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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第7章 家政魔法の講習承ります

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08 家政魔法と攻撃魔法への転用4「応用・フードプロセッサー」

 十分ほどの休憩中は大人しく休む者もいれば、熱心に練習を続ける者もいたが、「あんまり根詰めると持たないよ。ほどほどにしときな」とナディアなどに忠告されていた。

 慣れない分、新魔法の習得には魔力を余分に消費してしまう。そのうえ普段以上の集中力を要するのだから、ひどく疲れてしまうのだ。

 ちなみに、魔法らしい魔法を使うのはほとんど今日が初めてだという初心者の中には、すでにぐったりしている者もいる。新人研修にも近いものがあるから、きっと気疲れもあるだろう。

 けれどもまだ講習は始まったばかりだ。余力は残しておいてもらいたい。

 それでも熱意を持て余しているのか自主練習を続けている者もいるが、これは「仕方がないな」とアレクが苦笑いしながら眺めていた。

「ああいうのには俺にも覚えがある。お前だって、なんだかんだで最初はかなり無茶をしたんだろう?」

「……う。言い返せない」

 シオリは首を竦め、噴き出したアレクがその背を軽く叩く。

 とにかく必死だったのだ。冗談抜きで生きるか死ぬかの瀬戸際だった。

 今こうして集まっている受講生の何割かも、なんとか現状を打破したいと手掛かりを求めて来たのだ。

 力が足りず、パーティが組めずにいる者。長年共に過ごしたパーティを自ら離れた者、あるいは離れるように勧められた者。負傷が元で武器を持てなくなり、多少なりともある魔力を元手にほかの道を選ぼうとしている者。

 ――立ち止まりたくないというその気持ちはよく分かる。

 シオリはちらりと視線を向けた。休憩中でも練習を続ける受講生の中に、講義中癇癪を起したあの青年魔導士の姿がある。上級魔導士に忠告されて大人しく自主練習だけはやめたようだったが、手帳に熱心に何か書き付けていた。気付いたことや、助言されたことなどを全て書き留めているようだ。

 その姿が数年前の自分の姿と重なった。

 自分には何もないと絶望していた日々は、シオリにも確かにあった。

 そして、後から役立つこともあるかもしれないと覚えられることならなんでも覚えて、知識と技術の引き出しを増やそうと躍起になっていたあの頃。あのときは辛かったけれど、そのうちに自分のやり方を見付けて、今ではその経験を教えるまでになっている。

 あの青年は、きっと今が一番辛い時期なのだ。けれども、それを脱する日があると信じたい。あの努力が報われる日があると信じたい。

 ――青年に、仲間の一人が声を掛けた。一言二言言葉を交わし、彼ははっとした表情になる。それからすぐに手帳に何かを書き留めていた。

(頑張っていれば、あんなふうに助けてくれる人だっているんだもの。だから、諦めなければ、きっと……)

 シオリは口の端に笑みを浮かべながら、懐中時計を確かめる。休憩は終わりだ。

「――そろそろ時間です」

 シオリの声掛けに、適当な場所に散ってそれぞれに過ごしていた受講生が定位置に戻る。

「それでは次、風魔法を使った『フードプロセッサー』についてお話しますね。これは先ほどの『脱水』の強化版で、かなり応用的なものです。なので、とりあえず今は基本だけということでしたら、離れた場所で洗濯魔法の練習をしてくださっていても構いません。勿論途中参加もできますし、話の途中で抜けてもいいですよ」

 この提案に数人の受講生が手を上げた。一時間目で得た手応えをなんとか形にしたいようだ。監督役を引き受けた同僚が彼らを引率し、邪魔にならない場所まで連れて行ってくれた。

「さて、では始めましょうか。この『フードプロセッサー』は食材を切り刻んで混ぜる調理器具を再現したもので、対象物を潰して攪拌、粉砕するなどします。普通はすり鉢や肉挽き器を使って行う作業を、風魔法あるいは氷魔法との併用で行います。ただしあくまで専用道具の代用品的な使い方で、使える素材にも制限がありますので、そのつもりで聞いていただければ幸いです」

 風――空気は分散しやすく、一定の威力を保ったまま対象物に衝撃を与えることが難しい。だから制限があるのは、魔力量の問題というより風魔法そのものに限界があると考えてもいいかもしれない。

「先ほどの『脱水』の応用では、逆回転する風の渦に巻き込んで対象物を捩じ切りましたが、この『フードプロセッサー』もまたその応用です。まずは潰して混ぜる作業をやってみますね」

