05 家政魔法と攻撃魔法への転用1「洗濯魔法 実演」
一つ目は水魔法による洗濯魔法だ。五つの魔法では最も難易度が低い。難しい点があるとすれば空中での水塊の維持とその状態での水流の発生だろうが、実技で受講生の技術力を測るには打ってつけの魔法だ。警護役の魔導士達はこれを見て配置に付く場所を決めるようだ。
受講生が真剣に耳を傾ける中、シオリは講義を始めた。
「洗濯は基本的に洗い、濯ぎ、脱水の三つの手順で行います。石鹸を溶かした水の中で洗濯物を洗い、次に水を替えて洗濯物を濯いで、最後に洗濯物の水分を除きます。洗濯は家事の中で最も重労働と言われるほど非常に時間も労力も掛かるものです。そのため、遠征先ではよほど必要に迫られない限りは洗濯をすることはありません。が、身体を清潔に保つためには欠かせない仕事です。野外活動が多く汚れることが当たり前な仕事では、汚れたまま何日も過ごすというのも珍しくはありませんが、汚れの種類によっては肌を痛めたり雑菌に感染する原因にもなります」
家で過ごす分には数日位洗濯をせずとも大した問題にはならないだろうが、泥や魔獣の体液を浴びることもある冒険者や騎士などは、慣れてはいてもストレスを感じない訳ではない。積もりに積もれば気持ちも荒もうというものだ。
「長期間になると士気にもかかわりますので、遠征先で洗濯ができるのならそれに越したことはありません。魔法を使えば水場がなくてもできますし、時間もずっと短縮できます。大体――そうですね、四、五人程度のパーティ分なら洗って干すまでに二、三十分ほどでしょうか。あまり酷い汚れはあらかじめ落としておく必要はありますが、汗や埃、多少の汚れなら魔法だけで十分洗えます。ええと……ちなみに、洗濯をご自分でしたことがある方はどのくらいいらっしゃいますか?」
この質問に、冒険者や騎士のほとんどは手を上げたが、貴族家からの参加者の一部は未経験のようだ。裕福な男爵家の子息であるバルトなどはそもそも「脱水」という工程自体を知らなかったらしく、「え、絞ってから干すんだ!?」と目を丸くして周囲を苦笑させている。
「では、手回し洗濯機や脱水機を使ったことがある方は」
手回し洗濯機は、文字通り手動で回す洗濯機のことだ。樽型や円筒形の容器に石鹸水と洗濯物を入れ、ハンドルを回して攪拌する方式で洗う。
中には魔導式の洗濯機もあるようだが、これらはかなり高価で上流階級でも導入している家は少なく、普通は店売りされていないものらしい。シオリもまだ現物を見たことはない。
今度は疎らに手が上がった。使ったことはないが、見たことはあるという者もいる。
中流階級以上の家庭では洗濯機の利用は既に一般的なようではあるが、労働階級ともなるとまだ手洗いが基本の家庭も少なくはないようだ。
「村で共有して、順番制で使ってたわ」
「郷里には洗濯屋があったな。金を払って洗濯機と物干し場を借りるんだ。トリスにも何件かあるだろ。割高だけど、物干し場には暖房送風機が付いてて便利だぜ。俺はそこを使わせてもらってるよ」
「……なるほど、ありがとうございます。色んな洗濯事情があるんですね」
そういえばザックやクレメンスも、若い頃は洗濯婦に洗い物を頼んでいたらしい。王都の屋敷育ちで勝手が分からず、自分で手洗いして衣類を皺だらけにし、洗い上がりのあまりの見苦しさに辟易して止むを得ず有料サービスを利用していたようだ。
そんなことを思い出しながら、シオリは説明を続けた。
「この洗濯魔法は、魔法で洗濯機と脱水機の機能を再現したものです。まずは実演してみますね。今回はタオル二枚でやってみます」
シオリは目の前に水塊を生み出した。空中に固定された水塊がふよふよと不定形に揺れる。
「このとき水の量が少な過ぎると汚れ落ちが悪いので、洗濯物がたっぷり浸かるくらいの水量にしてくださいね。ここで洗剤を入れ、水流を起こして溶かします」
