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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第6.5章 ホレヴァ家の兄弟

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04 新たな日々と新たな仲間達

 翌朝は生憎の空模様だったが、たとえ吹雪こうとも雪馬車を走らせるのがストリィディア王国である。王都から各領都を結ぶ主要街道沿いには防雪林や防雪柵が整備され、場所によっては火の魔法石を用いた道幅表示器や融雪機などが敷設されている。万が一のときには避難できるよう、一定間隔で避難小屋も配置されていた。輸送に滞りのないよう、よほどの荒天でもなければ都市間の移動ができるように工夫されているのだ。

 そういう訳で運行本数が減便されたこと以外にはさしたる問題もなく、当初の予定通りパウル・ホレヴァは王都へ向けて発つことになった。しかし天候のせいか、席には大分空きが目立っているようだ。

 見送りに出たクレメンスは、弟に特産の葡萄酒や燻製肉、同僚の薬師ニルスが調合した胃腸薬などといった手土産を持たせてやった。

「ありがとう、クレム兄さん。皆さんによろしく」

「ああ、伝えておく。お前も壮健でな。父さんや兄さん達によろしく伝えてくれ」

「うん、分かった。また来るよ。兄さんもたまには帰ってきてくれると嬉しいな」

 最後に帰省したのは三年ほど前だ。これでも以前に比べれば随分頻度は増えたはずだったが、仲の良い兄弟としては物足りないのかもしれない。視察や商談でトリスを訪れるときには、パウルはどんなに忙しくとも必ず都合を付けて会いに来るのだ。

「……そのうちにな」

 しかしクレメンスの曖昧な返答には彼も苦笑するしかなかったようだ。

 御者の出発の合図が掛かる。諦念の色が滲む微笑を浮かべた彼は、「じゃ、また」という短い挨拶を残して雪馬車に乗り込んだ。

 御者が一鞭くれ、馬の嘶きと共に四頭立ての立派な長距離馬車がゆっくりと走り出す。窓越しにパウルが手を振った。それに振り返したクレメンスは、馬車が雪に紛れて見えなくなるまで見送る。

「……それでも年に一度は帰るべきか」

 あれから大分時が経った。あの出来事は人々の記憶からすっかり風化したことだろう。

 それに冒険者としての生活はクレメンスの容姿を大きく変えていた。細身だった身体には筋肉が付いて厚みが増し、劣情を誘うと言われていた中性的な容貌は精悍なものになっている。たとえ少年時代の知人に出会ったとしても、ホレヴァ家の次男坊だと見分ける者はほとんどいない。

 両親ももういい歳になった。あと何度会えるかも分からない。それならば元気なうちに顔を見せるべきだろう。

 それだけの年数を過ごしてしまったことを今更ながらに思い知らされたクレメンスは、口の端に微苦笑を浮かべた。

 ――親しい友として(・・・・・・・)気掛かりだったシオリとアレクは、手を取り合い過去を乗り越えて共に歩み始めている。そして己もまた、ナディアと再び向き合おうとしていた。そんな自分達の行く末を、ザックは温かく見守ってくれている。

 気遣い合いながらも複雑に絡み合い蟠っていた人の情が解れた今、遥か昔に置き去りにした過去に、今更なんの憂いがあるだろう。

 誰もに等しく与えられた、ただ一度きりの人生。

「前向きに楽しく生きねば損だな」

 ふ、と微苦笑から一転、男ですらも振り返るような魅惑的な笑みをを浮かべたクレメンスは、踵を返して歩き出した。向かうのは、多くの友が待つ冒険者組合(ギルド)だ。



 きぃ、と音を立てて通い慣れたトリス支部の扉を開けたクレメンスは、今日は留守番なのかカウンター上でぽよんぽよんびよーんという謎の踊りを披露しているルリィにひらりと手を振った。だがその矢先、微かな違和感に気付いて足を止める。

 じっと目の前のルリィを見る。ルリィはしゅるりと触手を伸ばしていつものように挨拶した。別段普段と変わるところはない。そのはずだ。

 だがこの違和感はなんだろうか。心なしか室内の空気が不自然にざわついているようにも思える。

(――一体なんだ……?)

 さりげなく、しかし油断なく室内をぐるりと見回す。掲示板の依頼票を物色する者、同僚と雑談に興じる者、冒険中入手した品を見せ合う者と様々だったが、一見するといつも通りの光景だ。

 しかし、気のせいだろうか。雑談や打ち合わせでざわめく室内の、そこかしこで忍び笑いが聞こえるような気がした。だが嘲笑とも違う。どこか笑いを堪えるような――。

 再び見回した談話室の片隅の卓で、ナディアがうずくまるようにして突っ伏していることに気付いたクレメンスは眉根を寄せた。その肩が微かに震えているのだ。

(まさか……泣いているのか?)

