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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第7章 家政魔法の講習承ります

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11 家政魔法と攻撃魔法への転用7「乾燥魔法と緊急依頼」

「――さて、午後は火と風魔法を組み合わせた乾燥魔法と、魔力放出による探索魔法の二つについて解説させていただきます。どちらもある程度魔法の扱いに慣れていなければ難しいのですが、非常に希望が多かったので、今回の講座に組み込ませていただきました。とはいえ」

 一旦言葉を切ったシオリは、にこりと笑った。

「特に乾燥魔法は合成魔法という使い手が非常に少ないものなので、私独自のやり方で癖があるかもしれません。ですので、あくまで参考として見ていただければと思います。まずは一回お見せしますね。過程が分かりやすいように、ゆっくりやってみます」

 魔法を使い始めてまだ三年、それも低級魔導士とあって、合成魔法の使い手であることには当初半信半疑の者は多かった。

 けれどもここまでの講義である程度の実力は認めてもらえたのか、どの顔も真剣そのもので侮りの色は既にない。

 シオリは深呼吸すると、両の手のひらに意識を集中する。

「右に火魔法、左に風魔法……」

 ――右手から生まれた熱気と左手から生まれた風が、溶け合うように混じり合い、一つになる。春風のような温かな風が、人々の合間を吹き抜けていった。

 周囲から嘆息と感嘆の声が漏れる。

「これが乾燥魔法です。野営地では洗濯物や入浴後の濡れ髪の乾燥などに使っています。あとはこのように――」

 ふわ、と風の塊を膨張させて、周囲を囲む人々を包み込む。

「――範囲を広げて、暖房代わりにもします。もう少し火力を上げると、暑さや乾燥に弱い魔獣を弱体化させることもできます。ちなみにこのくらいの温度なら、雪海月は干乾びて落ちてきましたね。全てに試した訳ではありませんが、冬限定の魔獣になら効く可能性は高いです」

 さすがに幻獣雪男については触れなかったが、シルヴェリアでの雪海月との戦闘を幻影魔法で再現して見せると、大きな反響があった。

 相棒(パートナー)への好反応に見事なドヤ顔を決めるアレクとルリィの横で、「大したもんだ」と同僚達も感嘆しきりだ。

「何かコツはありますか?」

「沢山練習したら俺にもできるかな」

「効率のいい練習方法ってある?」

「ちょ……ちょっと待って。順番に説明するので」

 興奮気味に詰め寄られてシオリは半ば仰け反るような形になった。

「まず、合成魔法は特別なものであるという固定観念は捨てましょう。特別なものではないということは、私が使えるようになったということからも分かると思います。なので、できるかできないかを考えるより、まずは挑戦してみましょう」

 合成魔法は成功者が少なく、記録に残っている限りではそれが全て上級魔導士以上の肩書を持っていたという。だからきっと、魔法を極めた者でなければ使うことができないという思い込みがあったはずだ。そして、無意識に覚える魔法の選択肢から外していたのかもしれない。

 その思い込み自体が、魔法を発動するために重要な想像力を阻害するものとなる。だから、まず一番にその思い込み(無駄な要素)を捨ててしまえばいい。

「――合成魔法が難しい最大の理由としては、やはり二つの魔法のバランスを保つことが難しいからという点が挙げられます。なので、成功させるためには、バランスを崩す原因を可能な限り排除する、これが大事なのではないかと思います。一番確実な方法は、両手からの魔力の出力量を同量にすることです。しかし、それ以外にも大事なポイントがあります」

 大事なポイントは二つ。

 一つ目は、魔力出力量が多い方の手――魔法にとっての利き腕の見極め。

 二つ目は、自分と相性が良い属性とその順位の確認。

「一般的には利き手、そして自分と相性が良い属性ほど魔力の出力が大きい傾向にあるようです。なので、相性が悪い属性を利き手で、相性が良い属性を逆の手に割り振ることによって、左右のバランスを調整するんです」

 ――シオリは風魔法との相性がいい。対して火魔法はどちらかと言えば苦手な属性。そして利き手は右だ。だから利き手で苦手な火魔法を、逆の手で得意な風魔法を使う。そうすることで、左右の魔力量の差をある程度は埋めることができる。

