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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第6章 東方の商人

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04 打ち明け話

 日没直後のまだ淡く日の光が残る薄明りの中、ザックは家路を急ぐ人々の間を縫って街路を歩いていた。家々の窓からは温かな光が漏れ、空腹を刺激する夕餉の香りが辺りに漂う。平和な一日の終わりの光景だ。

 腸詰や串焼き、ホットワインなどを売る屋台が立ち並ぶ通り沿いの広場で足を止めたザックは、適当な店を物色して料理を見繕う。最後に炙ったばかりの燻製肉や赤色が美しいベリージャムを挟んだホットサンドを買い、「ベッティルのパンの方が美味いんだが……方向が逆だしなぁ」と呟きながら再び歩き出した。

 目的地である見慣れた四階建てのアパルトメントは既に住人のほとんどが帰宅しているらしく、どの窓にも明かりが灯されている。

「……おや、ザックさん。お見舞いですか?」

 一日の仕事を終えてちょうど自室に下がるところだったらしい管理人のラーシュが、階上にちらりと目配せしながら訊いた。

「まぁそんなとこだ」

 あの後泣き疲れてうとうとし始めたシオリを、アレクが密かに裏口から連れ帰っていた。どのみちすっかり泣き腫らした目では人前には出られまいと気遣ってのことだった。

 アンネリエ達には軽い体調不良で帰宅したと伝えてある。気掛かりなようではあったが、あの会見中のシオリの様子から何かしらは察したようだ。見舞いの言葉をザックに託して宿に引き返していった。

妹さん(・・・)にお大事にとお伝えください。もうお一人ではありませんから、きっと大丈夫だとは思いますが」

「ああ。ありがとよ。伝えとく」

 目敏いこの男はシオリの泣き腫らした目に気付いていたのだろうが、あまり深くは訊かずに気遣う言葉だけで見送ってくれた。

 いつものように二階の部屋に行きかけてから「おっと、引っ越したんだった。危ねぇ危ねぇ」と呟きながら慌てて階段まで引き返し、最上階の所帯向けの部屋へ向う。扉の前に立つと中から話し声が聞こえた。まだ休んでいるようならこのまま差し入れだけ置いて立ち去るつもりだったが、幸いシオリは起きているようだ。

 扉を叩きながら「俺だ」と声を掛けると、下の隙間からしゅるりとルリィが顔を覗かせた。ぷるんと震えてすぐに引っ込み、ややあってから扉が開く。

 出迎えるアレクとルリィの後ろで、ソファに横になっていたシオリが身体を起こした。

「よう。ちっと話せたらと思ったんだが……大丈夫か?」

「……兄さん。うん、大丈夫。体調が悪い訳じゃないから平気だよ」

 ごめんね心配掛けてと言って眉尻を下げるシオリは、まだ僅かに腫れが残る顔で申し訳なさそうに微苦笑した。しかしその表情は心なしか晴れ晴れとしていているようにも思えた。

 今までは笑顔でありながらも、薄曇りの中降る小糠雨のようにどこか物憂げな気配があった。それだけ抱えていた秘密が重しになっていたのだろう。

 ザックは一瞬だけ目を伏せたが、すぐに気を取り直して笑ってみせた。

「話せる範囲でいいから少し話を聞かせてくれねぇか。構えなくていい。雑談みてぇな気でいてくれ」

「……うん、分かった」

 尋問を受けるような気でいたのだろうか、幾分硬くなった表情がほっと緩む。

 アレクはシオリを案じてか最初は多少気難しい顔だったが、話せることは話してしまった方が彼女の心労もすっかり取り除けるだろうと判断したようだ。

 彼は適当な場所に座るように言ってから、手土産の内訳をちらりと確かめて台所に向かった。料理を追加するつもりらしく、シオリの許可を得てから保冷庫や戸棚の瓶詰をいくつか取り出し、大皿に屋台料理と共に盛り付けた。素朴な腸詰と串焼きが、野菜の酢漬けや茸のサラダにマッシュポテトを添えた、少し気取った居酒屋で供されるような小洒落た一品に早変わりだ。アレクはさらに熱湯で戻した携帯食の玉葱スープを人数分作り、乾燥パセリをぱらりとまぶす。