 ガラス容器の中にあらかじめ用意していた蒸かし芋を入れ、きっちりと蓋をする。その上に手を当てて集中し、容器の内部で風魔法を発動した。二つの小さな風の渦が絡み合い、蒸かし芋が逆回転する渦の中で壊れ、潰れていく。ガラス瓶にぶつかり飛び散った欠片が再び風に巻かれ、互いに高速でぶつかり合いながらペースト状になっていく様子がガラス越しに見えて、誰からともなく感嘆の声を上げた。

 やがて出来上がったマッシュポテトは、熟練の料理人が丹精込めて仕上げたものには敵わないが、家庭用としてはまずまずの出来栄えだ。

「これ、蒸かし芋を使ったようだけど、柔らかくないと駄目なのかい?」

 手元を興味深く覗き込んでいたニルスが訊いた。

「ええ、そうですね。特に生の根菜や葉っぱのように繊維質で平たいものは少し難しいので、加熱して小さく刻むなどの下処理が必要なんです。この点は私としても改善の余地があると思っていますが……」

「そっかぁ。いやぁ、調合の道具って細かい部品が多いものもあって、洗って乾かすのが結構手間でね。それに重くってさ。旅先に持っていかずに済むのなら楽だなぁって」

 粉砕や圧搾用の手回し式調理器具や調合道具は一般にも普及しているが、頑丈な金属部品が重くて携帯には向かない。一応携帯用の調合道具一式はあるらしいが、冒険者向きではなく遍歴商人の薬師向けなのだそうだ。ニルスのように冒険者パーティの一員として危険地帯に直接出向くような業態の薬師には重く嵩張るものばかりで、持っていく道具類をどう吟味するかが課題になるらしい。

「やっぱり、その場で調合したいこともあるんだよね。素材のままだと長持ちしないのもあるからさ。冷凍したら駄目になっちゃうのもあるし」

「うーん、ならその場合は蓋をしたすり鉢を入れ物に使った方がいいかもしれませんね。風魔法だけでは限界があるので、凹凸のある容器で物理的に効率を上げるんです。魔法だけに頼って魔力量を増やすと容器ごと爆発する危険がありますから」

 そう言った途端、何かを思い出したように「あぁ……」とニルスが嘆息し、視界の片隅でナディアがさっと目を逸らしたのが見えた。「カレー料理爆散事件」を知る同僚が苦笑いしている。

 以前、シオリの「フードプロセッサー」に興味を示したナディアが自分もやってみたいと言ったことがあった。シオリもあまり深くは考えずに料理途中のカレー料理でやらせてみたのだったが、密閉された鍋の中でナディアの強い風魔法が弾け、鍋が破裂してしまったのだ。

 魔法の失敗や暴発で似たような事故が起きることは珍しくはないが、この事故では爆発したのがカレー料理だったということもあって、ある意味ではより悲惨なことになってしまった。ナディアと二人で咄嗟に障壁を張ったから怪我もなく済んだものの、飛び散ったカレー料理で野営地が惨憺たる有様になったことは今でも語り草となっている。

 もっとも、あれは気密性の低い普通の鍋だったからその程度で済んだ。下手に多少の圧力にも耐えられる鍋だったら、魔法障壁でも耐えられないほどの爆発だったかもしれない。負傷者が出なかったから笑い話で済んだものの、そうでなければ重傷を負いかねない事故だったのだ。あのとき普段温厚なクレメンスが激怒し、ナディアが土下座する勢いで謝り倒していたのもそのためだ。

(もっとも、あの経験があったから、密閉空間内で魔法を使うときには細心の注意が必要だって知ったんだけれど……)

 理屈では分かっていても、身を持って体験しないと理解できないこともある。

 事件を知る者の間で何とも言えない空気が漂い始めた中、受講生の一人が遠慮がちに手を挙げた。

「えと……すみません。今の、魔力量を増やすと容器が爆発するっていうの、ちょっとよく分からなくて」

「ああ……それはですね」

 少し考えてからシオリは言った。

「魔法で生み出した風が容器の容量を超えてしまうので、容器がその圧力に耐えられなくなってしまうんです。中身が腐って缶詰が膨らんだり、発酵が進んで瓶詰の蓋が吹き飛んでしまうことがあるでしょう。それと大体理屈は同じです。ただ単に魔力を流し込むだけなら問題はないのですが……」

 魔素とそれにアクセスするための「魔力」は基本的には透過性が極めて高く、密閉容器内を満たしたとしても余剰分は自然と流れていく。

 しかし具現化した魔法(げんしょう)はそうはいかない。容器の容量を超えれば当然破裂する。急激な温度変化を起こすことも、容器の耐性を考えれば危険だ。簡単な操作で魔法(げんしょう)を発生させる魔導具の類いが重く頑丈で、小型化、軽量化が難しい理由の一つでもある。

