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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第7章 家政魔法の講習承ります

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02 和解

 シオリは戸口で立ち止まったまま、ヴィヴィとしばしの間見つめ合った。謝罪したいと訪れたはずの彼女はどう切り出したものか悩んだのだろうか、わずかに視線を彷徨わせたあと、無言のまま気まずそうに俯いてしまった。

 俯く直前、彼女が向けた視線の先にあるものに気付いたシオリは、幾分顔色を悪くしている理由がどうやら自責の念からくるものばかりではないらしいことを察し、恋人と兄貴分を促して退出させた。彼らが背後に控えていたのでは威圧感があるだろうと思ってのことだ。二人だけで話をしたいというシオリに彼らはいくらか難色を示したものの、仕方がないというように微苦笑を浮かべて出ていった。

 果たしてその対応は間違ってはいなかったようだ。足元のルリィを多少気にしながらもほうっと息を吐いたヴィヴィに、苦笑しながら向かい合う形で腰を下ろす。

 僅かな沈黙の後、彼女は躊躇いがちに切り出した。

「……あの」

「はい」

 シオリが短く言葉を発した瞬間、彼女がびくりと身を竦ませたのが分かった。しかしそれでもぐっと堪えて言葉を続ける。

「あれから色々考えて……」

「はい」

「姉さんにも色々言われて……」

「はい」

「私、なんにも知らなくて」

「はい」

「……それで、その、まだ謝ってないって気付いて」

「はい」

 記憶にある彼女の口調はもっと歯切れが良かったはずだ。それが今は慎重に言葉を選んでいる。話し方もまるで要領を得ない。しかし、その口振りがかえって相手への配慮を感じさせた。だからシオリは根気強く彼女の言葉を聞いていた。

 けれども彼女自身がこれでは言い訳じみていると気付いたのだろう。不意に俯けていた視線を上げて勢いよく立ち上がると、「本当にごめんなさい!」と深々と頭を下げた。

「……私、シオリさんに凄く酷いことを言いました。それに、あんなことしたのに……シーラとミアを唆したのは私なのに、謝らずに逃げてしまって、本当に……ごめんなさい」

 相変わらず要領は得なかったけれども、必死に言葉を繋いで頭を下げるその姿にかつての傲慢さは欠片もなかった。

 この半年という時間は彼女に良い変化をもたらしたようだ。

 謝罪の言葉を混ぜながら、彼女はぽつぽつと語り始めた。



 ヴィヴィはエンクヴィスト領との境界付近にある、山間の小さな村の生まれだ。そんな辺鄙な村にあって、彼女は同世代の子供達の中では目立つ存在だった。両親譲りの器量も理由の一つだったが、とりわけ注目を集めたのは彼女が高い魔力の持ち主だったためだ。

 ヴィヴィの母方の家系には時折強い魔力を持つ者が生まれる。外祖母や母、そして姉には僅かにしか受け継がれなかったその力を持って生まれたヴィヴィは、家族に大切にされて育った。

 この魔力と女の社会進出が進む現代なら職業も好きに選べるだろうと、両親は村娘には十分過ぎるほどの教育を施してくれた。彼らは貯蓄を切り崩して月に幾度か教師を呼び、娘達に読み書き計算や礼儀作法を身に付けさせた。

 それは確かに間違いではなかったのだろう。一緒に学ばせた上の娘は買い付けに訪れた商人に見初められ、彼の実家だという領都の裕福な商家に嫁いでいった。

 無論下の娘――ヴィヴィも期待通りの秀でた娘に育った。些か傲慢なところはあったものの、それは若さゆえと見逃される程度のものだった。

 しかし、彼女にとって不幸だったのは、成人を迎えて数年経ち「外の世界」に旅立つまでに、その芽吹き始めていた傲慢な性質を誰も真剣に矯正してやらなかったことだろう。あるいは家族やほかの誰かが指摘していたのかもしれないが、それは些末なこととして彼女自身が聞き流してしまっていた。