 よもや彼女が嗤われているのではあるまいかと危惧したクレメンスは、ルリィがお立ち台よろしく乗っかったまま踊り続けるカウンターの真横をすり抜けようとした。が、再びの違和感を覚えて振り返る。

 視線の先には楽しげにぽよんぽよんと踊るルリィがいたが、よく見れば照明の加減か身体の色具合がいつもとは少々異なっている。普段は深い瑠璃色のはずの身体が、初夏の空を思わせる鮮やかな水色になっていた。

(……違和感の正体はこれ……か?)

 それにしても室内の雰囲気そのものがおかしい気がするのはどういう訳か。

 首を傾げながらふと見た窓の外に、見慣れた三角帽子の女と栗毛の男、そして足元にぽよぽよと弾む瑠璃色のスライムの姿を見つけたクレメンスはぎょっと目を剥いた。思わずカウンターを振り返り、再度窓の外を見、そしてさらに同じ行動を二度ほど繰り返す。

 二度見を通り越して三度見である。

 ――どう見てもスライムが二匹。知らないスライムが一匹増えていた。色が違って見えるはずだ。そもそもが別の個体なのだ。

「な、え……は!?」

 狼狽えるクレメンスの前で、帰還した二人と一匹がおよその事態を察したらしく苦笑いした。無論顔のないルリィが笑うことなどできないが、纏う空気と仕草からどうやら苦笑しているらしいことが察せられた。

「……すみません、驚かしちゃったみたいで」

 眉尻を下げて少し困ったように笑ったシオリが説明してくれた。

「スライムを使い魔にしたいっていう人がいて……それで、ルリィが何匹か仲間を呼んでくれたんです」

 魔獣の中には離れた別の個体と相互に情報を伝達する、優れた遠隔感応(テレパシー)能力を持つ種類のものがいる。シオリの話ではどうやらルリィ達もこの能力の持ち主であるらしい。トリスに居ながらして、蒼の森の同胞とやり取りしているようだ。

 彼女の言葉を引き継いでアレクもまた続けた。

「ちょうど今も孤児院に一匹連れて行ったところでな。子守りの手伝いとアニマルセラピーとやらを試したいとかで、イェンス司祭が使い魔に」

 果たしてスライムをアニマルと呼んでよいものなのかどうかクレメンスには判断しかねたが、可愛らしく人懐こい若草色のスライムに司祭殿も子供達も大喜びだったそうだ。

 ちなみに当初スライムの使い魔を希望した者は二人。ルリィの呼びかけに応じてトリスを訪れたスライムも二匹だったらしいが、そのうちの片方が外壁で待機中に西門警備の騎士とすっかり懇ろになってしまったために、急遽もう一匹呼び出したということだった。

「な、なるほど」

 クレメンスは引き攣り笑いを浮かべた。ここに来て突然愉快なスライムが四匹に増えたのである。顔も引き攣ろうというものだ。正確には下水道に解き放たれている汚水処理用スライムも含めれば市内には既に十数匹はいる勘定なのだが、これは割愛するものとする。

「……とすると、この最後の一匹は誰の使い魔に?」

 注目されて楽しいのか、なおも踊り続ける空色スライムを指し示したそのとき、ザックが戸口から姿を見せた。紙袋を抱えているあたり、買い出しにでも出ていたのだろうかと思ったが、どうやらそれは急ぎの手紙を出したついでの買い物らしい。

「おう、来たばっかりで待たせて悪かったな……っと、なんだ、お前らも戻ってたのか」

 ひらりと手を振ったザックはいそいそとカウンターに歩み寄り、紙袋から取り出したエナンデル商会謹製使い魔用焼き菓子を空色のスライムに与えている。ごく自然なその行動に驚きもしたが、その指先に巻かれた真新しい包帯に気付いたクレメンスは瞠目した。

 指先の怪我。血液。使い魔契約――……。

「ま、まさか……ザックお前」

「あ?」

 ルリィにも焼き菓子を与えたザックは、どことなく気まずそうに笑った。

「……まぁ、なんだ。俺もな、せっかくだから使い魔の一匹も持っておくかと思ってよ」

 一線を退いたとはいえS級冒険者がせっかくだからで契約した使い魔がスライムというのもどうなのかとは思わなくもなかったが、真の理由が別のところにあるということはクレメンスにも分かった。というより、この場にいる誰もがそれを理解していたことだろう。

 ――そう、だからこその妙な雰囲気だったのだ。

 ざわめきに時折混じる忍び笑いが一層大きくなった。それに被さるようにして一際甲高い笑い声が響く。先ほどまで卓に突っ伏していたナディアがゆっくりと身体を起こした。その顔は堪え切れない笑いで歪み、目尻には笑い過ぎで涙さえ浮いていた。泣き震えていたのではなく、どうやら笑いを堪えていただけらしい。

