06 カウンセリング
複雑な迷路構造になっているホルテンシア洞穴のほぼ中間部に位置する小さな広場。洞穴の名の由来になっている夜紫陽花が咲き乱れるその場所は、紫の花園と呼ばれている。洞穴内に数ヶ所ある野営に適した場所の一つだ。近くには地下水が流れる水場があり、野営地としては最も利用率の高い場所だ。
「わぁ……」
この場所が初めてのシオリは小さな歓声交じりの吐息を漏らし、それを見たエレンはくすりと笑った。
「綺麗でしょ。微量だけど花に聖魔素を含んでいるの。だから群生地は結界みたいになっているのよ」
夜紫陽花は大陸北西部原産の岩場に生育する花だ。基本的には夜にしか咲かないが、洞窟のように日の光が入らない場所では日中でも開花する。微かに光を帯びた淡い紫色の幻想的な花は園芸家の垂涎の的だが、残念ながら今のところは栽培に成功していないようだ。環境が合わないのか蕾を付けず、葉が生い茂るだけだという。
「ここに結界杭を打とう。二重結界とまではいかないけど、ただ結界を張るよりは安全だよ」
何度も洞穴を訪れ慣れているニルスが、岩場に開けられた穴を指差して言った。結界杭を何度も打ち込んだ痕跡。それは他の訪問者の野営の跡だ。安全地帯のこの場所で休む者が多い証拠だ。さすがに脳啜りのような強敵相手ではさしたる効力はないが、それでもある程度は安心して休めるというのはありがたかった。
荷解きしたニルスがリヌスと共に、残された穴に結界杭を差し込んでいく。
「アレクは休んでて」
言いながら離れていこうとしたシオリの腕を咄嗟に掴み、目を丸くして振り返った彼女に無言で問われて我に返る。
「あ……いや、すまない」
慌てて取り繕ったアレクだったが、その腕を離すことができない。
そばにいてほしい、と。そう言いたかったが仲間達の手前、言葉にはできなかった。
「……大丈夫? まだ気分悪い?」
シオリの細い指先が己の頬に触れた。
その手は温かい。生きている。大丈夫、これは幻ではない。
そうして安堵の息を吐き、ふと視線を感じて顔を上げたアレクは、皆が手を止めてこちらを見ていることに気付いてようやくその手をシオリから離す。
シオリは無言でアレクを見上げていたが、やがてそっと離れて土魔法を展開し、岩場に簡易寝台を作り出した。背嚢から取り出した雪熊の毛皮を敷き、アレクの腕を引いて些か強引に座らせる。
「……アレク。まだ顔色が悪いよ。本当に休んでて?」
「だが……」
自分一人が何もせずにいるには申し訳ない。
そう言うとニルスが苦笑しながら肩を叩く。
「いいから休んでなって。設営は僕らに任せて」
「そーそー。天井があるし、外よりはあったかいから天幕は張らなくても良さそうだしさー」
「お風呂も岩場に干渉して作るから、こっちも天幕は要らないし。だから一人くらい休んでても大丈夫。ね?」
皆に口を揃えてそう言われてしまえばそれ以上我を張るのも見苦しいかと思い、アレクは大人しく従うことにした。シオリに手伝われて背嚢を下し、エレンに握らされた魔力回復薬の小瓶を片手に仲間達の作業を見守る。
リヌスとニルスが調理用の竈を作る横でシオリが人数分の簡易寝台を作り、エレンがその上に毛皮を敷いていく。それが終わるとニルスが薬箱を取り出してエレンと何事か相談を始めた。先ほどの戦闘で負った傷の治療について話し合っているのだろうか。
シオリはというと再び土魔法を使い、シルヴェリアの旅のときに見たような岩造りの立派な浴室を作り出していた。
「……」
皆が働いているのに自分一人が先に休んでいるこの状況がきまり悪く、アレクは小さく身動ぎして溜息を吐いた。その足元を気にするなというようにルリィがぺしぺしと叩く。それには苦笑いするしかなかった。
