09 天上人
擦れ違う旅人達が異国情緒漂う珍しい意匠の紋に振り返る中、その雪馬車は雪道を滑るようにして進んでいく。遥々東方の国からやってきた楊梅商会の紋入りの雪馬車だ。その温かで居心地よく整えられた幌の中で、ヤエはほう、と感慨深い面持ちで吐息を落とした。
「――まこと、気持ちの良い者達であったな」
「左様ですな」
その呟きを拾ったショウノスケは頷く。
「はじめは是が非でも連れて帰るつもりでおったが」
「杞憂でござりましたな」
三、四年ほど前だっただろうか。何度か珍しい品を買い付けにきた行商人――を装ってはいたが、恐らくは草かなにかの類いであっただろう――の男がそれとなく話題に出したのだ。
北の街に東方人の女が流れ着いたが、身一つで手荷物の一つもなく何かただならぬことがあった様子。身形も仕草も卑しからぬ風体、よもやどこぞからかどわかされた姫君ではあるまいか――。
しかし、男が口にした女の名はミズホ風ではあったがその人相風体に心当たりはなく、唯一思い当たる名の響きが近い知己もミズホを出国後まもなく病没したはずだった。何より年齢が合わない。
否、それどころかむしろ心当たりがあり過ぎて、いずれの女人か判断致しかねると言うことしかできなかった。
この二十年ほどの間にいったいどれほどのミズホの女が大陸各地に散っただろうか。百姓町人だけではない、名のある武家の娘ですらも人質のようにして異国に嫁がされた者もいる。東方のやんごとなき姫君を望む異国の紳士のために、武家や公家の姫に仕立て上げられた町娘など数が知れない。
東方の国であればショウノスケが密かに出向いていくらでも女を調べることもできたであろうが、さすがに王国ではこの容姿と体格は目立ち過ぎるうえ、姿形を偽るにも限度がある。なによりその女が東方の間者の疑いを掛けられている可能性がある以上、目立った動きは避けなければならなかった。ようやくこの国で軌道に乗り始めた商いを、妙な疑いを掛けられて台無しにはしたくなかったのだ。
いずれは会わねばならぬと思いつつも、結局は此度の訪問まで待たねばならなかったのはそのせいだった。
しかし後に伝え聞いた女の苦境は聞くに堪えぬ有様。早急に迎えを寄越さねばならぬと気を揉んでいたところ、ロヴネル家との商談にて当主が女の知己と知り、渡りに船と飛びついたという経緯がある。
「……それにしても不思議な女人でござりましたな。本人は謙遜しておりましたがあの才知と技芸、到底並みの女とは思えませぬ」
立ち居振る舞いに些かの隙はあれど、いくらか教え込めば武家の姫といっても通る佇まい。そして何の身分もないただの女という割には才芸に長けていた。何よりも水際立つ料理の才と知識は目を瞠るものがあった。
「ミズホと王国の料理に長けているのはまだ理解できまする。されど……」
大陸の主要国家はおろか、王国から出たことのないはずの女が華国や北イシャン料理まで嗜むというのは常軌を逸している。各国の調味料や食材の特性を十分に理解し、ミズホとストリィディア双方の民の口に合う料理を即座に提案するなど、並みの女が為し得る芸当ではない。交易で各地を巡る商会の者ですら、そこまでの芸当をやってのける者はいない。
「数多の馳走の味を知りその料理法に通じる……まるで天上人よな」
驚くほどの才芸に長けていながら才色を慢じる気配もない、どこか浮世離れした女。
かどわかされた姫君というよりは、天上人と言われた方がまだしっくりくる。
「……惜しいな。やはり多少強引にでも連れてくるべきだったか」
ヤエは苦笑いした。商会に引き込めばきっとシオリは見事な働きを見せてくれるだろう。それどころか未だ独り身の二人の兄のいずれかに――。
「いや、益体もないことか」
「……ヤエ様」
主の心中を察してショウノスケは目を伏せた。その顔を見たヤエは苦み交じりの笑みを深める。