「この携帯食な。本当に便利だ」

 主に恩恵を受けているのはアレクの方なのだろうが、もう一品欲しいときや小腹が空いたときに熱湯を注ぐだけで完成する料理が重宝しているようだ。

 食卓にアレクがひと手間加えた屋台料理とシオリ手製の保存食が並ぶ。

「出来合いのものばっかりの割にゃ、なかなか豪勢になったな」

 持ち帰りに向いた味が濃い店屋物も勿論美味いが、そこに作り置きではあっても手料理が加わると心なしか食卓が輝いて見える。作る者の姿と人柄を知っているからこそそう感じるのかもしれない。

「アレクお前、毎日食生活が充実してそうだな」

「ああ。もう硬い干し肉とビスケットをエールで流し込んで済ませていた頃には戻れんな。あの頃はあれが普通でなんとも思わなかったが」

 一人暮らしも長いと料理どころか屋台料理すら買うのが億劫になるというのはザックにもよく分かる。結果、買い置きしていた保存食をそのまま口にすることも少なくはない。

 しかし今のアレクは屋台料理にさらにひと手間加えることを覚えたようだ。変われば変わるものだとザックは密かに笑った。

 愛する女との生活はこの男の在り方すら変えたようだ。もしかしたら元々持っていた性質だったのかもしれないが、王城に召し上げられるまでのアレクを知らないザックにはどうとも判断し難かった。

(だとしても、まぁ……幸せそうで何よりだ)

 幸せであるか否かはその者の食卓を見ればよく分かる。

 目の前で微笑み合いながら料理をつまんでいる二人と一匹の姿は、それだけで一枚の絵になるほど穏やかで幸福に満ちたものだった。

 ――スープとは名ばかりの味のない上澄みのような汁物に、黴の生えた硬いパンを浸して食べた孤児院の食卓がザックの脳裏を掠めた。それから父と養母、そして幼い異母弟と囲む楽しく温かな食卓も。

 周りにはザックを疎ましく思う者は多かったが、血の繋がらない養母も同じ血が半分しか流れていない異母弟も、六つの歳で初めて会った実父も皆自分を愛してくれた。公爵家で過ごした期間は決して長いものではなかったが、あの十年は確かにザックの心の糧になっている。

 アレクもシオリも、一度は失った温かな食卓を今再び取り戻したのだろう。

 この光景がこれから先もずっと続けばいいとザックは祈る。

「――それで、兄さん。何から話せばいいのかな」

 ベリー酒の水割りで口直ししたシオリが遠慮がちに訊いた。

「そうだな……じゃあまずはお前の国のことから聞いてみるか。どんな国だった? 豊かな島国ってぇ話だったが」

「うん。でも豊かさはストリィディアとあんまり変わらないかも。昔はそうでもなかったみたいけど、この七十年くらいで急成長したの。今はちょっと停滞気味だけど」

「へぇ? するってぇと、為政者が優れてるってことか」

「うーん……政治的なことは正直あんまりよく分からない。けど大きな戦争で負けてから、皆で生活を取り戻そう、前よりもっと良くしようって必死で頑張ったから今の日本があるんだと思う」

「勤勉な国民性……か。この国と通じるものがありそうだな」

 アレクの言葉にシオリは微笑んで頷いた。

 それから料理をつまみながらぽつぽつと質問を挟み、それにシオリが返すといった形で「聞き取り調査」が進んだ。

 話を進めるうちに分かったことは、シオリが暮らしていた世界には魔法や魔獣の存在がないことを除けば、人々の営みや国の在り方などは概ねこちらと同じということだった。だからこそ早いうちに生活に慣れたのだとシオリは言って笑ったが、そうは言ってもここに至るまでの努力は並大抵のものではなかっただろう。

 聞けばこの世界の生活水準は向こうの世界のおよそ百年ほど前に当たるのではないかという。百年前当時には今のストリィディアのように便利な生活魔導具はほぼなかったというから細かい点を見れば違うのだろうが、仮に己が百年前の王国に放り出されたとして同じようにできるかどうかは分からなかった。

 絹糸一本ほどの(よすが)すらないというのはそういうことだ。

 一人の人間のルーツとそれまで生きてきたという歴史の、何もかも全てが存在しない場所で生きる――それがどれほどのものかは想像を絶する。

「……まぁ大体の話は分かった。しかしよ、あっちじゃ世界を渡るってのはよくあることなのか? 別の世界に飛ばされるってぇのはよっぽどだぜ」

「あるかもしれないけど……よく分からない。異世界に行ったっていう話はたまに聞いたけど、本人の証言だけで証拠がないから本気で取り合う人はそんなにいなかったと思う。並行世界の研究をしてる人もいたけどまだ理論上存在するってだけで、証明できるようになるには何十年とか何百年とか、もっと時間が掛かるんじゃないかなぁ」

