19 幕間六 使い魔ペルゥの日記
■一月×日
お城に来て二ヶ月が過ぎた。友達が沢山できたし、色んなことを覚えて毎日がとても楽しい。人間の文字も少しだけ覚えた。と言っても数字とオリヴィエルの名前くらいだけど。
蒼の森にいた頃、たまに人間の村に遊びに行って看板とか落ちてる新聞とか見て面白そうだなって思ってたから、文字を眺めるのが楽しい。スライムみたいに遠距離通信が使えなくても遠くの相手に色んなことを伝えられるんだから文字って凄い。
最近はオリヴィエの一番下の子供のシェスティンの絵本を一緒に読んでもらうのが好き。シェスティンはもう簡単な文字なら書けるんだって。自分も習ったら書けるかな? 人間みたいに器用じゃないから綺麗には書けないかもしれないけど。
■一月×日
今日は自由行動していい日なので城内をお散歩した。せっかくだから最近仲良くなった騎士さんのところに行ってみた。巡回の騎士さんとお話中だった。お仕事中だから邪魔しないように見学。
「チン列罪は?」
「異常なし。大人しくしてるよ」
チン列罪ってなんだろうと思ったら、自分が捕まえた悪い人のことみたいだ。服を溶かして真っ裸になっちゃったからチン列罪だって。牢屋の担当の人達だけの呼び方らしい。なんだかよく分からないけど、面白い呼び方だなぁと思った。
「それにしても憐れだよなぁ。チン列罪、孫娘に嫌われたってのがよっぽど堪えたらしいな」
「だよなぁ……いつの間にか全裸で陛下に襲い掛かったって話になってるんだものな。噂話ってのは怖いよな」
うーん、なんだか自分の初手柄のときの話が変な風に伝わっちゃってるみたいだ。
チン列罪の人はすっかり大人しくなっちゃって、毎日大聖堂の人のお話を聞いたり本を読んだりして過ごしているらしい。反省したのかな? もう二度と悪いことしないでね!
■一月×日
仕事でオリヴィエのところに来ていたエドヴァルドにお願いされた。
「お前……チン列罪、じゃなかった、不審者捕まえるときな、なるべく服は溶かさねぇでやってくれ。今の季節は寒いし、それにその……いくらなんでも憐れだっつー話になってな」
人間の裸は人に見せるものじゃなくて、とても大事なものなんだって。いくら悪い人でも尊厳を守ってあげるのはとても大事なことなんだそうだ。でも状況によってはやってもいいみたい。そっか。分かった! じゃあ難しそうなときは下半分だけ溶かして捕まえることにするよ!
「……なんかどうもイマイチ伝わってねぇんじゃねぇかって気がするんだが……」
そうかな?
でも近衛騎士の人達はとっても優秀で自分が出る幕はあんまりないから、気にしなくてもいいんじゃないかなぁ。
■一月×日
オリヴィエの兄弟のアレクから手紙が届いた。ずっと黙って読んでいたオリヴィエはなんだか神妙なような嬉しそうな、不思議な顔をしていた。アレクはオリヴィエと話し合いたいことがあるらしい。それから昔仲良くしていた女の人とも話したいらしい。前に色々と大変なことがあって、ちゃんと話し合えないままお別れしたことがずっと気になっていたんだって。
「僕も本音は言わずじまいだったんだ。言えばますますあいつを追い詰めると思っていたから。あのときは本当に色々あって、最善を選び取るために僕達も周りもいっぱいいっぱいだったんだ。でも、お互いに……いや、あいつが十何年も悩み続けることになるなら、もっとちゃんと話し合っていれば良かったとずっと後悔していた。本音を伝えて、それでもあいつが思うような道を選べるように背中を押してやれたらって、ずっと……」
ルリィが人間って難しい生き物だって言ってたけど、本当に難しいなぁと思った。スライムと違って考え方が凄く複雑だから、すれ違いとか凄く多いみたいだ。
いっぱい話し合って、すっきりして、幸せになれたらいいなぁと思った。
■二月×日
セシリアにおやつをもらった。セシリアは怒るとオリヴィエとエドヴァルドが震え上がるくらい物凄く怖いけど、普段はとっても優しくて好き。おやつはエナンデル商会とかいうところで売られている使い魔専用のお菓子だった。ルリィが凄く美味しいって言ってたお菓子だ。本当に凄く美味しくてびっくりした。花の蜜がたっぷりで甘くてずっしりと食べごたえがあって美味しかった。
他にも使い魔専用のアルファンバイソンの燻製肉とか一角兎の骨とか色々あるらしい。いい子にしてたら他のおやつもくれるって! 楽しみだなぁ。もっともっといい子にするよ!