 ともかく両親亡き後に出世を夢見て郷里を旅立ち、領都トリスで冒険者となったヴィヴィは、同格の仲間を得てそれまで通りに挫折知らずで一年を過ごし、傲慢と偏見、思い込みを肥大化させた末にシオリに喧嘩を売り、大敗を喫したのだった。

 そのとき彼女は決して触れるべきではない領域に踏み込み、その恐るべき「深淵」をまともに覗き込んでしまった。身を焦がすような望郷、心が焼き切れるほどの孤独、身を押し潰さんばかりの怒り、心が引き裂かれるような哀哭――それはありとあらゆる負の感情を内包した、凄まじい底なしの絶望だった。

 ――人は、その身に自分一人の心を収めておくだけで精一杯の生き物だ。できたとしても、誰かの心に共感し、その一部を共有してやる程度の器しか持たない。

 それをヴィヴィは、一人の女がそれまでの人生で蓄積し続けた絶望の丸ごと全てを、二十年足らずの人生しか生きていない未熟な身で受け止めてしまった。なまじ才能があった分、魔力を通してシオリの抱える膨大な闇に触れてしまったのだ。一歩間違えれば正気を失いかねないほどの絶望的な闇に呑まれかけた。心が弱ければ――否、シオリの魔力があと少しでも強かったなら、恐怖のあまり息の根が止まっていたかもしれない。

 それを考えるたびにこの身がひどく震えた。運が良かった。助かったのだ。

 けれども、その晩から闇が恐ろしくなった。灯りを消して眠れなくなった。あの絡みつくような絶望と闇の淵に佇む女の姿が脳裏にちらつき、ヴィヴィを深淵に引き摺り込もうとするからだ。

 翌日、組合(ギルド)に呼び出されてシオリの姿を見た瞬間、身が竦んだ。彼女の足元に落ちた影の中から、あのときの粘り付くような闇の触手が伸びてくるような気がして足が震えた。あれほどの絶望と深い闇を抱えていながら困ったように微笑むだけの彼女が、何かひどく得体の知れないもののように思えて心底恐ろしかった。

 嫌、怖い、帰りたい。

 ただただ恐怖で泣きじゃくるしかなかった。そこから先の記憶は定かではない。とにかくシオリから離れたい一心で、気付いたら郷里の我が家に飛び込んでいた。

 一流の冒険者になると大手を振って旅立っておきながら、たった一年で逃げ帰ったヴィヴィを、郷里の人々は訝りながらも「都会の水が合わなかったんだろう」と言って受け入れてくれた。

 けれども中には「所詮は田舎の優等生だったのよ」と揶揄する者もいた。

 ――事実だった。

 単純に数値だけでは推し量れないものがあるということを思い知った。それが分からなかった世間知らずな小娘の末路がこれ(・・)だ。自分とミアは低能と侮った女に驕り高ぶった心を潰され、それでもなお認めることができなかったシーラは初心者向けに分類される大蜘蛛の群れに喰われて死んだ。


 それからしばらくは鬱屈した日々を過ごした。冒険者時代の貯蓄を切り崩しながら、時折古巣の自警団で活動したり狩りの手伝いをするだけの、ひどく地味で退屈な日々だった。

 同期の出世頭として羨望の眼差しを向けられていた、あの煌びやかな日々が嘘のような日常。

(本当なら今頃はもっと上のランクに昇格して活躍してるはずだったのに)

 潰されたはずの慢心が頭をもたげ、一流の冒険者姿の自分を夢想しては、あのどろりとした闇の記憶が蘇って傲慢な心を塗り潰していく。

 ――年明け後もそんな日々を繰り返して、ようやく落ち着きを取り戻していた彼女のもとに姉が訪ねてきたのは、三月を大分過ぎた日のことだった。

 初心な田舎娘の影はすっかり鳴りを潜め、三児の母にして毛皮商の女将としての貫禄がすっかり板に付いていた姉は、挨拶もなく手紙一つで郷里に戻ったことを報せてきた妹を随分と気に掛けていた。末の子の乳離れを待ってから、身一つで来てくれたのだ。