「並行世界?」

「ええと……簡単に言うと、この世界と並列して存在している別の世界、かなあ。ある時点から違う歴史を辿ったもう一つの世界っていう考え方」

「違う歴史を辿ったもう一つの世界?」

「うん」

 専門家ではないからあまり詳しい説明はできないが、実の兄がこの手の話に興味があったという彼女はそう前置きしてから続けた。

「世界は何度も歴史の枝分かれを繰り返してて、私達はそのいくつかに分かれた世界の一つにいるの。たとえば……この国は帝国に支配されてたことがあったけど、何かの理由で枝分かれして帝国に支配されなかった世界もあるかもしれないってこと」

「ほう……とすると、逆に王国が帝国を支配した世界や、そもそも帝国そのものが生まれなかった世界も存在するかもしれないということか。面白いな」

「うん、そんな感じ」

「てぇことはあれか。お前はその並行して存在してる、こっちとは別の歴史を辿った世界の一つから来たってことか?」

「……うん。あくまで推察だけど……生態系も基本はあんまり変わらないみたいだし、太陽と月は普通に同じだし星の配置も同じだから、元々の根っこは同じ世界だったんじゃないかなって思うの」

「なるほどな。しかし向こうに魔法はなかったんだろう? なのにお前は魔法が使える。そのあたりはどう考える?」

「うーん……多分だけど、向こうの人達も魔力自体は持ってたんじゃないかなって思う。ただ発動に必要な魔素がなかったから使えなかっただけじゃないかなぁ」

 いくら魔力はあっても魔素がなければ魔法は発動しない。まったくのゼロという場所は現状発見されてはいないが、魔素が薄い場所では威力が落ちたり、低魔力の者ではほとんど発動しないことからそう推測されている。

「魔素がない……か。正直想像もつかんが」

「多少なりともあれば、魔力が強い人だったら何かの拍子に魔法が発動することもあると思う。でもそういう話は聞いたことがないから魔素はなかったんじゃないかなぁ。だから多分……こっちの世界と向こうの世界が分岐したのは、魔素が発生したあたりじゃないかなぁって。これも完全に私の想像でしかないんだけど……」

 そういった分野の研究が進められ、それを平民だったというシオリが普通に論じていること自体、彼女の言う「向こうの世界」は技術や学問が遥かにこちらよりも進んでいると言える。

「はぁ……並行世界、ねぇ……」

 途方もない話だとザックは思った。

 この世界でもそういった概念はないわけではない。物語などで題材として取り上げられることもあるし、神々の住まう天界や悪人が堕ちる地獄などの考え方も似たようなものだろう。

 しかしどれを取っても作り話の域を出ない。

 正直に言えばシオリの話をどこまで信じてよいのか計りかねていた。だが彼女が嘘を吐いているようには思えなかった。

 話の途中、幾度か巧妙に言葉を変えて同じ質問を繰り返してみたが、シオリの返答に一切のぶれはなかった。一度答えた事柄は何度でも同じ返答をし、答えられなかった事柄については何度訊いても分からないと言った。

 どれほど「設定」を作り込んではいても作り話はどこかに矛盾が生じるものだが、彼女の話にはそれがなかった。具体的ではあるが詳細がないといった話の粗もなければ、出来過ぎた不自然さもなかった。

 シオリに対するザックの心証は「白」だ。だがそれらを証明する手立てがなく欠片でも黒の部分が残されている以上、王族付きの元武官、そして秘かに国防に携わっている立場の人間としては、完全な白と断定することはできなかった。

 ――限りなく白に近い灰色。それが最終的にザックが下した結論だった。己やアレクほど彼女の人となりを知る訳ではないオリヴィエルやクリストフェルがそれをどう捉えるかは分からないが、そう伝えるより他はない。

 質問し尽くしたザックはシオリのスープを啜った。美味い。血の通った人間の作る、心の籠ったスープだ。

(……そもそもがこいつの作ったもんを何の疑いもなく食ってるんだ。もうずっと前から俺はこいつを信じてた。それでいいじゃねぇか)

