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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第7章 家政魔法の講習承ります

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07 家政魔法と攻撃魔法への転用2「洗濯魔法 実技2」


「――では、最後に脱水しましょう。『脱水槽』は氷でも風でも、どちらでもやりやすい方でやってみてください。自信がない方は無理せず氷魔法で作ってくださいね」

 多くの受講生が氷魔法で始める中、チャレンジ精神が旺盛な何人かは風魔法の同時発動に挑戦している。同じ属性ながら異なる動きの二つの魔法には苦戦しているようだが、手応えを感じているのか失敗しても諦めることなく、一心に魔法を繰っていた。

「あ、魔力が強い方は気を付けてくださいね。内側と外側の風を近付け過ぎると逆回転に巻き込まれて洗濯物が捻じ切れるかもしれませんので」

「え?」

 首を傾げる彼らの前で、逆回転する小さな竜巻を二つ生み出して手布を放り込んだ。くるくると回転する手布が狭間に入り込んだ途端に、びりっという音が聞こえた。魔法を解くと、ばらばらになった布片が雪の上に散らばる。

「私だとこのくらいが限界ですが、魔力が強ければ攻撃手段にもなりますね」

「……そうかもしれないけど……」

 黙りこくって布片を眺めていたその別支部の魔導士がぼそりと呟いた。

「魔獣を風で捻じり切るとか、想像してみると結構えげつなくない……?」

「う……まぁ、確かに……」

 炎や氷のような直接的な攻撃とは違い、本来切れそうもないもので力任せに捻じ切るなど、そこはかとなくぞっとするものがある。

「でも、慣れれば火属性よりはずっと魔力消費量が少なくて済むんですよ。雪海月のように大群で空を飛ぶ魔獣には結構有効かもしれませんね」

「まぁなぁ……俺も中級魔導士の中ではわりと下の方にいるからさ。魔力量が抑えられるっていうのは正直魅力なんだよな」

 いざとなれば手段を選んではいられない。

 一瞬、激辛オイルを希少種の魔獣にぶちまけて行動不能に追いやったことを思い出したシオリだったが、すぐに首を振って忘れることにした。

 その間にも彼らは、逆回転を手掛かりに「新魔法案」を出し合っている。

「これ、範囲を狭めて、代わりに魔力量を増やした逆回転する渦巻く火炎(スピロール・フランマ)を二重に発生させたら……大型魔獣もいけると思わない?」

「うわっ、やめろよ想像するだけでぞっとする」

「あらでも、生の肉片が散らばるよりはずっといいかもしれないわよ。消し炭か悪くても焼いた肉だもの」

「そういう問題じゃ……」

 わいわいと盛り上がっている彼らの輪からそっと抜け出したシオリは、次は氷魔法で脱水に挑戦している受講生達に視線を向けた。

 氷魔法組もほとんどは問題ないようだったが、魔法で何かを形作る作業に難儀している者が数名。意外にも初心者や低級魔導士ばかりではなく、中級魔導士も含まれていたことには驚かされた。

 初めはそれを冷やかしや蔑みの表情で眺めていた者も、見ているうちに同業者として居た堪れなくなってきたのだろう。次第に困ったような表情を浮かべ始めた。助言をするべきか否か悩んでいるようだ。

「――くそっ、なんでだよ! たったこれだけのことなのに!」

 魔法で何かを形作る作業は案外難しいものだ。全体の造形が歪だったり、内側の空間が狭過ぎたりと、思う通りに形作ることができずに苛立ちを募らせた一人の魔導士が、とうとう投げやりな声を上げた。

