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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第7章 家政魔法の講習承ります

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13 帝国のキメラ

 魔獣被害に遭った牛舎の調査などよりも早く遭難者を探しに行ってほしいという不満を滲ませた村人に、二次被害を防ぐためだと説き伏せたアレクは、冒険者を率いて問題の牛舎に向かった。

 目撃情報とは異なる魔獣だった場合、派遣したパーティを危険に晒すことになる。実際アレク自身にも経験があった。そういった事例がある以上できる限りの下調べをし、調査結果によっては捜索方針を見直さねばならない。

 村人は終始不満げな表情を隠しもしなかったが、結果としてアレクの判断は正しかったことになる。

 ――問題の牛舎を見た瞬間、誰もがその惨状に息を呑んだ。古い木造の扉や壁の一部が無惨に壊され、周辺の雪には夥しい血の痕があった。それに紛れて犠牲になった家畜の肉片らしきものが飛び散っていることに気付き、込み上げる不快感を堪えて眉根を寄せる。

「これは酷いな。想像以上だ」

「……だねぇ……」

 ナディアは口元を隠して顔を顰めている。

 仕事上こういったものに慣れてはいても、ありふれた平穏な日常的風景が凄惨な惨殺現場と化した様子は、決して見慣れるものではない。

 それは皆も同じだったようで、中にはすっかり蒼褪めてしまっている者もいる。そのほとんどがC級保持者だ。基礎能力の高さゆえに昇格こそ早かったものの、活動年数で言えば二年に満たない者も決して少なくはないのがこのランクの特徴だ。凄惨な現場には慣れていないのも無理はない。

(場合によっては置いていった方がいいかもしれんな……)

 凶悪な変異種と遭遇する可能性がある中での捜索活動は、かなりの危険を伴うはずだ。今この段階で恐怖心を抱いてしまっていては、咄嗟のときに普段通りの立ち回りはできないかもしれない。

 思案しながら視線を巡らせると、ヴィヴィの姿が視界に入った。そのときはさしたる疑問を抱かなかったが、小屋に視線を戻した瞬間ふと思い至り、アレクは「いかん」と声を上げた。

「ヴィヴィ。そういえばお前、D級だったな。悪い」

 D級以下は村での仕事を指示したはずだったが、捜索隊の班分けのときには当たり前のようにそこにいたから、アレクもうっかり失念していた。

 一瞬怪訝な顔をした彼女は、すぐに気付いて気まずそうに目を泳がせる。

「あっ、すみません、つい……。忘れてました」

 確かにヴィヴィは一時期C級だったことがある。けれども「不祥事」で今はD級の身分のはずだ。

 もっとも、あの後すぐに組合(ギルド)を辞めてしまった彼女がそれを失念していたのは分からないでもなかった。

「まぁいい。俺も気付かず悪かった」

 アレクは苦笑した。

「一応C級レベルの能力があることは分かってるが、戻っても構わんぞ。どうする」

 ヴィヴィはいくらか悩む素振りを見せた。けれども「いえ、大丈夫です。子供の頃から自警団に入ってましたし」と首を振った。

「私、これでもこういうのは見慣れてますから。山の中に住んでたから、魔獣に襲われて家畜が酷いことになるのってそんなに珍しくなくて」

 人口が少ない村では能力さえあれば子供でも自警団に入ることも珍しくはなく、狩人としての経験年数はそれなりにあるのだと彼女は言った。近隣の村の遭難者捜索に参加したことも一度や二度ではないという。

「そうか、分かった。だがまぁ無理はするなよ」

「はい、分かりました」

 ヴィヴィはナディアの班だ。面倒見の良い彼女ならいいようにしてくれるだろう。

 広範囲に及ぶ捜索だ。正直に言えば一人でも多くの人出が欲しかった。

「……さて」

 小屋を調べ始めていた同僚達に歩み寄ると、しゃがみこんで壁の低い位置にある傷痕に首を捻っていたカイが顔を上げた。その表情は困惑気味だ。

「ちょっと見てくれよ。どう思う?」

 顎で指し示されたアレクは、言われるままに覗き込んだ。

 壁から扉に掛けて走るその傷は、何か硬く鋭いもので深く抉り取られてできたものだと分かる。断面はささくれて一定ではなく、何度も執拗に「凶器」で削り取ったようだった。その「凶器」の直径はおよそ三十センチメテルほど。大口を開けて牙で齧り取ったとすれば、こんな形にはるはずだ。