「じゃあ、入浴前に傷の具合だけ診ておこうか」
「火傷は魔法で塞いでおくわね。擦り傷は消毒して薬を塗っておきましょ」
「入る順番はどうするー?」
二人の医師の手当てを受けているシオリとリヌスの視線がこちらを向いた。先に入れと促されているのだ。脳啜りの触手に捕らわれたのはアレクだけだ。外套の素材のお陰である程度は汚れを弾いてはいるが、粘液に塗れて最も入浴を必要としている状態であることに変わりはない。
どうせ命が尽きると同時に壊死して土に溶け落ちるのなら、この粘液も一緒に消えればよいのだがと思いながら、アレクは苦笑して肩を竦めた。
「さっさと汚れを落としたいところではあるが、正直言うともう少し休みたいんだ。シオリ、お前はこの後も仕事があるだろう。先に入るといい。エレンも」
シオリの主な仕事は野営地での家事なのだ。アレクを支えて歩いた影響で粘液が付着しているとあっては、炊事にも差し障りがある。
隠している手足の傷を気にするだろうかとも思ったが、多少は気持ちに変化があったのだろうか。彼女は仲間達と視線を交わして了承を得ると、躊躇わずに頷いた。
「分かった。夕食まではまだ時間があるから、お風呂入ったら洗濯も済ませちゃうね」
「ああ、そうしてくれ」
「俺は見回りがてら少し食材探してくるよ。一応野営地から見える場所にいるから」
「それなら次は僕とアレク、最後はリヌスってことでいいかな」
「おっけー」
入浴の順番が決まると、シオリは一瞬だけそっとアレクの手に触れて気遣うように薄く微笑んでから、エレンと連れ立って浴室に消えた。
リヌスは「じゃ、行ってくるー」と採集用具を手に野営地を離れる。ルリィは見張りのつもりなのか、シオリと一緒には行かずにその場に留まった。
皆がそれぞれの場所に散ったのを見届けてから、アレクは身体の力を抜いてどさりと仰向けに寝台に倒れ込む。長い吐息を吐き、片腕で視界を覆った。
――酷く、疲れた。
毒は消えたというのに未だに心を蝕んでいる。あの毒は後を引く。だからこそ脳啜りと戦いたくはなかったのだが、まさか二度まであの毒に侵されることになるとは思わなかった。
「……やっぱり、結構きてるみたいだね」
「……否定はしない」
苦笑しながら呟くと、湯気の上がる茶器を差し出された。薄荷のような清涼感のある香りだ。
「気休めだけど、鎮静効果のあるお茶だよ。無理に飲まなくてもいいから、香りを嗅ぐだけでも」
「ああ、いや。頂こう」
身体を起こし、受け取った薬草茶を啜る。目の覚めるような爽やかな香りに相反して、その味は甘く優しい。蜂蜜でも垂らしたのかと思ったが、ニルスはごく淡い薄紫の液体が入った小瓶を振って笑った。
「夜紫陽花の蜜だよ。聖魔素を含んでるせいか、鎮静と安眠効果があるんだ」
「……紫陽花には毒性があると聞いたことがあるが」
「一部の紫陽花はそうだね。だけどこれは無毒だよ。それにこれは紫陽花って名前は付いてるけど、分類上は全くの別物なんだ。花が紫陽花に似てるからそう呼ばれてるだけなんだよ」
ひと段落したら夜紫陽花の蜜を採集するつもりのようだ。原液は咽るほど濃度が高く、少量採集するだけで十分らしい。
「……そうなのか」
薬草茶を飲みながら雑談をしているうちに、胸の内に落ちた陰鬱な影が少しずつ晴れていく。多分これもまた「治療」の一環なのだ。
「――シオリがな。俺のせいで死ぬ幻だった」
僅かにではあるが上向いた気分がアレクの口を軽くした。あるいはこれもニルスの治療の効果なのかもしれないが、意外にもするりと心の内を暴露してしまったことに内心驚く。
