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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第6章 東方の商人

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07 料理指南承ります(3)

 試作料理は同僚と友人、そしてスライムによって綺麗に片付けられ、食後の甘味が配られる。甘味がそれぞれの席に配られる間、上品な仕草で口直しの紅茶を口に含んだナディアがしみじみと言った。

「――なるほどねぇ。そうするとヤエさんとあたしは結構似てるんだねぇ」

 楽しい試食会の終盤、会話の内容は料理の品評からいつしかそれぞれの身の上話に転じていた。話題は東方諸国やミズホの国の情勢にまで及び、主な語り手はこの場の主賓とも言えるヤエになっていた。礼を失さぬよう細心の注意を払いながらも、それぞれが興味の赴くままに質問を重ねていた。

「ほう。するとナディア殿もか」

 ヤエは元々は地方の小領主の姫君だったというが、国が開かれ古い身分制度が廃止されて元の身分を失ったそうだ。新たに導入された大陸式の身分制度に移行はしたが、行政改革で領地が解体されたために治める地を失った家も多いという。ヤエの生家もそんな家の一つらしい。

「何もなければあと三年で殿の何人目かの側室となり、そうして世継ぎを生むか、ただ城の奥を飾る華の一つとして生涯を終えるはずであった。だが古き体制が倒れて新たな国が立ったときに領地と身分を失い、我らには別の生き方を模索する道しか残されてはおらなんだ。輿入れ先も失い、さしもの私も途方に暮れたものだが……」

 幸いヤエの父は商才があったらしく、家臣を纏めて商会を設立し、貿易業で成功を収めて現在に至るそうだ。ヤエは語学力と交渉力を認められ、こうして今の仕事を任されているという。

「いずれは家のために嫁いで子を産み育てる、ただそのためだけに生きていた私には、新たな生き方は驚きと発見の連続であった。口にはできぬような苦労も多かったが――今は生きていると実感できるこの仕事に誇りを持っている。ナディア殿も同じと申されたが、やはり……国が?」

「……そうさねぇ」

 話を振られたナディアは薄く微笑んだ。その瞳が魔法灯の灯りを映して僅かに滲む。

「あたしは旧リトアーニャ王国の生まれでね。やっぱり内乱ですっかり変わっちまって、ちょいといいとこのお嬢様だったあたしも家がなくなっちまってね」

 繊維産業で知られる旧リトアーニャ王国は、暴君だった最後の王のために滅んだ国だ。森林と農耕地で覆われた国土で田畑を耕し家畜を育て糸を紡いで穏やかに暮らす。豊かとは言い難かったが決して貧しくはなかったそんな王国に、彼の王は不満を抱いたのだろう。

 強く豊かな国を望んだ王は強国政策を推し進めたが、急激な軍拡と出世や爵位を餌にした強引な徴兵、そして言論統制は急速に国を蝕んでいった。このままではドルガスト帝国の二の舞――そう思った民衆が決起するのに時間は掛からなかった。

 問題は民衆の憎悪がほとんど全ての支配階級に向いたことだろう。暴君に与して圧政に加わったとして攻撃の標的とされたが、その多くは誤解であった。民衆が誤解であったことにすら気付かず混乱を来すほどに、彼の王の施策は強引かつ苛烈であったという。あろうことか王その人が、民の命を人質に臣下を脅して強国政策に加わらせていたことが明るみになったのは、戦後幾年も経ってからのことだった。

 そうして多くの貴族が身分を剥奪されたか国を追われた。大半は不穏な空気を察して内乱前に亡命するか、せめて子供だけはと子女の留学先や嫁ぎ先を見つけて国外に脱出させたそうだが、残念ながらナディアはそれが叶わなかったそうだ。

「……本当はあたしにも国外に許嫁がいたんだよ。でも正式に婚約が決まる前に相手が事故で死んじまって、おまけにその直後に内乱が始まっちまってね。なんとか国から出るのが精一杯であの人の弔いに参列もできないままだった」

「姐さん……」

 旧リトアーニャ王国が滅んだのは二十年以上前のことだ。内乱勃発時にはナディアはまだ十代前半だったという。多感な少女時代に将来を誓い合った相手を亡くし、その上国を追われて行き場を失くした――今のナディアからは想像もできないほどに壮絶な過去だ。