「そのような顔をするな。シオリ殿から安息の場所を取り上げるような無体な真似はせぬよ。あの者のそばにはもう良人に相応しい者がいたではないか」
相方とは言ってはいたが、二人の寄り添う姿は夫婦そのものであった。とりわけアレクがシオリに向ける眼差しは熱く、気遣いと優しさに満ちていた。あれは決して演技などではない、心底女を案じる男の目だ。
「――しかも相当に腕が立つ」
ショウノスケは鞘から愛刀を半ばまで引き抜いた。その夜陰の如き色の刀身に些かの毀れが生じている。
立派な体躯からは想像もできぬほどの俊敏な動きは稲妻の如し。その身から繰り出された恐ろしく素早く重い一撃を、躱し切れずに真っ向から受け止めてしまった。
本気で仕合っていたら俺が負けていたなどと謙遜してはいたが、果たしてそうだろうか。五分かそれ以上の遣い手であるというのがショウノスケの見立てだった。
「あの男がそばに付いておりますならば、滅多なことにはなりますまい」
異国に渡って良縁を得た者は思う以上に少ない。その多くは慣れぬ異国の地で儚くなるか生活に困窮するかのいずれかだ。ヤエの兄に代替わりしてから保護した者の数は五十を超えた。シオリもその一人になるはずだったが、幸い良き友、良縁に恵まれたようだ。本人の人柄、水際立つ才芸に助けられていることも大きいだろう。
「次の文は婚儀の報せかもしれませぬな」
「そなたもそう思うか」
「御意」
頷いてはみたものの、それでももう幾年か掛かるかもしれないという思いもあった。アレクのあの様子ではすぐにも所帯を持ちたいのだろうが、あの男にも何か並々ならぬ事情があるようだった。あの天上人のような女にもだ。
だがそれでも必ずあの二人は一緒になるだろう。
「婚儀に必ず招いてもらえるよう、繁く通わねばなりませぬな」
また会おうと交わした約束を、決して社交辞令のままにするつもりはない。このまま別れるには惜しい者達だった。
ショウノスケはそっと垂れ幕を捲り上げた。雪が降りしきる外は白一色で、時折擦れ違う旅人や街道沿いの柵が僅かに黒く見えるのみだ。しかし、その雪に煙る景色の向こう側にトリス大聖堂の白い尖塔が見えたような気がした。
――同日、夜。
紋章こそないものの立派な設えの雪馬車から降りたシオリは、魔法灯に照らされて闇に浮かび上がるその古い城館を前に立ち竦んだ。暗灰色の堅牢な石壁や等間隔の狭間が作られた厚い胸壁のある塔が要塞を思わせ、まるで侵入者を拒むかのようにも見えた。
待ち構えていた年配の男が柔和な笑みを浮かべて会釈する。男の纏う御仕着せは使用人としては上等で位が高いようにも思えた。後で聞けば辺境伯付きの執事ということだった。
彼に招き入れられた邸内には温かな色の魔法灯が灯され、最初に抱いた印象とは真逆の雰囲気に、シオリはほっと小さく息を漏らす。
その肩をアレクがそっと抱き寄せ、ルリィが足元をぺちぺちと叩いた。先頭に立っていたザックが肩越しにちらりと振り返り、小さく微笑む。
――大丈夫。どうなろうともこの人達が付いていてくれる。そう思えるだけの信頼関係は確かにあった。
アレクに護られるように肩を抱かれたまま屋敷の奥へと導かれていく。途中の廊下には武器や防具が陳列されていて物々しい雰囲気だったけれど、単なる装飾ではなく武器庫を兼ねたインテリアで、武を重んじる家としては珍しくはないのだとザックは言った。彼の実家もまた武の名門として名高く、同じようにして武具類が飾られていたらしい。
「へぇ……そうなんだ……」
物々しい廊下を通り過ぎてやがて重厚な扉の前に立った執事は、「お見えになりました」とただ一言だけ告げた。彼の言葉に主語はなく、そのことが内密の会談であることをことさらに強調しているようにも思えた。
扉の向こう側から低く深い、けれどもよく通る声が掛かる。一度だけ聞いたことのある辺境伯の声だ。シオリの緊張をよそに、アレクとザックの二人は勝手知ったるとばかりに室内に踏み込んだ。