ぽつりと零すアレクに、彼は静かに視線を向けた。無言のまま続きを促される。聞いてくれるらしい。
「昔不義理をして別れた女が俺を責めたんだ。恋人も弟も捨てたお前は人でなしだと。だから幸せになる資格などないと、そう言って責められた」
――思い返してみれば、幻の中、正常ではない思考だったがゆえに別人と思い込んでいたあの女達はどれも同じ顔立ちだった。
十数年前、計略に掛けて己と身体の関係を結ぼうとしたあの娘の顔などもう覚えてもいない。元よりそれほどかかわりのない娘だった。
それに帝国で表向きは恋人を演じていたあの女も濃い化粧の印象ばかりが強く、本来の顔立ちなどほとんど知らないのだ。ただ一度だけ、必要に駆られて同衾したときでさえ化粧で顔を作り上げていたほどだ。
――しかし幻の中の女は、顔立ちが分かるほどに清楚な薄化粧だった。
(……レヴィ)
そうだ。あれはかつて恋仲だった女の顔だ。
「前にあれとやり合ったときもそうだった。昔の恋人が出てきて俺を責めたんだ。自分を捨てた、弟を捨てた――捨てて自分だけ楽な場所に逃げた腰抜けの人でなしだってな。だからその報いとしてシオリは殺されたんだと……そう言われたよ」
「捨てた、というのは? 訊いてもいいのかな」
アレクは頷く。
誰かに聞いてもらいたいと思っていた。己の過去を知らない、他の誰か。
ザックやクリストフェルでは己に立場も考えも近過ぎるがゆえに、アレクに同情的になりがちだ。シオリもそうだ。彼女は優しい。このままあの優しい女に話してしまうのは、あまりにも甘えが過ぎる。
だから必要なのは、同性の第三者の意見だ。
「……庶出の俺がいたせいで嫡子の弟の家督相続に障りが出たんだ。あまりに家が荒れて……俺が家を出ることにした。あのときはそれしか方法はないと思ったんだ。弟は庶出の俺にもとても良くしてくれた。あいつが家を継いで、俺が支えになればとそう思って互いに頑張ってきたのにあんなことになって――あいつは許してくれたが、内心は心細かったと思う。恋人には……結局、ぎりぎりまで言い出せなかった」
弟の縋るような目。口には出さなかったがその目は行かないでくれとそう訴えていた。弟には親しい友人が幾人もいたが、それでも家族が誰一人いなくなるというその心細さを埋められるものではない。近しい血縁者がいなくなることの辛さ、寂しさは自身もそうだったからよく分かる。
だがそれを知っていながら、気付いていながら己は弟を置いて逃げた。それが最善だと言い訳をして、その実辛い境遇から逃げたいだけだったのではないかと、その思いがずっとアレクを苛んでいた。
恋人にしてもそうだ。仕事が、そして人目が増えて逢瀬のための時間を取ることすら難しかった。だがそれを言い訳にしてはいなかったか。言い出せば離れていくかもしれないその可能性から目を逸らして、話し合う機会を先延ばしにしてはいなかったか。
「……彼女との会話で、このまま恙無く俺と一緒になるという未来しか見えていないということはなんとなく分かっていた。だから多分、言えば失望させるだろうなというのは薄々感じてたんだ。それが怖くて最後まで言い出せなかった。結局事後承諾のような形で打ち明けることになってしまった。家を出るから君とは一緒になれないと……そうだ、彼女が俺を捨てたんじゃない。俺が彼女を捨てたんだ。なのに、別れ際に言われた『お前の存在になんの価値もない』という言葉ばかりに気を取られて……俺はずっと被害者面をしてたんだ」
認めたくはなかった。それを認めてしまえば自身の根幹が揺らいでしまいそうな心持ちになるからだ。
