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03 幻獣フェンリルの調査承ります

 夏は爽やかな風が心地よく、この季節には組合(ギルド)の扉を開け放していることが多い。この日も昼前から気温が上がり始め、風を入れるために木造の扉は全開になっていた。

「わぁ……今日も盛況だなぁ」

 過日の家政魔法講座や図書室新設の影響はまだ続いていて、ここ二ヶ月ほどは仕事がなくても組合(ギルド)に入り浸る冒険者も多い。魔法談義に花を咲かせている集団の合間に、本や図鑑を広げている者もちらほらいる。

 常に誰かが待機しているからなのか、依頼の受託状況も良好だ。これまで残りがちだった実入りの悪い仕事も、最近では貼り出しから数日以内には片付いている。試し撃ちついでに引き受けていくからだ。

「仕事の方が『ついで』というのはどうなのかとは思わなくもないが」

「まぁ、ちゃんと片付けてるからいいんじゃないかな……」

「あ、来た来た。おーいお二人さーん」

 苦笑いしていると、魔法書の解釈で同僚と意見を戦わせていたヨエル・フリデールが手を振った。

「これ、今回の分」

 手渡されたのは空き物件を纏めたメモ書きだ。何故かほんのり水葡萄の香りがするのはご愛敬だろう。

 彼とは家政魔法講座以来の付き合いで、時折こうしてシェアハウス用の物件情報を教えてくれるのだ。講座を経て魔法研究の楽しさに目覚めた彼は、シオリが企画している図書室と研修室付きの冒険者向けシェアハウスに強い興味があるらしい。開設を心待ちにしている一人だ。

「わぁ、いつもありがとう」

 今のところは微妙に条件が合わなかったり、既に買い手がついた後だったりと残念な結果に終わっているが、彼の人脈が広い祖父母の伝手を使った情報はありがたかった。

「お。これはいいんじゃないか。この宗教地区との境目の物件。この住所は川沿いだな。景色も良さそうだ」

「ほんとだ。間取りといい部屋数といい、ちょうど良さそう……だけど、何か妙に安くない?」

「……あー、そこね」

 何故か意味深長に含み笑いしたヨエルは、こっそり裏事情を教えてくれた。

「そこ、事故物件とかで割と有名なんだよね。ミステリースポットってやつ。何十年か前に病気で死んだ女の子と後追いした両親が出る(・・)とかどうとかで。怪奇話集にも載ってるくらい地元じゃ有名なんだよ」

「……事故物件」

 幽霊屋敷だと匂わされた二人は顔を引き攣らせた。

 死霊が既知の存在であるこの世界では、幽霊屋敷ともなると本当に出かねない。

 しかしヨエルはにやりと笑って付け加えた。

「つっても爺さんの話じゃデマだから心配ないって。その子も別に死んだ訳じゃなくて、いい医者が見つかったって一家で引っ越しただけって話。大人になる前にすっかり元気になって、今じゃ何十人も孫がいる肝っ玉婆さんなんだとさ」

「なぁんだ……びっくりした」

 蓋を開けてみれば何のことはない、ありがちな話だった。

「ただまぁ、周りの住人はほとんど入れ替わっちゃってて、当時のことちゃんと覚えてる人があんまりいないみたいでさ。急にいなくなったって噂だけが変な形で残っちまったってことらしいよ。結構古い建物だし、大きさの割に最小限の人数しか住んでないせいか、空き部屋ばっかりでいかにもそれっぽい雰囲気だからってのもあるみたいだけど」

 売主はその「女の子」の従弟に当たる人物で、彼女も含めた親類縁者が多く住むロヴネル領に移住することにしたのだそうだ。しかし、風評被害とはいえ怪奇話集にも載るような色物物件に業者も良い顔はせず、買い手を自ら探さざるを得ない状況だという。

「そうなんだ……せっかくだから、一度見学してみる?」

「そうだな。ではヨエル、先方に伝えておいてくれるか」

「じゃあ、爺さんに言っとく。日取りはまた後日な」

「うん、よろしく」

 ひらりと手を振って仲間の下に戻っていったヨエルを見送り、アレクと「楽しみだね」と顔を見合わせた瞬間背後で不意にどよめきと歓声が上がり、シオリは思わず飛び上がってしまった。

「な、なにごと」

 話し込んでいるうちに戸口のあたりに人垣ができていて、その中心にヴィヴィ・ラレティの姿が見えた。見知らぬ青年に手を取られている彼女の顔は、茹で上がったように真っ赤だ。

「幼馴染みがわざわざ郷里から追い掛けてきたらしいぜ」

 そう言いながら何故か本人でもないのに満更でもなさそうなのは、同僚のルドガー・ラネリードだ。彼自身にも、幼少期から慕っていた年上の幼馴染みを追い掛けて冒険者になったという逸話がある。その幼馴染みは今では彼の妻だ。

「へぇええ……」

「あいつもなかなか隅に置けんな……」

 色々あったがヴィヴィも同僚との信頼関係を取り戻しつつある。そんな彼女が、一途な想いを胸に追い掛けてきた青年を前に恥じらう姿は微笑ましい。

 遠巻きに眺めている人々の視線も優しい。彼女を、そして恐らくこれから新たな仲間となるだろう青年を歓迎しているのだということが窺えた。

 ――感慨深そうに微笑むアレクの腕が肩に回され、その胸に寄り添うシオリも彼らを静かに見守った。

 そんな二人の横から、どことなくじっとりとした声が掛かる。

「……お取込み中悪ぃんだがよ」

 すっかり夫婦のような空気の二人を前に苦笑気味なザックが、手にした書類をひらひら振りながら言った。

「指名依頼だ。ブロヴィートからな」

「あれ。噂をすれば」

「だな」

「なんでぇ、お察しって訳かい。まぁ、方々で噂になってるから当然っちゃ当然なんだろうが」

 棚の隙間からなにやら(・・・・)ごそごそ(・・・・)取り出した(・・・・・)ブロゥと、それを一緒に覗き込んだルリィを極力視界に入れないように巧妙に視線をずらしたザックは、「お察しの通り、フェンリル絡みの依頼だ」と切り出した。

