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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第6.5章 ホレヴァ家の兄弟

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03 栗毛の男とスライム袋

 シグフリッド・ハルツヴァリは、正面の長椅子に腰掛けている上顧客を静かに眺めていた。その男は仮縫いの背嚢を真剣な面持ちで確かめている。艶の良い栗毛がさらりと揺れ、紫紺色の瞳が露わになった。しかしそれも束の間、幾分長く伸ばした前髪に隠れてしまう。

 惜しい、と素直に思った。大地に紛れるかのような色合いの身形の、唯一と言っていい鮮やかな色味だったからだ。冴え渡った夜空を思わせるその紫紺の瞳は、磨き上げたアメジストのように美しく煌めいているのだ。

 まるで王家の瞳のようだとシグフリッドは思う。無論王家に連なる貴人の瞳をまじまじと覗き込んだことなどないが、噂に伝え聞く王家の瞳は最高級のアメジストに例えられるほどに美しいという。

(王子殿下……いや、今は王兄殿下か。彼の方もまたこんな色の持ち主だったと聞くが)

 栗毛に紫の瞳の男など王国には掃いて捨てるほどいる。ましてやアレクという名は古くから親しまれてきた男児定番の名だ。その名を持つ男は貴族年鑑に載る者だけでも優に百を超える。ゆえに国内で最も厳しい環境にあるトリスヴァル地方で出会ったこの男がまさか行方不明中の王兄だとは思わないが、もし生きていたらこのぐらいの年頃だったはずだとシグフリッドはぼんやりと考える。


 ――初対面での印象は、とにかく地味な男だということだった。

 全身を執拗なまでに大地の色で纏めた服装は素朴と言うよりは質素と言っても差し支えない風体で、冒険者にしても随分と地味な身形だと思ったものだ。唯一の色らしい色が美しい紫紺色の瞳だったが、幾分被せ気味に下ろした栗色の前髪で隠れ気味とあってはそう目立つものでもない。

 男の知己であるザック・シエルやクレメンス・セーデンなども職業柄汚れの目立たない濃色の服装だったが、それでもその佇まいには華があった。決して容姿が優れているからだけではない、いるだけでその場が華やぐほどの存在感が彼らにはある。

 対して目の前の男はどうだろうか。上背があり体格も優れている。そしてよく見れば非常に整った端正な顔立ちだ。鋭い切れ長の目や時折浮かべる笑みには獰猛さを孕んだ色香すら漂い、髪形を整え正装に身を包めば誰もが振り向くような美男子になるはずだ。

 しかしこの男はそれを良しとはしないのか、徹底して地味な身形を貫いていた。必要に迫られれば多少は着飾ることもあるようだが、それでも選ぶ衣装はどれも目立たない色合いのものばかりだ。好みというよりは、敢えてそうしているのではないかと思えるほどだ。

 まるで保護色のようだった。極力目立ちたくないのだと気付くまでにそれほど時間が掛からなかったのは、シグフリッドが仕事柄「そういった客」を相手取ることが多かったからだ。

 元はホレヴァ商会の外商部員だったシグフリッドには上流階級との付き合いが多く、会話や立ち居振る舞いから相手のおよその身分の見当が付くようになっていた。

 現在シグフリッドが在籍するエナンデル商会は、冒険者用品を専門に取り扱う国内初――否、大陸北西部初の店である。当然訪れる客は冒険者業を生業とする者がほとんどだ。そしてその成り手には実は貴族や富裕層出身が存外多い。冷や飯食いの次男以下や嫁ぐ当てのない娘の他、庶出の子や何らかの事情があって表舞台には立てなくなった者達がそれだ。

 エナンデル商会設立の頃からの上客であるこのアレクという男は市井での生活が大分長いようではあったが、ふとした拍子に見せる洗練された所作や作法は上流階級の出身であることを示していた。それはその場しのぎに覚えた類いのものではなく、ある程度の年数を過ごさなければ身に付かないものだった。

 そして長年地方で暮らしているという割には国内各地はおろか周辺諸国の事情にも精通し、どのような話題を振ってもそつなく返答する。情報収集を欠かさない証拠である。単なる冒険者にしては色々整い過ぎているというのがシグフリッドの抱いた印象だった。

 ゆえにこのアレクという男の出自は、外交に長けた家の出、それも家との縁が切れていない貴族。極力目立たないよう努めているのは出自の怪しい庶子だからではないか――というのがシグフリッドの見立てである。

 些か想像力が勝ち過ぎているという自覚はあるが、もう少し推理を進めることを許されるのならば、紫紺色の瞳は過去に王家と姻戚関係にあった家の出だからではないだろうかとも思っている。実際、歴史を持つ貴族家では少なくとも一度は王家と婚姻を結んだことがある家は多く、紫紺色もしくはそれに近い色合いの瞳を持つ貴族が一定数いるのだ。そこからさらに領地を継ぐ当てがない次男以下や庶子ともなれば貴族籍を抜けた者は数多く、市井には多くの「王家の血筋」が放たれていることになる。