壁面全てが書架で埋め尽くされ、奥には窓を背にするようにして立派な造りの執務机がどっしりと据え置かれている。部屋の中央には執務机と同じ意匠の応接家具が置かれていた。辺境伯の執務室だ。
「おう。連れてきたぜ」
ザックの言葉に、執務机で書き物をしていたらしい辺境伯――クリストフェル・オスブリングが鷹揚に腰を上げた。
以前生誕祭で会ったときのように穏やかな笑みを浮かべてはいたけれど、あのときよりは多少の硬さのようなものが滲み出ているような気がした。しかしそれは、国防の要の一つを預かる立場としては致し方ないことかもしれない。
そんな彼に、シオリはゆっくりと頭を下げた。本当はもっとこの場に相応しい礼儀作法があるのだろうが、アレクやザックからは形式にこだわらず普段通り――普段の自分らしく振舞うようにと言われていた。それは相手も承知しているから気にするなとも。
クリストフェルはありのままのシオリを見たいのだ。
「――よく来てくれた」
彼は一言そう言うとシオリの手を取り、指先に触れるか触れないかの口付けを落とす。それから姿勢を戻して顔を上げた彼は、シオリの表情を見て少しだけ困ったような顔をした。
「そう怯えんでくれ。まるで死刑囚のような顔をしているぞ」
緊張を解す意味もあったのだろうが、冗談めかしたクリストフェルの言葉に笑ってよいものかどうか躊躇っていたシオリに、ザックが助け舟を出してくれた。
「そりゃお前、その面で見下ろされりゃあな……」
「この顔は生まれつきだ。今更どうにもならんよ」
軽口を叩き合う二人の様子から、本当に親しい間柄なのだということが窺い知れる。対してアレクはというとやや一歩引いた態度のようにも思えた。彼に言わせると「頭が上がらない兄」のような位置付けらしい。
「だが、相手が誰だろうとお前を護るというのは本当だからな。安心していろ」
耳元で囁いたその言葉の通り、彼はずっとシオリを護るようにして肩を抱き抱えたままだ。離れたのはクリストフェルがシオリの手を取ったほんの一瞬だけ。
「……うん。ありがと、アレク」
自分もいるよ! というように足元のルリィもぷるんと震えた。
そんな二人と一匹の様子をしばらく黙って見つめていたクリストフェルは、やがて口元を僅かに緩めて中央の応接机を指し示した。
「立場上厳しいことを訊ねるかもしれんが、悪いようにはしないつもりだ。さあ、座ってくれ」
三人と一匹を促して座らせた彼は、呼び鈴を鳴らした。間もなく現れた先ほどの執事が、繊細な装飾の施された真新しいティーカートを押しながら現れる。上品な淡い金色の金属に縁取りされた円形の天板には野薔薇の象嵌細工が施され、天板と下段を繋ぐ支柱には蔦模様が刻まれている。素人目にも名のある職人の手によるものだと分かる一品だ。
「最近彼はティーカートがお気に入りでね」
問わず語りにクリストフェルが言うと、執事はにこやかに頷いた。
「ブリタニア王国製のティーカートでございます。我が国でも近年販売されるようになったばかりなのですよ」
一度に多くのものを運ぶことができるティーカートは、使用人達には大いに歓迎されているようだ。格式を重んじる催しなどではまだ多くの使用人を用いて大盆で運ぶらしいが、個人的な集まりでは利用する家も増えているという。今運び込まれた酒類や軽食も、これがなければ彼一人なら二往復する必要があっただろう。
(そっか。最近販売されたものならなくて当たり前かぁ……)
道理で今まで見掛けなかった訳だ。向こうの世界でアパート暮らしをしていたときに、食器や炊飯器を置いて食器棚代わりに使っていたキッチンワゴン。同じようなものが自宅にもあれば便利なのにとなんとなく思っていたけれど、最近販売されたばかりの輸入品なら、一般家庭ではまだ普及していないのだろう。
「珍しいかね?」
配膳を終えて廊下に下がる執事を目で追うシオリに、クリストフェルが愉快そうに話し掛けた。ティーカートをじっと眺めていたことに気付いたのだ。