 依頼者はブロヴィート駐屯騎士隊隊長カスパル・セランデル。雪狼襲撃事件での負傷で異動となったレオ・ノルドマンの後任者だ。依頼は村長との連名になっている。

「カスパルさんかぁ……そんなに前のことじゃないのに、なんだか懐かしい感じ」

「あの後も色々あったからな……」

 事件後の後始末でほんの数日一緒に仕事をした間柄だ。あれ以来一度も会っていないが、元気でいるのだろうか。

「駐屯騎士隊でも一度調査して、そんときは異常なしってことだったらしいが、村の連中はどうもまだ不安らしくてな。その後も噂が収まらねぇんで、念のため別口でも調べてほしいってことらしい」

「そっか。それで村長さんと連名の依頼になってるんだね」

「そういうことだな」

 依頼内容は幻獣フェンリルの棲息確認。万一遭遇した場合、討伐するか否かの判断はこちらに任せるということだ。

「……なんとも漠然とした依頼だな」

 ぼそりと呟いたアレクに、ザックは首を竦めてみせた。

「去年の件もあるんで不安だってのは分かるが、今のところこれといった被害はねぇからな。騒ぎが大きいわりにゃあ、何かされたって話も聞かねぇしよ」

「誰かにちょっかい掛けたとか、猟師小屋を荒らしたとかっていうのでもないものね……」

 不安だというだけで、特に害のないものを駆除しろというのも乱暴な話だ。ただ、立ち向かって来たら戦わざるを得ない。しかしそれも「本当にいたら」の話だ。

「脱走した実験体のように確実にいるというのなら、騎士隊も大々的に討伐隊を出せるんだろうがな」

「まぁ、公的機関だからその辺は仕方ないよね……」

 二ヶ月ほど前、ハスロの森で旧帝国の合成魔獣(キメラ)ユルムンガンドを討伐したことは記憶に新しい。内乱末期に研究施設から逃亡した実験体の一つで、その後の騎士隊による山狩りは、生き残りを駆除するためのものだった。

 幸い冒険者組合(ギルド)が駆り出されることはなく、王国全土の新任騎士の実地研修を兼ねた大規模討伐は全頭駆除に成功したということだった。

 人工的に作られた魔獣の討伐など本来なら極秘にするところだろうが、最終的に公にされたのは結局噂が広がってしまったからのようだ。人の口に戸口は立てられないということだろう。

「しかし、そういうことなら早いうちに行ってやろう。夏至祭前にはなんとかしたいだろうしな」

「そうだね。早速明日にでも行ってみる?」

「ああ」

 何をするにも上の承認が要る騎士隊とは違い、フットワークの軽さは冒険者の強みだ。だから騎士隊から冒険者組合(ギルド)に仕事が回されることも珍しくはない。

 公営か民営かの違いがあるくらいで業務内容が似通る二つの組織は、他国ではいがみ合うことの方が多いというから、これは互いに良い関係を築いているストリィディア王国ならではの事情だろう。

 いつの間にか足元に来ていたルリィも、里帰りができる予感に嬉しそうだ。

 その隣で「いいなぁ」というようにブロゥがぷるるんと震える。けれども、「差し支えなけりゃあブロゥも連れてってやってくれねぇか」とザックが言い添えて、こちらも嬉しそうにぽよんぽよんと飛び跳ねた。

 人間二人にスライム二匹という、なかなかほかにはないパーティ編成には笑うしかないが、前回のどこか陰鬱な旅とは違って楽しいものになりそうだ。

「あっ、そういえば」

 二匹の楽しげなスライムを見下ろしていたシオリは、不意に思い至って声を上げた。

「ブロヴィートの辺りってことは、フェンリルって蒼の森にも出るってことだよね? もしかしたらルリィ達は見たことあるんじゃ……?」

 あまり考えもしなかったが、魔獣の事情は魔獣に訊けば良いのではないだろうか。

 フェンリルの特徴を伝えると、果たして瑠璃色と空色のスライムは、「見たことあるよ!」とでもいうようにぷるるんと震えた。

「えっ、本当にいるの!?」

 目を丸くする人間達を見上げて、スライム達は「いるよー」と肯定するように再びぷるんと身体を揺すった。

「……いるんだ」

「……いるのか」

「マジかよ……」

 調査前に存在が確定してしまい、三人は思わず絶句してしまった。

 しかし当然それをそのまま調査結果として報告する訳にもいかず、二人と二匹は翌日ブロヴィート村へと旅立つことになった。

氷湖の竜「待ってたぜェ! この瞬間をよォ!」ギャリギャリギャリギャリ(※氷湖ではっちゃける音


ユル蛇「まだだからまだだから!!」

ギリィ「まだ名前すら出てませんよ!」

ルリィ「フライングにもほどがある」




このネタ竜のときに絶対使ってやるんだと温め続けて早五年_(:3」∠)_

そして次の更新は二週間後の火曜日になると思います_(:3」∠)_

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど!つまり今度はチン列罪氏が凶運(ハードラック)とダンスっちまうわけですね! チン列罪氏「何故じゃあぁぁぁぁぁ!!」(ドップラー効果)
[一言] いつも更新を心待ちにしているおばちゃんです。 今度はどんな冒険が待ち受けているのか、ドキドキワクワクです。
[一言] 氷湖の竜さんへ イキッていたらそのうち蒲焼きにされますよwww
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