18 幕間四 使い魔ルリィの日記
■一月一日
今日から新しい年。昨日の夜は遅くまで起きてて皆で「光の環」を見に行ってたから寝るの遅くなっちゃったけど、なんだかわくわくして早起きした。アパルトメントに引っ越して来たアレクの新しい部屋にお泊りしたからかもしれない。シオリとアレクも同じだったみたいで、二人とも外が明るくなる前に起きて布団の中でなんだかごそごそしていた。
起きてきたシオリは何故だか真っ赤な顔してた。熱かと思ったけど違うみたいだ。アレクが悪戯したんだって。アレクは凄く満足そうな顔だった。
起きたらシオリがちょっとだけ豪華な朝ご飯を作ってくれた。アレクもにこにこしながら手伝ってた。ずーっとにこにこしていて少し心配になるくらいだった。明日からシオリとこの部屋で暮らすことになったから、凄く嬉しいらしい。シオリの部屋で引っ越しの荷造りをする間もずーーーーーっとにこにこにこにこにこにこにこ……うーん、大丈夫かな。新年の挨拶に行ったときも、ザック達に気味悪がられたくらいにご機嫌だったし。
■一月二日 朝
今日はシオリの引っ越し。アレクにとっても熱心に誘われて、アレクの部屋で一緒に暮らすことになった。今までの部屋も居心地はとっても良かったけど、アレクの部屋は広いしお風呂も大きいし、一番上の階だから窓からの見晴らしも良くてこっちも好き。今日から二人と一匹で暮らすよ! シオリもアレクも楽しそうだし、自分も楽しい。今日からきっといっぱい楽しいことがあるよ!
シオリは荷物が少ないから、引っ越しは思ったよりもすぐに終わった。昼ご飯を食べたらギルドに行ってこようって話になったんだけど、シオリの手荒れを気にしたアレクは先に薬局に行こうって言った。うーん、アレクは本当にシオリを大事にしてくれるなあ。嬉しいなぁ。
■一月二日 昼
薬屋さんのニルスの店に行ったら丁寧にシオリを診てくれた。初めてニルスに会ったときも、迷宮に置いていかれて凄く弱ってたシオリをとっても丁寧に診てくれたし、身体に残った傷を見て物凄く怒って悲しんでもくれた。優しくて頼りになるし、誰かのために怒ったり笑ったり泣いたりできる凄くいい人だ。ニルスのことも好きだなぁ。
ニルスがシオリのために薬を作ってくれることになった……んだけど、材料がすっからかんで作れないみたいだ。蒼の森の雪狼が近くの村の人達を襲っていっぱい怪我人が出たときに全部使ってしまったらしい。でもいつもはほとんど出さない薬草だから、うっかり補充しておくのを忘れたようだ。
そのままニルスからの依頼で薬草採集の護衛をすることになった。依頼にはリヌスとエレンも一緒に行くみたいだ。食材とか薬草を採りたいんだって。新年最初のお仕事、賑やかで楽しくなりそうだ。
■一月三日 昼
ニルスの薬草採集に出発! 採りたい薬草はマンドレイクのようだ。マンドレイクは食べると苦辛くてぴりぴりっとしてあんまり美味しくないんだけど、面白い話を教えてくれたりするのもいるから結構好きだ。前に会ったマンドレイクは美味しい水がある場所とか綺麗な景色が見られる場所とか教えてくれた。今度のマンドレイクは何か面白い話を聞かせてくれるかな。楽しみだ。
向かったのはホルテンシア洞穴っていうところ。近くの村まで馬車で行って、そこからは歩いていった。トリスからは少しだけ距離があるから、今日は洞穴に泊まりになるようだ。
沢山採れるといいね! って思ってたけど、なんだかよくない人達が来ていたようで、入り口に近いところのマンドレイクは根こそぎ採られて全滅だった。地面が魔法でぼこぼこだったし、美味しい茸とか薬草とかも全部駄目になってた。近くにいたマンドレイクは怖がって皆奥の方に逃げてしまったようだ。
うーん、酷いことするなぁ。魔獣にも嫌な奴は沢山いるけど、人間にも変なのとか嫌なのが多いんだなぁって思った。
でも今日は魔獣の中でも最高に嫌な奴に会った。脳啜りっていうなんかいつも気取ってて「新鮮な臓物こそ至上」とか「野菜や虫を食うなど邪道。魔獣の風上にもおけぬ」とかよく分からないこと言う意識高い系魔獣で苦手。それぞれ好きなもの食べてればそれでいいじゃないって思うんだけど。
おまけにシオリにはちょっぴりだけど怪我させたし、あんなに強いアレクを毒塗れにして変な幻覚見せて泣く寸前までいじめてたし、ほんと嫌い。野菜しか食べられない病に罹ればいいと思った。
結局アレクをいじめられて怒ったシオリが変な液体浴びせて行動不能にして、皆でフルボッコにしちゃったけど。それにしても、あの液体なんだったんだろう。あの気取った嫌な奴がすんごい悲鳴上げてのたうち回ってたけど。
えっ……その液体、唐辛子の汁なの……それを頭から浴びちゃったのか……それって物凄く痛かったんじゃ……。
シオリって怒るとちょっと怖いなって思った。
ほんのちょっぴりだけ脳啜りに同情した。本当にちょっぴりだけど。
■一月三日 夜
毒にやられたアレクが物凄く疲れてるみたいなので、今日は早めに野営することになった。マンドレイクはまだ採ってないけど、アレクが心配だからね!