 目の前で向こうの世界についての考察を進めている二人を眺めながらそう思う。

 その後もぽつぽつと会話を差し挟みながら料理をつまんだ。ほとんどの皿が空になり、すっかり満足したらしいルリィが床に広がって伸縮運動を始める頃、ぽつりとシオリが言った。

「……二人とも、話を聞いてくれてありがとう。全部を信じてもらうことはできないと思うけど、それでも……私を認めてくれて嬉しかった」

 これでようやく私が私でいられる、と。そう言って彼女は微笑むのだ。

 向こうの世界で生まれて育った想い出があり、それを認めてくれる人がいる。そのことがひどく嬉しいのだと彼女は言った。

 自らのルーツを認めてもらえないことほど悲しいことはない。それを知っていたからこそ彼女は今日に至るまで口を噤んでいたのだろう。

「――分かるな。俺も似たような経験があるから分かる。城では俺の過去は極秘扱いだった。私生児だった俺の母の素性が知れれば母の生家に類が及ぶからと伏せられていたんだ。母方の伯父や祖父母がいらぬ欲を出す可能性がない訳ではなかった。だから、お前の母は素性も明かせぬ娼婦か何かだろうとどれだけ詰られても言い返せなかったのは辛かったな」

「アレク……」

 何の因果かこの場に集まった者は皆、素性を明かせぬ立場だった。無論ルリィは除外されるが、シオリは生まれ故郷を、アレクは母に関する全てを、そして己もまた実母の素性を秘匿しなければならなかった。

「……俺もだぜ。お前らと似たようなもんだ」

 アレクが注いでくれたホットワインを傾けながらぽつりと呟く。

 ただ一つ異なる点があるとするなら、少なくとも己だけは隠さなければならない実母に対して何の感情も持っていないということだろう。

 彼女は意に沿わぬ婚約を破棄さえできればそれで良かったようだ。夜会で意気投合して一夜を共にした男が名門公爵家の嫡子だと知っても執着はせず、多額の口止め料を手にあっさりと引き下がったという。

 あの女は己を捨てた。あってはならない事実とでも言うかのように、生まれたての赤子を死ねとばかりに劣悪な環境の孤児院に預け、その後一切関わらなかった。ザックの存在そのものをなかったことにしたかったのだ。

 そうして自身は思惑通りに意に沿わぬ婚約を破棄され、訳有りとは言え相応の――実は密かに想いを寄せていた男に嫁ぎ、優しい夫と子供達に囲まれて幸せに暮らしていたのだ。捨てた最初の子供が孤児院で飢え死にしかけているとも知らずに。

 ザックの存在を知った父が迎えにこなければ、父のことすらも恨んで短い生涯を終えただろう。それだけ悲惨な環境だった。名前すらなく、自身を示すのは「赤毛」という呼び名だけ。

 父に対して思うところがない訳ではないが、栄養が足りず年齢に見合わぬ体格だったザックを年相応の外見に成長するまで心を砕き、その後もそれまでの埋め合わせをするかのように愛情を注いでくれた。その上十分過ぎるどころかザックが望むだけの教育を受けさせてくれた彼には感謝してもしきれない。勿論、実子同然につききりで面倒を見てくれた養母や、よく懐いてくれた異母弟に対してもだ。

「――まぁ、その結果が家を出て冒険者稼業ってのも申し訳ねぇとしか言いようがねぇが」

「……兄さん」

 気遣わしげに己を見る妹分と弟分に、ザックは気にするなと言って苦笑した。

「元々は俺が親父の跡目を継ぐ予定だった。だがなぁ、異母弟(おとうと)が生まれてからはあいつの方に正当な権利があるって分家の連中が騒いでな。両親はそれでも俺に継がせる気でいたらしいが、俺としちゃあ別段こだわっちゃいなかったから別にそりゃ構わねぇんだ。むしろ公爵家はエディ――ああ、異母弟の名だ――が継いで、俺はヴァルの補佐役に専念させてもらえりゃあその方が都合がいいとさえ思ってた」

「ヴァル?」

 聞き慣れない名にシオリは首を傾げたが、アレクは微妙な表情を作った。彼の二番目の異母兄の名だからだ。それも、ただの一度も顔を合わせないまま死別した――ヴァレンティン・ユーリウス・ストリィディア。己の主で親友でもあった。