 若い頃からの付き合いだというアレク達はきっと詳しい事情を聞き知っているのだろう。アレクは静かに瞑目し、ザックとクレメンスはそっと目を伏せた。

 帰る場所がないというのはシオリと同じだ。得体の知れない余所者の自分に何くれと世話を焼いてくれたのも、時折何かを懐かしむようにシオリを見つめていたのも、もしかしたら彼女自身の過去を重ねていたからなのかもしれない。

 ――今、この世界は激動の時代を迎えていた。アルファンディス大陸北西部で始まった産業革命によって経済や社会構造の大変革が起き、力のない国は周辺の強国に呑まれ、世界各地で国境線が幾度となく変わった。リトアーニャやミズホのように国という枠組みこそ残ったものの、大規模な変革を余儀なくされた国も多くあったようだ。

 ナディアやヤエの身の上に起きた出来事は、決して珍しいことではないのだ。

「そんな顔しなさんな」

 しんみりとした空気に困ったように眉尻を下げたナディアは、次にはいつもの妖艶な笑みを浮かべた。

「色々と苦労もしたけどね、今のあたしは結構幸せなんだよ。幸いあたしには得意の魔法があった。それを生かした仕事に就けてそれなりに稼げたし、食うには困らなかったよ。それにあの人は死んじまったけど、仲良くしてくれたお友達は生きてたんでね。流れ流れてこの国に辿り着いてそのお友達にもまた会えたし、今じゃあ気が置けない仲間だって沢山いるんだ」

 こともなげに言う彼女の辿った道は決して平坦なものではなかっただろう。けれども今は幸せだと言って笑うナディアの笑顔は心からのものだ。

 ――ふと、クレメンスの左腕が静かに動くのが見えた。テーブルの影に隠れて何をしたのかまでは分からなかったけれど、彼の左側に座っていたナディアがちらりと横目を流して小さく微笑んだ。それできっとクレメンスが彼女に触れたのだろうということが察せられた。

 支え合う仲間。あるいは――心を預ける相手なのかもしれない。二人の間にある空気は優しく柔らかなものだ。

(……私も)

 クレメンスがしたのと同じように、アレクの腕が動いてシオリの手に触れた。そっと握り返す手は温かい。握り合う手の上に、今度は瑠璃色の触手がぺたんと載った。

(色々あったけれど、今はこんなにも幸せだもの)

 愛しい恋人、得難い友、頼もしい兄、優しく温かい仲間達。

 今の自分の、幸せの象徴だ。

 柔らかな空気を取り戻した室内に、カトラリーや茶器の立てる音が小さく響く。

「……ん。こりゃあ悪くねぇな。どっちも塩気がいい塩梅じゃねぇか」

 あまり甘味が得意ではないというザックが、小さく切り崩して口に運んだチーズケーキを咀嚼してから呟いた。

 出した甘味は隠し味に味噌を使ったベイクドチーズケーキと、みたらしソースを掛けたバニラアイスの二種類だ。どちらも仄かな塩気がアクセントとなり、甘味が苦手な者にも好評だった。

 元々甘い物は嫌いではないというアレクはどちらも美味しそうに完食し、その幸せそうな表情にシオリはつい小さく噴き出してしまった。ザック同様普段はあまり好んで甘味に手を出さないクレメンスも、悪くないと感想を述べた。

「このケーキなら茶請けに出されても食べ切れるな。クリームやジャムたっぷりの生菓子は出されても顧客の手前、手を付けない訳にもいかんがいかんせん……な」

「だよなぁ……」

 顧客が貴族や富裕層の場合、打ち合わせで訪ねた際に振舞われる茶菓子に重いスイーツが出されることもあって困るのだという。保存のきく焼菓子なら礼儀を失さない程度に少し口を付けるだけでも良いかもしれない。しかし明らかに来客のために用意したと分かる生菓子の場合は断り切れず、後で胃もたれ気味になることもあるようだ。

 財力を誇示するための手段として砂糖たっぷりの菓子を客に振舞う習慣があったのは、あまり豊かではなかった時代のことだ。今でもこういうもてなしをするのは年配の依頼者に多いらしい。