 長い時を経れば貴い血もそんなものだとシグフリッドは思う。無論そこに揶揄する気持ちはなく、それだけこの国が長い歴史を持つ証でもあるのだというのがシグフリッドの解釈だ。


 ――などとアレクの手元を眺めながらそんな益体もないことを考えていたシグフリッドの視界の端で、瑠璃色の影がもぞりと動く。はっと視線を向けると、先ほどまで壁紙の模様をじっと眺めていた瑠璃色のスライムが足元に佇んでいた。深く透明な湖水を思わせる身体の内側に薄っすらと球状の核が浮いているのが見え、それが巨大な目玉を思わせて、息を呑みそうになるところを寸でのところで堪える。

 しかしその努力を揶揄するかのように、スライムは独特の節を付けておどけた調子で身体を揺らし始めた。


 ぽよんぽよんびよーん

 ぽよんぽよんびよーん


 隣りに控えている職人がふるりと震えた。間違っても噴き出さぬようさり気なく合図を送る。客の前で無礼な振る舞いをする訳にはいかない。勿論それが客が連れている珍妙な生き物相手だとしてもだ。

 それでもまだ職人はS級間近という噂のある眼光鋭い男への畏怖の念が上回るようだったが、シグフリッドの方はと言えばどうにも笑いが込み上げてしまうのだ。実は笑いの沸点が低く些末なことで噴き出してしまいそうになるというのが彼の悩みだったが、今回に限っては致し方のないことかもしれない。

 なにしろこの上顧客様ときたら、ぽよんぽよんびよーんと謎の踊りを披露するスライムを横に、大真面目に「このスライム一匹を入れて運べるような背嚢を作ってもらいたい」と宣ったのである。それも金に糸目は付けないから上流階級の紳士が背負ってもそれなりの体裁を保てるようになどと付け加えたのだから堪らない。

 過去に愛玩動物を持ち運ぶための籠や手押し車を依頼されたことは幾度かあったものの、さすがにスライムというのは例がなかった。それも貴族の紳士向けのときた。

 無論シグフリッドには王国屈指の商会の販売員としての矜持がある。間違っても客を笑うなどという失態は犯さなかったが、さすがに表情を取り繕うのには大分苦労した。笑いを噛み殺そうとするあまりにかえって無表情になったほどだ。それどころか注文を聞き間違えたかと幾度か訊き返してしまった。

 アレクの方は珍妙な依頼だという自覚があったのかある程度の反応は予想していたらしく、多少の不作法は苦笑気味に見逃してくれた。

 しかし二度も同じ失態を犯す訳にはいかない。そんな訳でシグフリッドは、この上顧客が至極真剣な顔付きで「スライム袋」を検品する間にうっかり噴き出さないよう、意識の半分は彼を注視しながらも半分は適当なことを考えて意識を逸らすという離れ業をやってのけたのである。

 だが、そんな彼の努力を試すかのように、スライムは面妖な踊りを続けた。


 ぽよんぽよんびよーん♪

 ぽよんぽよんびよよよーん♪


 しまいには音符でも見えそうなほどに調子付いたその踊りは、いよいよ二人の忍耐力を崩壊寸前までに追い込んだ。耐える腹筋が小刻みに震え、今にも空気の塊と共に笑い声が飛び出しそうだ。

 もう限界だ――。

 そう思った二人に救いの手を差し伸べる者があった。このスライムの主だという黒髪の女である。興味深そうにアレクの手元を眺めていた彼女はふと顔を上げ、スライムの様子を見て苦笑した。

「……ルリィ。お店の人が困ってるよ」

 穏やかな声で使い魔を窘め、それに応じたスライムはぷるんと震えて大人しく半球体に戻る。

 ――助かった。

「すみません……ここが居心地よくて、少し楽しくなっちゃったみたいで」

 聞けば壁紙に描かれた淡い翡翠色の木々がスライムの故郷を思わせるのだという。

 恐縮して頭を下げる女に、シグフリッドは慌てて手を振った。

「いえ、とんでもない。使い魔殿にも気に入って頂けて光栄ですよ」

 一般向け店舗の常連客だというこの東方人の女は、店員の間ではちょっとした有名人だ。トリスヴァル地方唯一の東方人だということに加えてスライム連れなのである。しかも噂では小柄で温和な見掛けに反してA級にも届こうかというやり手だというのだ。これが目立たないはずがない。さらに女の気配の一つもなかったアレクの恋人だというのだから驚きもする。