「初心者だってできてるってのに、何で俺にはできないんだ!」

 彼が指差すのはニルスだ。元々適性があったのだろう、多少は歪なものの、ほとんど初めてという割には綺麗な形だ。

 作りかけの脱水槽を力任せの火炎弾で破壊し、悔しそうにその場に蹲ってしまった青年を、どう声を掛けたものかと仲間達が遠巻きに見つめていた。

 シオリはごくりと唾を呑み込んだ。この場において彼に声をかけるべき適任者は、講師である自分なのだ。

 意を決して彼に歩み寄る。

「……できないことが分かっただけでも収穫だと思いますよ」

 いくつか年下の――しかし魔導士としては先達の青年はちらりと視線を上げた。苛立ちが入り混じった胡乱げな視線だ。

「自分が何が苦手か分かれば、対策はできます。その弱点を克服するもよし、いっそのことすっぱり諦めて得意な分野を極めるのもいいと思います」

 一度現場に出てしまえば、得手不得手を見極める機会はなかなかない。パーティ行動では同職と組むことは滅多になく、魔導士としての弱点を指摘されることはほとんどない。単独行動では言わずもがなだ。

 だから、多くの魔導士が集うこの場はまたとない機会なのだ。

「せっかくですから、無理に今ここで全部上手にやろうとせず、一通りやってみて自分の長所と短所を見極めるのもいいと思いますよ」

 疑わしそうにシオリを眺めていた彼はやがて、視線を落としてぽつりと言った。

「でも惨めだろ。皆上手くやってるってのに、失敗してばっかりでさ。器用なあんたには分かんないだろうけど」

 反抗。拒絶。

 その惨めな気持ちは良く分かる。でも。

 シオリはぐっと唇を噛み、不幸自慢にならないように極力言葉を選びながら口を開く。

「――私だって惨めでしたよ。なにしろ……ええと、貴方は初級魔法の火球をフルで何発撃てますか?」

 突然何を訊くのかといった様子だったが、それでも彼は少し考えてから答えてくれた。

「数えたことはないけど……多分二百五十……いや、三百くらい?」

「……なんだ、俺よりずっと多いじゃないか」

 ぼそりと呟いたアレクに一瞬驚いた表情を作った彼だったが、「私は三十です」というシオリの言葉にはとうとう目を剥いた。周囲からもどよめきが上がる。

「さん……三十……って。噂に聞いてたよりも酷……いや、少ないな」

「でしょう」

 酷いと言い掛けて言い直した彼に思わず苦笑してしまった。しかし、そのまま絶句してしまったこの青年魔導士に向けて言葉を続けた。

「訓練初日は十発で倒れてそのまま三日間起き上がれませんでした。伸びしろもなくて、今でもようやく三十発撃てるかどうかです」

 低級魔導士の中でも最低クラスと言われる所以だ。

「だから、あんなに魔力がないのに魔導士登録なんかしてって、最初は結構言われました。今は少なくなりましたけど、それでもまだ色々言う人もいます」

 視界の片隅でヴィヴィが気まずそうに視線を俯けたのが見えた。彼女だけではない、年若い同僚が数人、視線を交し合いながら微妙な表情を浮かべている。彼らにも心当たりがあるのだろう。

「でも武器の適正はないし、冒険者以外の仕事は東方人(この見た目)だと雇ってくれるところもなくて。私にはもう魔力くらいしか頼るものがありませんでした。だから、それならやれるところまでやってみようって思ったんです。今でももどかしかったり悔しかったりすることもありますけど……それでもこうして後方支援専門の魔導士として仕事ができるようになりました。火球が三十発しか撃てなくても、指名依頼をいただけるようになったんです。だから、努力次第とは言いませんが、きっと貴方なりの道があると思いますよ」

 彼はしばらく無言で考え込んでいた。けれどもやがて溜息を吐くと、仕方がないというふうに首を振りながら苦笑いした。

「――あんたの十倍も魔力があるのにぐだぐだ言って悪かったよ」

 両手を軽く掲げたのは降参の意だろうか。

「なんか……俺の方が居た堪れなくなってきた。器用っつっても、魔力がそれしかないんじゃ……そりゃ、大変だよな」

「そうですね。お陰様で、少ない魔力をやりくりするのが得意になりました」

「やりくり、かぁ……なるほど、噂通りお袋さんみたいだなぁ」

「はい?」

 ぼそ、と付け加えられた言葉に目を瞬かせる。けれどもそこははぐらかされてしまった。

「やりくりなんて考えたこともなかったな。撃てるだけ撃って、足りなくなったら回復薬飲めばそれで十分だったし」

 潤沢な魔力があれば、その力を上乗せして攻撃力を上げることができる。だから大した技巧がなくとも高威力の攻撃が()()()()()()。彼の場合はそれが後から、融通が利かないという欠点になってしまったのだろう。