野営地に着いてもアレクはずーっと元気がなさそうだった。シオリにしがみついたまま離れなかったり、ずっとしょんぼりしてたり、なんか今にも死にそうな顔してて凄く心配。シオリが辛そうなのも悲しいけど、アレクが辛そうなのも悲しい。
だけど、ニルスとお話して、シオリのお風呂に入って、皆で作った美味しいご飯を食べて、最後にシオリと二人きりでお話したらやっと元気になったみたいだ。良かった!
ニルスがぼそっと「いいなぁ……僕も可愛い恋人欲しいなぁ……」ってなんか言ってたけど。
■一月四日
一晩ぐっすり寝て朝起きたらアレクはすっかり元気になっていた。なんでも凄くいい夢を見たらしい。シオリに熱心に慰めてもらう夢なんだって。良かったね!
何故かシオリとニルスには心配して損したって睨まれてたけど、ただ慰めてもらう夢でもなかったようだ。一体どんな夢だったんだろう。
シオリの朝ご飯を食べたら今日こそマンドレイク採集に出発!
奥の方にはマンドレイクが沢山いた。皆お喋りして楽しそう。居心地のいい土のある場所とか、夜紫陽花が一番綺麗に咲いてる場所だとか色々教えてくれた。なんだか穴倉鳥の夜の事情とか教えてくれたマンドレイクもいたけど、それはどうでもいいかなー。
マンドレイクとお話しながら見回りをしている間に、ニルスはせっせとお仕事していた。ニルスは良い薬師さんだから、一つの場所で沢山採るんじゃなくて、場所を移してちょっとずつ採っていた。質の良いマンドレイクが沢山採れたって喜んでた。良かったね! これでいいお薬いっぱい作れるね!
……って皆でわいわいしていたら、向こうの方で今までずーっと黙ってじーっとこっちを見ていたアルラウネが話し掛けてきた。アレク達も気が付いたみたいだ。そのアルラウネは土から出てニルスとお話したいらしいんだけど、出るのが面倒だから出してくれって言った。自分で出ればいいじゃない……。
「面倒」
ええー……。
仕方ないから出してやった。出してやったけどずっと土の上でごろごろ転がってばかりで埒が明かないので、アレクが呆れながら拾ってやってた。
どうやらアルラウネはニルスと友達になりたいらしい。凄くいい友達になれそうな気がしたんだって。だったら自分で出てくればいいじゃないって思ったけど、面倒なのはどうにもならないだって。変わったアルラウネだなぁ……。
でも、面倒面倒言いながら無事にニルスと友達になれたようだ。ちゃーんと使い魔契約もして早速ニルスにべったりだ。肩からぶら下がって嬉しそう。
洞穴から出るときは魔獣達が見送ってくれた。「あのスカした嫌味野郎を倒してくれてありがとう」とか「同胞を各地に増やしてやってくれ」とか「せっかくの外出だから数十年くらいゆっくりしてこい」とか「お土産は噂に聞くブロヴィート村の足湯饅頭がいい」とかなんか凄く賑やかだったけど、気分は悪くなかった。
アルラウネは楽しそうだ。
帰ったらザック達に凄く驚かれたけど。
シオリの手荒れ用の薬はできるまでに何日か掛かるみたいだから、また今度。
■一月四日 夜
わーーーい! とうとうシオリとアレクが番になる儀式をするぞ!