 妹の代わりにアパルトメントの解約手続きと後片付けを済ませてくれていた彼女は、「義理の兄さんに挨拶もなしに」と開口一番にヴィヴィを叱りつけた後で、幼い頃してくれたように抱き締めてくれた。

「あんた、一体何をやらかしたの。何かトラブルがあったって聞いたけど」

 彼女の嫁ぎ先には冒険者の顧客もいる。だからある程度は聞き知っていたようだった。隠し立てをしても無駄だと悟ったヴィヴィは、促されるままに口を開く。

 話の間、姉はずっと隣に寄り添い、相槌を打ちながら静かに聞いてくれた。

 一切合切を語り終えると、彼女は深々と溜息を吐いた。

「――そう。あんたの自惚れが強いところ、ちょっと気になってたんだけど……まさかそんなことしでかすだなんてさすがに思わなかったわ」

「……ごめんなさい」

「謝る相手は私じゃないでしょう」

「……う、ん」

 姉相手には素直に言えたというのに、そういえばあの女には言ってなかったと今更ながらに気付いたヴィヴィは、言葉尻を濁す。

 それを敏感に感じ取った姉は、「あんた、まさか」と眉根を寄せた。そのまさかだと言えるはずもなく黙りこくるヴィヴィだったが、もうそれで全てを察したようだった。

「……妬みと思い込みで一方的に喧嘩を売って、騎士隊に突き出されるところを穏便に済ませてもらって、それなのに謝りもせずに逃げて来ちゃったって訳ね。これはさすがに姉さんも庇いきれないわ。今度から冒険者さん相手にどんな顔して商売すればいいの。あの人達の横の繋がりって、あんたが思ってる以上に強いのよ」

「……」

 ぐうの音も出ずに口を噤むしかなかった。

 自分がしたことで姉やその嫁ぎ先にまで迷惑を掛けてしまっている。一流の冒険者どころか、これではまるで悪戯した子供のようだ。否、成人しているだけになおのこと質が悪い。

 姉の口振りでは商売に影響は出ていないようだったけれど、事と次第によっては店の名に泥を塗りかねない所業だったのだ。もしヴィヴィがあのまま騎士隊に突き出されていたとしたら、親類縁者から罪人を出した店だと忌避する客も出たことだろう。

 そのことに思い至ったヴィヴィは今更のように蒼褪めた。

 あの瞬間、シオリに殺意がなかったと言えば嘘になる。カッとなって、確かに魔力を込めた杖を向けた。シーラは明らかに憎悪を剥き出しにして剣を向けたし、ミアは弓をほとんど放つ寸前だった。どれもこれも魔獣を倒すための、殺傷力が極めて高い武器だ。丸腰の相手に三人がかりでそんな武器を向けた――見る人が見れば、どう贔屓目に見ても殺しの現場だ。シオリが抵抗しなければ本当に殺してしまっていたかもしれない。

 若気の至り、挑発されてついで言い逃れできる状況にすらなかった。シオリを追い落とすために彼女の悪評を集めようとしていたのは周知の事実で、付け回していたところも多くの人々に目撃されていたのだから。

「私……とんでもないことしちゃった……」

 呆然と呟くヴィヴィに、姉は手厳しく指摘した。

「それは何に対して? 相手の人じゃなくて、もしかして私やうちの人に対してだったりする?」

「あ……」

「それに姉さん、相手の人が東方人だったなんて今日初めて知ったわ。あんた、ほんとに……運が良かったというべきかしら。多分、状況に助けられたんだわ」

 どういうことだろうと視線を上げたヴィヴィに、姉は陰鬱な視線を向けた。

「あんたはトリスに出てくる前だったから知らないだろうけど、その人……前に一度本当に殺されそうになったんだよ。病気なのに無理に迷宮に連れてかれて、身ぐるみ剥いで置き去りにされたってね。それも、財産の一切合切を全部取り上げられて逃げられないようにされた末にだよ。新聞にも載ったほどの事件だったの。いくら移民に偏見があるったって、限度ってものがあるわ」