■二月×日
今日はお仕事お休みの日。下水道のマダムのところに遊びに行ったら知らないスライムがいた。緑色のスライムだ。蒼の森のスライムとはちょっと違う種類のスライムだ。なんでもトリスの地下に住んでるスライムの同胞で、あちこちを旅して周って、見たこと聞いたことを同胞に教えてるんだって。
さすらいのスライムは色んなことを教えてくれた。旅の途中で食べた美味しいもののことや、綺麗なもののこと、楽しかったこと。
ルリィにも会ったらしい。一緒に雪熊の肉を食べたんだって。いいなぁ、自分も前に一度食べたことあるけど、身が締まってて味が濃くて美味しいんだよね。でも雪海月はあんまり美味しくなかったようだ。蒼の森の辺りにはいなかったから、ちょっと興味あるなぁ。
いっぱいお話をしたら、さすらいのスライムは旅立っていった。次は海沿いに南の方に行くみたいだ。海には珍しい美味しい魚や魔獣がいっぱいいるらしい。お城のご飯に海の幸が出るけど、凄く美味しくてちょっとだけ海の匂いがして面白いから好き。今度の視察で漁港を見るらしいから、そのときに食べられるといいなぁ。
■二月×日
今日はお城のちょっと偉い人達が集まって話し合いをする日で、オリヴィエは見学をするんだそうだ。
「今日は若手役人がメインなんだ。どんな瑞々しい斬新な意見が飛び出すか僕も楽しみだよ」
なんでもお城とか偉い人が沢山集まる場所では、古い世代や世襲の人も多くて考え方が凝り固まりがちなんだそうだ。だから若い人の意見を聞いて取り入れていくのも大事なことなんだって。
そうなのか。
自分もオリヴィエの使い魔で護衛だから一緒に付いていった。何人かにはちょっと驚かれたけど、邪魔しないから大丈夫だよ!
話し合いしている間、そばでじっと見ていたけど、なんだか物凄く難しい話をしているみたいだ。
「まずはアジェンダのプライオリティをディシジョンして」
「このプロジェクトに関しては各部署でフレキシブルに対応して頂き、各マターのコンセンサスを取った後に……」
「このドラフトを通すためにはエビデンスを明確に示した上で各プロセスの……」
うーん、あちこちに難しい言葉があって自分にはよく分からないなぁ。色んな言葉を使いこなす人間って凄いなぁ。
と思いながら観察していたら、仕事中はあんまり気持ちを顔に出さないオリヴィエが何故だかだんだん疲れたような顔になった。どうしたんだろう。仕事が忙し過ぎて疲れたのかな?
「……最近若い者達の間で会話に異国語を挟むのが流行っているみたいでね。面白いとは思うんだけども、どうにも聞き辛いというか、仕事のときは控えて欲しいというか……たまに使い方間違ってるときもあって居た堪れなくなるんだよね。良い意見も沢山あるんだけど……」
なんでも頭の良さをアピールするためだか気取ってるんだかなんだかで、わざと難しい言葉を使う人がいるらしい。うーん、相手に伝わらなきゃ意味がないと思うんだけどな。エドヴァルドもよく「簡潔に分かりやすく報告しろ!」って部下の人に言ってるし。
■二月×日
またアレクから手紙が来たみたいだ。前来た手紙のお返事を出したばっかりなのに、こんなにすぐ次の手紙がくるなんてどうしたんだろうってオリヴィエは驚いていた。読んでるうちに胸を押さえて深呼吸し始めて、今度はこっちもびっくりした。セシリアも驚いたみたいで慌てて二人で駆け寄ったら、あんまり嬉し過ぎて胸が痛くなっちゃっただけだから大丈夫だって。変な病気じゃなくて良かった。
でも、胸が痛くなるくらい嬉しいことってなんだろう。
「……アレクが公の場に戻るつもりだって言うんだ。どうやら本気らしい。色んなことに決着を付けたらシオリ女史と必ず一緒になる、そして正式な名を名乗るって……」
アレクにはなんだか難しい事情がいっぱいあるみたいで、ずっと長いこと名前と身分を隠して暮らしてたらしい。でも、その難しい事情を解決したら、もう隠すのはやめてちゃんと居るべき場所に戻るんだって。
そっか。アレクとシオリはルリィの大事な友達らしいから、友達の友達が幸せになるなら自分も嬉しい。自分の大事な友達のオリヴィエも凄く嬉しそうだからもっと嬉しい。
そういえば蒼の森の同胞からも、雪狼達の赤ちゃんが無事に生まれたって連絡が来ていた。
楽しくて嬉しくて幸せなことがいっぱいなのって、本当に素敵だなぁと思った。
雪狼A「あのプロジェクトだけど例の新人のスペックが足りないみたいでボトルネックになってるんだよね。リーダーの君がイニシアティブ取ってソリューション出しといてくれる?」
雪狼B「んぎいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」