「私がそんな戦い方をしてたら、大したダメージも与えられずに火球三、四発くらいで卒倒しますよ。だから」

 氷魔法を繰って氷柱を作り出したシオリは、「見ててくださいね」と言って指先に精神を集中させた。そして指先のただ一点に集めた魔力を解き放つ。細く鋭い針先のような火の矢――否、熱線が、じゅ、という音を立てて氷柱を両断した。上半分がずるりと滑り落ち、滑らかな断面を見せる。

「おお……」

「ひぇっ……」

 感嘆と悲鳴が入り混じった声が上がる中、シオリはにこりと微笑んだ。

「私程度の魔力では火球を何発撃っても大したダメージにはなりません。なので、数発分の魔力を針先のように一点に集中させて、破壊力を上げるんです。そうすれば少ない魔力でも致命傷を与えることもできます。もっとも、それでもあっという間に魔力切れになるので、滅多には使わないんですけれども」

 雪の中に落ちた氷柱の見事な切断面を眺めていた騎士の一人が、「あ、これ水圧切断機みたいな……?」と呟く。父親が石工だというその騎士は、工房にあった魔導具が同じような仕組みだったと語った。

「そうですね。それと理屈は同じです。『面』で当てている攻撃を『点』にして、圧を高めるんです」

「――あんたも、これで魔獣を倒したりしたのか?」

 青年の質問にシオリは頭を振った。

「残念ながら魔力不足で、ランクが低い魔獣を少しだけです。なので、南瓜とか冬キャベツとか、硬くて大きい野菜を切るときにたまに使うくらいで」

「野菜!? 野菜かよ!」

 とうとう青年は笑いだしてしまった。

「うん、悪いけど、やっぱ弱点があるんだなって思ったらなんか安心しちゃったよ。でも、俺にはその一点集中の方が合ってるかも。魔法で何かの形を作るって、どうもイメージしにくいし」

 青年の言葉にはいくらかの諦念もある。けれども少しは気が晴れたようだ。

「でも、せっかくだからもう少し頑張ってみるよ。苦手だって自分で思い込んでるだけかもしれないし。ありがとう、センセー」

「……ええ。どういたしまして」

 頷き、そしてそのままポーチから取り出した魔力回復薬に口を付けたシオリを見た青年は、「うわ。ほんとに少ないんだなぁ……」としみじみ呟きながら手元に集中し始める。

 周囲で固唾を呑んで見守っていた人々も、ほっと息を吐いてそれぞれの課題や仕事に戻っていった。

「――なんとか持ち直したようで、良かったじゃないか」

 場が落ち着いたところでアレクに声を掛けられ、シオリはほっと息を吐きながら微笑んだ。

「うん。最初はどうなることかと思ったけど」

 自らの弱点と向き合うこと。それは自尊心との戦いだ。ある意味では「理想の自分像」との決別ともなるこの戦いから抜け出すことは、決して容易いことではない。

「私にもまだ『なりたい自分像』みたいなものがあるよ。やっぱり、もっと魔力があったらなって今でも思うことがあるもの。でも、そういう気持ちをほかのものに向けられたら、きっといい方向に向かう。あの人もそうなったらいいなって思うよ」

 氷魔法を繰る青年の眼差しからは焦りが消えていた。落ち着きを取り戻し、真剣に目の前の課題に向き合っている。

「そうだな。何もかも完璧である必要はないんだ。妥協点を見つけるのも成長には必要なことだしな」

 彼を見つめるアレクの目は、懐かしいものを見るように穏やかだ。自らが通った道を、あの青年の姿に重ね合わせているのかもしれない。

「――あの」

 感慨に浸る二人だったが、背後から遠慮がちに声が掛かる。今度は辺境伯家の私兵だ。まだ少女といって差し支えない年頃で、身に纏う制服も年嵩の者よりは装飾が少ない簡素なものだ。どうやら見習いらしい。