「……それは考えもしなかったな」

 しばしの沈黙の後、ぼそりとアレクが呟く。

「単純に両手の魔力量を同じにすればいいのだと思っていた」

「だとしても、やっぱり簡単な話じゃあないねぇ」

 ナディアが眉根を寄せる。

「そうです」

 シオリは頷いた。

「多分これは、魔力が多い――階級が上の魔導士ほど難しいことだと思います。魔力量が多い人ほど魔力を押し出す力が強いので、その分微調整が難しいと思うんです。逆に魔力が少ない人は、元々が体内を巡る魔力の流れが緩やかなので、微調整がしやすいとも言えます。なので、低魔力の人の方が合成魔法に向いているのではないかと、私は考えています」

「……それこそ考えもしなかったよ」

 元は上級魔導士だったカイは深々と嘆息し、研究目的での参加だという初老の同僚も「確かに理に適っている」と呻いた。

「その説の証明はまだこれからだが、元々の成功者自体少なかったのは、本来最も向いていたかもしれない層が対象外とされていたからなのだと考えると……複雑でもあり愉快でもあるな」

「なんにせよ、せっかく糸口らしきものを掴んだんだ。試してみる価値はあるな」

 アレクが言うまでもなく、皆の表情を見ればやる気に満ちているのが分かる。

 早く試したくてそわそわしている受講生に苦笑しながら、シオリは話を纏めた。

「合成魔法成功のポイントは三つ。一つ目は、両手の魔力出力量の確認。これは、両手で同時に魔力を放出してみれば確かめることができます。二つ目は、相性が良い属性の見極め。今回は風魔法と火魔法で確かめてみましょう。両手で同時にそれぞれの初級魔法を使って確かめてみてください。あまり意識せずに自然体でやってくださいね。掻き消されずに残った方が相性が良い属性です。三つ目は、両手の魔力出力量を可能な限り同じにすること。普段から杖などを装備している場合は左右のギャップが大きいかもしれませんが、頑張って練習してみてください。まずは左右同じ属性でバランスを保つ練習から始めると良いと思います。集中力を高めて魔力出力を精密に操ることができるようになれば、合成魔法を使うことはできなくても魔法の威力自体は上がるんです。損にはなりません」

 杖。集中力。

 この二つの単語を聞いた瞬間、ヴィヴィの肩がぴくりと動いた。新人の頃、指導教官だった魔導士から指摘されたことを思い出したからだ。



『貴女、魔力は凄いけど集中力に欠けるのよね。発動までに時間が掛かってるし、せっかく練り上げた魔力があちこちに散っちゃってるの。ぱっと見は攻撃力が高いように見えるけど、魔力量の割には威力がないのよね。だから、良かったら杖を装備してみない? 集中しやすくなるわよ』

 そう言って手渡された杖は、確かに注意力散漫なヴィヴィの助けになった。指先に魔力を集めるということがいまいち理解できない彼女だったが、杖という分かりやすい指標ができたことで、集中できるようになった。一発の威力が上がり、魔力の無駄遣いが減ったのだ。

 あのとき貰った杖は買い替えて既に手元にはなく、教えてくれた魔導士もまもなく結婚を機に引退し、今はもうトリスから離れている。

(そういえば、買い替えたのは先輩が辞めてからだったっけ……)

 誰の手にも馴染むシンプルな意匠はヴィヴィの趣味ではなかったが、それでも自分のためにと用意してくれた杖を本人の前で買い替える気にはならなかった。

 ――そのくらいの気遣いは、あの頃のヴィヴィにはあったのだ。

 けれども、その後しばらく手元に残していたその杖は、順調に業績を伸ばしてC級に昇格したとき、不意にくだらないものに思えて処分してしまった。

『教官って言ったってその場限りみたいなもんだし、あんたはもうあの人と同じ中級魔導士でしょ? 同格なんだからそんな気ぃ使わなくてもいいんじゃない?』

 かつての仲間(シーラ)のそんな言葉に後押しされたというのもある。

 片田舎の小領主、騎士爵の娘で実兄が所属している北方騎士隊にも顔が利くというのが自慢だったシーラ。

 そんな準貴族のお嬢様とお近付きになれたことが当時のヴィヴィにとってもまた自慢だった。高貴な人の後ろ盾を得たような気にもなっていたのだ。

(……まるっきり物知らずの田舎者じゃんね)

