15 喧嘩の御相手は承れません・後日談
ルリィ「ざまぁの時間」
「そうか……彼女ひとりで片付けたんだね」
ほっと安堵の息を吐いてニルスは眉尻を下げた。
「しかも、抜刀した相手に傷一つ付けずに追い返すとはね。非戦闘員だと侮ったあの子達の判断ミスか、それともシオリが一枚も二枚も上手だったか」
「どっちもじゃないかなー。あの子達がもっと冷静だったら、シオリくらいあっさり片付けちゃったと思うよ。でも、彼女はどんな時も冷静で必ず生き残る道を探れる人だからねぇ。仮にあの子達が冷静だったとしても、どうにかして逃げ切りそうな感じはするなあ」
「……そうだね」
リヌスの言葉に同意し、それから窓の外に目を向けた。トリスの街並みが夕映えの色に染まりつつある。
「僕はね。彼女が冒険者になった時、正直言うとすぐに辞めるか死ぬことになると思ってた。魔力だって弱いし、特別な技術があったわけでもない。ましてや言葉も不自由な余所者だったんだ。なのに彼女は独自の道を模索して、あっという間に冒険者としての地位を確立してしまった」
最初のうちこそいつまで保つかと揶揄い半分に見ていた者達も、彼女が地道に依頼をこなし、持てる力を最大限に利用して独自の戦い方を身に着け、数ヶ月でD級への昇格を果たす頃にはすっかりと見方を変えていた。
弛まぬ努力と工夫を重ね、ひたむきに仕事に打ち込めば必ず道は開かれる。彼女の示したその事実は、能力の低さに悩む冒険者達の希望になった。彼女が来たことで、それまでの自身の在り方、そして考え方を変えた者も少なくは無い。能力の低さ故に同業者から弾き出され、日々を自室や組合の片隅で過ごし、時折余り物の依頼を片付けるような、所謂落ちこぼれと称されていた者達の中には、彼女の姿に影響されて一念発起した者も少なからず居た。今では真っ当に冒険者稼業を営んでいる者も多い。これは、間違いなくシオリの冒険者としての功績だった。
だから。
何も知らない、何も学ぼうともしない者が、徒に彼女を傷付ける事が許せなかった。
「……ニルスはさあ」
リヌスがぽつりと言った。
「【暁】の事件の事、まだ気にしてるんだね」
「……多分、最初に気付いたのは僕だったんじゃないかと思うからね」
薬の買い出しに店を訪れたシオリに微かな違和感を覚えたこと。その違和感を見逃してしまったこと。何度悔やんだことだろう。あの時すぐに気付いて動いていれば、彼女はあんな酷い目に遭うことは無かったはずだった。
連れ立って店に来ていたシオリの仲間は、彼女と同じD級、昇級時期もさして変わらないと聞いていた。にも関わらず、身に着けた装備品の質が、彼女と仲間達の間で差がある事に気付いたのはあの時だった。買い替えたばかりと分かる真新しい装備の仲間達と比較して、シオリの物はと言えば、以前と変わらず使い込んだ古い物のままだった。
彼女一人が買い足した薬品や魔力回復薬がやけに多かったことも違和感のひとつだったというのに、何故あの時見逃してしまったのか。
店に引き籠って調薬するか、雇いの店員に店を任せて採集に出ている事の多いニルスは、その後彼女に会うことも無く、その時感じた違和感の事もすっかり忘れていた。
だから。
シオリの保護者代わりだったザックが聞き込みと称して店に現れた時にはひどく驚いたものだった。シオリの異変を知って調査に協力したが間に合わず、直後に行方不明になったと聞いた時の絶望感は忘れられない。容態が悪く予断を許さない状況で発見され、思い付く限りの薬品をかき集めて彼女が担ぎ込まれた施療院に駆けつけた時の焦燥感も。
だからかどうかは分からないが、あれ以来彼女を見かけると、つい目で追ってしまうのだ。異変は無いか、良からぬ感情を抱く者を近付けてはいまいかと。
「――それで、あの子達はどういう扱いになるかな。規約違反で処分出来そうかい?」
「少なくとも現場での目撃者が四人も居るからね。言い逃れは出来ないと思うよー」
【暁】の時と違ってね、そう付け加えてリヌスは苦笑した。
後日、トリス支部所属C級冒険者シーラ・アンデル、ミア・テルン、ヴィヴィ・ラレティの三名は、B級冒険者シオリ・イズミに対する行為が組合規約第四項「私闘の禁止」に抵触すると見做され、処分が決定された。武器を用いての挑発行為が私闘の強要に当たると判断されたほか、非戦闘員一名に対して戦闘員三名がかりで、それも人気の無い場所を選んで威嚇行為に及んだことが悪質と見做されたためだ。
当初、彼女達はこの処分に不服を申し立てたが、複数の目撃情報により場合によっては傷害未遂もしくは脅迫罪が適用される可能性も示唆されたため、大人しく処分に従ったということである。
内容は、ランクの一階級降格及び一ヶ月間の謹慎処分。
なお、当日中に魔導士ヴィヴィ・ラレティは組合の脱会を申請し、これを即日受理された。魔法剣士シーラ・アンデル、弓使いミア・テルンは謹慎処分の解除後に現場復帰したが、成績が振わず同僚からも敬遠されて孤立。後にシーラ・アンデルは依頼遂行中に行方不明となり、後日死亡が確認された。ミア・テルンはその後実家近くの支部へ移籍し、細々と冒険者業を続けているということである。
・ニルス・アウリン:32歳。薬師。A級冒険者。大通りの東門近くに店を構えている。
暁の事件はシオリだけでなく、関わった人達にもじっとりと暗い影を落としているのだと思います。
ちょっとアレな話でしたが、お付き合いくださいましてありがとうございます。
次のお話はまた普段のテイストに戻ります。
7日0時に予約投稿済み。