「脱水槽を作るのに土壁じゃ駄目ですか? あたし、土魔法の方が得意なんです。岩や石があればもっと手軽だし……」

「うーん……土魔法は、もし脱水の制御に失敗した場合に洗濯物が凄く汚れてしまうんです。なので、あまりお勧めはできないですね」

 これを聞いた彼女は、あ、と声を上げた。

「そっか。こすったら汚れちゃいますね」

 浴槽としては問題のない強度でも、残念ながら激しく渦巻く水流や風に耐えられるほどではない。

「ええ。どれだけ押し固めても、こればっかりは……それに岩や石の場合も表面が滑らかでないと、失敗して洗濯物が触れたときに破れてしまうんですよ」

「ああ……」

 何かに気付いた彼女は、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「……ということは、もしかして、破きました?」

「うっ」

 鋭い指摘にシオリは呻くしかなかった。同じように考えて岩場で洗濯槽を作ってみたことがあったが、僅かな突起に引っかけたタオルをずたずたにしてしまったのだから。

「……破ったり汚したりしました。色々試してみて、氷か風に落ち着いたんですよ」

「そっか。そうですよねぇ。やっぱ最初は失敗しますよね」

 何やら納得したように頷きながら、彼女は大人しく定位置に戻っていった。

「どんな便利な技術だって、最初の誰かの苦労があってこそなのよねぇ」

 そう呟いたエレンが、作り出した氷柱の真上を火球で炙って溶かしている。内側の表面は滑らかで、脱水槽としては申し分ない。

 二段階の作業で脱水槽を作り出す彼女の手法を真似て、苦戦していた魔導士達もなんとか使い物になる形にできたようだ。

 先ほどの青年魔導士も、このやり方で満足のいく仕上がりの脱水槽を作り出して、仲間達に肩を叩かれている。けれども彼としてはこれが不満なようで、氷魔法のみでの槽作りに再び取り組み始めた。

「シオリの考え方を参考にしてみたの。最終的に同じ形になれば良い訳よね。そこに至るまでの過程は自分がやりやすいようにすればいいのよ」

 ふふ、とエレンは妖精のように可憐に微笑んだ。

「君は柔軟だなぁ。僕も負けていられないよ」

「あら、これは競争じゃなくてよ」

 魔力が尽きそうになって魔力回復薬を呷りながら言うニルスに、エレンは苦笑している。

「いやぁ、久しぶりに闘争心に火が付いたなぁって思ってさ。たまにはこういうのも必要だなって」

 薬師としての活動歴が長く、A級保持者となって数年経つニルスは、もう何年も安定した生活を送っている。三十を過ぎてからは誰かと競うといったこともなかったという彼は、久々の機会にやや興奮気味だ。

「それにしても、属性魔法って疲れ方が段違いだわ。もっと効率良く使わないと、魔力があっという間に尽きるわね」

「相性もありますしね。エレンさんの場合、あまり使い慣れてないっていうのもあると思いますけど」

 治療術師の彼女が属性魔法を使うことはほとんどない。洗浄用の水魔法か手元を照らす光魔法を使う程度だ。

「火魔法は特に魔力を食うからな。使い慣れないとあっという間に魔力を持っていかれる」

「それ自体が動力源になるくらいだからね。それだけ消費量が多いってことだよ」

「魔導具並みに使える、火炎を打ち出せるような杖があるといいんだがな」

「飾りに魔法石が付いた杖なら結構沢山あるけど……」

「今のところ、アクセサリー程度か歩行補助にしかならないわよねぇ。精神集中用なら指輪や腕輪の方が遥かに手軽だもの。荷物にもならないし」

 属性付きの魔法石は、それ単体ではほとんど効力を発しない。魔力の自然回復を僅かに助けたり、触れれば多少の熱や冷気を感じるといった程度だ。これを動力源として様々な用途に使えるようにしたものが魔導具だが、内部構造が複雑で小型化が難しく、現在流通している最も小さなものでも一抱えほどはあり、重量もそれなりにある。

