の森の方でフェンリルとかいう魔獣が出てるみたいで、皆不安そうだ。話を聞いてると、あの紫色の雪狼みたいなやつのことらしい。あんまり数は多くないけど、たまーに会うことがある、不思議な魔獣だ。
どんな魔獣で何をするか分からないから、人間は不安らしい。不安過ぎてお祭りに来る人が少なくなるのは困るから、調べてほしいっていう依頼がブロヴィート村の騎士から来ていた。
でもそんなに乱暴な魔獣じゃないから、怖がらなくても大丈夫じゃないかなあ。むしろ怖がりの魔獣で、会っても逆に逃げちゃうくらいだ。前に会ったフェンリルはちょっと変わってて、おしゃべり好きで面白い魔獣だったけど。
そういえば、最近ブロヴィートには同胞がよく遊びに行ってるみたい。村の人達とも仲良くなったみたいで、毎日楽しいみたいだ。いったいいつの間に仲良くなったんだろう。
■六月×日
ブロヴィートまでは馬車で行くらしい。その馬車を牽いてる八本足の馬が、途中で見られる面白いところを教えてくれた。一番最初の橋を渡ったところの真珠ベリーの木には必ず一個だけ金色の実が生ってるとか、次の村を過ぎたところに物干し竿のふりをした大白ナナフシがいるとか、森林が途切れたところから見える山の雪渓が可愛い馬の雌に見えるとか、本当にその通りで面白かった。
村に着いたら同胞だらけでびっくりした。皆楽しそうに人間と遊んだり、お散歩したり、お仕事を手伝ったりしている。村人と使い魔契約した同胞もいるみたいだ。
色々お話したり遊んだりしたいけど、今日はこれから仕事だから、また後で!
依頼人の騎士は、雪狼の事件のときに知り合いになったカスパルだった。雪狼事件のショックがやっと落ち着いてきたなぁって思ってたところにフェンリル騒動が起きて、不安がる村人達の相手をするので凄く大変らしい。忙しくてあんまり眠れてないみたいで、ときどき目を擦っていた。
調査にも時間掛かるかもしれないって心配してたけど、そんなことはなくて、フェンリルは向こうから会いに来てくれた。あの凄くお喋りなフェンリルだった。
シオリとアレクはびっくりしていたけど、フェンリルは凄く嬉しそうだ。なんかちょっと興奮してふごふごしてるけど、大丈夫?
「魂の友に会えたかもしれないんだもの、そりゃあ興奮するわよぉ」
なるほど! それはウキウキするね! 珍しい生き物が大好きなブロゥもウキウキだね!
フェンリルはアレクと使い魔契約して、ヴィオリッドという名前を付けてもらっていた。雪菫の騎士っていうお話の主人公の名前なんだって。ヴィオはすっごく喜んでいた。
村の爺さんによると、ヴィオは雪狼の変異種らしい。だからフェンリルじゃなくて、雪狼なんだって。でも毛色とか目の色が違うから、雪狼からは良く思われてなかったみたいだ。ずーっと一人暮らししていて、凄く寂しかったらしい。だからこの後村の人達とお喋りしながら食事していたときは、物凄く嬉しそうにしていた。
ところで、ヴィオってなんだかパン屋のベッティルみたいな雰囲気だなぁ。
■六月×日
フェンリル騒動が解決して一安心! と思っていたら、北の方でもっと大変なことが起きたみたいで、人間も魔獣も不安そうだ。なんでも竜が出たとかで、鳥達が慌てて南の方に逃げて行った。シオリ達にも緊急招集がかかって、急いで帰ることになった。
ギルドではザックが完全武装で待っていた。クリスからの依頼で、竜討伐の指揮を執ることになったらしい。今度の竜は災害級とかで、難易度は過去最大。だから二回も竜を斃したことがあるザックが行くんだって。
もしかしたら戻ってこれないかもしれない。だから竜討伐には行ける人だけが行くことになった。
シオリとアレクは行くつもりのようだ。クレメンスとナディアも一緒らしい。ほかにもルドガーとマレナや、ニルスにエレン、トリス支部でも選りすぐりの冒険者ばかりだ。
こんなに凄いメンバーで行っても、もしかしたら……って。そのくらい危険な仕事は初めてだ。自分も気合を入れなきゃなぁって思った。
■六月×日
夜の遅い時間に、北に向かって出発。もう魔獣暴走の小さい版みたいなのが始まってて、騎士隊があちこちで戦っていた。でも、思ったほど被害は出ていないらしい。シオリが教えた探索魔法のおかげで、被害が出ないうちに処理できたからなんだって。
そのせいで逆にシオリが騎士隊の偉い人達に連れていかれそうになっちゃったけど、頑張ってお断りした。良かった。シオリは便利な道具じゃないもん。