 自分も、シーラも。

 その、世間知らずの小娘達が行きついた先は言わずもがなだ。

 ――高く伸び切った鼻っ柱を叩き折られて郷里に逃げ帰り、半年足らずで再び舞い戻ったヴィヴィに対する同僚の態度は硬く、組合(ギルド)ではずっと一人きりでいることが多かった。

 決して存在を無視されている訳ではない。話し掛ければほとんどの人は邪険にせず答えてくれるし、必要があれば向こうから話し掛けてもくれる。ただ、積極的にかかわろうとはしないだけだ。

 あの日、姉が「どうしても気に入らない相手なら、せめてかかわらないようにするのが最低限の礼儀だわ」と言ったその通りの態度だった。

 そんな中で孤独と自らの過ちを噛み締めていたヴィヴィは、孤独であるがゆえに周囲を観察することが増えていた。遠巻きに同僚達の顔色――表情を眺め、聞こえてくる会話に耳を澄ます。そうしているうちに気付いたのは、自らの世界があまりにも狭いという事実だった。

(普通に貴族っているじゃんね……)

 わざわざ喧伝しないだけで、準貴族のシーラなどよりもずっと身分の高い貴族は、自分が思うよりはずっと沢山、同僚の中に紛れていたのだ。

 高貴な身分の人が平民と同じように生活し、遠征に出向いて同じ釜の飯を食うという生活を平然と行っている。あの頃のヴィヴィ達以上の成果を上げている者は沢山いる。

 そんな中で、新人の期待の星、騎士爵家の令嬢ご一行様とばかりに振る舞っていた自分達は、どれだけ滑稽に見えていただろうか。

(恥ずかしくて死ねる……)

 なんなら土を掘ってあの頃の自分を埋めてやりたいとさえ思う。

「――体内を巡る魔力を自在に操り、集中力を極限まで高めると、こういうこともできるようになります」

 羞恥心で悶え転がりたくなっていたヴィヴィは、シオリの言葉にはっと顔を上げ、そして目を剥く。

 ――人々が驚愕に目を見開き、息をつめて見守る中、シオリは直立の姿勢(・・・・・)で合成魔法を使ってみせたのだ。

「……凄く疲れるし、かえって効率的ではないので、普段はやらないんですけどね」

 絶句している人々を前に、魔法を解除したシオリは眉尻を下げて笑った。

 魔導士が魔法を発動するとき手を掲げるのは、それが魔力の集中に必要な動作だからだ。それを助けるための杖という道具まであるというのに、彼女はそれらの一切を使わずにやってのけた。極めて高い集中力と技術力を要する合成魔法を、補助的な動作の一切もなく、ただ中空に意識を集中するだけで成功させたのだ。

「……なんつー姐ちゃんだよ……」

 誰かがぼそりと呟くのを尻目に、ヴィヴィは手元の短い杖(ワンド)に視線を落とした。報酬を貯めて買った、お気に入りの杖だ。

(集中力、かぁ……)

 その杖を腰に戻し、両の手のひらに火と風の魔法を発動させた。

 右手――普段杖を装備している――の炎が激しく燃え上がり、左手の風がきゅるると奇妙な音を立てて掻き消えた。

 ヴィヴィは火の属性と相性が良く、風魔法はほとんど使わない。だからこれは予想通りだ。

 けれども次は右手で風を、左手で火を生み出すと、何故か風が激しく渦巻き、火を掻き消してしまった。

「……あれ?」

 火属性はヴィヴィの最も得意とする属性。いくら魔力の出力差があるとはいえ、それが苦手な風魔法にいとも簡単に掻き消されるはずはない。

 漠然とした焦燥感に駆られたヴィヴィは、今度は両手に火を生み出した。しかしその結果に愕然とする。

 ――初めから上手くできる訳ではないことは分かってはいた。けれども、得意な火魔法ならそれなりに両立できるものだと思っていた。だというのに右手の炎はごうごうと燃え盛るのに対して、左手は燃え初めの焚火のようにちろちろと揺れるだけだ。

「えー……なんで……」

 それぞれが各所に散って合成魔法に挑戦し始める中、ヴィヴィは一人呆然とした。

 ――左手から放出される魔力量が極端に少ないことに気付いたからだ。

 何度試しても結果は変わらない。左手の魔力放出量は恐らく低級魔導士並みかそれ以下だ。以前はどうだっただろうか。ここまで両手の出力量が違っていただろうか。いや、左右差はもっと少なかったはずだ。

