21 急病人の看護承ります・後日談
アレク視点。
しゅ、と空気を切り裂く音と共に、魔法剣を一閃させる。
かしゃん、かしゃん。薄いガラスの割れるような音が複数響き、半円形に取り囲んでいた虹色蟻が綺麗に両断された。身体を上下に切断された虹色蟻はしばらく蠢いていたが、程なくして事切れたようだった。
周囲の気配を探り、討ち漏らしの無いことを確かめる。問題なさそうだ。
鞘に剣を収めてから手のひらを眺め、それから深呼吸してみる。どこにも不都合はない。良かった。大丈夫だ。もう体調は万全だ。
熱を出して前後不覚という事態に陥ること二日、解熱した後大事を取って二日休めばすっかり回復していたのだが、「あと三日は休んでろ馬鹿」という組合マスターの有難い言葉を頂いて、結局一週間も仕事を休む破目になってしまった。ようやく今日お許しを得て、現場に復帰した次第である。
身体慣らしにと比較的楽な仕事を勧められたのがこれだ。虹色蟻の外皮の採集。その名が示す通り、美しい虹色に輝くこの蟻の外皮はガラス質の薄い膜で出来ており、ガラス細工や香水瓶、宝飾品の素材として重宝されている。虹色蟻自体は然程討伐難易度は高くはないが、素材として使用する為にはなるべく外皮を傷付けないように始末する必要があること、そして棲息地周辺の魔獣や多少厄介であることから依頼の難易度は高く設定されていた。
手渡されていた専用の保存袋にひとつずつ丁寧に包み、緩衝材で更に包んで背嚢に詰め込んだ。後は依頼人に引き渡すだけだ。
「ん?」
素材の取りこぼしが無いかぐるりと視線を巡らせたアレクは、足元に何か光る物を見つけてその場に膝をついた。落ち葉に半ば埋もれるようにしているそれは、摘まみ上げると陽光を反射して煌めいた。青みがかった深い紫色の石の欠片。
「……天然の魔法石か」
虹色蟻はその外皮の内側に魔素を溜め込む性質がある。恐らくそれが結晶化したのだろう。澄んだ不思議な色合いの紫色は、虹色蟻が好んで食べる雪菫の色素が定着したのかもしれない。
魔素を溜める性質の魔獣からは、こうして時折結晶が発見されることもある。大振りのものは魔道具や武具の素材に用いられる他、人工魔法石の原料にもなるが、小振りのものは半貴石として扱われている。
これは指先ほどの大きさのかなり小さな石だが、それでも売ればそれなりの金額にはなりそうだ。そう考えてから、ふと思い直してもう一度その石を見つめた。
――飾り気の無い女の姿が一瞬目に浮かんだ。
しばし考え込み、それから丁寧に手持ちの布に包むと、無くさないよう腰のポーチに大切に仕舞い込んだ。
街に帰還し、早速依頼人の元へと向かう。一等街区の外れにある小さいながらも品の良い宝飾店の扉を開けると、店の奥で客の装飾品を修理していたらしい若い店主が顔を上げた。今回の依頼人だ。こちらの顔を見とめていそいそと近寄って来る。
「アレクさん。お早いお帰りでしたね」
「大体の魔獣の居場所は把握してるんでな」
「なるほど」
回収した素材を手渡すと、店主は保存袋から慎重に取り出してひとつひとつ丹念に確認する作業に入る。
「――ひとつだけ大きな傷痕がありますが、これは古い傷のようですので元から付いていたものでしょうね。それ以外はかなり品質は良いです。切断部分以外に傷がほとんど入っていない。これだけ大きいものが揃っていれば、かなり思い切ったデザインの物が出来そうですよ。ありがとうございます。確かに受け取りました」
「それは良かった」
店主が依頼票に完了のサインをし終わるのを見計らって、話を切り出す。
「ひとつ個人的な依頼をしたいんだが、構わないか?」
「勿論ですよ。なんでしょう?」
ポーチから取り出した魔法石をカウンターに乗せると、失礼、と呟いてから店主は興味深そうにそれを眺めた。
「天然の魔法石ですか。もしやこれは虹色蟻から?」
「ああ。それを何か装飾品に加工してもらいたいんだが、どういった物を選べばいいか分からなくてな」
「……というと、贈り物ですか?」
「そうなるな」
「女性ですか、男性ですか」
「……女だが」
店主は考える素振りを見せた。