「え――」

 絶句するヴィヴィに、姉は悼むような視線を向けた。しかしそれを本当に向けたかった相手は、きっと今この場にはいない女だろう。

 ――トリスにたった一人だけの東方人。それまでも目立っていた彼女は、事件によってより注目されるようになってしまった。

「これは私の想像でしかないけど、多分その人……これ以上騒ぎになるのは嫌だったんじゃないかしら。ただでさえ大きい事件の被害者だったんだもの。この上また同僚に殺されかけて騎士隊の世話になっただなんてことになったら、口さがない人達にまたあいつかって言われかねないわ。移民ってね、立場悪くしたくなくて、あんまり……波風立てるの好まない人も多いから」

 ――だから、見逃してもらえたのか。

 それは確かに姉の想像でしかない。けれども概ね事実だろうことはヴィヴィにも分かる。

「ど、どうしよう……私」

 ヴィヴィは傲慢で無知ではあったが、事実を繋ぎ合わせて考えるだけの知恵はあった。元々頭の回転は速い方だ。

 ――同僚から聞かされていた彼女の人物像。真面目で働き者。知恵と工夫と、血を吐くような努力で立場を築き上げた才女。

 愚かだったあのときの自分はそれを信じようとはしなかったけれど、冷静になった今なら分かる。彼女は決して無能ではなかった。魔力こそ確かに低いが、精緻を極めたそれは恐るべき威力だったではないか。

 必死の努力を重ねて結果を出したというのに、あの人は二度も殺されかけたのか。

 身勝手な理由で殺されかけた女を、自分は同じような理由で再び害そうとしたのか。

 それは彼女にとってどれほど恐ろしいことだっただろう。

 あのとき見せつけられた凄まじいまでの怒りと絶望は、そういう訳だったのだ。

「わ、私……全然知らなくって、あんな酷いこと……」

「知ってようがなんだろうが、そんなことしていい理由にはならないわよ、ヴィヴィ」

 姉は悲しそうに顔を歪めて言った。

「誰にだって気に食わない相手はいるものよ。私だってそういう人はいるし、あんただってその人のこと、なんとなく気に入らないって思ってたんでしょ。でもねぇ、それならせめてかかわらないようにするのが最低限の礼儀ってものだと思うわ。実害がないんならなおさらね」

 そうだ。自分はシオリが気に入らなかった。

 実害はあるにはあったかもしれないけれど、それだって一方的なものだ。ヴィヴィにとっては、評判の良い彼女が同じ魔導士として気に入らなかっただけ。シーラは恋敵を追い落とそうと躍起になっていただけ。ミアに至っては何の関係もない、ただ友達二人に便乗して面白半分に弱者を叩いて楽しんでいただけだ。どれを取ってもシオリを糾弾していい理由にはならない。

 それどころか、単なる偏見と思い込みで彼女を詰ってしまった。どうせ移民、それも未開の東方人だから大したことはできないはずだ、だから娼婦紛いの手口で査定を通してもらったに違いないと決め付けて糾弾したのだ。

「あんた達は正義の代弁者のつもりでいたかもしれないけど、実際にあんた達がしたことは、()()()()()()()()()()()()()()()()()鬱憤晴らしてただけなんだよ」

 姉の言葉は肉親であるがゆえに遠慮がない。厳しいと思っていた先輩達の言葉でさえ、まだ遠慮と優しさがあったのだと気付かされる。

 まさにあのときの状況を正確に言い当てた姉に、とうとうヴィヴィは押し黙った。

 黙りこくったままぽろぽろと涙を流して俯く妹の背を、姉は宥めるように叩く。

「――もう大人なんだから、どうするべきか分かるわね?」

「……うん」

 ヴィヴィは頷いた。

 そうして彼女は姉と共に、領都トリスの土を再び踏むことになったのだ。



「……私達が考えなしだったせいで、シオリさんに嫌な思いをさせたし、他の人達にも沢山迷惑を掛けてしまいました。本当に、すみませんでした」

 深々と下げられた頭。その小麦色のふわふわの頭髪を見ながら、シオリはしばしの間沈黙していた。

 謝罪する彼女の言葉もその態度も真摯なものだ。本当に、心の底から自らの行いを恥じて悔いている。誰かに言い含められて渋々頭を下げている訳ではない。自らの恥を再び曝け出すことはどんなにか恥ずかしかったかもしれないのに、それを包み隠さず打ち明けた上で謝罪したのだ。