「なるほど……よく分かりました」

「でも、使いようによっては攻撃手段にもなりそう。木に生ってる実を破裂させたりとか」

「手元にあるんならともかく、離れた場所の木の実に魔力を集中させるってのは結構な技術がいると思うけどな……」

「じゃあ、魔獣の体内を直接……って、あ、いやこれはいくらなんでも……」

「それはさすがにお前……最終手段だろ……」

 魔法で越えてはいけない一線の図り合いを始めた彼らのやり取りには苦笑するしかないが、アイデアの出し合いは大歓迎だ。

「限られた小さな空間内で魔力を操作するこの『フードプロセッサー』も、魔法の精度を上げる訓練になります。魔力が強い方が練習するときには、弾けても危険が少ない入れ物を使うと良いでしょう。個人的なお勧めは……水葡萄の皮ですね」

 この提案には受講生の間にも苦笑が漏れた。

 水葡萄はアルファンディス大陸北西部で年間を通して収穫できる蔓性植物の果実だ。一粒が大振りの林檎ほどもあり、蕩けるように柔らかいゼリー状の果肉を啜って食べた後には、半透明のシャボン玉のような皮が形を保ったまま残るという不思議な果物で、この皮が練習に適しているのだ。

 収穫量が多いために一抱えほどもある一房が芋類並みに安く、平民なら子供の時分には間食代わりに飽きるほど食べさせられたという想い出が必ずあると言っていいほどだという。この皮なら、子供の小遣い程度の出費で腹を満たせるうえに練習もできるという訳だ。

「まじかー……」

「水葡萄はもう一生分ほど食わされたわー……」

 そこかしこで苦笑交じりの「不満」が漏れる。

「しかし、この魔法があれば野営料理の幅が広がるよねぇ。挽き肉は作れるの? ここまでの説明だと少し難しそうだけど」

 そう訊いたのは最近料理に凝っているという他支部の魔法剣士だ。ランクはC級。一応前衛職ではあるが腕力、魔力どちらにも難があり、どちらかというと補助要員に近く、ランクが上がるごとにパーティに誘われる頻度が落ちてしまったそうだ。そこで多少は腕に自信がある料理で付加価値を上げて頑張ってはいるものの、今度は持って行ける調理器具に限りがあるために困っていたという。

「やっぱりさ、補助要員って言っても同じように動き回ってるからそれなりには疲れるじゃん? 手作業で肉を叩いたりとか野菜を潰したりとか、結構しんどいんだよね……」

「ああ……それは分かります」

 現状肉や魚は串焼き、汁物は缶詰や瓶詰を煮込んだ簡易シチューが精一杯だと彼は言った。彼の場合はなまじ魔法剣士という前衛職なために、シオリ以上に戦闘参加することも多く、そのうえさらに野営地での仕事となると体力的にも厳しいらしい。

「現地での調理の手間を減らす方法やレシピなどはまた後で個別にお教えするとして……硬いものや肉のように弾力があるものを細かく刻むとなると、純粋な風の力だけでは難しいんです。なので少し小細工します」

 風だけでは折るか千切るかが精一杯だ。切り刻むとなると、実は上級魔導士以上でも難しい――というよりは不可能なのだ。

「……え?」

 この言葉におよそ半数の受講生が首を傾げた。理科的な知識の差からくるものだろうか。顔ぶれから察するに、恐らくは読み書き計算以上の教育をほとんど受けていないだろう者達だ。

「……え、でも、魔力が強い人とかは風で切ってたりもますよね?」

「風で切っているように見えますが、実際には風で巻き上げた小石や草葉などが高速でぶつかって切れているんです。それでも切り傷ができる程度で、刻むとか切断するとかいうのは無理でしょう」

 アレクやナディアもシオリの言葉を肯定するように頷いている。

「そうだったんだ……知らなかった」

「精度を上げれば切れるもんだとばかり思ってた」

(本当に基礎知識にもかなりのムラがあるなぁ……これは本格的に図書室の充実を考えた方がいいかも。兄さんにもお願いしてみよう)

 一定期間の基礎教育を受ける義務がある騎士隊とは違い、短期間の新人研修で現場に出てしまう冒険者は、実は初心者向けの教本すら読まない者も多いのだ。

 しかし、様々な現象を魔法で具現化する魔導士には、魔法技術だけではない、それらの現象を再現するための理科的な知識が必要だ。その知識がないばかりに能力を活かせないというのは、あまりにも勿体ない。

(そういう意味では、ランヴァルドさんって魔法の先生としては本当に優秀だったんだなぁ……)