また連れていかれそうになったら困るから、ちょっと「念押し」しとこうかなぁって思ったけど、クリスに「今は控えてくれ」って言われたからやめてあげた。
ところで、「今は」ってことは、後でならいいんだろうか。
■六月×日 早朝
少し休んでから、とうとう竜討伐に出発。
討伐部隊には、ずっと前にシルヴェリアで助けた帝国人も参加した。自分も身体に乗せて運んであげた人だ。フロルというその人に「あのときは世話になっタ。本当にありがとう」ってお礼を言われた。あのときは弱ってて死霊みたいな感じだったけど、今はもう元気みたいだ。
良かったけど、フロルとユーリャは少し憂鬱そうだ。竜は大昔に帝国人が封印した実験体とかで、封印を解いたのもやっぱり帝国人らしい。同胞が迷惑を掛けたことを気にしているみたいだ。
せっかく王国の人に親切にしてもらったのに、同胞が台なしにしたから腹が立つやら悲しいやらでちょっと辛いらしい。うーん、少なくともここにいる皆はそんなふうには思ってないから、そんなに思い詰めなくてもいいんじゃないかな。
元気出してって、ブロゥが綺羅星テントウの羽をあげたら、二人はびっくりしていた。でも、ちょっと元気出たみたいで笑ってくれた。良かった。綺羅星テントウの羽は幸運のお守りで、持ってるといいことがあるらしい。だからこれからはいいことがいっぱいあるといいね。
■六月×日 竜討伐
うううん、近付くほど変な気持ち悪い気配がしてもぞもぞする! 皆も同じみたいで、気分が悪くなってしまった人もいた。探索魔法でうっかり竜に触ってしまった騎士が、ひっくり返っていた。
そのくらい、凄く不気味な竜だった。しかもすっごく大きい。えっ、こんなのと戦うのか……って心配だったけど、皆も凄かった。今までのは全力じゃなかったのかもってくらい、凄い戦いだった。
ザックもアレクもクレメンスも、絵本に出てきた戦いの神様みたいだったし、ナディアも竜と互角に戦ってた。
シオリはいつもの家事をするみたいに皆の支援をした。竜の羽をじゃぶじゃぶ洗濯したときには、使い魔達は「これが噂の厄災の魔女か! 魔女にかかると竜ですら洗濯物扱いか!」って震えてたけど。うーん、この噂っていったいどこまで広まってるんだろう……。
でもシオリの凄いところは、本人からは見えない色んなところで役に立ってるところだと思う。ニルスとエレンは探索魔法で竜の弱点を探してたし、衛生隊ではいつかシオリがやってたみたいに簡易寝台を作っていた。これなら足りなくなっても、いくらでも追加できるって衛生隊の人が言っていた。魔獣暴走だって、まだ小さいうちに処理できて心配なくなったって話だったし。
ほんのちょっとしたことだけど、それで皆が少しでも有利に仕事ができるようにするって、なかなかできることじゃないって、誰かが言っていた。うん、それがシオリの戦い方なんだなって、改めて思った。シオリは凄い。自慢の友達だ。
物凄い激闘だったけど、それでなんとか竜を斃せそうかも……って思ってたら、クレメンスが毒矢で射られて大変なことになった。隠れていた帝国人に狙われたアレクを庇ったらしい。
クレメンスは大丈夫って言ったけど、さすがの自分もこれはちょっと無理かも……って思うくらいに苦しそうで、アレクもシオリもナディアも真っ青で泣きそうな顔をしていた。リヌスは見たこともないような怖い顔でその帝国人を射倒してたし、フロルなんて物凄く怒って殴り倒してた。
でも、エレンが頑張ってクレメンスを助けてくれた。後から聞いた話だけど、もしシオリと会っていなかったら、エレンはもっと勉強する切っ掛けがなくて力が足りないままで、クレメンスを助けられなかったかもしれなかったそうだ。シオリって色んなところで色んな人に影響を与えてるんだなぁって思った。
最後の最後に、シオリとアレクは竜も助けてしまった。命は助けられなかったけど、心は救ったんだって。ずっと一人で寂しい思いをしていた竜に、一番欲しかったものをあげたらしい。だからもし生まれ変わったら、今度は二人のような人のところに生まれたいって、最後に竜はそう言っていた。
それじゃあ次こそ幸せになれるといいねって皆でお祈りしながら、お花を供えてあげた。
ところで竜から鱗をもらうと何かを約束したことになるとかどうとか、物知りのイールがそんなことを教えてくれたけど、どういう意味だろう?
