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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第7章 家政魔法の講習承ります

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14 家政魔法と攻撃魔法への転用8「探索魔法 実地研修」

 雪崩の下流域は目算で幅、距離ともに約百メテル、深さは三メテルほど。

 発信機(ビーコン)のような便利な機器は当然なく、騎士隊の災害救助犬(使い魔)がいない以上、捜索は完全に手作業となる。捜索棒(プローブ)で雪の上面を突き刺して埋没した対象物を探すという極めて根気がいる作業だ。捜索範囲が広ければ広いほど時間も掛かる。

 けれども数人の魔導士が探索魔法を用いれば――勿論これは対象が生存しているか、魔素を強く帯びたものを携帯している場合に限るが――短時間で済むはずだ。

 それに遭難した討伐隊には魔法の心得のある者が半数いるという。うち一人は使い魔を連れているということだった。生存の可能性は通常よりは高い。そのはずだと信じて一同はシオリの「講義」を待った。時間の猶予はなく、説明は一度だけ。だから皆真剣そのものだ。

「探索範囲が広ければ広いほど位置特定の精度が落ちます。特に皆さんは初心者です。なので今回は一人当たりの範囲を狭く取りましょう。一人に付き縦五メテル、横十メテルずつ。これを二人組で交互に行います」

 一人が探索魔法を展開する間、もう一人は五メテル先に立ち、小休止を兼ねて相手の魔力の流れを見ながら位置特定の補助を行う。

 足りない人員は辺境伯家の私兵や引率役を引き受けてくれた他支部の冒険者、そして医療班の手伝いを任せたD級以下の一部から特に魔力量の多い者を割いて補った。

 また、生存者がいた場合に備えて、救出作業に当たる人員も村人の中から確保済みだ。彼らはいつでも飛び出せるように、探索範囲の両端に控えている。

「やり方は、基本的には指定範囲内に魔力を放出する、ただこれだけです。このとき、魔力を途切らせないように気を付けてください。途切れると対象を感知することができません。放出した魔力は自分の身体の一部と考えて、途切れないようにゆっくり丁寧に流してくださいね。一度やってみます」

 深呼吸したシオリは、右手を起点にして前方向に魔力を放出していく。普段のような網の目ではなく、誰の目にも分かりやすいよう一枚板のようにだ。その魔力によって「拡大した右手」を、ゆっくりと下方向に移動させていく。

「私の場合は平面をスライドさせて探索するのが限界ですが、魔力量が多いのであれば、探索範囲を一つの『箱』として捉え、その中に魔力を満たすようなイメージで立体的に探索するやり方もあります。このように」

 探索範囲をごく狭い範囲に切り替え、『箱』を満たしていくように魔力を流し込む。

 ――説明しながら探索した範囲内には、残念ながらそれらしき気配はない。

「探索魔法で対象に触れると、直接触れたときと似たような感覚があります。私達が普段から行っている気配察知と同じように、一般的な植物の場合は触れてもほとんど気配を感じることはありませんが、人間を含む動物や魔獣などはどれほど弱っていても必ず何らかの手応えがあります。なので、慣れていなくてもそれなりに気配は感じられるものです。根気よく探ってみてください」

 気配察知という言葉を聞いた瞬間、ヴィヴィが気まずそうな顔をした。自警団の頃から集団行動が基本だった彼女は、完全に仲間頼りで基礎的な気配察知の技能は身に付いていなかったようだ。これを気にしてのことだろうが、魔導士が本気で探索魔法を使ったならば、必ず何らかの形で気配を感じるはずだ。

 ――魔力という「身体の一部」で、直に対象に触れるからだ。

 大丈夫だと頷いてみせると、はっと息を呑んだヴィヴィはこくりと小さく頷き返す。

「以上、説明は終わりです。何かご質問は」

 ぐるりと見回してみたが、特にはないようだった。

 元々が初心者向けの魔法書に載っているような、室内探索用魔法だ。気配察知を覚えれば魔法など使わずともある程度の場所は分かるからと不人気ではあるが、初心者の頃に一度くらいは使ったことがある者も多い。だから魔力使用量にさえ目を瞑れば、きっと上手くいく。