 だが。

「――大き過ぎるな」

 そう呟くと、「だろ?」とカイは頷く。大人しくそばに佇んでいたブロゥもまた、「変だね」というように身体を傾げている。

「変異種だとしても、ちょっとなって気がするんだよね」

「だな。丸太を抉るほど強靭な顎ではなかったはずだ」

 壁に残された噛み跡はスノールム(雪毛蛇)によく似ていた。だが、変異種だということを考慮しても違和感は残る。

「これって本当にスノールム? なんか似たような魔獣っていたっけ」

「いや……どうだろうな。ナディアはどうだ?」

 近隣諸国を渡り歩いた彼女なら心当たりがあるのではないかと期待したが、ナディアは生憎覚えがないと首を振った。

「そうか……」

 念のため、ほかの者達にも訊いてみたが、これといって思い当たる魔獣はいないようだ。

 アレクは辺りを見回した。だが周辺は村人達に踏み荒らされ、魔獣のものらしき痕跡は見当たらなかった。小屋の中も既に片付けられているようで、残念ながら赤黒い染みが残る以外には特に目立つものはない。

「おい、本当にスノールムだったのか? 誰か直接姿を見た者は」

 村人に声を掛けると、姿は見ていないが雪に残された移動痕は確かにスノールムのものだったと彼は言った。

「結界の外に多分まだ残ってるはずだ。こっちだよ」

 幸い魔獣の侵入経路は雪崩の被害を受けてはおらず、無惨に食い千切られている結界用の柵が応急処置で塞がれている以外は、ほとんどそのままの状態に保たれていた。日差しで溶けたのか柵の外側の雪原には魔獣の移動痕はなかったが、その先の小さな木立の中には討伐隊の足跡と共にまだ残されていた。

「これは……」

「どう見てもスノールムだねぇ」

 その雪の上に残る不思議な波模様の移動痕は、確かに見慣れたスノールムのものだ。抜け落ちて散らばる淡青色の体毛も特徴的で、誰の目にも明らかに()の魔獣であることを示している。

 だが、アレクの視線は別のある一点を捉えた。木立の向こう側、移動痕が消えた先にある小さな雪穴だ。

 直径十数センチメテルほどのその雪穴は、移動痕から数歩分離れた場所に開いていて、スノールムとはまるで無関係に見える。何の予備知識もなければ小動物が潜り込んだ跡か何かだと思うだろう。

 しかし強烈な既視感に襲われたアレクは、ゆっくりとそれに歩み寄った。

 よく見ると雪穴の周辺には、淡青色の体毛に混じって薄いガラス片のような鱗が煌めいていた。だが、スノールムには雪に潜る習性もなければ鱗もない。

(……同じようなものを、前にどこかで見たことがある)

 それほど昔ではない、ここ数年のことだ。

(どこでだったか……)

 アレクは目を眇めた。

 この数年の記憶はドルガスト帝国で積み重ねたものばかりだ。その大半を帝都で過ごしていたアレクにとって、雪が積もるような時期に野外にいた期間は相当に限られる。

 ――小屋の齧り跡。夥しい血痕と肉塊。大きな波模様の移動痕。そして雪穴と鱗。

 連想式に手繰り寄せた記憶が、不意にある一点で像を結んだ。

 全体像はスノールムによく似ている。だが、その頭部は小さなドラゴンのような形状の――。

「……ユルムンガンドか……!?」

 小さな叫びのような呟きは、思いのほか辺りに響いた。

「え、ユルム……何?」

「何っすか、それ」

 王国ではあまり聞き慣れない名に、ほとんどの者は目を瞬かせている。だが、その名を知る者達には大きな衝撃を与えた。

 ユルムンガンド、それはドルガスト帝国の忌まわしき遺産の一つだ。スノールムの変異種の交配と選抜を繰り返して作り出した優れた個体に、近縁種のオルドレイク(小蛇竜)を掛け合わせて生まれた合成魔獣(キメラ)。スノールムの凶暴さと耐寒性、そしてオルドレイクの咬合力と機動性を備え持つ、軍事用の魔獣なのだ。