「二番目の……」

「ああそうだ。だが不幸な事故でジークが――あいつの兄貴が死んで、あいつが跡目に繰り上がった。突然のことで内心動揺もしたが、いずれ王になるあいつを支えていこうと覚悟を決めた矢先に、な。あいつまで事故で……呆気なく死んじまった」

 当時、王太子ジークヴァルドは十六。ヴァレンティンに至ってはまだ成人前の十五だった。

 将来仕えるはずだった人間、それも親友だった二人を立て続けに亡くすという出来事は、彼と同い年だった少年を打ちのめすには十分だった。その上、三人で妹のように可愛がっていたヴァレンティンの許嫁が故国の内紛で失踪し、生死不明という報が届いたのだ。

「親しかった奴らが一気に三人も目の前から消えちまったんだ。すっかり……心が折れちまってな」

「……初めて聞いた。私生児で居辛くなったからとは聞いてはいたが」

 半ば呆然としていたアレクが呟くように言う。

「そりゃあ言えねぇよ。だってなぁ、情けねぇじゃねぇか」

 ザックは苦笑いした。

「王族に仕えるってのは生半可な覚悟じゃできねぇんだ。その程度(・・・・)で挫けてちゃあ、主に何かあったときに代理で指揮も取れやしねぇ。だが情けねぇことに俺はあのとき……すっかり心を折っちまった」

 ヴァレンティンは目の前で落馬して呆気なく死んだ。ジークヴァルドの墓参の帰り、どこか上の空だった彼は突然目の前に舞い降りた鳥を躱しきれずに馬から落ちて頭を打ち、そのまま意識を取り戻すことなくジークヴァルドの元へと逝ってしまった。

 幾人もの護衛に護られた王族の彼が、そんな理由で死ぬとは思わなかった。武人の彼が戦場以外の場所で死ぬとは思わなかった。

 人は簡単に死ぬ。身分や性別、年齢など関係なく些末な理由で簡単に死ぬのだ。

 己が育った貧民街の片隅の孤児院では、空腹と病で子供達が命を落とすことは珍しくもなかった。死は日常だったというのに、優しい家族に護られて、公爵家の嫡子という立場に護られてすっかりそのことを忘れていた――自身の甘さと弱さが許せなかった。

 冒険者という命を危険に晒す仕事を選んだのはそこにも理由があった。己を鍛え直したかったのだ。

 ――あのとき二人の王子に仕えていた仲間達のうち半数はオリヴィエルの側近として残ったが、半数はザックと同じように城を辞した。ほとんどの者は己と同じ理由だ。その後爵位を継いで領地の運営に尽力している者もいれば、ザックのように別の形で国に貢献したいと頑張っている者もいる。

「そうだったのか……」

 二十数年前の王家の混乱を思って目を伏せるアレクに、シオリがそっと寄り添う。

 それぞれの事情を抱えた――ほんの少し辿る歴史が違えば絶対に出会うことのなかった訳有りの三人が、何の因果か邂逅を果たして今この場に集っている。それが偶然か必然かは分からないが、ザックは彼らとこうして友人として、そして兄弟としてそれぞれの過去を語り合うまでに至ったことの喜びを静かに噛み締めた。

 ――風を受けてかたりと窓が鳴った。あの窓の外は雪交じりの冷たい風が吹きすさんでいる。しかし三人が語り合うこの場所は、まるで春の陽だまりのように温かだった。



大蜘蛛「……死因か」

雪男「……死因ですか」

脳啜り「死因かぁ……」


※お察し



宣伝です。

ゼロサムオンライン様にてコミカライズ第7話公開です。

書籍版1巻の山場とも言える看病イベント、前後編というボリュームで描いて頂きました。

今回は前半部分掲載です。

弱って寝込んでるアレクと甲斐甲斐しいシオリ、ちらっと見える少年ザック、「ぬるーん」など見所満載です。どうぞお楽しみくださいませ( *´艸`)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] えっ、ナディアがアレクの兄の元婚約者!? てことは、ザックはナディアの素性を知っていると・・・
[一言] Twitterで見かけたゼロサムオンラインの このタイトルに興味を引かれ 読んでみたら面白かったんで なろう原作を一気に読んじゃいました(^^) 今後とも更新楽しみに待ってます(^^)
[良い点] ・ザック兄貴も苦労していた 苦労してきた反動で世話焼き癖が身に付いたのかしらんと思いました 『ぬるーーーん』してゴメンね!お詫びに見合い兼合コンをクレメンスと一緒にセッティングするね! …
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