■六月×日
竜討伐の後は、色々おめでたいことが続いて皆とっても嬉しそう。
クレメンスはちょっと危ないところだったみたいだけど無事だった。良かった! 死んじゃうかと思って凄く心配してたから、皆で泣いて喜んだ。クレメンスは治ったらナディアと番になるらしい。もう花嫁衣裳もばっちり用意してあるんだって! ザックが「あいつは一度腹ぁ括ったら、ほんとやること早ぇんだよなぁ」って笑っていた。
マレナはなんとお腹に赤ちゃんがいて、皆びっくりするやら無事で良かったって大喜びするやらで大騒ぎだった。ルドガーなんかびっくりし過ぎてひっくり返ったらしいけど、後から聞いたら煩いからイールに眠らされただけらしい。なんだ。びっくりした。
シオリとアレクは竜の英雄と聖女って呼ばれるようになった。ついでに二人とも冒険者ランクが上がって、アレクはS級、シオリはA級になった。
S級になるのは凄く難しいことみたいだし、シオリみたいな補助系後方支援職でA級になるのも珍しいことみたいで、皆お祭り騒ぎだ。
二人とも目立つのはあんまり好きじゃないけど、二人みたいにちょっと特殊な立場の人には、特別な肩書が必要な場合もあるらしい。それがお守り代わりになることがあるんだそうだ。
肩書目当てに寄ってくる人もいるみたいだけど、シオリもアレクもそういうのには慣れてきたみたいだ。うーん、二人ともまだまだ強くなるんだなぁ。凄いなぁ。
自分も頑張ろうって思ったけど、「ルリィはそのままでいてね」って言われた。だから、これからもずっと、いつも通りぷるぷる見守ることにするよ!
■六月×日
ザックと一緒に騎士隊と話し合いに行ったブロゥから遠隔通信が来た。なんでもアッペルヴァリとかいう人のズボンを溶かしたらしい。シオリを引き抜こうとした騎士の人だ。ブロゥを可愛がってくれる女の人達に悪戯しようとしたから、イラっとして動きを封じるつもりでやったんだって。
それって大丈夫なのかなって思ったけど、番とかじゃないと普通はしないことをしようとしたみたいで、それなら仕方ないなぁって思った。
クリストフェルも「あれの自業自得だから気にするな」って言ってたし。あとは騎士隊の偉い人やクリストフェルがどうにかしてくれるそうだ。
そっか。それなら良かった。もう悪いことしないようにね!
■六月×日
今日は楽しい夏至祭の日。人間のお祭りは、美味しい食べ物や楽しい歌に踊り、面白くて楽しいことがいっぱいで幸せ。悲しいことや大変なことが色々あったけど、お祭りに来た人達は皆楽しそうだった。辛いことはもう終わって、これからはいいことがいっぱいあるからなんだって。フロルとユーリャも新しい村を作ってそこで暮らすことに決まったみたいで、仲間達と楽しそうにこれからのことを話し合っていた。
シオリとアレクはずっとにこにこしているし、久しぶりにヤエやショウノスケと会えて嬉しそうだった。ヴィオリッドは色んな人や魔獣といっぱいお話してて、凄く楽しそうだ。見るもの聞くもの、全部が新鮮で毎日充実しているらしい。
あー、楽しくて幸せだなぁ。こういうのがずっと続くといいなぁって思っていたら、シオリとアレクがつけてる竜の鱗のペンダントが、キラキラっと光った気がした。なんだかあの竜も楽しいみたいで、ちょっと嬉しい。
ルリィ「オトナの都合により、前倒しでルリィの日記を掲載!」
いつもはルリィの日記を締め括りに投稿しておりますが、今回は規約などでアレだったので前倒しにしました……あともう一本くらい幕間投稿するかもしれません……_(:3」∠)_
【おしらせ1】
明日7月2日に「家政魔導士の異世界生活」書籍版・電子版9巻が発売です!
ぷるぷるもふもふ血塗れにラブがいっぱいななま先生の美麗な挿絵とともに楽しんでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします\(´ω`)/
【おしらせ2】
7月末にコミカライズ版家政魔導士8巻が発売予定です。
聖夜の歌姫編前半部分収録のコミックス最新刊、詳細が分かり次第おしらせいたします\(´ω`)/