水塊の中に石鹸を削り入れながら、説明を付け加えた。
「コツはなるべく細かく削って溶けやすくすること。旅先で面倒を減らしたい場合は水に溶かしやすい粉石鹸もおすすめです。勿論荷物を減らしたいのであれば、入浴用の石鹸を削って代用することもできます。これは実際に試してみて自分が使いやすいものを選んでください。多少汚れ落ちが悪くはなりますが、石鹸を使わずお湯だけで洗うという手もあります」
このあたりの説明は、合成魔法を目当てに来ている者は退屈そうに聞き流しているが、「あ、ちなみに、石鹸水は虫の魔獣を窒息させる効果があるので、数が多くてちょっと困ったなっていうときには攻撃に使えますよ。実際これで大蜘蛛の群れを倒したことがあります」と付け加えると、面白いように反応を変えた。
「――ただ、虫全般に効いてしまうので、環境への影響を考えたら広範囲に使うのはやめた方がいいですね。養蜂をやってる場所の近くなんかでは特に気を付けてください」
「ははぁ……やっぱその辺は普通の魔法と変わらないんですね。乾燥した日の森や雪が積もった斜面で火魔法を使うなとか、雷の魔獣がいる場所で水魔法を使うなとか、そういうのみたいに」
「ええ、そうです。どんな魔法でも使うときには注意が必要です。私も初めて使ったときは、緊急時だったので思いっきりやってしまいましたが、なるべくなら周囲に配慮したいですね、やっぱり」
「なるほど……」
魔法は便利だが道具と同じで、使い方を誤れば大事故に繋がる。武器一つ振り回すにも周囲への気配りが必要なように、魔法には魔法なりの気配りが必要だ。
こうして講義の合間に雑談を挟みながら、受講生の緊張を解していく。
「さて、石鹸がしっかり溶けたところで洗濯物を入れます」
タオル二枚を放り込むと、水流の中でくるくると回る。
「一定方向に回すだけでもいいですが、よりしっかり洗いたい場合は、逆回転させたり、中で叩き付けるようにしてもいいと思います。この辺は手回し洗濯機や、足踏み洗濯の要領で考えていただけると分かりやすいかと」
シオリは水塊の中で複雑な対流を起こしてみせた。タオルの動きで水の流れがよく分かる。
「だいたいの汚れが落ちたら、洗濯物を取り出して排水します。そのまま流す場合もありますが、もし環境への影響が気になるなら、沸騰させて蒸発させるのもいいかもしれませんね」
タオル二枚程度の水量なら自分程度の魔力でもすぐ蒸発させられる。洗濯水は急激に泡立ち、水塊を大きく広げるとあっという間に蒸発していった。
「次に同じように水流を発生させた水柱を作り、洗濯物を入れて石鹸分を落とします。このとき一緒に酢を入れると、乾かしたときに肌触りが良く仕上がります。もし洗濯物のごわつきが気になるようだったら試しに入れてみてください」
「へぇー……」
アルカリ性や酸性についてはあまり深く突っ込まれてしまうと、専門家ではないシオリとしては困ってしまう。けれどもこの辺りは貴族家で洗濯係を務めている使用人には伝わったようだ。
「洗濯仕上げ剤の代用ですわね。少し前までは花の香りの仕上げ剤が主流でしたけど、最近では爽やかな香りの果実酢を使った仕上げ剤が人気ですのよ。殿方にはこちらの方が喜ばれますわ」
上流階級では既に仕上げ剤を使った洗濯が一般的になっているらしい。ロヴネル家のランドリーメイドが代わりに説明してくれた。
薬品類を取り扱うことが多いニルスやエレンなどはさらに具体的な知識があるらしく、「なるほど、中和か」と頷いている。
ちなみにアレクはこういった化学分野が苦手らしいが、特別なものだと思っていた「化学」が意外に身近なところにも活かされていることに気付き、「俺もたまにはそういう本でも読んでみるか」深く考え込んでいた。
「私も専用の仕上げ剤があるって知らなかった。店に置いてないからないんだと思い込んでたよ」
思いがけず有益な情報を得たシオリは、興味があるなら後で送るよというバルトの申し出に内心ほくほくしながら先を進めた。