「そうねぇ。でも、むしろ年配の方こそ重いスイーツは敬遠なさる傾向が強いのだもの。形式上まったく出さない訳にはいかないけれど、高齢者が多いパーティにはこのアイスとケーキはうってつけかもしれないわね。素朴で味はしっかりしているけれどくどさがないし、なにより品があるわ」

「レシピは全て書き留めてある。料理長(おやじさん)に渡しておくから、試しに次の茶会に出してみるか?」

「ええそうね。帰ったら早速手配をお願い」

「ああ、分かった」

 どうやらロヴネル家では本当に東方の調味料を取り入れるつもりのようだ。教えたレシピは勿論ロヴネル家お抱えの料理人によって改良が加えられるだろうけれど、講師役を務めたシオリとしてはあれで良かったのかと内心緊張してしまう。

 しかし、試食しながら相談を進める二人の姿は楽しげだ。ヤエとショウノスケも手帳を広げてミズホ語で何か話し合っている。真剣な面持ちながらもどこか高揚した様子なのは、今後の販売計画について大いに盛り上がっているのだろう。

 何か大事になっているような気がしなくもないけれど、多少なりとも役立てたのなら良かったと、ほっと小さく息を吐く。

「……良かったじゃないか」

 隣のアレクが囁いた。

「良かった……のかな」

「ああ。これからもずっと王国(ここ)で暮らしていくんだろう?」

「……うん。そうするつもり」

 ――もし許されるのなら。

 そう付け加えると、彼はほんの少し困ったような笑みを浮かべた。

 「誰に」なのかは、本当は王族なのだという彼なら理解してくれただろう。アレクは「大丈夫さ」と言いながら背中をぽんぽんと叩いてくれた。

「だがお前が有能だということは皆知っているが、移民という肩書はどうしたって付いて回るからな。それが不利になることだってある。だからお前を認めてくれる知己はなるべく増やしておいた方がいい。お前のことだから出世は望まないだろうが、有力な後ろ盾を作ってこの国での地盤固めをしておいても損はないぞ」

「……うん。そうだね」

 冒険者としての業績はどうあれ、表向きは身寄りのない生国不明の東方人という極めて曖昧な立場だということに変わりはない。そんな自分が、出奔したとは言え王族の身分を保持したままだというアレクと一緒になるということがどれだけ難しいことかは理解できる。

 彼も色々考えてはいるのだろうけれど、今後どうするつもりなのかはまだ聞いていない。ただ、これから先もずっと共にいると――いずれは妻問いすると言ってくれた。ある程度の展望があるのだろうということは今までの彼の態度からも窺い知れた。決して悪いようにはしないとも言ってくれた。

「近いうちに話し合おう。今後についてをな」

「……うん」

 ――だから自分としては、彼が身の振り方をどう決めようともずっと共に在れるように努力するのみなのだ。決して彼に寄り掛かってばかりの人生にはしたくない。

「地盤固めかぁ……」

 今の自分には、トリス支部唯一の家政魔導士として頑張ることくらいしかできない。けれどもこの四年間の努力が実を結んだ結果、こうして素晴らしい人々と縁を結ぶことができた。

 人と人との繋がりは縁を生む。その繋いだ縁は今、王国を出て東方の地へと繋がろうとしている。今までずっと独りぼっちだった自分に、この世界での縁が増えていく。

(――こうやって人は生きていくんだね)

 生きていくために縁を紡ぐ。そう考えるならば地盤固めは決して出世のためだけの手段ではない。辛いことがあって家を出たというアレクもザックも、望まずして国を追われたナディアも、きっとそうして生きてきたのだ。それに多分、彼らと同じように訳ありだというクレメンスも。

「頑張るよ」

「ほどほどにな」

 どこかでしたようなやり取りをしてから、二人は顔を見合わせて笑った。

「……しかしこの国は懐が深いな。特にここの組合(ギルド)は気持ちの良い者ばかりだ」

 大事そうに少しずつ切り崩して食べていたチーズケーキの最後の一欠けらを食べ終え、紅茶で口を湿らせたヤエがぽつりと言葉を落とす。

「先日の特売会では異人の商売人と侮ることなく、非常に良くして頂いた。それに、国も身分も違う者が集まり、知り合って間もない者と共にこうして一つの食卓を囲み談笑する――これはなかなかできることではない」