 ――新人時代にシオリの指導教官を務めてくれたのはナディアだが、先代マスターのランヴァルドもまた時折気紛れに指導してくれることもあった。今思えばその行為自体が既に彼の企みの一部だったのだろうが、魔法だけにとどまらない多岐にわたる講義は有意義なものばかりだった。

『なるほど、君には思ったよりも教養があるようだ。ならば魔力は少なくとも、それを活かす方法を編み出すことができるかもしれんな。まぁ頑張ってみたまえ』

 そう言って幻影魔法を教えてくれたのもあの男だった。

 王都の名門校でも教鞭を取れるほどの実力と実績がありながら、実家から勘当されて地方都市で冒険者業を続けるしかなかったという彼が、組合(ギルド)を解雇された後どうなったかは分からない。

 ただ相応の罰(・・・・)を受けることを条件に自由の身(・・・・)になったということと、組合(ギルド)の教本にもなっていた著書の一部が絶版となったということしか聞かされてはいないが、一部では「あの男も随分と勿体ないことをしたものだ」と惜しむ声もあったという。

 ――やるせない想いに沈みかけたシオリの思考を、引き戻す者があった。

「……ふむ。とすると……報告書によると君は風魔法で馬車の幌を切り裂いたということだが、それにも何か仕掛けがあるのだな?」

 そう訊ねたのは、ブロヴィート駐屯騎士隊元隊長レオ・ノルドマンだ。あの雪狼襲撃事件の折に重傷を負い、完治はしたものの剣を握ることができなくなって後方支援部隊に配置換えとなったそうだ。痛ましいとは思うが、配置換えは本人の強い希望だということだった。剣が握れなくとも、騎士としての働き口はいくらでもあるというのが彼の弁だ。魔力はそれほど多くはないが、家政魔法を習得し、趣味の料理の腕を活かして騎士隊の食事事情を改善したいのだという。

 けれども記憶にあるよりは随分と華奢になってしまった姿があまりにも痛ましく、そのことを極力考えないようにしながらシオリは答えた。

「はい。風の中に氷の刃を混ぜました。こんなふうに」

 鋭い氷の刃が紛れた強風が広場を吹き抜け、木々の枝葉を切り裂いていく。

 ただ幌を切るだけなら氷魔法だけでも良かっただろうが、あのときは幌内に充満していた強力な催眠ガスをすぐに拡散させる必要があった。だから風と氷魔法の合わせ技を使ったのだ。

 シオリのやり方に大分慣れたのか、初めの頃ほどの驚きはないようだったが、それでも微かなどよめきの声が上がった。

「……噂に聞く同時発動か……なるほど、低級魔導士なのか上級魔導士なのかいまいち判別できなかったとは聞いていたが、そういうことだったのか」

「ええ。特に私は魔力が低いので、魔法を併用した方が効率が良い場合もあるんです」

「――魔力が低いからこそ、か。そこに付いて回る偏見と戦いながらの研究や鍛錬は容易ではなかっただろうが……」

 レオは微苦笑した。きっとそれは、シオリのこれまでを想ってばかりのものではないだろう。剣技はともかく、魔力はシオリよりいくらか高い程度だろう彼自身のこれからを思ってのことだ。様々な差別や偏見が冒険者以上に根強く残る騎士生活が長い彼の、強い決意を秘めた瞳の奥には、紛れもない諦念が見え隠れしていた。

 ――低魔力の人間が合成魔法や同時発動に手を出せば、多くの者は嗤うだろう。ろくな魔法も使えない癖に難易度の高い魔法を操れるはずがない、万に一つにもできたところで大した威力はないだろうという偏見が確かにある。

 けれども、優れた魔導士が挑戦すべきものという固定観念があったからこそ、これらの技術は今まで発展してこなかったのだとシオリは思っている。確かに覚えることに難儀はしたが、低級魔導士でも使うことはできる。そして大した威力はないだろうが、役には立っている。

「まぁ、確かに随分嫌な思いはしましたけど、戦い方は人それぞれですから」

 魔法はあくまで目標に至るための技術の一つに過ぎないと思えば、それに付随する「常識」など些末なことだ。

「……ストリィディア王国が近隣諸国に抜きん出て発展した理由の一つに、これまで軍事利用が主体だった魔法技術をいち早く民生転用したことが挙げられると聞きました。初期の頃は、せっかくの軍事技術を民間のためなんかに使って勿体ないと、随分偏見も多かったと聞きます。でも、それまでの常識を捨てて偏見と戦いながら研究を続けた技術者達がいたからこそ、今の王国は一般市民に至るまで高い水準の生活ができるようになったんです。安全確保のための常識まで捨ててはいけませんが、気持ちの問題で割り切れる程度の『常識』であれば、そんなものはむしろ邪魔なので忘れてしまいましょう。あり得ないと思うことにこそ、ヒントが多いんですから」