「濯ぎ終わったら、また洗濯物を取り出して排水します。さて、最後の脱水ですが、これは少し工夫が要ります。風魔法で高速回転して水気を飛ばすのですが、そのままだと周りに水が飛び散ってしまうので、障壁の中で回転させます。やり方は氷の障壁を作る方法と、風の障壁を作る方法の二種類。簡単なのはあらかじめ氷の障壁を作ってしまうやり方ですね。ちょっとやってみます」
タオル二枚程度なら手絞りの方が遥かに楽なのだが、洗濯物が大量の場合はそうはいかない。だからこその家政魔法だ。
脱水槽のような形の氷を作り、内部でつむじ風を起こして濡れたタオルを投入し、遠心力で脱水する。氷の脱水槽を覗き込んでいた受講生達は目を丸くした。
「わ、結構飛び散るんだな」
「ええ、なのでこうして壁がないと、そばにいる人が大変なことになるんですよ。今の季節みたいに雪があれば、それで作ってもいいかもしれないですね。さて、じゃあ次は風の障壁でやってみます。私はもっぱらこちらのやり方で脱水してます」
台風の目のように中央に無風地帯がある風の渦を作り、その内側でもう一つの渦を作って同じように脱水する。
しばしの沈黙の後、驚きの声が上がった。
「ん、あれ……!?」
「これ――もしかして二つの魔法を同時に使ってる……?」
「え、でもどっちも風魔法だろ?」
「それはそうだけど、でも回転が逆だよ?」
「そうですね。それぞれ逆に回転する二種類の風を発生させています」
――魔法の同時発動。
「同じ属性、使う魔力量も同じな上に、風魔法はほかの属性よりも魔力の使用量が少なく魔力の流れを感じやすいので、実は合成魔法の基礎練習にはちょうどいいんですよ。火や氷とかよりはずっと危険が少ないですしね」
複数の魔法を掛け合わせて発動する合成魔法は、両手の魔力の均衡を保たなければならない。そうでなければ、魔力の出力が少ない方の魔法が掻き消されてしまうからだ。
けれども両手の魔力の均衡を保つのは存外に難しい。基本的に利き手の方が魔力を流しやすく、そのうえ術者と相性が良い魔法は発動と維持がしやすいときている。よほど魔力の流れを意識していない限り、左右の均衡を保つことは容易ではない。
――この両手の魔力の微細な流れを感じ取る鋭敏な感覚を養うことこそが、魔法の同時発動――ひいては合成魔法への近道だとシオリは思っている。
なるほど、と彼らは唸った。
「……複数魔法の同時発動とか合成魔法っていうと別属性の重ね掛けってイメージしがちだけど……」
「同じ属性で練習かぁ。これは盲点だったなぁ」
「そもそも風魔法には温度がないからな。熱いとか冷たいとかいう感覚に邪魔されずに済むという利点もある。魔力のバランス感覚を養う訓練にはうってつけという訳か」
最後にアレクが説明を総括してくれた。
ほかの属性魔法と比べて直接的なダメージを与えることができない風魔法は、実は不人気なのだ。どちらかと言えば攪乱や障壁などといった補助で使われることが多い。そういった固定観念もまた、同時発動や合成魔法への道を閉ざす原因になっていたのかもしれない。
「――さて、脱水完了です。これで一連の作業は終わりですね。ここまでで何かご質問などがなければ、早速実践してみましょうか。今ここで完全に覚えるのは大変だと思いますので、感覚だけでも掴んでいってくださいね」
風と火の合成魔法で温風を起こしてタオルをあっという間に乾燥させると、彼らはぎょっと目を剥いた。けれどもにっこりと微笑み返されて、それが刺激になったようだ。
一見すると地味な家政魔法の中には、いくつものヒントが転がっている。シオリよりも魔導士としての活動歴が長い彼らなら、きっと何かを掴み取ってくれるに違いない。
穏やかながらもやる気に溢れた家政魔法講座はこうして幕を開けた。
大蜘蛛「洗濯か……」
ルリィ「遠い目になってる」
一限目なので、ゆっくり丁寧に進みます。