「あとは実践あるのみだな。皆、やってやろうぜ」

 引率役を差し置いてのヨエルの音頭取りには苦笑する者もあったが、ともあれ、この場はもう彼らに任せて問題ないだろう。

「よし、俺達も行くぞ」

 勇気付けるようにアレクに肩を叩かれて、シオリは頷いた。

 足元のルリィとブロゥも、力強くぷるるんと震えた。



 遭難者捜索及びユルムンガンド討伐班を見送る時間も惜しんで、下流域捜索班は指定の位置に付く。

 緊張はあるが不安はない。交わす言葉は少なくとも、沢山の仲間や先輩が共に在るからだ。

 目的のために心を一つにする。

 互いの心を預け合う。

 それこそが仲間であり、パーティプレイの基本でもある。

 ――非常時であることに後ろめたさを感じながらも、ヴィヴィは自身がその「仲間」の内に在ることに喜びを見出していた。

(……こういうのって、なんだか久しぶりな気がする……)

 確か、シーラやミアとパーティを組んだばかりの頃はこんな気持ちだった。

 郷里の自警団にいた頃の、大人の指示で全てが決められていたときとは違い、自らの意志で選んだ仲間と助け合って仕事をこなしていくことが、ひどく嬉しかったことを覚えている。

 けれどもそれがいつの頃からか変質してしまった。自身が世界の中心であるかのように錯覚して、「仲間」と「それ以外の愚物」で区別してしまっていた。それどころか、仲間うちですら「騎士爵のお嬢様」と「お友達係の付き人」のような関係になっていたと今更ながらに気付かされた。

 きっと何もかもが対等な仲間ではなかったのだろう。シーラにとって、自分が友達だったのかどうかすら今となっては分からない。

(でも、本当は……周りの人達皆が仲間だった)

 仲間だからこそ、非常時にはこうしていともたやすく手を取り合うことができる。

「嬢ちゃん、やるぜ」

 この場でのパートナーであるヨエルが肩を叩いた。

「予備の回復薬は沢山あるんだ。出し惜しみしないで全力で行こうぜ」

「……はい!」

 返事をしたヴィヴィに頷き返した彼は、そのまま歩いて五メテル先の定位置に付く。

 引率役の魔法剣士が合図の手を掲げた。捜索開始だ。

 その場に膝を付いたヴィヴィは、深呼吸してから魔力を解放する。利き手の右手から流れ出ていく魔力が途切れないよう慎重に、ゆっくりと。

 前方に立つヨエルと隣りの魔導士を目印にして、長さ五メテル、幅十メテルの「魔力の板」を作り上げる。

 たったそれだけの作業ですら、精神力がごっそりと持っていかれるような感覚があった。魔力量の多さが仇になって、体内から押し出されるように魔力が垂れ流しになっているのが感じられた。

 けれども今はそれでも構わないのだ。とにかく何か生きているものの気配を探れればそれで良い。

 受け持ちの領域からはみ出た「探索フィールド」がヨエルに接触した瞬間、人肌に触れたような感覚が過ぎった。

「これが生き物の感覚……」

 呟いた途端に「探索フィールド」が途切れそうになり、慌てて意識を集中した。しかし、その集中するという動作自体が引き金となって必要以上に魔力が放出され、ひどい脱力感がヴィヴィを襲う。

 これを維持するだけでも相当な労力だ。あらかじめ膝を付いていて正解だった。立ったままでは崩れ落ちていたかもしれない。

「……ぐっ……」

 唇を噛み締めて呻き声を押し留め、「探索フィールド」をゆっくりと下方に下ろしていく。深さ三メテルというのは感覚ではいまいちよく分からなかったが、それは魔力の流れを見ていたパートナーのヨエルが「多分そのくらいで十分だ」と教えてくれた。

 大きな溜息と共に探索を解除したヴィヴィは、ぐったりとその場に手を付いて身体を支えた。

「きっつぅ……!」

 同じく座り込んだ隣りの魔導士が呻いた。

「これは使い方をちゃんと覚えないととんでもなく疲れるぞ。魔法何十発分かの魔力が一気に持っていかれちまう」

 魔力を瞬間的に打ち出す魔法とは違う。維持と制御にこれほどの労力を要するとは思わなかった。

「――魔力の流れを見るように、捜索対象も直接見て(・・・・)探せれば楽なんだけどな」

 最初の五メテル以内に生物の反応はなし。それを身振りで告げる魔法剣士を眺めながらヨエルが呟く。

 詳しい理由は解明中で未だ不明らしいが、体内から放出しない限り生命体が持つ魔力は直接見ることはできない。ただ気配として感じるだけだ。しかもそれは生命活動を停止した瞬間、消失してしまう。それゆえに魔力は生命力そのものだと唱える学者もいるようだが、魔力量と寿命は決して比例するものではなく、やはり謎は多い。

