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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第8章 森の魔狼と氷湖の竜

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12 緊急招集

 季節外れの鳥の渡りはその後まもなく数を減らし、三十分も経つ頃にはいつも通りの空になっていた。どことなく不安げに空を見上げていた人々も、何事もなかったように普段の生活に戻っていく。

 村をうろついていたスライム達にそれとなく訊ねてはみたが、問題が起きたらしい場所から距離があるからなのか、森の魔獣達にも鳥の異常行動の理由は分からないそうだ。

 あの鳥達が森に降りてきていれば詳しいことが分かったかもしれないが、ただひどく怯えていたこと、そして遥か北の方角で何かあったらしいということが分かった程度だ。

「まさか旧帝国方面で何かあったんじゃなかろうなぁ」

 首を捻りながらカスパルも一度駐屯地に戻っていったが、今のところどこからも特別な報せは入っていなかったようだ。

「一応トリスの本隊に伝書鳥を飛ばしたが、今できるのはそのくらいだなぁ。後は巡回を増やすくらいか」

 しばらくの間様子を見ていてもそれ以上の異常はなく、結局二人はそのままトリスへ戻ることになった。

 幸い途中の村までは荷馬車に便乗させてもらえるようだ。その先は徒歩になるが、二時間ほどでトリスの門を潜ることができるだろう。

「念のため一筆認めておいた。道中、連れ(・・)のことで何か訊かれるようならこれを見せるといい」

 カスパルから手渡された封書の中身は、ヴィオリッドの通行と入市を認める簡易許可証だった。目立つ風貌のヴィオリッドを連れていることで起きるだろう問題を気に掛けてくれたのだ。

「これは……助かるよ。カスパル殿、ありがとう」

「いや、こちらこそ、今回もまた色々と世話になったからなぁ。これくらいはさせてくれ」

 照れ臭そうに笑ったカスパルは「また来いよ」とアレクの肩を叩き、そして固い握手を交わす。

「串焼きも美味かった。店の女将によろしく伝えておいてくれ」

「了解した。シオリ殿もくれぐれも(・・・・・)身体には気を付けて」

「うわぁ」

 どうしても初対面の印象が強いのかカスパルに念を押されてしまったシオリは、苦笑いしながら手を差し出した。その手が力強く握り返される。

「気を付けます。カスパルさんも」

「ああ」

 簡潔で、けれども気持ちの籠もった別れの挨拶を済ませたシオリとアレクは、この一日ですっかり打ち解けた村人達に見送られて荷馬車に乗り込む。

 荷馬車の御者は、今や足湯の女主人とも呼べるアニカの夫と息子だ。荷を運ぶついでに乗っていってはどうかと提案してくれたのだ。

 どことなく得意げな顔で手綱を握る、母親の気風の良さと父親の落ち着いた風貌を受け継いだ少年の十四という年齢に、シオリは思わず目を丸くした。

「こんな大きな息子さんがいるんだ……! アニカさん、私とそんなに変わらないって聞いたのになぁ」

 夫妻が結婚したのは十六歳、成人して間もなくのことだ。日本人のシオリの感覚では驚くばかりだったが、この国ではそれほど珍しくもないことなのだ。夫妻の息子も既に心に決めた相手がいるといい、十六歳になるのを待って入籍するつもりだと言った。

「都市部ではもっと年がいってから結婚する奴も珍しくはないが、農村部では大体こんなものだぞ。なんだ、シオリの故郷ではもっと遅いのか?」

「七、八十年くらい前までは十代の結婚もわりと普通だったみたいだけどね。でも今は大学か最低でもその下の教育機関までは学校に行く人が圧倒的に多かったから、卒業して働き始めてからって思うと、婚期も自然と遅くなりがちなんだよ」

「大学までが普通というのも凄いな。勉強熱心というかなんというか……」

「うーん……といっても、昔と違って大学も大衆化しちゃってるし、そこまで特別なことではなかったよ。それに勉強するために行ってる訳じゃなさそうな人も結構多かったかなぁ。社会に出るまでの猶予期間みたいなつもりなのかも」

「なるほどなぁ。まぁ、それは我が国の上流階級にも言えることかもしれんな」

「そうなの?」

「ああ。大学はともかくとして、最近の貴族階級や富裕層は息子を学院に通わせる家がほとんどだからな。その間は結婚や社会的な責任から遠ざかっていられるせいか、遊学と称して何年も異国を渡り歩いて放蕩三昧の奴も少なくはないようだ」