腰抜け。人でなしの自分。
足元のルリィが寝台に這い上がると、そっとアレクの身体を撫でた。
ニルスはしばらく黙っていた。ただ穏やかにアレクを見つめていたが、やがて静かに口を開いた。
「……僕はその場にいた訳じゃないから詳しいことは分からない。だからその是非を問うことはできないよ。でも、アレクがそのことをずっと後悔して、自分を責めて生きてきたんだなっていうのは、今ようやく理解した。過去の出来事に大事な彼女が死ぬイメージを重ねた幻を見るなんて――よほどそのときのことが心に強く圧し掛かっているんだろうね。君、たまに酷く魘されてるだろ。すまないとか許してくれとか、そんなふうに言って」
「そ……うだったのか」
クレメンスには何度か指摘されたことはあった。しかしニルスの前でも魘されていたという事実に今初めて気付かされたアレクは絶句した。遠征で何度か組んだことはあったが、それを指摘されたことはただの一度もないからだ。この分では他の同僚にも見苦しい姿を見せていたかもしれないと思い至り、アレクは深々と溜息を吐いて頭を抱えた。
「……あのさ。君とは何度も一緒に仕事をしたことがあるけど、腰抜けとか人でなしだとか思ったことは一度もないよ。アレクはいつだって先陣を切っていくじゃないか。それでいながら仲間への気配りも決して疎かにはしない。それに――あれはまだ二十歳前だったかな。初めて一緒に仕事したときもそうだったよ」
諭すような、言い聞かせるような、そんな口調で語り掛ける彼の瞳は強くて優しい。
「怯えて動けなくなる奴が出るくらい厳しい状況だって、君は冷静に状況判断して活路を開いてくれた。皆で生きて帰るって強い意志を示して、僕らに勇気をくれた。アレクに付いていけば絶対生きて帰れるんだって、そう信じたからこそ救われた、そんな場面が何度もあったよ」
ニルスの手がアレクの肩を掴む。ほんの僅かに薬草臭い、温かく力強い手。
「僕は思った。君は多分、仲間を護りながら先頭に立って戦うことに慣れた人だってね。ああいうのは持って生まれた資質もあるけれど、それを遺憾なく発揮できるっていうのはなかなかできることじゃないんだ。ましてや二十歳かそこらの若造がだよ。あの歳でそういうことに慣れている君は、一体どれだけの努力と苦労を重ねてきたんだろうって思ったんだ」
「ニルス……お前」
アレクは瞠目した。仕事で何度か寝食を共にした穏やかなこの男に、ここまで熱く己のことを語られるとは思わなかった。こんなふうに評価してくれているとは思わなかった。
「確かに不義理もしたんだろう。でも君の仕事ぶりや人柄を見ていれば分かるよ。アレクは真面目で責任感が強い。それに多分努力家でもあるんだろう。若い頃から変わることなくずっとそうだった。だからそんな君が逃げ出さなければならなかったというのなら、それはよほどのことだったんだ。逃げたのは君にとって必要なことだった。君が生き延びるために必要なことだったんだと僕は思うよ」
「……必要なこと……」
「君が逃げて、状況がそれ以上悪くなったのかい?」
「……いや」
「じゃあ良くなった?」
「……多分」
頷くと、だろ、とニルスは笑った。
「逃げることが全て間違いだとは思わない。もしかしたら逃げずに戦い続けて勝つ道もあったかもしれないけど、そうなる前に潰されることだってあるんだ。逃げるという選択ができなくて、結局追い詰められて壊れてしまった人を僕は沢山見たよ。勇気ある撤退って言葉もあるだろ。命あってこその物種だよ。それで周りが丸く収まって、君もこうして無事でいるならそれでいいじゃないか」