 そもそもが、一定量以上の魔力を有する者が敢えて見ようと意識しなければ見ることもできないような代物だ。確かに存在していながら、魔力というものはそれほど曖昧で不可思議な存在(もの)なのだ。

 その魔力を使って発動する魔法。ヴィヴィはいつでも使える便利な道具のように扱っているそれが一体どういったものなのかを、実はあまりよくは知らなかった。

 知らなかったからこその、宝の持ち腐れだ。

(……もっと、ちゃんと色々知りたい。知らないことばっかりじゃん)

 そして自分もあの人(シオリ)のように新しい魔法を作り出してみたいとヴィヴィは思った。

 多くのものが足りないという自覚を噛み締めながら、ヴィヴィは仲間達と交代で探索を進めていった。

 一度は微かな生命反応に色めき立ったが、急いで掘り起こしたその場所にいたのが、間一髪で間に合わずにこと切れてしまった一角兎だと知ってひどく気落ちしたものだ。

 けれども諦めずに探索を続けていく。

 そして幾度目かの交代でくたくたになりながらも魔力を解放したヴィヴィは、ある地点で「あっ」と小さく声を上げた。

 ――生命反応がある。それは隣の領域との境界付近で、探索の網をこちらにはみ出してきた魔導士も、やや遅れて「何かいる!」と叫ぶ。

「さっきよりも大きい!」

「人間かも!」

 反応があった地点を二人がかりで探ると、同じ場所に二つの気配があるのだということが分かった。

「二人か……?」

 魔導士が呟くが、ヴィヴィは曖昧に首を振った。

「分からない。けど、両方の気配の感覚? がなんかちょっと違う気がする」

 何がどうとは説明することはできなかったけれど、二つの気配にはごく僅かな差異がある。

「使い魔連れの奴かもしれねぇな。人と魔獣は気配が違うだろ」

「とにかく掘ってみよう。何か生き物がいることは確かなんだ」

 村人と協力して掘り進めると、周囲から歓声が上がった。人の姿が見えたからだ。

 若い男と使い魔であろう双頭の犬(オルトロス)が、折り重なるようにして倒れている。

「よく圧し潰されずにいてくれた……」

 誰かが安堵の息と共に呟く。

 彼らは避難壕のような僅かな隙間の中にいた。男か使い魔のいずれかが、咄嗟に魔法障壁を張ったらしい。

「引き上げろ! 大分衰弱してる。急げよ!」

 衰弱具合が酷いのは男の上に覆いかぶさっていたオルトロスの方で、どうやら主を護ろうとした結果のようだ。

 この魔獣は獰猛な見た目とは裏腹に温厚で賢く、特に酪農が盛んな地域では番犬や猟犬として人気だ。ヴィヴィの村でもオルトロス飼いが幾人かいたほどだ。

 そのオルトロスのお陰なのかどうか、幸い男の方は救出中に目を覚まして弱々しい呻き声を上げた。その声の中に微かな呟きが交じる。

「いい、喋るな。無駄に体力を使っちまうよ」

 ヨエルの声掛けにも耳を貸さずに男は首を振った。ぐったりと脱力していた腕をどうにか持ち上げて、彼の袖口を掴む。男は必死で何かを伝えようとしているようだった。

 気付け薬を含ませるといくらか気力が回復したようで、彼はなんとか声を絞り出す。

「ドラゴンみたいな頭の、変な蛇が、出たんだ。スノールムじゃ、なかった。二匹……」

 掠れた声で告げられた言葉は、奇妙にその場に大きく響いた。

 アレクの見立て通り、問題の魔獣はユルムンガンドらしい。けれども現場に残されていた痕跡は一匹分だけのはずだ。それがもう一匹山に潜んでいたということか。

 冒険者達の顔が緊張に強張った。

「でも、胴体はスノールムとそっくりで、スノールムと大差ないって、油断して、おやじさんが」

 そこで彼は言葉を切ったが、途切れた台詞の先を察してその場に沈黙が下りる。村人達の顔色がさっと変わった。

 ――恐らくその「おやじさん」は、命を落としたのだ。

「村に、報せるために、俺だけ……でも、途中で雪崩が……」

 一番身軽な彼が、増援を求めるために下山させられたようだ。途中からはオルトロス(相棒)に促されてその背に跨っていたという。どうやらこの使い魔の衰弱具合にはそのあたりにも理由があるようだ。