 しかし命に無理に手を加えた弊害か、夏でも二十度を下回る帝国南部の山岳地帯でしか生きられず、その多くは実戦投入される前に死に絶えたと聞く。それゆえにその存在を知る者はあまり多くはなく、現に近隣諸国では名前さえ知らない者も多い。

 だが生き延びた一部の個体がその帝国南部地域に細々ながらも定着し、年に一、二度の頻度で山沿いの農村を襲うなどの被害を出していた。貧困を極める帝国の村では魔獣除けの設備すら満足ではなく、小さな集落が一晩で食い尽くされたこともあるほどの凶悪さだ。

 棲息地となっている地域の領主の悩みの種で、アレク自身も帝国南部の一角を治めるウラノフ選帝侯――ストリィディアと裏取引していた内乱の主導者で、潜入していたアレクに「遠縁の小領主の子息」という身分を用意してくれた男だ――の依頼でこれを討ち取ったことがある。あまり目立ちたくはなかったが、止むを得ずのことだった。重要な拠点の一つがユルムンガンドの被害にあった村にほど近かったからだ。

 ――そしてこの合成魔獣は、ごく稀に国境の山岳地帯を越えることがある。トリスヴァル領ではアレクが知る限り一度もないが、同じく帝国南部と一部が接しているエステルヴァル領では、この数十年で幾度か目撃情報が出ている。全てではないが、何度か討伐されてもいるはずだ。

 しかし、組合(ギルド)間で情報が共有がされるほど記録は多くはなく、知る人ぞ知る魔獣として名前を知られるに留まるのみだ。

「ユルムンガンド……そうか、じゃあこの雪崩はそいつの仕業かもしれないって訳か」

 合点がいったというようにカイが唸る。

「恐らくは」

 掛け合わせたオルドレイクの性質が色濃く出たのか、ユルムンガンドには雪中を移動するという習性がある。積雪の表層を剥ぎ取るように移動するため、雪崩を誘発するのだ。

 帝国では、例にないほどの規模で発生した雪崩は、ユルムンガンドの関与を疑えとまで言われているほどだった。

「でも、確かなのかい」

 ナディアの疑問はもっともだった。だからアレクは、「移動痕なら()()()()()()()見たことがある」と事実の一部をぼかして打ち明けた。

「あとは文献からの知識だけだがな」

「なるほどねぇ。まぁでも、条件は揃ってんだ。何かとんでもない奴がいるって想定で動いた方がいいだろうね」

 ――ナディアには一度も己の身の上や「上得意からの長期の依頼」についてを打ち明けたことはない。だがかつてはアレクの亡き異母兄の婚約者、そして「異母兄の側近だった(ブレイザック)の知己」とであるという経緯から、こちらのおおよその事情を察しているらしい彼女は、それとなく助け舟を出してくれた。

 これまで何度も同じように助けてくれた「義姉上」の気遣いには感謝するばかりだ。

「状況が変わった。同時にユルムンガンドの討伐も行うことになる。全員で山に入るのは危険だ。方針を変えよう」

 捜索隊の面子もこの意見に異存はないようだった。

「直接山に入るのはB級以上が妥当だろうね」

「だな。まずは全員で雪崩の下流域を捜索。これは使い魔と……それから早速だが探索魔法で行う。ここに生存者がいなかった場合、B級以上を捜索班と待機班に分けて行動開始だ。待機班はまた雪崩が起きた場合の対処。もし本当にユルムンガンドだった場合、再びの崩落と村への再襲撃の可能性が高くなる。これは辺境伯家と騎士隊にも話を通しておかねばならんな」

 連絡役として同行していた騎士に視線を流すと、彼はアレク達の手筈が整い次第報せると請け合ってくれた。

「なぁ。話途中で悪いんだけど」

 そう言って手を上げたのは、講義の途中で癇癪を起していたあの魔導士――ヨエルという青年だった。

「下流域の探索魔法は俺達C級に任せてくれよ。後のことを考えたらあんたらと……特にシオリさんは、なるべく温存しといた方がいいだろ。その代わりに俺達は魔力の出し惜しみしないで全力で探すからさ」