 魔法石を動力源とした武器の開発も進んではいるようだったが軍事用が主で、個人が気楽に携帯できるようなものはまだほとんどないらしい。

「そういえば、何年か前に王都の武器メーカーが火炎弾を打ち出せる杖を売り出してたことあったじゃない。あれって結局どうなったのかしら。普及はしてないみたいだけれど」

 ふと思い出したようなエレンの言葉に答えたのは、武闘家のカイだ。

「ああ、あれね。アホみたいにくっそ重くて鈍器にしかならないって散々な評価だったみたいだよ。一部の棒術士には需要あったみたいだけど。俺、見に行ったけど、どう見てもオークとかトロール向けのこん棒だったもん」

「そ、それは……普及しませんよね……」

「使用テストの段階で問題にならなかったのかしら……」

 売れると本気で思ったのかそれともジョークグッズの一種だったのかは分からないが、オークやトロール向けの鈍器と評されるような代物を魔導士向けに売り出そうとしたメーカーのチャレンジ精神には頭が下がる。

「ま、肉弾戦ができる魔導士なら使えるんじゃない?」

「……お前じゃあるまいし、そうはいないだろうそんな魔導士は……」

 元魔導士とは思えない筋骨隆々の肉体を眺めて引き気味なアレクに、カイはにやりと笑った。

「お陰様で良いヒントになったよ。魔法剣士がいるくらいなんだから、肉体派の魔導士がいたっていいじゃないって思ってさ」

「まぁ、あの杖が切っ掛けだったの!?」

「まーねー。武闘派魔導士みたいなカテゴリなかったから分かりやすい武闘家に転職しちゃったけど、心は今でも魔導士のつもりだよ。まぁ、今にして思えば、シオリみたいに独自の職業作って登録しちゃえば良かったんだけど」

「魔導士じゃなくて、魔闘士、とか?」

「うわ、なんかかっこいい。それいいね。それで登録し直そうかな」

 以前実兄が遊んでいたゲームの登場人物を思い出しながら口にした職業(ジョブ)名が気に入ったようで、カイは手帳にメモ書きを始めた。

「……しかし、こういう場もなかなか新鮮でいいね。意外な発見があるし、これだけ同業者が揃うと、お互いの強みと弱みがよく分かるし」

「そうですね。交流の切っ掛けにもなってるみたいなので……開いて良かったかなって思ってるところです」

 ライバル心を捨てきれずに競争心剥き出しの者や、未だにどこか冷めた目で見ている者も勿論いるが、思い切って質問したり、助言したりと思う以上に良い雰囲気ができ上がっている。冒険者組合(ギルド)という枠を超えた、異業種間の意見交換も刺激になっているようだ。

「これも回数を重ねると妙な競争意識が生まれたり派閥だのができたりするんだろうが……面白そうだな。俺も魔法剣士を集めてやってみるか」

 アレクは本格的に魔法剣士の交流会を検討しているようだ。

 技術を秘匿して独自性を護るのも決して悪いことではないが、団体行動が多い仕事では、全体の能力値の底上げもまた大事な課題になる。生還率の向上にも繋がるからだ。

「なんでもそうだが、生きて帰らないことにはどうにもならんからな」

「……うん」

 技術とそれを活かす技量は生き延びる術でもある。危険に身を置く仕事に就く者にとってはなおさらだ。

「だから、出し惜しみしないで色々教えられたらなって、今改めて思った」

 シオリにとってこの講座は、世話になった人々への恩返しの意味合いもある。

 少し楽しくなったシオリは、口の端に笑みを浮かべた。

 まだ講座は始まったばかりだ。残りの課程で彼らがどれだけのものを得てくれるかは分からないが、全力を尽くしたい。

 頃合いを見計らい、手を叩きながらシオリは声を張り上げた。

「――さて、一通りの作業を行いましたが、ここまでで何か質問はありますか? なければ纏めに入りたいと思います」

 それぞれが顔を見合わせたり考え込む仕草を見せたが、とりあえずは問題ないようだ。中には衆目の面前であることに気後れして質問できない者もいるようだったが、後で再度質問の時間を取り、書面での質問も受け付けると告げると、幾分ほっとした表情を見せた。