「……っははっ、ザックあんた、もう、ほんとに……っ」

「……なんだよお前、まだ笑ってたのかよ」

 腹を抱えて笑う彼女に、ザックは気まずさ半分呆れ半分といった態だ。

「だってあんた……想像してもごらんよ、『俺も使い魔契約しようと思う』なんて大真面目に切り出すから一体何事かと思ったらっ……!」

 S級保持者ともなれば使い魔として迎える魔獣は妖精や小型竜などの希少種やAランク以上の氷獣類といった、錚々たる顔ぶれになるのが常であった。それをこの男は「ぽよんぽよんびよーん」と謎の踊りを披露する空色スライムを横に「俺の新しい相棒だ」と言うのだから、それは笑いもするに違いない。

 すらりとした指先で涙を拭ったストロベリーブロンドの魔女は、「あんたもよく害虫駆除目当ての契約なんて承諾したねぇ」と新しい相棒氏を撫でている。それに対してそのスライムは「虫取りは好きだよ!」とでもいうように触手をしゅるりと掲げた。色は違えど、仕草はまるでルリィそのものだ。

「ルリィに色々聞いたらしくて、こういう身振り手振りの会話が蒼の森のスライム達に流行ってるらしいんです」

 シオリの言葉にその様子を想像したクレメンスは曰く言い難い心持ちになったが、スライム使いの第一人者である彼女の手前、なんとか表情には出さずにおいた。

 ともあれ、新たな仲間を迎えたこのトリス支部も大分賑やかになりそうだった。ギルドマスターの使い魔ともなれば、この場所に常駐することになるのだ。看板娘ならぬ看板スライムよろしく、訪れる冒険者達を面妖――もとい、陽気な踊りで出迎えることだろう。気遣い上手のルリィの同胞であるならば、疲れた冒険者達を労い癒してくれることもあるかもしれない。

 勿論、組合(ギルド)内の害虫駆除も率先して行ってくれることだろう。

(――なんにせよ、賑やかになるのはいいことだ)

 室内が賑わいを見せる中、口の端に笑みを浮かべたクレメンスはザックに問い掛けた。

「で、名前は決めたのか?」

「まさか空色(ヒンメルブロゥ)だからヒンメルゥとかブロゥとかいう名前にするなんて言わないだろうな」

 横合いから入ったアレクの突っ込みに、ザックはぎくりと肩を揺らした。

 ルリィは瑠璃(・・)色だから故国の言葉を文字ってルリィ(・・・)。そして最近巷で噂になっている我らが国王陛下の使い魔スライムは(ペルシッカ)色だからペルゥ(・・・)だという。シンプルで分かりやすいと言えばそうかもしれないが、それにしてもとは思わなくもない。

 そして関わり合いがないはずの二匹のスライムの名付けに共通項があることにも気付き、首を捻る。

(まさかとは思うが……陛下にシオリとルリィの情報が流れてるのではあるまいな)

 恐らくは王兄であろうアレクかあるいはザックから、弟王に何らかの情報が流されている可能性は十分にあり得る。そして事実その通りだったのだが、少なくともスライムの名付けに関してはまったくの偶然であることをクレメンスは知る由もない。

 それはさておき、気まずそうに視線を彷徨わせていたザックは、やがて覚悟を決めたのかがしがしと赤毛の頭を掻きながら口を開いた。

「色々考えたんだがよ……やっぱ分かりやすいのが一番だと思ってな。(ブロゥ)って名に決めた。蒼の森(こきょう)の名にも因んでるんだ」

 お気に召したのか、カウンター上の空色スライムは「わーい」というように二本の触手を真上に掲げた。そのまま再びぽよんびよんと踊り始める。ルリィよりは大分陽気な性質らしいが、無邪気なその様子は微笑ましい。

 その踊りにルリィと他の使い魔達も加わり、周囲の笑い声が一層大きなものに変わった。


 ――クレメンスが思いを新たにしたその日、こうして新しい仲間達がこの街に迎えられたのだった。


職人「( ゜Д゜)」

シグフリッド「( ゜Д゜)」

ルリィ「結局増えたよね」

ブロゥ「ね」



(ノ∀`)

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして、神威ルートと申します。 漫画で初めてこの作品を知りました。 小説も大変面白く、様々な発想の魔法が表現されていて発想的にとても参考になります♪ 特に石鹸をヒントにした話はその着眼…
[良い点] ブレイザック司令「私にいい考えがある」(自信満々なドヤ顔) 一同『!?』(ざわ‥ざわ‥) こうですか!わかりません! [気になる点] ・兄貴とスライムはおじさまとスライムになり得るか? …
[良い点] ルリィ 寂しくなくなるね(笑) もっと増えてもよいと思う [気になる点] 陛下のスライムも含め いつか ここで勢揃いする場面があれば 嬉しい(笑) [一言] コミカライズで 狼のシーン見ま…
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