「あ……いえ。以前自宅でも使っていたので欲しいなと思っていたんです。でもまだ普及していないのなら仕方ないなと」
「ほう。自宅か。それはシオリ嬢の郷里のという解釈でよろしいかな?」
「あ……はい」
「ブリタニアでは既に広く普及しているらしいが、我が国ではまだ一部の上流階級のみだ。シオリ嬢もやはり名のある家の出か」
――始まった。世間話を装った尋問。
「いえ、私は一般家庭……平民の出身です。キッチンワゴンという名前で大量生産されたものがあって、一般家庭でも普通に使われていました」
「ほう。大量生産品か」
「はい。あんなに立派なものではなかったですけど、安くて日常使いなら十分でしたから。普段使う食器や調味料なんかを入れて使っていました」
「なるほど」
会話しながら飲み物を勧められ、酒は丁重に断って果汁の炭酸割りを選ぶ。
何のためらいもなく口を付ける姿を探るような目でクリストフェルが眺め、アレクとザックが多少苦々しい表情を作ったことに気付くことなく、シオリはそれをこくりと飲み下した。
辺境伯家の庭園で採れた冬桃の果汁水。淡い桃の香りと口内で弾ける炭酸が爽やかだ。
「……美味しい」
素直な感想を漏らすシオリに、クリストフェルは嬉しそうに破顔した。
「それは良かった。冬桃の果汁水は妻のお気に入りでね。娘時代の想い出の味なのだそうだよ」
「想い出……ですか?」
「独身時代に参加したとある夜会で、格上の家の子息に酒を無理に勧められて困っていたところを横から現れた男に助けられ、そのとき差し出されたのがこの果汁水だったそうだ」
そのときは名を明かすこともなくその場を立ち去った男への、件の子息の態度から有力貴族だろうということは察せられた。妾の子という立場上あまり上等ではないドレスを着せられていた彼女を、名のある家の娘ではないと気付いていただろう男は、彼女を気遣い敢えて名乗らずに立ち去ったのだという。
ただ一度きり会った男に仄かな慕情を抱いた彼女は、後に所属している騎士隊の視察に訪れた若きトリスヴァル辺境伯その人があのときの男だと知った――。
これが夫人とクリストフェルのなれそめだという。
「……とてもロマンチックですね」
愛想笑いを浮かべたシオリは、当たり障りのない感想を述べた。
これは尋問なのか、それとも単なる惚気話なのか。判断しかねたシオリはアレクとザックに視線を流した。二人は苦笑とも呆れともつかない曰く言い難い顔付きでワインを啜っている。
ちなみにルリィは三人の足元で熱心に雪猪の生ハムをつついている。気に入ったのか時折満足そうにぷるんぷるんと震えていた。
「……お前、会う人会う人にその話すんのやめろや。反応に困るだろうがよ」
「いいではないか。青春時代の美しい想い出なのだからな」
なるほど、するとこれはやはり惚気話で、どうやら恒例行事と化しているらしい。それとも惚気話に見せかけた尋問なのだろうか。
どう反応したものかすっかり困ってしまったシオリは、隣りのアレクを見た。彼もまた苦笑気味で、「聞き流しておけ」とシオリの肩を叩く。
「――まぁそういう訳で、我が愛しき妻は二人の想い出のこの果汁水が今でも一番のお気に入りなのだよ」
騎士爵の娘と若き辺境伯の出会いは、今でも語り草なのだという。
その出会いのワンシーンを折あるごとに懐かしむ夫人のために、得意の幻影魔法で映し出すことはできるだろうかとクリストフェルは訊いた。
「忠実に再現するのは難しいと思います。お二人のお若い頃と、その会場の様子が分かるようなお写真でもあればある程度はご希望に沿えるかもしれませんが」
「写真か……」
クリストフェルは唸る。
「肖像画なら用意できるが若い頃のものはないな。それに夜会会場の撮影は禁じられている」
「え、そうなんですか?」