ぽんぽん、と彼の手がアレクの肩を優しく叩く。
「……でも、そうだな。女性の側からしてみれば、やっぱり家のために自分が捨てられたって気持ちは凄くあっただろうね。相談すらしてなかったんならなおさらだ。アレクもそれをずっと後悔してるんだろう?」
「……ああ」
――恐らくあの脳啜りの毒は、自身の心の内に巣食う罪悪感や恐怖心を表出させ、増幅するものだ。二度も毒を受けてよく分かった。
あの幻はオリヴィエルやレヴェッカに対する罪悪感と、シオリを失うことへの恐怖心そのものだ。宙ぶらりんにしたままの問題を解決せねば、彼女は自分から離れていくかもしれない。あるいは中途半端なこの立場に気付いているだろう彼女の心を傷付けるかもしれない。ただでさえ傷付いたシオリの心を殺してしまうかもしれないのだ。否、それどころかこの立場ゆえに、それを知った誰かが彼女を亡き者にする――そんな未来さえあるかもしれない。
「――その後、その恋人とは?」
アレクは首を振り、力なく笑った。
「こっぴどく罵られてそれっきりだ。後家に入って穏やかに過ごしているとは聞いたが……幸せなのかどうかは正直分からない。人生の一番大事な時期を俺のせいで無駄にしてしまった上に、若い身空で後添えだからな」
「そうかぁ。じゃあ、弟さんとは?」
「弟とは今でもたまに会う。いつも温かく迎えてはくれるが……そうだな、あのときのことを面と向かってきちんと語り合ったことは一度もない。互いに触れるのを避けている」
「うん。問題があるとすればそこなんだろうな。彼女とも弟さんとも、互いの本当の気持ちをきちんと確かめ合ってないんだ。全てを伝え合うことが最善だとは決して思わないけど……真実が見えないままだから色々悪い方向に考え過ぎて、それがずっとアレクを苦しめてるんだね」
「そう……かもしれないな」
アレクは認めた。これ以上傷付くかもしれないことを恐れて確かめることができなかった。できないまま己の殻に閉じ籠り、十数年もの間放置した。
シオリと同じだ。立ち止まったままの自分。
しかし彼女と異なるところ、それはこの問題の原因が自分にあるということだ。
――彼女と共にこの先の人生を歩むためにしなければならないことを今ここで改めて突き付けられた形になったアレクは、一度目を閉じて深呼吸すると強く頷いた。
「色々理由を付けて引き伸ばしてきたが、これは切っ掛けなんだろうな。決めた。なるべく近いうちに話し合ってこようと思う。機会が与えられるかどうかは分からないが、どんな結果になったとしてもそれを受け入れるつもりだ」
「あんまり気負い過ぎないでくれよ」
寝台の端に腰掛けて相談役をしてくれたニルスは苦笑して言った。
「それに、僕は君の仲間で味方だ。どんな結果になったとしても僕は……それに多分、シオリも君を受け入れるよ。それを忘れないでくれ」
「……ああ。ありがとう。気が楽になった」
心からの謝意を伝えると、ニルスは微笑みながら頷いた。
いつの間にか膝の上に陣取っていたルリィもぷるんと震える。自分のことも忘れるなとでも言いたげで、気の良いスライムの気遣いにアレクは破顔した。
「――大漁大漁~!」
どことなく陰鬱だった空気が穏やかさを取り戻した頃、頃合いを見計らったようにリヌスが戻ってくる。その手に一杯の茸に紛れて蔓に通した真っ白な川魚がびちびちと跳ねているのが見えて、アレクは目を丸くした。
「リヌスお前……凄いな」
最初に宣言した通り野営地から見える場所で採集していた彼だったが、それにしてもこの狭い範囲でよくもこれだけの食材を集めたものだ。
「だろー? 俺、これが本業だからね」