 王国人にとってはほとんど未知の魔獣、それも積雪の内部を移動するような相手に、C級ではあまり戦力にならないかもしれない。だが、全力を以ってすれば生存者を探すことくらいはできるはずだ。そのくらいはしなければ、今回のこの講座に参加した意味がないと彼は言うのだ。

「……その人の言う通りです。私達が今すぐに役立てるとしたら、探索魔法と雪崩への対処しかないもの」

 故郷で何度か遭難者の捜索に携わり、二次災害への対処の知識もあるというヴィヴィも遠慮がちに同意した。

 「小川の蜥蜴(井の中の蛙)」だったとは言え、二十歳そこそこという若さで実力とそれなりの経験とがあったからこそ、あの傲慢な態度であったのだと気付かされる。

 しかし半年前の彼女を思えば、この一歩引く態度には随分な成長を見せたものだと感慨深くすらあった。

「よし、分かった。では下流域の捜索はお前達に任せる。現場の指揮は……」

 ぐるりと見回すと、他支部の冒険者が名乗りを上げた。危険な未知の魔獣と相対するということであれば、余所者が交じるよりは気心の知れた者同士で向かった方がいいと配慮してくれたのだ。

 これで瞬く間に編成が決まった。捜索及び討伐隊として山に入るのはアレクとシオリ、ナディア、カイを始めとしたトリス支部の精鋭達だ。

 使い魔ルリィはシルヴェリアの旅に於いて、救助者の搬送をしたという実績もある。ブロゥと共に必ず役に立ってくれるだろう。カイの使い魔シグルドも、吹雪猫の優れた視覚と聴覚を活かしてくれるに違いない。

 別行動中だったシオリも幸いすぐに駆け付けてくれた。別れてから合流するまでに僅か三十分ほどであったが、既に被災者は救助済みということだった。

 その手際の良さには皆驚くばかりだが、のんびりしている暇はない。

「シオリ、予定が変わった。捜索と並行して魔獣討伐をすることになる」

 帝国産の合成魔獣と聞いて僅かに顔色を悪くしたシオリはしかし、表情を引き締めて「分かった」と頷いた。

「私は警戒と探索担当だね。広範囲で凄く疲れるかもしれない……から、サポートをお願いできる?」

 遠慮がちなシオリから助けを求められることなどかなり稀で、アレクは僅かに目を見開いた。だが、素直に頼れるようになったのだということが嬉しく、「勿論だ」と唇の端をほんの少し引き上げて微笑んだ。

「よし、じゃあまずは探索魔法の説明を頼めるか。下流域の捜索はC級の連中に任せることにした」

 ヴィヴィやヨエルを始めとした彼らの表情は真剣そのものだ。

 時間はなく説明は一度だけ、それも時間が経過した今、生存者がいる可能性はかなり低いが、それでも。

 ――一縷の望みを賭けての大規模捜索は今、始まった。

【悲報】この名前で一般魔獣枠【ユルムンガンド】


ギリィ「スノールムとオルドレイク どこ行った?」

脳啜り「勘のいい魔獣は嫌いだよ」

ルリィ「そういう話じゃないから」



■お知らせ

3月2日に「家政魔導士の異世界生活」第6巻、無事発売いたしました!

また、3月9日には電子版も配信開始です。

まさかのカラーで登場の脳啜りや、かわいいアルラウネ、目が完全にイってるアレクの元カノの挿絵もありますので、興味のある方は是非(´ω`)/

挿絵(By みてみん)


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― 新着の感想 ―
[良い点] 変異種の交雑種とは…。多分、制御できないものだったんだろうなぁな所。 [気になる点] 番で渡ってきていないかが心配な所。 [一言] 単純に変異種とは言い難い所を見てか。ドルガスト帝国の没落…
[良い点] ・ユルいのにシリアス ヨルムンガンドだと漫画のタイトルにも使われたくらいにはポピュラーになってますからこちらでよかったんじゃないでしょうか [気になる点] ・新刊の紹介で浮かんだモノ ふと…
[一言] 帝国さん、本当に碌なモノを残していない…(´・ω・`) しかし上手くすると、今回も何時ぞやの海月を倒した時みたいに温風魔法が活かせそうですね。 全体的に討伐もさる事ながら事後処理が物凄く…
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