 商人として世界各地を巡る彼女。女の身、その上開かれて間もない東方の出身となれば、偏見や差別などの苦労も多かっただろう。

「この辺りは以前帝国領だった土地柄、帝国やその属領地の血が混じっている者が多いからな。貴族はともかく、平民ともなると大なり小なり異国の血を引く者は多い。そのせいもあるだろう」

 自身も薄く帝国の血を引くデニスが言うと、アレクもまた彼の言葉を継いだ。

「トリスは国内でも特に移民が多い街だ。その上冒険者組合(ギルド)は訳あり――故あって行き場所のない者が多く集う場所だ。その苦労を知るからこそ受け入れようとする気持ちは強い」

「だな。勿論何の努力もしねぇ人間を簡単に受け入れるほど甘くもねぇが、馴染もうとしてる奴や頑張ってる奴を邪険にしたりはしねぇよ。それに一度認めた奴に対しては仲間意識が(つえ)ぇ。仲間が困ってりゃあ助けもするし、傷付けようとする奴には容赦しねぇ。そうやって俺達は生きてきたんだ」

 ――護り、護られ。そうして支え合っているからこそトリス支部は居心地が良い。

 あの事件のときだってそうだった。きっと自分は認められていた。だからこそザックをはじめとした同僚達は、【暁】からシオリを取り戻そうとしてくれた。護ろうとしてくれた。何かがおかしいと、気付いてくれた――。

(だから、ね。あのときのことはもう、気に病まないで欲しい)

 もっと早くに気付いていればと、そんなふうに彼らがずっと気に病んでいることは知っていた。もう気にしなくていいと、むしろ感謝しているからと、今までの自分だったらそう伝えてもあまり信じてはもらえなかっただろう。

 でも今ならきっとこの想いは伝わるはずだ。アレクという最愛の人ができ、こうして心の底から微笑み合える友人達がいる。

(今度、ちゃんと伝えよう)

 自分は皆のお陰で生きてこれた。皆のお陰で生きて戻れた。

 彼らという存在があったからこそ、こうして今の自分が在るのだと――そう伝えたいのだ。



 アレクは勿論ヤエやアンネリエ達まで参加した賑やかな後片付けを終えて、すっかり夜の帳が降りた外に来客を見送りに出る。入口の前には迎えに来た雪馬車が待ち構えていた。

「――楽しく貴重な時間を過ごさせてもらった。ありがとうシオリ殿。そして――色々とすまなかった」

 扉を開けて待つ雪馬車の前で、手を取って詫びるヤエにシオリは微笑む。

「いえ。私こそ、色々なお話が聞けて楽しかったです。ありがとうございました」

 ヤエの来訪を切っ掛けに新たな縁ができた。アレク達に至っては、まだしばらくは滞在するつもりだというショウノスケと後日手合わせする予定だという。互いにお勧めの剣術指南書を交換するという約束も取り付けたようだ。こちらもまた何がしかの縁ができたのかもしれない。

 それに思いがけず、近しい人に自身の最後の秘密を明かすことになった。それを受け入れてくれたアレクやザックとの絆は深まったように思う。

(何事にも切っ掛けはあるって言うけれど、本当なんだなぁ……)

 感慨深く静かに微笑むシオリの手を、今度はアンネリエが握った。

「アニー達もまだしばらくトリスにいるの?」

「そうしたいところだけれど、明後日には一足先に戻る予定なの」

 商談先を訪ねた後は、辺境伯家との会食の予定があるらしい。いずれは自分も会わなければならない辺境伯の名前が出て思わずどきりとしたけれど、ロヴネル家は辺境伯家と懇意にしているということだったから当然シオリの件とはかかわりがないだろう。