「うわぁ。規模が違った」

「さっき話題になったリンドヴァリ博士も若い頃はその口だと思われていたらしいが、あの御仁の場合はしっかり結果を出して今や農学博士だからな」

「というと?」

「道楽の植物採集に美食三昧かと思いきや、世界各国を巡って農業技術やら料理法やらを集めて回って、最終的には王国の農業発展に大きく寄与したという話さ。彼の人脈も馬鹿にならんし、あのレベルまでになれば遊学させる意味もあるんだろうがな」

「そっかぁ……でも博士の水準を求めたらさすがに可哀相かも」

「まぁな。あれと同等の成果を出せと言われたら俺でも泣くかもしれん」

「それは……笑っていいのかなぁ……」

 冗談めかした台詞ではあったが、彼が少年時代に諸々から逃げ出したことを知っている身としては反応に困ってしまう。

 そういうつもりではなかったが悪かった、そう言って苦笑いしたアレクは、初の乗り物体験に興奮してきょろきょろしているヴィオリッドと、いつの間にか御者台にちゃっかり上がり込んでいるスライム達を見て再び笑った。



 速歩で行く荷馬車は思ったよりも快適だった。有志で金を出し合って買ったという最新式の荷馬車は揺れが少なく、幌の中を吹き抜ける風も心地良い。だから馬車酔いするようなことにもならずに済んだ。

 トリスヴァル領の美しく雄大な景色を眺め、時折幌から顔を覗かせているヴィオリッドの姿にぎょっとして二度見する旅人達の様子に噴き出しながら、馬車の旅を楽しむ。

 一見するといつもと変わりのない、平和な街道沿いの光景だ。

「――そうはいっても、いつもよりは少々騒がしい気がするな」

 街道沿いの湖沼に普段は見掛けない鳥の群れが降り立つ様子を見てアレクが呟く。

「朝見た鳥達よりは落ち着いてるみたいだけど……」

「あれかぁ。普段は国境の辺りの大樹の森にいる奴だよ。ヴィゾブニルは元々暢気というか、肝が据わってる鳥だからね。とりあえずは距離を取ったってところなんじゃないか。しかし惜しいなぁ、冬だったら一羽くらいは獲っていきたいところなんだけど」

 アニカの夫は遠目にも魔獣と分かる大きな鳥に目が釘付けになっている。

 寒冷地の大樹に営巣するヴィゾブニルは暑さに弱く、夏の間は極端に肉質が落ちるという。旬の時期には美しく光り輝く尾羽も色がくすんでしまい、商品価値はほとんどない。それでも目の前にある「高級食材」の魅力には抗えなかったのか、旅人の一団が茂みの中から狙っているのが見えた。

「おいおい、今の季節に獲っても美味くないぞ」

「あっ、あんなデカい的にあの距離で外しやがった。どこに目ぇ付けてやがんだ下手くそ」

 息子の露骨な揶揄に苦笑した父親は「おい、聞こえるぞ」と窘めたが、すぐに表情を引き締めて後ろを振り返った。

「しかしまぁ、これは早めに戻った方が良さそうだな。お二方、悪いけど次の村で引き返させてもらうよ」

 普段はいないはずの魔獣の姿は異常を知る目安の一つだ。父子は念のため村に戻ることにしたようだ。

「ヴィゾブニルがいるってことは、問題が起きてるのは近くても国境の辺りってことだろうから、取り越し苦労かもしれないけど、一応ね。気になるから」

 ヴィゾブニルの棲息地はブロヴィートから北に約百シロメテルほどの場所だ。仮にそこで魔獣暴走(スタンピード)が起きたとして、この辺りにまで被害が及ぶかどうかはかなり微妙なところだというが、去年の雪狼の一件もあって不安なのだという。

 予定の場所よりも手前で馬車を降りることにはなったが、それでも大分距離を稼げたのだからありがたい。そもそもこの荷馬車自体がシオリ達のために出された節があって、それに薄々気付いていた二人は村人達の厚意に密かに感謝した。

「あんた方も気を付けて帰ってくれ」

「ここまでありがとうございました。アニカさん達にもよろしくお伝えください。今度は仕事抜きでお伺いします」

「うん、伝えとくよ。こちらこそ色々ありがとう。じゃ、また!」

「またなー、おっさん、ねえちゃん!」

 村の前で降ろされ、馬に一鞭くれて立ち去る父子に別れを告げたシオリは、微妙に傷付いた顔で「シオリがねえちゃんで俺はおっさん……」と呟いているアレクを苦笑気味に促して歩き出した。