 できていたことができなくなっているという事実に、ヴィヴィは立ち竦んだ。心の奥底にほんの僅かに残されていた、「それでも最終的には自分の方が上」という優越感が見る間に萎んでいく。

 どうしたら元通りになるんだろうと、助けを求めるように視線を巡らせたヴィヴィと、シオリの視線が不意にぶつかった。



「どうしました?」

 受講生の合間を巡回していたシオリは、不安げにこちらを見たヴィヴィに近寄った。

「あの……ええと」

「はい」

「左手の……魔力が凄く弱くなっちゃってて……どうしたらいいかなって……」

 弱くなったということは、以前はそうではなかったということなのだろう。

 両手で幾度も魔法を発動してみせたヴィヴィの顔には焦りが滲んでいた。

「ああ、これは……杖は右手に装備だったか?」

 隣で黙って見ていたアレクが訊いた。ヴィヴィはこくりと頷き、彼は小さく嘆息する。

「杖を使うようになると、どうしても装備した手で魔法を使う頻度が高くなる。多分お前も、杖を装備したことでほとんど右手しか使わなくなってたんじゃないか? 多分そのせいだろうな」

 あまり使わない左手の魔力の巡りが悪くなったという訳だ。

(こんなふうになるんだ……)

 話には聞いていたが、実例を初めて目の当たりにしたシオリは瞠目した。

「俺の利き手は右手だが、こっちには剣を装備してるからな。そのお陰で魔法は左手で撃つことが多い。だから俺の場合は利き手とは逆の方が魔法の扱いには慣れているし、魔力の巡りもいい――が」

 そこで言葉を切ったアレクの眉尻が下がる。

「そうは言ってもこれは極端だな。もしやお前、咄嗟のときでも杖を装備した右手だけしか使ってなかったんじゃないか?」 

 そう言われてヴィヴィはしばしの間考え込んだ。

「分かんないです……けど、でも……もしかしたら……そうかも」

 新人の頃、指導教官にも指摘されたと彼女は言った。

 左からの攻撃に右手で反撃している、そのために無駄な身体の動きが増えて、戦闘中大きな隙になっている――そう指摘されていたそうだ。

 結局その癖はどうしても直らないまま、強力な二人の仲間を得たお陰でさほど不便に思うこともなく、そのまま一年以上のときを過ごしてしまったらしい。

「うーん……今後現場に復帰するつもりなら、その癖は直した方がいいでしょうね。そのうち難しい現場に入ることも増えるでしょうから」

 明言はしなかったが、現状難しい立場にあるヴィヴィは、当面一人で依頼を受けることになる可能性が高い。それなら戦闘の不利になる癖は可能な限り直した方がいいだろう。

「集中力に不安があるなら、装備を指輪か腕輪に替えてみたらどうでしょう。両手に同じものを装備して、意識的にでも両手を使うようにするんです。魔法石を嵌めたものにすれば、そこに意識を集中しやすいですしね」

 装備を見る限り、ヴィヴィは持ち物にかなりの拘りがあるようだ。可愛らしい意匠の装飾品なら、彼女のやる気にも繋がるのではないだろうか。

「指輪か腕輪……」

「冬は手袋で隠れるからな。上から装備できる腕輪の方がいいんじゃないか」

 アレクが言い添えると、しばらく考えてから彼女は頷いた。そしてその視線がシオリの左手に向けられる。

その腕輪(・・・・)も、そうなんですか?」

「……え?」

 ヴィヴィの視線はシオリの左腕を飾る腕輪を捉えていた。

「あ、これは……その、お守りです」

「お守り……」

 歯切れ悪い返答に首を傾げていた彼女だったが、シオリの横でにんまりと笑うアレクを見て察したようだ。

「あー……その……うん、はい、ゴチソウサマです……」

 ヴィヴィは幾分呆れたような、食べ過ぎで胸焼けしたような表情でぼそぼそと言い、それを見ていた周囲から忍び笑いが漏れる。

 躓き、悩みながらも、こうして概ね和やかな空気で午後の講義は進んだ。

 ――が。

 受講生達の談笑と魔法の音に紛れて、微かな鐘の音を聞いたような気がしたシオリはふと空を振り仰いだ。気のせいかと思ったけれど、何人かが同じように訝しげな表情で耳を済ましていることに気付いて眉根を寄せる。