 けれども村まであと僅かというところで、雪崩に巻き込まれたらしい。

「大丈夫だ。ついさっきあんた達を探しに冒険者の一団が向かったんだ。トリス支部の手練ればかりだ」

 ヨエルがそう伝えるといくらか安心したのだろう、男は蒼白に強張る顔を僅かに緩めて「良かった」と呟く。

「それで、その魔獣が出たのはどのあたりか分かるか?」

 男は喋るのも辛いのか、顔を歪めながらも小さく頷いた。

「ロサシェナの谷、東の尾根の、すぐ下――」

 それは雪崩の起点の、尾根を挟んだちょうど真裏にあたる場所だという。

 「ドラゴンのような頭を持つ二匹の蛇」と遭遇したのは二時間半ほど前。尾根の裏側にいれば雪崩に巻き込まれはしなかっただろうが、ほとんど未知の魔獣二匹と対峙して無事であるかどうかは分からない。散り散りに逃げて、結局雪崩に巻き込まれた可能性はない訳ではないのだ。

「私の使い魔を飛ばすわ。前情報はあればあるだけいいもの」

 トリスヴァル領東部の支部から来たという魔導士の女が、メモ書きした紙片を使い魔の小鳥に括り付けて何事かを小さく囁いた。その鳥は「きゅーい!」と一声上げると、薄紅色の羽を羽ばたかせて飛び立つ。アレクやシオリ達に、遭難者の最終目撃地点と魔獣の数を報せるためだ。

 小鳥は瞬く間に見えなくなった。男とオルトロスも村に運ばれていく。

 そうして捜索活動が再開される中、ヴィヴィは一瞬だけ山の方角に視線を向けた。春の息吹を感じる雪解けの山は美しいが、その懐には不気味な魔獣が潜んでいる――そう思うと、この身が震えるような心持ちがした。

 エクレフ村の住人にとって、雪崩も魔獣もごく日常的なことだった。きっと今回も、いつものように何事もなく終わるはずだったのだろう。

 けれども慣れと油断、驕り――そういった緩みが日常を悲惨なものに変えることもあるのだということを、ヴィヴィは今、まざまざと思い知らされていた。

(全部終わったら……お墓参りに行こう)

 経緯はどうあれ、シーラはヴィヴィの仲間で友人だった。共に在り、共に過ちを犯したのだから、仲間として一度は花を手向けに行くべきだろう。

 彼女の遺髪は一族の墓所に納められたというが、できればその躯が眠る地に行きたいとヴィヴィは思った。そのためには、シーラを埋葬したという彼女の指導教官に頭を下げなければならないだろうが、そうすることに最早躊躇いはなかった。

 そして墓参が終わったら、勉強するのだ。沢山本を読み、色んな人に話を聞いて、そうして知識を蓄えて、技術を磨いていくのだ。

 ――これが後に魔法研究の歴史に名を残すことになる魔導士の一人、トリス魔法工科大学教授ヴィヴィ・ラレティ・エクホルムの第一歩となったことを、このときの彼女は知る由もなかったのだけれども。


大蜘蛛「炙る」

雪熊「煮る」

脳啜り「刺身かもしれない」

ギリィ「蛇だけに、やっぱり酒かもしれませんねぇ」

ユルムンガンド「……」

※新入り氏の残念な死因予想中


どれも違います。

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― 新着の感想 ―
[一言] >>氷漬けで粉みじん >……(←実は最初考えてた人) その場合、サブタイトルは「魔獣のフリーズドライ承ります」だったんですかね?
[一言] コミックの宣伝が気になって、読みに参りました。 夢中になって毎日読みふけり、主人にお願いして小説の単行本も二巻まで購入させてもらいました。 シオリちゃんを応援する近所のオバちゃんみたいな気持…
[一言] 面白いお話ありがとうございます! これはただの希望なんですが、話のまとまり事などに、文章と文章の間に行間を入れて頂けたりすると読みやすくなって嬉しいです。 と言っても、過度に手間だったり難…
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