「――しかし、そろそろ何か分かっても良さそうな頃合いだな」

「うん」

 体格的にもひ弱な小鳥とは違い、中型や大型の鳥はまだ精神的な余裕があるのか、この近辺に降りて羽を休めている。あのヴィゾブニルはひとまずの危機から逃れられた安心からか、すっかり寛いでいるようにも見えた。

 そんな彼らに偵察とばかりに近付いていたルリィとブロゥ――こちらは珍しい鳥目当てだったようではあるが――が、しゅるりと戻ってくると触手を振った。

 どうやら何か訊き出せたようだ。

 人間側の口頭での質問と、魔獣側の身振り手振りの返答から得られたのは、大樹の森付近に見慣れぬ巨大な魔獣が現れたという事実だった。ヴィゾブニル達はそれから逃れてきたのだという。

「……見たこともない魔獣?」

「大樹の森は旧帝国との国境近くだ。まさか例の実験体の狩り残しがいたんじゃないだろうな」

「彼らが知らないだけで、もしかしたら人類にとっては既知のものかもしれないよ。図鑑に載ってるので近い魔獣っているかなぁ」

 うーん、と考える素振りを見せたブロゥが、体内から携帯用図鑑を取り出した。ぺらぺらと捲っていた触手が、ある頁で止まる。覗き込んだルリィが「これこれ、これに近そうな感じ」とでもいうようにぷるるんと震える。

「え、これって……」

 シオリはごくりと唾を呑み込んだ。アレクもまた眉を潜めて低く唸る。

「……本当ならえらいことだぞ」

 ――スライム達が指し示したその頁には、ドラゴンの姿が描かれている。

 好奇心が強いのか、ヴィオリッドに近付いてしげしげと眺めていた一羽のヴィゾブニルも図鑑を覗き込み、「あーこんな感じー」と肯定するように「クエェ」と鳴いた。

「もし本当にドラゴンなら、既に魔獣暴走(スタンピード)の予兆がある状況はまずいぞ。俺達にも要請が入るかもしれない。できるだけ早くに戻った方が良さそうだな」

「うん」

 ヴィゾブニルに情報料代わりのエナンデル商会謹製使い魔用干し肉を与え、二人と三匹は早足で歩き出した。

 その目前に一羽の鳥が舞い降りる。トリス支部の伝書鳥だ。それを見た二人の表情が強張った。

 冒険者組合(ギルド)では、稀にこうして各地にいる冒険者に伝書鳥通信が入ることがある。特定施設への配達とは違い、滞在中の地域程度の情報しかない冒険者への通信は確実性には欠けるが、大規模に招集を掛けたいときには有力な手段だ。

 つまり、その手段を使うだけの何かが起きたということなのだ。

 一定時間内に特定区域を飛び回り、指定時間もしくは指定人数を超えたら組合(ギルド)に戻るよう訓練された通信魔獣は、アレクの肩にとまると「ショウシュウ、ショウシュウ」とけたたましい声で鳴いた。

 アレクは慣れた手付きで足首の通信筒の中身を取り出した。くるりと巻いた紙片を丁寧に開くと、緊急招集を報せる内容と閲覧者のサインが小さく記されている。

「姐さん達やリヌスさん、ルドガーさん達のもあるね」

「ああ。これは本格的に大事になったぞ」

 C級以上への緊急招集。

 ――国境地域に出現した竜型魔獣討伐及び暴走魔獣掃討戦への参加要請だ。

ユル蛇「食べて美味しい鳥型魔獣だらけ……」

リヌス「唐揚げ……」

コカトリス「こっち見んな」



【おしらせ】

書籍版「家政魔導士の異世界生活」第8巻、お手に取ってくださった皆様ありがとうございます\(´ω`)/

本日9月11日より電子版も配信開始です。どうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 間に従魔(スライム)を挟んでいるとはいえ「魔獣への聞き込み・事情聴取」が成立している事と、ソレがもう当然の事であるかのように受け入れている二人www
[一言] どれだけ忙しくても唐揚げはなるたけ肉自体に味を染み込ませたいと思う今日此頃です
[一言] ドラゴン某氏、緊張しつつも待機中『はっやく♪ 出ッ番♪♪ 来ッないかナ−♪♪♪』
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