 シオリにしてはなかなかの思い切った発言に、アレクやナディアは目を丸くしている。しかし、幸いレオを含む何人かの心には届いたようだ。

 しばらくじっと考え込んでいたレオは、やがて自嘲気味に笑った。

「……私もまだ、自分が置かれた状況に納得していないのだろうな。これまで培った経験や技術が通用しない、まったくの新たな道を模索しなければならないという覚悟が、まだ……足りていないのだろう」

「心中お察しします。でも、今まで経験してきたことの中にも、新しい道に活かせるヒントはきっとあると思いますから」

 五年前はただの事務職員だった自分がなんとか冒険者業を続けていられるのは、それまで蓄積した知識や経験があったからだ。

 一見何のかかわりもなさそうな事柄にも、ヒントになるものはきっとある。これまで騎士として隊を率いていたレオなら、より具体的にそれらを活かせるはずだ。

「――そうだな」

 ふ、と息を吐いたレオは、今度は少し吹っ切れたような表情で笑った。

「本音を明かせば、実のところは誰かに『お前ならやれる』と背中を押してもらいたかった。それが駄目ならいっそ、ここが諦めどきだときっぱり言って欲しかったんだが……幸いここには『お仲間』が沢山いる。何を悩むことがあると思い直したよ」

 他者によって強制的にこれまでの道を絶たれたという意味では、レオはシオリと似たような境遇だ。そしてここには彼と同じように、愛用の武器を手放さなければならなくなった者もいる。

「お互い『同期』として頑張りましょうや、騎士さん」

 レオと同じ、中年期に差し掛かる年頃の元槍使いが彼の肩を軽く叩く。武器は握れなくなったが、どんな形でもいいから現場に戻りたいと語っていた男だ。その左手の指の数本は半ばから失われていた。

 この場に漂う空気には一抹の寂寥感が確かにある。しかし、己一人ではないという孤独感が薄れてきたのだろうか、徐々に希望と仲間意識が生まれつつあった。

「――さぁ、先を続けましょう。皆さんに知っていただきたい魔法はまだほかにもありますから」

 彼らの分岐点の道標となれるかどうかは分からないが、何がしかの道を示せるといい。

 それに、これから行く先を模索しているのはシオリも同じだ。彼らを通してこれまでを振り返り、そしてこうして教えることで気付くこともあるかもしれない。自分の中の世界が、また少し広がるかもしれない。

(切っ掛けを、大事にしたいなぁ……)

 「詩織」を取り戻す切っ掛けを作ってくれた人の紫紺色の瞳を見上げて、シオリはそう思った。




【お願い】

連載開始からずっと悩んでいた「風魔法」、どうにも「風で物を切る」というのがいくら調べても想像できず、色々考えた末になんとか纏めることができました。


そしてここから先がお願いなのですが、今回更新分含む作中の内容について「ご指摘やアドバイス」を頂きましても、明確に誤りでもない限りは訂正しない方向で考えております。

勿論ご意見自体は大変ありがたく思っておりますが、最近は間違っていない点を「おかしいのでは?」と指摘されることがあるほか、アドバイスしてくださった内容自体正しいものなのかどうか、調べても判断致しがたいことも多く……

その上、これから書く予定or書く必要はないと判断して描写しなかった個所について「知らないから書かなかった」と取れるようなご意見をいただくこともあり、それらの対応や検証に時間を取られて非常に疲れてしまっている状況です。


作品に対する責任は全て作者自身が負い、限られた時間は可能な限り執筆に充てたいと考えておりますので、「ご厚意でしてくださったご指摘やアドバイス」にもあまりお答えできないかもしれませんが、何卒ご理解いただければと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自由に書けるからこそのファンタジーです!作者さまの自由に書いてそれを読みたいのでいろいろ意見などが有るかもしれませんがシオリさんのようにいろんなひとがいるよねー!でいってください!!楽しく…
[一言] ずっと楽しみにこちらで連載を読ませていただいて、コミックと小説を電子書籍として購入させていただいてます。 今回の先生の後書きを読んで、自分は作者の方に迷惑をかけてしまうファンになっていないか…
[一言] 先生も大変ですね 魔法なんていわゆる空想の世界の産物なんですから10人ファンタジーを書く方がいたら10通りあって構わないんじゃないかと思います 先生は先生の魔法のある世界を造ってください …
感想一覧
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