25 幕間・使い魔ルリィの日記
ルリィの脳内日記。
25 幕間・使い魔ルリィの日記
■十月×日
今日はシオリが携帯食作りで家に引き籠る日。なので、そういう日は一人で外出することにする。自分宛ての指名依頼もあることだし。
食料品店のマリウスを訪ねた。開店前の店内は、まだ誰も居なくて仕事がしやすい。スライム本来の形に戻って、棚の下や木箱の隙間、カウンターの下に潜り込むと、微弱な熱源反応あり。目の前をさっと横切る黒い奴らを素早く粘液で絡め取り、体内で溶解する。同じことを何度か繰り返すと、店内の熱源反応は自分とマリウスだけになった。
「ありがとな。本当に助かるわー。はいよ、報酬」
目の前に肉の切れ端と水の入った盥が置かれた。労働の対価を有難く頂戴してから、次の約束を取り付けて店を出た。どんなに綺麗に掃除しても、食べる物があれば奴らは何処にでも湧いて出るので仕事には事欠かない。
今日もいい仕事をした。
■十月×日
シオリは打ち合わせがあるらしい。二時間くらいはかかるそうなので、その間は下水道の爺さんの慰問にでも行くことにする。汚水処理用に改良されたスライムで、苦み走った緑色の渋い爺さんだ。だいぶ長い事同じ場所で頑張ってるらしいが、飽きないのかと聞いたら、上げ膳据え膳で沈思黙考に没頭出来る生活は快適だと言われた。考え方はスライムそれぞれだと思った。
■十月×日
組合でシオリが依頼を物色している間に、中をぽよぽよ歩き回っていたら、クレメンスと会った。
彼はシオリを大事にしてくれる良い人だ。
いつも紳士的な渋い大人の男って感じの人だけれど、最近は時々ちょっとおかしくなる。ぼんやりとシオリを眺めてみたり、かと思えば突然壁に頭を打ち付けてみたり。この間は無言でアレクの肩を叩いたと思ったらそのまま深ーい溜息を吐いて俯いてしまい、アレクに困惑されていた。
最有力候補だと思っていたが、紳士的過ぎてシオリに気付かれなかった。誠に残念である。あの妙な症状は、いずれ時間が癒してくれるだろう。
■十月×日
家に虫が出たとかでザックが騒いでいた。昔から苦手らしい。
「だが最近は組合じゃあ見かけなくなったんだよな。良い事だが、あれだけ出てたものが不思議なもんだ。あーそうだな、お前が来た頃から見なく――……ん? いや待てよ、ま、まさかお前」
細かい事は気にしない方が幸せだと思う。
■十月×日
組合に行くと、アレクに声を掛けられた。二ヶ月ほど前に出来た新たな同志だ。あっと言う間に最有力候補に伸し上がった。シオリをそれはそれは大事にしてくれる。今も優しく労わるようにシオリと話している。シオリも彼と居る時は安らいでいる気がする。良いことだ。
この間は倒れて寝込んでいたが、今はすっかり良くなったようだ。良かった。そろそろ若くないので身体は大事にしてもらいたい。
「……何かお前今少し失礼な事考えてなかったか?」
気のせいだと思う。
■十月×日
食事の支度で忙しいシオリの代わりにアレクが水をくれた。温かくて力強い魔力に満ちた水だ。これはこれで悪く無いが、やはりシオリのくれる優しくて甘い水が一番美味しい。スライムの自分に攻撃する為ではなく、初めて飲む為の水を作ってくれたシオリ。着いて行こうと決めた切っ掛けだ。
思い出していたらまたシオリの水が飲みたくなった。やっぱり作ってもらおう。
足元でぷるぷる震えながらおねだりしたら、盥一杯の水が出て来た。やっぱり美味しい。
この水を浴槽一杯に入れてもらって、その中に浸かるのが最高の贅沢だ。後でまたおねだりしてみよう。
■十月×日
もうすぐ冬だ。本格的に寒くなる前にまた里帰りしておきたいと思う。同胞達は元気だろうか。
前に出先で他のスライムに会って、なんだか懐かしくなってじっと見ていたら、シオリが気を使ってくれたのか、一度故郷の近くまで連れて行ってくれた。シオリと初めて会った場所の近くだ。あんまりいい思い出が無さそうだから近付かない方がいいんじゃないかと思ったけれど、自分の為にそこまでしてくれたのは嬉しかった。
また連れて行ってくれるかな。駄目ならお休みもらって一人で行って来ようと思う。優しいシオリなら着いて来てくれそうだけど。
「ルリィ。そろそろカーテン閉めるよ」
窓際に座って外を眺めていたルリィに声を掛けると、瑠璃色の身体がぷるんと震えた。水分が多そうな身体だから冬は大丈夫なのだろうかと思っていたけれど、案外平気らしい。考えてみれば寒冷地に棲息しているような種類だから、それに合った構造をしているのだろう。
カーテンを引きかけた手を止めてふと外を見る。薄暮の迫る街並みにひらひらと舞い落ちる白い綿のような――
「あ、雪だ」
眼下の道行く人々も足を止めて空を見上げている。首を竦めて外套を掻き寄せる人、両手を広げて歓迎するかのように空を見上げる人、身を寄せ合ってくすくす笑いながら手のひらの上ですっと融ける雪を見つめる男女――反応は様々だ。雪に対するそれぞれの想いが見えるようで、それが少し楽しくなってシオリは目を細めた。
仕事帰りだろうか、クレメンスやナディアと連れ立って歩いて来たアレクが窓の下から手を振った。窓を開けると、ナディアの誘う声。
「これから一杯引っ掛けに行くのさ。あんたも一緒にどうだい?」
シオリは頷いた。急いで財布の入った肩掛け鞄を手に取ると、温かい毛織の裏地が付いた外套を羽織る。
「行こう、ルリィ」
階下へ走り下りて扉を開ける。途端に身を切るような冷たい風が頬に吹き付けたけれど、迎える笑顔はどれも皆温かい。
仲間たちの輪の中に入ると、当然のようにアレクが隣を陣取った。そのことを少しくすぐったく思いながらシオリは笑った。足元でルリィもぽよんと跳ねる。
魔法灯の橙色の光が石畳の道を照らす中、通り沿いの楽し気な喧騒が漏れ聞こえる酒場に向かって冒険者達は歩き出した。
――季節は秋の終わり。冬の到来を告げる初雪が、静かに街を白く染めていった。
割と色々考えているらしいルリィです。
喋らないだけで表情(?)は豊かです。
次回から第二章に突入します。
第一章とは少し章の構成を変えて行くかもしれません。