 と、そのときアレクが顔を上げた。真剣な面持ちを緩めたその表情から察するに、出来栄えは上々のようだ。彼は最終確認だと言ってスライムを手招く。

「待たせて悪いな、ルリィ。ちょっと入ってみてくれるか」

 いいよ! というように触手を振ってみせたスライム――ルリィは、言われるままにしゅるりと背嚢の中に入り込んだ。ごそごそと中で蠢いていた「彼」はやがて、ひょこりと「顔」を覗かせた。

 それを合図にアレクは背嚢を背負い、立ち上がる。しばしの間、「どうだ?」と「ぷるん、ふるふる」という問答が続いた。

 やがて満足そうに頷いた彼は、微かな嘆息を漏らして微笑む。

「さすがだな。随分と無理を言ったと思うが希望通りだ。華奢なデザインだが見た目よりも遥かに大容量だ。身に沿う柔らかさもいい。それに孔雀羽色の落ち着いた風合いに品がある。きっと弟にもよく似合うだろう」

 これは仕上がりが楽しみだと彼は言い、シグフリッドは職人と共に軽く会釈をした。

 鮮やかな発色と落ち着いた風合いの両立は、お抱え工房自慢の特殊技術だ。勿論多種多様なデザインの用意もある。

 ――かつての冒険者は丈夫さと機能性重視の、武骨で地味なデザインの装備ばかりであった。しかし華やかな都市部や上流階級出身者が一定割合を占める冒険者業において、仕事とお洒落を両立させたいと思う者が一定数いるのも当然と言えよう。

 それに応えたのがエナンデル商会である。実験的な試みではあったが機能性とファッション性、そして丈夫さを兼ね備えたデザインは瞬く間に評判となり、今では騎士の私服や上流階級の野外遊びにも需要がある。

「ご満足頂けたようで何よりです。ではこのまま本縫いに入らせて頂きますがよろしいですか?」

「ああ、頼む。どれくらい掛かりそうだ?」

「一ヶ月ほど頂ければと」

 満足げに頷いたアレクは二、三の些末な注文を言い付けてから、恋人の肩を抱きスライムを伴って帰っていった。


 ――どちらからともなく溜息を吐いた。室内の空気が弛緩する。シグフリッドと顔を見合わせた職人は何とも言えない苦笑を浮かべた。

「背嚢にスライムを入れたいと言われたときにはどうしようかと思いましたが、なんとかなって良かったですよ。使い魔にスライムって変わってますよねぇ」

 職人の「なんとかなった」が背嚢の製作についてなのか笑わずに済んだことについてなのかは判断しかねたが、ともかくシグフリッドもまた同意して頷いた。

 使い魔と言えば強く見栄えのする魔獣を選ぶのが主流である。少なくともスライムの使い魔など聞いたこともないが、世の中には変わり者がいるものだ。

「噂じゃ陛下もスライムを使い魔にしたっていう話だし、知らないだけで案外流行ってるのかもしれないな」

 あのスライムには確かに知性があった。顔らしい器官は見当たらず、ただゼラチン質の塊の中に大きな核を浮かべただけの単純な生物のはずだったが、言葉を発することができない分、人間のような細やかな仕草で意思表示していた。あのスライムは目の前の人間の機微を捉え、言葉を理解し、的確な「返事」をしている。スライムを交えた採寸時にもアレクの通訳がほとんど必要なかったほどだ。つまりは恐ろしく賢いのだ。

 あの賢さと温厚な性格なら、愛玩動物代わりにそばに置く者は確かにいるかもしれない。

「その陛下に弟さんの背格好も使い魔の色も似てて紛らわしいからってことでの製作依頼でしたからねぇ」

 一旦言葉を切った職人の男は、手元の背嚢に視線を落とす。シンプルで優美なデザインと落ち着いた風合いの孔雀羽色が美しい渾身の一作だ。貴公子風の容姿だというアレクの弟にはきっとよく似合うだろう。

 しかし、それにしても。

流行(はや)って街がスライムだらけになったらちょっと怖いな……」

 職人はぼそりと呟き、シグフリッドは神妙な顔で頷いた。

 ――ある昼下がりの一幕である。


ルリィ「笑ってはいけない商取引」

ぽよんぽよんびよーーーーーん

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― 新着の感想 ―
全員OUT-!!
[良い点] ・蒼の魔獣が踊る、跳ぶ、跳ねる。 腹筋が震え、スライムが弾ける。 男の手が背嚢の扉をこじ開ける。 席の向こうに待ち受ける、ゆらめく影は何だ。 いま、解きあかされる、エナンデル商会の職人技。…
[良い点] 和ませようと踊るルリィ それに何とか耐えるシグフリッドらw 腹筋崩壊までもうちょいだったのにw [気になる点] そこまで推測出来てなぜ結びつかないw [一言] これには陛下もニッコリ で…
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