05 騎士隊長カスパルの憂鬱
ブロヴィート駐屯騎士隊で二人と二匹を出迎えたカスパル・セランデルは、あからさまにほっとした表情を見せた。国と民を護る騎士としては厳しく苛烈な一面もあるが、本来は人が良く穏やかな気質のようで、騎士としての責務と人情との板挟みで大分参っていたらしい。
「いやぁ早く来てくれて助かった。顔を見れば次の調査はまだかいつ頃になるんだと会う人会う人皆に訊かれて、痩せ細る思いだった」
そう言って笑った彼は一見元気そうには見えたが、よく見れば目の下に隈が浮いていた。あまりよく眠れていないらしい。
「やれ遠吠えが聞こえただの、狼らしき姿を見ただの、ここ最近は仮眠中にしょっちゅう叩き起こされてなぁ。それでも一時期よりはかなりマシにはなったんだが」
雪狼襲撃事件直後は相当神経質になっていたらしく、些細なことで騎士隊に駆け込む村人が多かったという。それも半年が過ぎてようやく落ち着いてきた矢先に、フェンリル騒動が持ち上がったのだ。
「しかし村人達の気持ちは分かるんでなぁ。なんとか不安を取り除いてやりたいが、騎士隊としてできることは限りがある。ということで、この村にもかかわりが深いお二人にご足労願った訳だ。しかし……」
そこで言葉を切ったカスパルは、シオリを正面から見据えると不意に表情を緩めて微笑む。
「――本当に元気そうで良かった。どうしているかとずっと気になっていたんだ」
噛み締めるように落とされた言葉には感慨深い響きがあった。
あの日、雪狼襲撃事件で負傷したシオリが過去にも何らかの事件に巻き込まれていたことを知った彼は、村に滞在中随分と気に掛けてくれた。あまり詳しいことを教えてくれることはなかったが、以前手掛けた事件絡みで思うところがあったのだという。
――カスパルは、シオリがかつて在籍していたパーティでの出来事と深い繋がりがある事件の捜査を担当していた。様々な事情から詳細が公にされることがなかったその事件と、シオリによく似た状況に置かれていた被害者達の存在を、職務上の理由から当然彼が打ち明けることはなかった。
だからそれを知らないシオリは、彼が真実何を想ってそう言ってくれたのかを完全に理解することはできなかったが、心の底から気に掛けてくれていたのだということは分かった。
「お陰様で……とても充実した日々を過ごさせていただいています。それに、今とても幸せなんです」
正直な気持ちを口にすると、一瞬目を丸くした彼はやがて、何度も頷きながら祝福するように笑った。
「その様子だと秒読みといったところのようだなぁ」
「まぁな」
主語はなかったが、言わんとするところを察したアレクがシオリが反応する前にすかさず返して、カスパルはますます笑みを深くした。
「そうかそうか。そういうことならもう心配は要らないだろう。なぁ、幸せにしてやってくれよ」
「無論だ」
男同士でなにやら通じ合っている様子に、蚊帳の外になったような気がしたシオリは居心地悪く身動ぎした。スライム達が「まぁまぁ」と宥めるように足元をつつく。
それを見てまた一頻り笑ったカスパルは、「さて、本題に戻るか」と表情を引き締めた。
「――実のところ、我々はフェンリルは実在すると見ている。村人の中にもそれを信じている者は少なくないが、それを証明できるものは今のところ何もない」
フェンリルは実在する。
そう言い切った彼の表情は至極真面目だ。与太話に乗じる人柄では決してないことは、短い付き合いの仲でも知れていた。
「その、実在すると断言するに至った理由は?」
当然のようにアレクが訊ねたが、彼の視線は意味有りげに窓の外から覗き込んでいるスライム達に向けられている。
それを見たカスパルは、「……ああ、やはり貴殿らもか」と呟いた。
「ということは……」
「お察しの通りだ。スライムに訊いた」
彼は認めた。
フェンリルの活動圏内に含まれると思われる蒼の森は、彼らスライムの棲息地だ。既に良き友人となった彼らに訊いてみればよいのではないかと思う者も当然いるはずだ。そしてやはりカスパルはそうしたようだ。
「私達もルリィとブロゥに訊きました。やっぱり、いるという回答でしたけど……」
「あんたはスライム達の言い分を信じたのか」
「恐らく、貴殿らが信じたのと同じ理由だろうなぁ」
アレクの問いにカスパルは笑った。
「こいつらはもう……我らの良き相棒だよ」
いつの間にか室内に入り込んでいた紫色のスライム――騎士隊の補助要員らしい――と拳を交わし合うその様子からは、スライム達との確かな信頼関係を感じさせた。
「二人を呼んだのも、シオリ殿が蒼の森のスライムとの契約者というところにも理由がある。顔見知りのスライム連れならフェンリルにも話を通しやすいのではないかと思ってな」
「なるほど、そういう……」
ある程度はブロヴィートの事情に通じ、そのうえフェンリルを知るスライムを使い魔にしている現役冒険者はシオリだけだ。それが今回の依頼人にとって都合が良かったということらしい。
「こいつらが言うにはそのフェンリルに害はないらしいが、さすがにその言い分をそのまま報告する訳にはいかんのでなぁ」
こちらが下した結論とほとんど同じだったことに、シオリとアレクは苦笑気味に噴き出した。
友人の言うこととはいえ、それをそのまま鵜呑みにはできない者は当然いるだろう。一部では共存関係にあるとはいえ、人間と魔獣の道理は違うのだ。騎士隊としても、情報提供者として上に報告するにはいくらなんでも問題があるだろう。
「二人に頼みたいのは三つだ。まず、一応人間の目で存在を確かめておきたいというのが一つ。それから我々人間に対して本当に害意がないのかどうかの見極めが一つ。そして可能なら……まぁ、これは強制ではないが……幻獣という名の通りにこれまで存在が確認されていなかった新種の魔獣なのか、それとも何かの変異種なのかを調べてもらえればありがたい。勿論これは難しいだろうが、体毛の数本でも持ち帰ってもらえれば御の字だ」
「おいおい、なにやら難易度を一気に上げてくれたぞ」
苦笑するアレクに対して、「だから可能ならという話だ」とカスパルは肩を竦めた。
「三つ目はできればでいい。とにかく実在が分かりさえすれば、騎士隊からも人が出しやすくなるのでな」
「なるほど、体のいい斥候役という訳か」
「そう言ってくれるな……」
アレクはにやりと笑って少々意地の悪いことを言い、カスパルは困ったように頭を掻きながら苦笑いした。
「予算の都合上、騎士隊からの報酬を増やすことはできんが、村からの分がいくらか上乗せされる。あとは気持ちばかりだが村一番の宿を手配してあるそうだ。なんなら私からは足湯と牛串もサービスするぞ」
「サービスで足湯と牛串……」
大変魅力的ではあるが、報酬として妥当なのかは正直かなり微妙なところだ。しかし騎士隊とはこれからも良好な関係を続けたいと考えている冒険者組合の方針を考えれば、断る選択肢はなかった。
今後何か困ったことがあれば可能な限り融通を利かせるという約束をカスパルから取り付けた二人は、ルリィとブロゥを案内役に早速蒼の森へと出発した。
ギリィ「ゼロサムオンライン様で公開中の最新話にて私、初登場!!!!!」
↑こいつが厄災の魔女によって「ああなる」のを想像しながらご覧ください( ◜ω◝ )