「その方とのご関係や、その方の好みによってお勧めする内容が変わりますね」
「……そういうものか……」
安易に考えていたが、案外難しいのかもしれない。女への贈り物など、任務の標的の女に強請られるままにしていただけだったから、正直何を贈ったら喜ばれるかなど考えもつかない。
「奥方様ですとかご交際相手のようなご関係の場合は指輪に加工される方が多いですね。ですが、そういう御相手ではない場合、指輪は重く受け取られてしまうかもしれません。耳飾りにしても、イヤリングかピアスかでお好みが分かれますし」
「……なるほど」
「失礼ですが、どういったご関係の方で?」
訊かれて一瞬どう言ったものか躊躇うが、少し考えてから返事した。
「冒険者仲間の女だ。先日世話になったんでな。その礼にと思ったんだが」
シオリの姿を思い描く。
「飾り気の無い女なんだ。付き合いはまだ短いが……装飾品の類を身に着けているところは見た事が無いな」
薄化粧の飾り気の無い女だが、それがむしろ内に秘めた魅力を損なわずに魅せている。
店主はしばらく思案していたが、ガラスの飾り棚の中からサンプルを幾つか取り出すと、カウンターに並べ始めた――。
数日後。出来上がった依頼品を受け取り、頃合いを見計らって組合に向かった。この日のシオリの予定は調査済みだ。じきに依頼を片付けて戻って来るだろう。
居合わせた馴染みの顔と近況報告や情報交換をして時間を潰していると、やがてシオリが戻って来た。こちらに気付いた彼女に手を上げて挨拶して見せると、微笑みと共に目礼が返って来る。そのまま依頼完了の報告と魔力探査を終えるのを待って、彼女を捕まえた。何か言いたげなザックには気付かない振りをしてシオリを外に連れ出すと、あまり目立たない場所に引っ張っていく。
不思議そうな顔の彼女を前に柄にもなく緊張したが、懐から出来上がったばかりのバングルを取り出した。店主の勧めで、堅苦しくならないように敢えて化粧箱は外して貰っていた。そのまま布に包んだだけ。
淡い金色の華奢なバングルの両端には幾枚も絡み合った細かな葉の飾り。その中にベリーの形に削り出した魔法石を一粒だけあしらってある。
目立ち過ぎず、さりとて隠し過ぎずの絶妙な存在感の腕飾りだ。彼女のような慎ましい女には丁度良い意匠だった。
「この間の礼だ。受け取ってくれ」
シオリは驚いたようだった。躊躇う彼女の腕を取り、華奢な手首にそっと嵌めてやる。淡い金色のバングルは乳白色の肌によく馴染んだ。時折陽光を受けて魔法石がきらりと煌めく。
「この色の石には魔除けの意味があるらしい。何かと危険も多い仕事だ。護符のつもりで着けていてくれると嬉しい」
「……ありがとうございます」
初めは困ったように眉尻を下げていたが、どうやら受け取って貰えるようだ。シオリはバングルをそっと撫でて、綺麗ですね、と言って笑った。それからふと何かに気付いたようにその手首をアレクの目元まで掲げて見せる。
「ああ、やっぱり」
彼女は笑った。
「この石の色、アレクさんの色ですね」
大事にします、そう言うと、頭を下げて見せてから、もう一件片付けなければならない仕事があると言ってシオリは組合に戻って行った。
――アレクさんの色ですね。
その言葉の意味に思い至って、アレクは年甲斐もなく顔を赤らめた。
特に意識していたわけではなかったが、図らずも己の瞳の色の装飾品を女に贈ったのだという事に今更ながらに気付く。
やらかしたと思うべきか、それともこれで良かったのか。どちらにしてもシオリは受け取ってくれたのだ。
彼女はその意味を知っているのだろうか。男が己の色を、女に身に着けさせるという事の意味を。
――所有の証。
「……なるほど。魔除け、か」
まぁ、悪くない。
なんだか可愛い人になってしまったアレクです。
多分私の好みが「渋可愛い男」だからなんだと思います。
本日、この連載のタイトルを変更しました。うまいタイトルが思いつかず、ずっと仮題のつもりで居ましたが、このあたりが妥当かなというところで改題です。
タイトル変更についてや、そのほかこの連載の設定などについて思うことがありましたので、そのあたりは活動報告あたりで。