 シオリはふっと息を吐いた。

「――あのとき、本当は凄く怖かった」

 彼女達に、シオリを本気で害するつもりがなかったことは分かっている。しかし、どうあっても一戦交えるまで引くつもりはなかっただろう。その後の彼女達の言い分から判断するに、なんとしてでも一戦交えてシオリが低能であることを暴露し皆に知らしめることが目的だったようだ。さらに言えば、ついでに脅かして泣かせるか狼狽えさせるかでもして留飲を下げるつもりでもあったはずだ。

 そう指摘すると、ヴィヴィは気まずそうに無言で目を伏せた。肯定の意だ。

「ヴィヴィさん達にしてみれば軽い気持ちだったかもしれません。でも、貴女達の言う通りに私はほんの少し魔法が使えるだけの家政婦でしかありません。だから期待の新人と言われたほどのヴィヴィさん達に、たとえちょっとした脅しのつもりだったとしても、武器を向けられたことが凄く怖かったんです」

 ただ生きるために頑張っているだけなのに。せっかくあの事件で生き延びたのに、またこんな目に遭わされるのかと。もしかしたら「遊び」が行き過ぎて、再起できない怪我を負うかもしれない。当たり所が悪くて死ぬこともあるかもしれない。それが恐ろしかった。

 そう思わせるだけのものが、あのときの彼女達には確かにあったのだ。

「――人は、『下に見ていい人』を作ると心が卑しくなる。そういう相手を作って接しているうちに、粗末に扱っていい、好きに扱っていいと思うようになってしまうんです」

 そう扱われる者の多くは弱者と呼ばれるものだ。能力や経済力、社会的立場の低い者。圧倒的強者から何らかの理由で弱者に落ちる者もいるが、いずれにせよ一度弱者、それも抵抗できない人間だと認定されてしまえばどうなるかはシオリ自身がよく知っていた。

 ただただいいように嬲られて、人扱いすらしてもらえない。

 かつて暮らしていた世界でもそうだった。SNSでの一方的な吊し上げが代表的な例だろう。

 そしてそんな弱者を好んで虐げているうちに、他者の尊厳に対する認知が著しく歪んでいくのだ。【暁】の仲間達がまさにそうだった。気の良い人達だったのに、知らず知らずのうちにランヴァルドに誘導されていた彼らは、やがて率先してシオリを蔑み粗末に扱うようになった。味方してくれていたはずのトーレやラケルでさえもだ。

 ――半年前に相対したヴィヴィ達の目は、かつての仲間がしていた目によく似ていた。その表情から滲み出ていたのは、虐げていい人間だから何をしても許されるという悍ましい考えだ。

「誰かを軽蔑する気持ちは否定しません。自尊心を強く持つことも悪いことではないと思います。でも、もう決して『見下して粗末に扱っていい人』を作らないでください。それは他人の尊厳を踏み躙るだけのものではありません。自分の心さえも下劣で浅ましいものに貶める行為ですから」

 結局のところ、自らの鬱憤を他者を虐げることで晴らしているだけなのだから。

「……姉さんにも同じようなこと、言われました。C級まですぐ上がったのはいいけど、それからは全然だったから……その」

 あの行為は単なる驕りからくるものだけではなかったとヴィヴィは白状した。

 同期の中ではずば抜けて成績が良かった。同期がようやくD級に上がろうかという頃には、既にC級間際の成績を収めていた。けれどもそのあたりから思うようにいかなくなったのだという。