写真館らしきものを市内で見かけていたシオリは目を瞬いた。それなりに利用者がいるのだろうと思っていたからだ。
「うん? ニホンとやらでは違うのか?」
「……というと?」
口を挟んだアレクの問いの意味を図りかねて首を傾げる。
「王侯貴族にはあまり写真を撮る習慣がない。個人的に手元に残すものなら撮ることもあるが、一度に多くのものを正確に写し取ってしまう写真はあまり良しとはされていないんだ。顔はおろか、屋敷内の様子まで正確に分かってしまうからな」
「あっ……そっか。防犯上の理由があるんだ」
「そうだ。それに写真屋に悪用されないとも限らないからな。疚しい目的で横流しでもされたらかなわん」
国外からもたらされた写真技術は既に写真の複製――つまりは焼き増しだ――が可能な水準だという。市民階級では画家に描かせる肖像画よりはずっと安価で時間も掛からないとして好まれているらしいが、利権などが大きく絡む立場の王侯貴族は今でも画家に肖像画を描かせるのが主流。暗殺や誘拐目的に写真を利用されないようにという彼らなりの防犯対策のようだ。
以前よりはずっと数を減らしたとはいうが、まだまだ暗殺や誘拐が当たり前のように行われているこの世界では致し方のないことなのだろう。つい先だっても西部との境界にある街で、子爵との婚姻を妨害するために男爵の娘が誘拐されたという報道があったくらいだ。幸い娘は無事だったというが、貴族家の未婚の娘が誘拐されるということ自体が醜聞になるような考えがあるほどだから、彼らが写真は危険だと思うのも無理はない。
「そっか。私のいたところでは身分がある人でも普通に写真を撮ってたから……結婚式なんかテレビで生放送するくらいなんだもの」
「テレ……なんだって?」
「ナマホウソウ?」
事情を知る者しかいない気安さゆえか、つい彼らが知らない単語を口走ってしまったシオリに疑念と好奇の視線が集中した。
「ええと……あちらの世界では写真のように動きの一部を切り取ったようなものだけではなく、動いている対象を動いているそのままに映し出す技術があるんです。人間や動物だけではなく、風が吹いて揺れる草花や、流れていく川や雲などの動いている風景も撮影できます。それを映し出す道具をテレビというんです」
スマートフォンやパソコン、タブレットなどの手段もあるが、話がややこしくなるからと敢えてその説明は省いた。しかしそれでも彼らにとっては驚愕の技術だろう。
「……はぁ」
「お、おう」
男三人は目を白黒させている。
「その動く映像を、撮影しながら遠く離れた場所にあるテレビにほぼ同時に映し出すことができるんです。これが生放送です。多くの場所で沢山の人が同時に同じ映像を見ることができるので、大きなイベントの様子を見せたり、非常時の情報提供なんかにも使われるんですよ。お祭りとか音楽会とか、王族や有名人の結婚式なんかも生放送していました」
言葉による説明だけでは理解し辛いだろうと、幻影魔法で実物を投影してみせる。
「は――」
「家にいながらにして……」
「王家の婚儀を目の当たりにできる……と」
幻影を興味深く覗き込んでいたアレク達は絶句してしまった。
「……とんでもない技術力だな。さすれば生誕祭で見せたあの天上界からの眺望は、その技術力でもって直接その目で見たものだということかね?」
しばらくの沈黙の後、ようやく口を開いたクリストフェルにシオリは頭を振った。
「一部は……雲の上からの景色は空を飛ぶ飛行機という乗り物に乗って見ました。でも、それより上からの景色は先ほどのテレビで見たものなんです」
「あの天上界からの様子はシオリ嬢が直接見た訳ではないが、他の誰かが撮影した映像とやらで知ったということか。つまり、天上界に行くだけの技術がある……と?」
「はい。向こうの世界では人類は天上界――月に行きました」
辺境伯も、恋人も兄も、口を半開きにしたまま瞠目した。
――再びの沈黙が、部屋を支配した。