「では纏めに入ります。と言っても、少し魔法からは離れてしまうんですけれど、洗濯するときには大事なことなので、特に洗濯の経験があまりない方は聞いておいてくださいね。今回の講座では濯ぎは一回だけでしたが、濯ぎが足りないと石鹸分が残ってしまうことがあります。なので、その場合は濯ぎの回数を増やしてくださいね」

 頷きながら聞く者、初めて知ったという顔でメモを取る者と様々だ。

 私兵に扮している辺境伯夫人は、何かを懐かしむような表情で耳を傾けていた。貴族ではあるが移民の血が流れているという複雑な生い立ちを持つ彼女には、洗濯などの家事経験があるのかもしれない。

「――また、魔導式水道や水魔法ではなく井戸水や川の水などを使った場合、石鹸が溶けにくくて汚れ落ちも悪く、やっぱり濯ぎ残しが多かったりします。これは井戸水に溶け込んでいる成分が邪魔をしているので、その場合は井戸水専用の石鹸を使うか、お湯を使ってしっかり溶かし、濯ぎの回数も増やすなどしてください」

 井戸水や川の水などの天然の水は、ミネラルを多く含むために洗剤との相性が悪い。しかし魔導式水道設備の普及で軟水――魔法で作り出した水は不純物が極めて少ない軟水なのだ――で洗うことが一般的になっている近年の王国では、このことを知らない者も増えているようだ。

 かくいうシオリも冒険者となり、野営地で洗濯するようになってから知った事実だ。教えてくれたのは井戸水が主流の山間部出身の同僚で、「川の水で洗うなら、ちゃんと専用の石鹸を使った方がいいわよ。溶けにくいし泡立ちが悪いでしょ」と言われて驚いたものだ。

 年配者は昔ながらの泡の実草(サポニアナ)石鹸の木(トヴォルツリー)の実を愛用している者も多いと聞く。石鹸の木(トヴォルツリー)の樹液を原料とした液体石鹸などは、かなり高価ではあるが水を選ばないと評判で、メーカーの工場がある王都では普及しつつあるようだ。

 いずれは自分でも使ってみて、使い勝手が良ければ皆にも紹介しようと思いながら、話を締め括る。

「洗濯は家政魔導士にとって大事な仕事の一つです。なので、家政魔導士業を考えておられる方は、水と石鹸の相性にも気を付けてみてくださいね。では、洗濯魔法については以上です。小休止を挟んだら次に行きましょう」

 小さなトラブルはあったが、なんとか一つ目の講義はこなせたようだ。

 ほっと息を吐くシオリの横から、栄養剤と魔力回復薬の瓶が差し出される。視線を上げたシオリに、アレクは「お疲れ」と言って優しく微笑み掛けてくれた。



ギリィ「どうもギリィです。魔獣界の不憫なイケメン、ギリィです。ギリィです」

ルリィ「名前忘れられたの根に持ってる」

脳啜り(自分でイケメンって言っちゃうんだな……)


_(:3」∠)_

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― 新着の感想 ―
[一言] 続きが読みたいです。
[良い点] ・針の穴に糸を通すが如く これ風魔法でも針状の高圧空気にすれば普通に致命傷与えますね 目や口を刺してそこから体内に送り込んだ空気を破裂させても良し [気になる点] ・やりくり上手のお袋さ…
[良い点] 魔導士としてやっていく為の覚悟が…。諦めなかったから魔導士としてそれなりのものになったからこそ解るんだろうなぁ。 [気になる点] 辺境伯夫人が…。これは個人としてのお付き合いもこれが縁であ…
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