……と思ってたら一緒にお風呂に入るだけみたいだ。なんだ。そうか。
でも、アレクは儀式はいずれ正式にするけど今は味見だけって言って色々シオリに悪戯していた。下水道の爺さんにはそういうときは気を利かせて二人きりにしてやれとか言われてたから、二人っきりにしてあげた。正式な儀式じゃなくて味見だから別にいいんじゃないかなって思わなくもなかったけど、せっかくだから二人っきりで楽しんでね!
……って思ってたけど、味見にしては食べ過ぎなんじゃないかと思った。あんまり長湯過ぎるからお風呂に様子を見に行ったら、シオリはぐったりして寝ちゃってた。アレクはすごーく満足そうでなんだか艶々してたけど。「可愛過ぎて味見し過ぎた」だって。
■一月六日
今日もアレクはシオリを味見していた。あちこち触ったり舐めたりしてたようだ。またシオリは寝ちゃってたけど、アレクは今日も満足そう。とっても美味しかったって。良かったね!
でもアレクだけ味見してるのもなんか不公平だから、今度はシオリが味見すればいいと思った。アレクと同じ魔法剣士のルドガーが言うには、番のマレナに……え? そういう話はあんまり大っぴらにしちゃいけないのか。そうか。覚えておこう。ありがとう下水道の爺さん。爺さんって本当に物知りだなぁ。
爺さんはずっと昔は生命誕生の秘密に物凄く興味があって、色んな生き物の番の儀式を調べてたことがあるらしい。人間のもいっぱい覗き見して調べたんだって。
うーん、そういうときは二人きりにしてやれって爺さん自分で言ってたはずなんだけどなぁ。おかしいな。
■一月八日
シオリの薬がそろそろできる頃だから取りに行こうって思ってたら、緊急依頼が入ってしまった。泊まりになりそうだから、薬はお預け。でも先に買ってあった薬でもシオリの手は随分良くなってたからニルスって凄い。薬草とか色々組み合わせて怪我とか病気を治す薬を作れる人間って器用で凄いなって思う。
■一月十一日
今日はニルスの店にシオリの薬を取りに行った。凄く効くいい薬で、塗り心地も良くてシオリは気に入ったみたいだ。これで水仕事が捗るって。良かったね、シオリ!
ニルスとアレクはほどほどになって苦笑してたけど。
それにしても、さっきからずーっとアルラウネはぐうたらしている。イールっていう素敵な名前をもらった上に待遇と居心地が良過ぎて一日中専用の寝床でぐうたらしているらしい。
たまには運動しないと健康に良くないと言ってやったら、ニルスとはできる限り長く恙無く過ごしたいと言ったので、自分の運動を教えてやった。朝の伸縮運動と、夜のストレッチ。どっちも身体にいいんだよ!
アパルトメントの管理人のラーシュや下水道の爺さんに教えてもらった健康体操、やるとやらないのとじゃ全然違うって言ったら興味を持ったようだ。
でも教えてあげたら自分の身体では難しいかもしれないと言われてしまった。そういえば身体の作りが違うんだった。結局イールは床の上で触手を動かす運動をすることにしたようだ。最初ニルスには床に落ちてもがいてるように見えたみたいで、物凄く心配されたようだけど。
でもイールもニルスも毎日楽しそうだ。良かったね!
■一月十五日
アレクは弟に手紙を出したようだ。シオリと番になるつもりだからその報告だって。あと何か頼み事もしたみたいだ。
自分も頼み事をされた。スライムが一匹入る背嚢を作りたいから、今度一緒にお店に付いてきて欲しいらしい。弟への贈り物にするんだそうだ。アレクの弟はペルゥの友達だから、きっとペルゥが入るんだと思う。
うーん、でもなんで背嚢に入るんだろう。運んでもらうのかな。イールみたいにものぐさな訳じゃないしなぁ。かくれんぼするのかな? 今度訊いてみよう。
脳啜り「春玉キャベツはざっくり切ってごま油と塩胡椒で食べると至福。さやいんげんはくたくたに煮てから食べる派」
イール「解せぬ……解せぬ……」
好きに食べたいように食べるのが良いのよ(´∀`*)ウフフ