「あ……そうだわ。こんなタイミングで切り出して申し訳ないのだけれど。これはここだけのお話にしてちょうだいね」

 そう前置きしてアンネリエは言った。

「実はね、商談相手というのは大司教様なの。聖女様の新しい祭壇画を頼まれたのだけれど……そのモデルをね、貴女にお願いしたいの」

「へぁ!?」

 聖女像のモデル。

 さらりととんでもないことを言われたシオリは、素っ頓狂な声を上げた。あまりに驚き過ぎて声が裏返ってしまう。

 アレク達は目を丸くしていたけれど、きっとこれはモデルのことで驚いているのだろうと思いたい。今出してしまった変な声に驚いたとは思いたくなかった。

「驚かせてごめんなさいね」

 挙動不審になったシオリの様子がおかしかったのだろうか。アンネリエは噴き出した。

「モデルと言っても貴女に出向いてもらう必要はないの。大司教様にお聞きした聖女様の印象に近い貴女のイメージで描きたいだけで、姿をそのまま描く訳ではないわ。ただ貴女の雰囲気に似せて描く訳だから、見る人が見たら貴女だと気付くかもしれないでしょう。だから一応断りを入れておかなければと思って」

「ああ……そういう……でもびっくりした」

 ロヴネル家まで直接出向いて仕事をするようなことにはならずに済んだものの、何しろ国内外にその名が知られるトリス大聖堂の祭壇画のモデルだ。大聖堂ではなく普段は付属の礼拝所に安置し、折々に持ち運んで使用するための小型のものだとはいうけれど、シオリはすっかり動揺してしまった。

 多くの人々の目に触れ、そして大聖堂が在り続ける限り半永久的に残るような代物だ。それを親しい人が見ればモデルが誰か分かる程度には似せて描くということだから、動揺するのも無理はない。

「凄いじゃないか」

 絶句して立ち尽くすシオリの背を、アレクが若干強めに叩いた。

「お前の姿が今を時めく女性画家殿の手で描かれる訳だ。それも聖女像か」

「……お前はよお、何をでれでれとしてんだよ……」

 何を想像しているのかは分からないが妙ににこにこと嬉しそうな恋人と、そんな弟分の姿に若干呆れ気味な兄貴分を横目に、シオリはどうとも言えない気持ちになった。しかしアレクはそんなシオリを元気付けるようにして強く抱き寄せ、そっと耳元で囁く。

「――これも地盤固めと思えばいい。お前の努力の印がこういう形で残るんだ。そう悪い話じゃないさ。それにお前の姿をそのまま写し取る訳ではないんだ。あまり大事に捉えなくてもいいんじゃないか」

「……うん。そっか。そうだね」

「ご、ごめんなさいね。負担だったかしら」

「ううん、大丈夫」

 なんでも重く受け止めてしまうのは自分の悪い癖だと思いながら、申し訳なさそうに眉尻を下げるアンネリエに微笑んでみせる。

「確かに驚いたけど……うん、でも嬉しいかも。ありがとうアニー」

 仕事にはとても厳しいという彼女なら、決して軽い気持ちでモデルに選びはしないだろう。そんな彼女が自分を選んでくれたというのなら、素直にそれを喜びたい。

 足元のルリィが誇らしげにぷるんと震え、シオリの足をぺたぺたとつついた。

「……良かった。聖女様のイメージ、あまりにもシオリの印象に近くて、もうすっかり貴女で固定してしまったの。だから私も嬉しいわ。ありがとうシオリ」

「ううん。こちらこそ選んでくれてありがとう」

「……また会いに来るわ。ちゃっかりご馳走にもなってしまったけれど、とても美味しかった。東方の調味料、いつでも気軽に手に入るようになるといいわね。私達も後押しは惜しまないわ」

「うん。でもそれだってもう、樽買いしなくて済むようになったんだもの。アニーも、ヤエさんもありがとう。お陰で食生活がもっと充実しそう」

 ありがとうの応酬になってしまいそうな状況をアレクとデニスが苦笑しながら止めてくれた。

 そうして馬車に乗り込んでいく彼女達を、シオリは笑顔で見送った。その背を護るようにして立つアレクも、それを見守るザック達もだ。

 この場にいる者は皆、それぞれに異なる事情でこの街に流れ着いた訳有りばかりだ。年齢も性別も身分も、生まれ育った国さえも違う者もいる。そんな彼らと異世界から来た自分が一つ所に集って縁を結んだことの奇跡を思いながら、シオリはそっとアレクの胸に頬を寄せた。


脳啜り「そうして縁あってこの場に集った俺達であるわけですが」

大蜘蛛「嫌な縁だなぁ……」


HAHAHA。


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