その腕前から魔獣討伐に借り出されることが多いが、リヌスの本来の職業は食材ハンターだという。
「わっ、凄い。これ全部リヌスさんが?」
「そうだよー」
入浴を終えて出てきたシオリとエレンもまた、山盛りになった成果を見て目を丸くしている。
「凄いわね。この茸、確か高級品じゃなかった?」
「うんそう、霜降り茸、通称王様茸ね。スライスして油で焼くと高級肉みたいですっげー美味いんだ。こっちの白雪茸は煮込み料理に入れると魚介系みたいな出汁が出る。そんでこっちの星屑茸とアイロラ茸は焼いて塩胡椒するだけで美味いし歯ごたえもいいから酒のつまみにちょうどいいんだ」
「わぁ……」
「この魚は?」
「これはトリス・パーチ。トリスヴァル地方の地下水脈でしか獲れない魚なんだけど、燻製にするととろっと蕩けるように美味くて最高なんだ。見た目が綺麗だから高級料理店なんかではマリネにして出すみたいだけどね」
どれも依頼の品らしいが、夕食用に多めに採ってきたと彼は言った。
その言葉に場がわっと沸いた。
「シオリがいることだし、きっと美味しいもの作ってくれると思ってさ。せっかくだから皆で食べようかと思って」
「わぁ、責任重大ですね」
シオリは言いながらも少し楽しそうだ。
「腕によりを掛けてご馳走作りますから」
「そんじゃー俺は燻製作るよ。このために燻製チップ持ってきたんだー」
「用意周到だなぁ……」
「では俺は捌くのを手伝おう」
口を挟むと皆の視線が一斉にこちらを向いた。
「……もう、大丈夫なの?」
「ああ」
気遣うシオリに頷いてみせる。
完治という訳ではないが、気は随分と楽になったのだ。それに今は仲間達の輪の中に入りたい気分だった。
そう言うと彼女は一瞬だけ目を見開き、それからすぐに微笑んだ。
「……うん。じゃあ、お願いアレク。一緒に作ろう」
「ああ」
笑みを交わし合う仲間達、そして愛しい恋人を眺めてアレクは思う。
(――俺は果報者だ)
母を失い孤独だった自分。
それが父や弟と会う機会を得、そして別れはしたもののその絆は多分今でも続いている。それだけではない、掛け替えのない仲間や愛しい女とも出会えたその僥倖を、アレクは静かに噛み締めた。
この人々とこれから先も過ごすために区切りをつけなければならない、それがきっと今なのだろう。
(帰ったらオリヴィエに手紙を出すか)
今までのこと、これからのこと。
語りたいことは山ほどあった。
向こうは自由が利かない忙しい身だ。すぐにという訳にはいかないだろう。それにレヴェッカ――かつての恋人の都合もある。会いたくはないという返事も覚悟はしている。
だがもし許されるならば、あのとき言えなかった想いと詫びの言葉を伝えたいと思うのだ。受け入れられなかったとしても、それは自身が犯した過ちゆえの結果だ。
拒絶の言葉であったとしても、全て受け止める。
「……何度でも言うけど、あんまり気負い過ぎるなよ」
皆に聞こえないようにニルスがそっと囁いた。
いつの間にか身体を強張らせていたことに気付いたアレクは苦笑しながら小さく頷き、肩の力をゆるゆると抜いた。そして隣に佇む女に視線を流す。シオリはそれに気付くと柔らかに微笑んだ。その夜の女神のように優しい彼女の笑顔は、アレクのささくれだった心を癒していく。
(誰が何と言おうと、シオリは俺の女神だ)
――天から舞い降りた、癒しと慈愛の女神なのだ。
脳啜り「ここの洞穴、騎士隊の実地訓練に使われてるみたいで、第51演習場って呼ばれてるらしい」
ルリィ「エリア51……」
まぁ色々難しい話でした。エリア51じゃなくて、アレクの過去のあれこれがですよ_(:3」∠)_