 仕事を選り好みし過ぎて経験を積めなかったばかりか、勤務態度が悪く再教育の指示や先輩の指摘を一切無視する彼女達に、割のいい仕事が回されなくなったという事情もある。

 そんなときに視界に入ってきたのがシオリだった。低級魔導士で雑用係しかしていないはずの「非文明国」の東方人が、たったの三年でB級というランクを得ていたことがひどく気に障ったのだ。

 同じように年若く年数の浅い一部の同僚の「真面目で仕事熱心なのは分かるけど、あの人の評価、いくらなんでもおかしいよね」「そうそう。炊事洗濯に行水用のお湯沸かすだけだっていうし」という言葉に後押しされた彼女達は、鬱憤晴らしができる玩具を見つけて大喜びで飛び付いたという訳だ。

「私を排除したからといって、ヴィヴィさん達のランクが上がる訳ではないですよ。私が本当に不正を働いていたというならともかく、事実無根だったんですからなおさらです」

「……その通りです。結果として……自分の評価を下げちゃいました」

 半年ぶりに組合(ギルド)の扉を潜ったときにヴィヴィに浴びせられた視線はひどく冷たいものだ。あのとき「後押し」してくれた同僚でさえ、かかわりたくはないという態度だった。度を越した批判と糾弾行為は、自分自身の評価を貶めるものでしかないということを思い知った。

「若いうちに――と言ったら失礼かもしれませんけど、私の故郷ではヴィヴィさんはまだ未成年ですから、そういうことにしておいてくださいね。ヴィヴィさんの歳ならまだ取り返せますから。私くらいの年齢になると結構難しいですけど、若いからで許してもらえるうちに直すべきところは直して……頑張ってください」

 二度も命の危険に晒された身としては思うところは山ほどある。だからこれが「被害者」としての精一杯の言葉だ。

 ヴィヴィは小さく頷く。

「……これからどうする予定ですか?」

「最初はまた村に戻るつもりでした。でも、ここに来るまでに色々考えて、やっぱり私……ちゃんと魔導士の仕事をしたいなって思って」

 亡き両親は、都会でも通用するようにと貯蓄を切り崩してまで教育を受けさせてくれたのだ。それを無駄にはしたくない。それに自分の力を活かした仕事がしたいと彼女は言った。

「そう……ですか」

 差し出した手におずおずと伸ばされた彼女の綺麗な手をそっと握ったシオリは、淡い笑みを浮かべた。

「しばらくは辛い思いもするかもしれません。でも、頑張っていればちゃんと見てくれる人がきっといますから」

 偏見しか向けられなかった自分がそうだったように、きっと彼女にもいつか温かく見守ってくれる人ができるだろう。そう願う。

 啜り泣きを始めたヴィヴィをその場に残したシオリは、静かに部屋を出る。アレクとザックがほっとした表情で出迎え、足元をルリィがするりと撫でた。穏便に事が済んだことを察したのだろう、同僚達もまた肩の力を抜き、苦笑交じりに視線を交わし合っている。

 幾度かシオリの肩を叩いたザックは、入れ替わりに部屋に入っていった。

 ほうっと息を吐き、両手を広げて待つアレクの胸に遠慮なく飛び込むと、身体を預けて目を閉じる。そんなシオリを、彼は優しく抱き締めてくれた。



イール「消える者もいれば戻る者もいるのである。その者次第である」

脳啜り「ぐうたらしながら言われてもな……」

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― 新着の感想 ―
[一言] お姉さんの言葉とても刺さりました。そして和解できたことに涙が出ました。 私事ですがトラブルを目にして、もやもやしていたので欲しい言葉を貰った気がしました。ありがとうございます。
[一言] 色々考えちゃった ヴィヴィも元のように活躍できるようになると信じて
[良い点] 何故に、シオリを「母ちゃん」と呼ぶ冒険者がいるかよく分かる所。 [気になる点] 出会い方が違っていたら、シオリの信者になっていたかもしれんなぁと思える所。 [一言] 世間をというか、なまじ…
感想一覧
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