 ――風に乗って流れてくる、半鐘の連打の音。

「非常信号だわ」

 真っ先に反応したのは辺境伯夫人モニカ・オスブリングだ。

 火事か、災害か、それとも野盗の襲撃か。火急の事態を報せる半鐘の音は途切れ途切れで、いずれの信号なのかは判別できなかった。けれども音が聞こえてくるのは、あの雪崩が起きた方向なのだ。

 モニカは横に控えている私兵に何事かを指示した。その私兵は小さく頷くと、踵を返して馬に飛び乗る。様子を見に行くのだろう。

「……大事でなければいいがな」

 アレクの口振りは願うようなそれではあったが、その表情からは不吉な予感があるのだということが窺い知れた。

 多分、これは大事になるという予感は、シオリにもあった。

 果たして、私兵が飛び出して行ってから五分としないうちに、馬に乗った見知らぬ男と連れ立って戻ってくる。偵察に放っていた辺境伯家の伝書鳥が戻るのとはほとんど同時だった。

「助けてくれ! 雪崩に人が巻き込まれたんだ!」

 馬から降りる僅かな時間すらもどかしいといった様子で、その男は叫んだ。帽子も手袋もなく、ほとんど着の身着のままで飛び出してきたのだろう。乱れた髪の合間から見える耳や剥き出しの手が、冷えて真っ赤になっていた。

 村の近場で実習中の冒険者の一団がいるということを先触れで知っていた男は、とにかく助けが欲しい一心でここまで駆けてきたのだと言った。その途中で私兵とすれ違ったのだと。

「崩れた範囲が、広くて……っ、何人も巻き込まれてっ……俺達だけじゃ探し切れないんだっ! 頼む!」

 男の言い分を聞き、戻った伝書鳥に括り付けられていた紙片に素早く目を走らせたモニカは、「行きましょう」と鋭く言った。その瞳がシオリとアレクを捉える。

「皆様に辺境伯家より緊急依頼です。雪崩による被災者の捜索及び救助活動。よろしくお願いしますわね」

 アレクは仲間に視線を向けた。皆頷く。

「その依頼、承った。シオリ」

「うん」

 この場の責任者として、シオリは講義の中断を告げた。

「緊急依頼のため、この講座の参加者は全員このまま救援活動へと移行します。残りの一つ、探索魔法は現地でお教えします」

「D級までと一年未満の新人は救護活動の補助を頼む。ニルス、悪いが纏め役を頼まれてくれ」

 アレクの言葉に、顔色が悪いながらも起き上がって既に臨戦態勢になっていたニルスは、力強く頷いた。

「よし。じゃあ移動するぞ!」

「――了解!」

「りょーかい!」

 号令で皆一斉に動き出す。

 緊急事態に手慣れている辺境伯家と騎士隊の一団は、早々に移動を始めた。

 バルト率いるロヴネル家の面々は「救援活動を支援するよ。予備の食料もあるし」と同行を申し出てくれた。

 状況に付いていけず狼狽える新人をニルスとエレンが元気付けながら馬車に押し込み、シオリ達は手早く荷物を纏めて馬車に分乗する。

「ルリィとブロゥもよろしくね」

 走り出す馬車に揺られて、二匹のスライムは任せろと言わんばかりにぷるるんと震えた。

 目指すは山の麓の村、エクレフ村だ。


脳啜り「あんまり使わない手って退化するんだよなー」

ルリィ「まずどれが手でどれが足なのか」

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― 新着の感想 ―
[一言] 漫画版から当作品を知って「まずは同じ所(漫画版4巻)辺りまで読もう」と思っていたらどんどん引き込まれ夢中になり公開されている全てのお話を2日間かけて読んでしまいました、とても充実した週末を送…
[良い点] ・俺の右手が(ry 人体は基本的に左右非対称という事実を踏まえると 魔法発動も左右非対称になるのは理に適った設定ですね [気になる点] ・クネッケブレッドをスープに入れるのはせんべい汁の仲…
[一言] 使わないと鈍る、というのは面白いですね。 意識の問題か、なるほど。 意識すれば私もいつか魔法を使えるようにならないかしら……と 思わずじっと手を見てしまいました。 (昔はカメハメ波を出そうと…
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